進藤 政春
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進藤政春が万里と初めて会ったのは、
政治家・東間啓次郎も出席していた、三宮主催のとあるレセプションパーティーである。
東間啓次郎の専属通訳として契約した進藤政春―として三宮玲二に紹介されたのだ。
玲二の隣には大学生であった万里が居た。
しかし進藤が一方的に万里を見知ったのは、それよりもさらに2年前だ。
当時まだ会社に勤めていた進藤は通訳家の集まる勉強会に所属していた。東間との繋がりはそこから始まったのである。
政春を気に入った東間は、通訳関係なく連れ回すようになっていた。
そんな折、偶然万里と会ったのだ。
表参道の大通りで―
ふと、一人の青年が目にうつった。
その、凛とした眼差し、洗練された歩き方。全てが進藤には印象的で、時間が止まったように思えた。
大勢の人間が居ても彼だけは、遠目に見ていても見つける事が出来るだろう。
輪郭の周囲に薄いベールがあって…それが発光しているように見えたのである。
「万里くん」
と東間が親しげに彼へ声をかけ、政春はハっと我にかえる。
青年は、ゆっくりとこちらに向きかえって大人びた笑顔で対応する。
ほんの数分、世間話をしてから、青年は丁寧にお辞儀をして去って行った。
全く隙のない―インテリジェントに富んだ会話。
優雅な仕草…、音楽のように響く声。
会話の中から、彼がまだ学生であることを知って進藤は驚いた。
聞けば、三宮グループトップ―三宮玲二の息子だと東間が教えてくれる。
やはり生まれが人間の品格を決めるものなのだろうか―と進藤は夢見心地で思った。
そう、この時はまだ―まるで夢を見たかのように、万里の存在は幻のようで、リアルな人間のようには感じていなかったのである。
その後、レセプションパーティーで彼に再会し、進藤は心臓が跳ねるのを感じた。
あの時―自分に夢を魅せた人物が目の前に居る。
過去の記憶と寸分たがわず―いや、それ以上に美しい仕草でシャンパンを飲みほしていた。
豪華絢爛なパーティー会場は彼の為にある事のように思えた。
「はじめまして。万里です」
「あ………進藤政春……です」
二度目の自己紹介。
声が上ずった。
「万里くんは私にとって息子みたいなものだからね。二人が仲良くなってくれたら嬉しいよ」
東間が二人の握手をご機嫌に眺めている。
「…有難う、東間さん。じゃあ万里って呼んで下さい」
「万里………さん」
「……進藤さんって俺より年上…ですよね。」
「えっ………は………はい」
「ははは。じゃあ何でそんなにかしこまるんですか」
(あ……笑った………)
笑顔を見るだけで、胸がいっぱいになる。
「進藤くんは誰にでもこうなんだよ。例え子供相手でもきっと敬語だろう」
「そうなんだ。何だか……失礼ですけど、可愛い人ですね」
「………ああ…………本当に…………ね。面倒を見てあげたくなってしまうんだ」
東間はぎらりと目の奥を輝かせていたが、進藤が慾深い眼差しに気が付く事はなかった。
それよりも―美しい絵画に触れた時と似た高揚感でいっぱいで。
そして、どういう訳だか彼に「可愛い」と言われると…体中が熱くて、出口のない苦しさからその場にへたりこんでしまいそうな程だった。
それからすぐに万里は別の会話の輪へと入ってしまったが、その歩き去る後ろ姿さえも心地よかった。
パーティー開始から数時間後。
人ごみに酔った政春は少しだけロビーのソファで休もうと会場を抜けた。
けれどロビーにも何人かの人間が集まって会話を盛り上げているようだったので、―少し面倒ではあったけれど会場近くにある公園のベンチを目指した。
―公園に着いて、気分の悪さ等吹き飛んでしまった。
万里の姿が目に入ったからである。
薄暗い公園の中ではあったが―やはりすぐに万里だと解った。
ベンチの上に座って、目を伏せている。
「………万里、さん…………」
「あ…………?」
少しバツが悪そうに万里は顔を上げる。
「ああ………えーと……進藤、さん。どうしたんですか?」
「………ちょっと……気分が悪くなってしまって、ここまで………」
「へえ…………。」
周囲に誰も居ないからか、万里の雰囲気が先ほどとは少し異なっていた。
「万里さんは……どうして………?」
「…………………」
「あ、何かご事情が……あるんですよね。…立ち入ってしまって、ごめんなさい」
「…はは。なんで、進藤さんが謝るんですか」
「え?」
「俺も進藤さんとおんなじ。気分…悪くなっちゃって。恰好悪いから言えなかっただけですよ」
「…そう、なんですか。お酒、御強そうなのに」
「んー、酒は強いんだけど………」
はぁ………と辛そうに息を吐く万里。
「……もしかして………お風邪ですか?」
「まぁ……………」
「…………………」
まだ大学生だという彼が薄い笑みを浮かべて、苦しそうに言葉を濁す。
その笑みが―壊れ物のように繊細で胸を衝かれた。
諦め―焦燥―期待―全てが絶妙なバランスで成立しているかのような…。
唐突に、生まれが人間の品格を決める、等と少しでも思った自分が恥ずかしくなった。
彼と自分が全く違う生き物のように感じていたけれど―彼は他人を魅了する側の人間であるべく努力しているに違いない、と確信したからだ。
それだけが、自分と彼の差を生んでいる。
本当にそれだけの事だ。
元から備わっているモノだけで、こんなにも多くの人間を惹きつけるはずもない―。
進藤は近くに自販機がある事に気が付き、水を購入した。
「どうぞ」
冷えたペットボトル。渡す時に指先が触れ鼓動が早まるが、彼に気取られないように笑顔を作った。
「……ありがとう、進藤さん」
「いいえ。お大事になさって下さい。それでは………失礼します」
そう挨拶をすると、万里はホっとしたような顔でまた目を伏せた。
手負いの獣が、やっと独りになれた、と言うような表情。
チリチリと焼けるような何かが立ち上った。
―それ以後、進藤政春の中で万里は幻の存在ではなく、一人の青年として心の中にはっきりと生き始める事となる。
万里とパーティーで再会してからしばらくが経った。
けれど―数週間経っても、一カ月経っても―、万里と指先が触れた瞬間を思い出しては…、頭の芯が甘く甘く痺れる。
その度、イケナイ遊びをしてしまったかのようなチクリとした罪悪感があった。
以前、一回り程度も年下の従兄弟・水嶋彬に「政春はゲイなんじゃないか」と言われた事が思い出されてしまう。
…記憶の中の、世慣れたような彬の口調がその事実をより深刻に響かせていた。
―違う。
そんな意味ではない。違う…。
そんな葛藤を繰り返すようになった頃―
東間の政春に対する態度が明らかに常軌を逸してきていた。
政春が通う弓道場に東間も入会し、進藤の来るタイミングに合わせて東間もやってくるようになったのだ。
最初は偶然かと思っていたが、政春が最後まで居残れば東間も最後まで居る。
鈍い進藤でも流石におかしいと思い始めたのだ。
ある日…
夜も更けて来た弓道場で。信頼されている政春は最後の一人、鍵当番として残っていた。
帰りの片付けを進めていると、背後から東間が話しかけてきた。
「進藤くんは………顔も体も本当に綺麗だね」
「……そう、でしょうか………」
「ああ……触らせて、確かめさせてくれないか…」
「……っ…………?!」
突然背中から抱きすくめられ腹…胸のあたりを撫でられる。
「東間先生……っ……そんな―私、汗を……かいて、います……ので…っ」
「構わないよ。君は汗まで美しい」
訳の解らない事を耳元で囁かれながら―
「やあ………ッ?!!!」
酷く敏感な部分に、カサついた指が這い、規則的な動きを始める。
「進藤くん…、進藤くん……っ……」
「何………東間、……先生………!?」
「ああ…綺麗だよ………、なんて………可哀そうで…可愛いんだ……」
はぁはぁという東間の息遣いが耳に五月蠅い。
―気持ち悪い。
―怖い。
―嫌だ………ッ
常日頃、ストイックに鍛え上げている政春の身体であれば、東間ぐらい簡単に跳ねのけられる。
けれど恐怖で四肢が思うように動かず、ばらくの間いいように扱われてしまった。
死ぬような想いで、訳も解らず無茶苦茶に東間を突き飛ばし、弓道場を後にした。
(………なんで………!あんなことに……っ)
夜の街を弓道着のまま走って、何とか自宅にたどり着く。
慌ててシャワーを浴びて、温かい湯で体を清め―、…重い体と一緒に、ベッドにドサリと倒れ込む。
…体は疲弊しているのに、頭が冴えて到底眠れそうにない…。
眠れない頭は余計な事をぐるぐると考え始めた。
―そうだ、以前にもこういう事があった。
数年前、水嶋彬に…ゲイではと疑われた時、戯れにキスをされた。
無論、彼は異性愛者で、当時も今も常に数人の彼女が居るようなタイプだ。
にも関わらずキスをしたり―首筋を吸ってきたりして………
東間だって、妻子がいる上に、愛人までいる男だ。
そんな彼らが自分に触れる理由は――
―――ああ…
そんなにも、私は物欲しそうな顔をしているのか。
腑に落ちる要因に思い当たり、恥ずかしさと自己嫌悪で涙がこぼれた。
彼らには、自分が酷く滑稽にうつっているに違いない。
嫉みや憎しみのような、強い感情は湧いてこない。
ただ自分という生き物である事が苦しく、深い悲しみに襲われている。
―初めて彼女が出来た時、嬉しかった。
幸せにして、一緒に幸せになりたいと思っていた。
……体は言う事を聞いてくれず、彼女を何度も泣かせた。
最低な事に―
そんな辛い想いをさせた彼女の事より―自分は万里の事ばかり考えてるのだ。
あれから―万里には一度も会って等居ない。
それなのに、彼の事を考える時間は増える一方だった。
「……っ…………」
その時、殆ど唐突に………東間に触れられ中途半端に立ちあがっていた欲望が熱を思い出す。
「……な………っ」
自分でも訳が解らない。
ただ―、先ほど触れていた手が……頭の中で…………彼の―万里のものにすり替わっていた。
「ぁ…………………」
嫌だ、こんな事はダメ、嫌だ。
頭の中で葛藤が始まっても、もう遅かった。
いつのまにか自分の手で――万里との想像の続きを行っていたのだ。
「っ……っ…ふ………」
「ぁ………ィ………ッ……万里、さ……っ」
思わず名前を呼んでいた。
しかしもう、自分の行動を咎める余裕等なく―ただひたすらに彼を求めて―……
その時だった。
暗やみの中、名前を呼ばれる。
「政春」
「……っ?!…………っ……あきらっ…………」
不意に電気がつけられ―従兄弟の……水嶋彬が、…立っている事がはっきりと解った。
―彼は、政春の自室の合い鍵を持っていたのである。
強引な彬が勝手に作ったものだったが、昔から気心が知れている彼が部屋を出入りすることは心地よく、ついそのままにしてしまっていた―
「政春ってやっぱ男が好きなんだ」
決定的な事を言われ、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。
「なら、俺が手伝ってあげる。ほら…ひとりでするよりいいだろ」
自分の身体はいつのまにか後ろから抱きすくめられて身動きがとれない。
たいして抗えも出来ずに居ると、中心を握り込まれぞっとする。
―そう、さっきの……東間啓次郎にされた時とほとんど同じ状態だった。
そんな行為を、いくつも年下の―まだ高校生の彬にさせている。
頭が真っ白になって、眩暈が走った。
「…どう?気持ちいい?」
「いや…、やめて……」
「っ……やぁ………あき、ら…お願い、もう手を…はなし、て………」
「やだ。イイんでしょ?」
「ひっア、あ……、ほんとに……ダメっ…」
―自分の声とは思えない、馬鹿みたいに高い声があがって…
汚れたそれらが飛び散っていく。
あろうことか、彬はそれを舐め上げたのだ。
「あき……ら………っ」
「随分早かったな、政春」
「こんなことやめて下さい!!!」
思わず、彬の頬をはたいていた。
「…万里って男と付き合ってるから?」
「!」
「付き合ってるの?」
「……っ………」
「いつから…?」
「…っ付き合って、ません!私とは、全然…関係なんて、ない方、です…」
万里の名前を呼んでいた事まではっきりと聞かれていたと解り、進藤の絶望の色はより一層濃くなる。
―美しい彼の記憶が自分の所為で、よくないものになってしまいそうだった。
「だったらいいだろ。触ったって…俺政春の痛い事とかしないし」
「そういう問題じゃないですっ…」
「ねえ政春………俺、政春の事好きだよ」
「!」
「親友とか…家族とか、恋人とか、多分全部の意味で好き」
「彬…………」
なんてことか、と思った。
自分のせいで―彬を巻き込んで。勝手な思い違いまでさせている。
―いや、それとも、コレは彼の遊びの一貫なのかもしれない。
年頃の彬にとって、性嗜好の異質な男…それも従兄弟である自分の存在は、彼の好奇心を悪戯にくすぐってしまうだろう。
いずれにしても、彬の人生にとっていい影響を与える出来事であるはずもない。
彬には………ゲームのように様々な恋愛関係も結ぶでもなく―ましてや自分のような飢えた男に心動かされるでもなく、一人の女性をきちんと愛せる大人に成長して欲しい……。
それは自分自身にとっても、差しこむ光のような希望だった。
「政春は?俺のこと好き?」
「もちろん」
「じゃあっ…」
「あなたはずっと大事な…男の子です」
「どういう意味…?」
「彬…以前にもこういう事がありましたけど……男が好きな男、が珍しいというだけでこんな事するもんじゃありません。あなた…いつも何人もの女性と同時に付き合って、いとも簡単に別れて…繰り返してる。それは、最低の行為だと、どうして解らないんですか?」
「そ…れは」
「何でも出来るあなたにとって他の人の心なんて簡単に操作出来て、オモチャみたいに見えるかもしれません。実際皆あなたの言う事を聞いてしまうでしょうし」
―政春は、彬に対して真剣に言葉を紡ぐ程…酷く沈んでいた自分の精神バランスが戻っていく気がした。
「でも彬―それはあなたにとってよくない事です。これからの人生で…きっと落とし穴がある。皆、オモチャじゃないんです。それぞれ気持ちがあって…惨めな気分になったり、深く傷ついたりするんですよ?」
人は守らなければならないものについて考えると強くなる。だから母親はみんな強い。
―前にどこかで聞いた言葉が頭をよぎる。
そうだ……悲しみに酔っている場合ではない。自分にだって、迷惑をかける以外にも出来る事がきっとあるのだから―
「それが出来ないうちは、誰とも心を通わせられない。孤独な未来しかないんです」
「まさは……る…」
悲しそうに、目を揺らめかせ、今にも泣き出してしまいそうな、小さな男の子のような彬。
―けれど次の瞬間には…いつもの大人の顔に戻って言った。
「―さすが政春。よく見てんな」
「…彬」
「確かにそーいうトコ、あると思う。…気をつけるよ」
胸がズキンと傷む。
「……いいえ。単に、私は彬の若さと才能が羨ましくて、意地悪してるだけかもしれませんよ」
それは、ささやかな本音かもしれなかった。
「本当に好きになった子を、幸せにしてあげてくださいね―」
それ以降―
進藤は自身が万里について考える事を固く禁じた。偶然、見かけたり、立ち話をすることはあったけれど―深く考えないようにした。
恋人が欲しいとか―家族が欲しいとかと考える事も同様だった。
そう考える事が自分にも周囲にも不幸の始まりだったからだ。
不器用で、色々とうまく出来ない自分でも―周囲の人間と、穏やかで優しい時間を紡いでいこう。
少しでも―、一人の誰かをほんの少しでも幸せに出来るような、…そんな生き方をしたい。
劇的でなくても、満たし合える相手がいなくても―、幸福は自分次第で訪れるのだから。
これまでと同じ日常が戻ってきたのだった。
――あの日、万里に呼びだされるまでは―――
fin
政治家・東間啓次郎も出席していた、三宮主催のとあるレセプションパーティーである。
東間啓次郎の専属通訳として契約した進藤政春―として三宮玲二に紹介されたのだ。
玲二の隣には大学生であった万里が居た。
しかし進藤が一方的に万里を見知ったのは、それよりもさらに2年前だ。
当時まだ会社に勤めていた進藤は通訳家の集まる勉強会に所属していた。東間との繋がりはそこから始まったのである。
政春を気に入った東間は、通訳関係なく連れ回すようになっていた。
そんな折、偶然万里と会ったのだ。
表参道の大通りで―
ふと、一人の青年が目にうつった。
その、凛とした眼差し、洗練された歩き方。全てが進藤には印象的で、時間が止まったように思えた。
大勢の人間が居ても彼だけは、遠目に見ていても見つける事が出来るだろう。
輪郭の周囲に薄いベールがあって…それが発光しているように見えたのである。
「万里くん」
と東間が親しげに彼へ声をかけ、政春はハっと我にかえる。
青年は、ゆっくりとこちらに向きかえって大人びた笑顔で対応する。
ほんの数分、世間話をしてから、青年は丁寧にお辞儀をして去って行った。
全く隙のない―インテリジェントに富んだ会話。
優雅な仕草…、音楽のように響く声。
会話の中から、彼がまだ学生であることを知って進藤は驚いた。
聞けば、三宮グループトップ―三宮玲二の息子だと東間が教えてくれる。
やはり生まれが人間の品格を決めるものなのだろうか―と進藤は夢見心地で思った。
そう、この時はまだ―まるで夢を見たかのように、万里の存在は幻のようで、リアルな人間のようには感じていなかったのである。
その後、レセプションパーティーで彼に再会し、進藤は心臓が跳ねるのを感じた。
あの時―自分に夢を魅せた人物が目の前に居る。
過去の記憶と寸分たがわず―いや、それ以上に美しい仕草でシャンパンを飲みほしていた。
豪華絢爛なパーティー会場は彼の為にある事のように思えた。
「はじめまして。万里です」
「あ………進藤政春……です」
二度目の自己紹介。
声が上ずった。
「万里くんは私にとって息子みたいなものだからね。二人が仲良くなってくれたら嬉しいよ」
東間が二人の握手をご機嫌に眺めている。
「…有難う、東間さん。じゃあ万里って呼んで下さい」
「万里………さん」
「……進藤さんって俺より年上…ですよね。」
「えっ………は………はい」
「ははは。じゃあ何でそんなにかしこまるんですか」
(あ……笑った………)
笑顔を見るだけで、胸がいっぱいになる。
「進藤くんは誰にでもこうなんだよ。例え子供相手でもきっと敬語だろう」
「そうなんだ。何だか……失礼ですけど、可愛い人ですね」
「………ああ…………本当に…………ね。面倒を見てあげたくなってしまうんだ」
東間はぎらりと目の奥を輝かせていたが、進藤が慾深い眼差しに気が付く事はなかった。
それよりも―美しい絵画に触れた時と似た高揚感でいっぱいで。
そして、どういう訳だか彼に「可愛い」と言われると…体中が熱くて、出口のない苦しさからその場にへたりこんでしまいそうな程だった。
それからすぐに万里は別の会話の輪へと入ってしまったが、その歩き去る後ろ姿さえも心地よかった。
パーティー開始から数時間後。
人ごみに酔った政春は少しだけロビーのソファで休もうと会場を抜けた。
けれどロビーにも何人かの人間が集まって会話を盛り上げているようだったので、―少し面倒ではあったけれど会場近くにある公園のベンチを目指した。
―公園に着いて、気分の悪さ等吹き飛んでしまった。
万里の姿が目に入ったからである。
薄暗い公園の中ではあったが―やはりすぐに万里だと解った。
ベンチの上に座って、目を伏せている。
「………万里、さん…………」
「あ…………?」
少しバツが悪そうに万里は顔を上げる。
「ああ………えーと……進藤、さん。どうしたんですか?」
「………ちょっと……気分が悪くなってしまって、ここまで………」
「へえ…………。」
周囲に誰も居ないからか、万里の雰囲気が先ほどとは少し異なっていた。
「万里さんは……どうして………?」
「…………………」
「あ、何かご事情が……あるんですよね。…立ち入ってしまって、ごめんなさい」
「…はは。なんで、進藤さんが謝るんですか」
「え?」
「俺も進藤さんとおんなじ。気分…悪くなっちゃって。恰好悪いから言えなかっただけですよ」
「…そう、なんですか。お酒、御強そうなのに」
「んー、酒は強いんだけど………」
はぁ………と辛そうに息を吐く万里。
「……もしかして………お風邪ですか?」
「まぁ……………」
「…………………」
まだ大学生だという彼が薄い笑みを浮かべて、苦しそうに言葉を濁す。
その笑みが―壊れ物のように繊細で胸を衝かれた。
諦め―焦燥―期待―全てが絶妙なバランスで成立しているかのような…。
唐突に、生まれが人間の品格を決める、等と少しでも思った自分が恥ずかしくなった。
彼と自分が全く違う生き物のように感じていたけれど―彼は他人を魅了する側の人間であるべく努力しているに違いない、と確信したからだ。
それだけが、自分と彼の差を生んでいる。
本当にそれだけの事だ。
元から備わっているモノだけで、こんなにも多くの人間を惹きつけるはずもない―。
進藤は近くに自販機がある事に気が付き、水を購入した。
「どうぞ」
冷えたペットボトル。渡す時に指先が触れ鼓動が早まるが、彼に気取られないように笑顔を作った。
「……ありがとう、進藤さん」
「いいえ。お大事になさって下さい。それでは………失礼します」
そう挨拶をすると、万里はホっとしたような顔でまた目を伏せた。
手負いの獣が、やっと独りになれた、と言うような表情。
チリチリと焼けるような何かが立ち上った。
―それ以後、進藤政春の中で万里は幻の存在ではなく、一人の青年として心の中にはっきりと生き始める事となる。
万里とパーティーで再会してからしばらくが経った。
けれど―数週間経っても、一カ月経っても―、万里と指先が触れた瞬間を思い出しては…、頭の芯が甘く甘く痺れる。
その度、イケナイ遊びをしてしまったかのようなチクリとした罪悪感があった。
以前、一回り程度も年下の従兄弟・水嶋彬に「政春はゲイなんじゃないか」と言われた事が思い出されてしまう。
…記憶の中の、世慣れたような彬の口調がその事実をより深刻に響かせていた。
―違う。
そんな意味ではない。違う…。
そんな葛藤を繰り返すようになった頃―
東間の政春に対する態度が明らかに常軌を逸してきていた。
政春が通う弓道場に東間も入会し、進藤の来るタイミングに合わせて東間もやってくるようになったのだ。
最初は偶然かと思っていたが、政春が最後まで居残れば東間も最後まで居る。
鈍い進藤でも流石におかしいと思い始めたのだ。
ある日…
夜も更けて来た弓道場で。信頼されている政春は最後の一人、鍵当番として残っていた。
帰りの片付けを進めていると、背後から東間が話しかけてきた。
「進藤くんは………顔も体も本当に綺麗だね」
「……そう、でしょうか………」
「ああ……触らせて、確かめさせてくれないか…」
「……っ…………?!」
突然背中から抱きすくめられ腹…胸のあたりを撫でられる。
「東間先生……っ……そんな―私、汗を……かいて、います……ので…っ」
「構わないよ。君は汗まで美しい」
訳の解らない事を耳元で囁かれながら―
「やあ………ッ?!!!」
酷く敏感な部分に、カサついた指が這い、規則的な動きを始める。
「進藤くん…、進藤くん……っ……」
「何………東間、……先生………!?」
「ああ…綺麗だよ………、なんて………可哀そうで…可愛いんだ……」
はぁはぁという東間の息遣いが耳に五月蠅い。
―気持ち悪い。
―怖い。
―嫌だ………ッ
常日頃、ストイックに鍛え上げている政春の身体であれば、東間ぐらい簡単に跳ねのけられる。
けれど恐怖で四肢が思うように動かず、ばらくの間いいように扱われてしまった。
死ぬような想いで、訳も解らず無茶苦茶に東間を突き飛ばし、弓道場を後にした。
(………なんで………!あんなことに……っ)
夜の街を弓道着のまま走って、何とか自宅にたどり着く。
慌ててシャワーを浴びて、温かい湯で体を清め―、…重い体と一緒に、ベッドにドサリと倒れ込む。
…体は疲弊しているのに、頭が冴えて到底眠れそうにない…。
眠れない頭は余計な事をぐるぐると考え始めた。
―そうだ、以前にもこういう事があった。
数年前、水嶋彬に…ゲイではと疑われた時、戯れにキスをされた。
無論、彼は異性愛者で、当時も今も常に数人の彼女が居るようなタイプだ。
にも関わらずキスをしたり―首筋を吸ってきたりして………
東間だって、妻子がいる上に、愛人までいる男だ。
そんな彼らが自分に触れる理由は――
―――ああ…
そんなにも、私は物欲しそうな顔をしているのか。
腑に落ちる要因に思い当たり、恥ずかしさと自己嫌悪で涙がこぼれた。
彼らには、自分が酷く滑稽にうつっているに違いない。
嫉みや憎しみのような、強い感情は湧いてこない。
ただ自分という生き物である事が苦しく、深い悲しみに襲われている。
―初めて彼女が出来た時、嬉しかった。
幸せにして、一緒に幸せになりたいと思っていた。
……体は言う事を聞いてくれず、彼女を何度も泣かせた。
最低な事に―
そんな辛い想いをさせた彼女の事より―自分は万里の事ばかり考えてるのだ。
あれから―万里には一度も会って等居ない。
それなのに、彼の事を考える時間は増える一方だった。
「……っ…………」
その時、殆ど唐突に………東間に触れられ中途半端に立ちあがっていた欲望が熱を思い出す。
「……な………っ」
自分でも訳が解らない。
ただ―、先ほど触れていた手が……頭の中で…………彼の―万里のものにすり替わっていた。
「ぁ…………………」
嫌だ、こんな事はダメ、嫌だ。
頭の中で葛藤が始まっても、もう遅かった。
いつのまにか自分の手で――万里との想像の続きを行っていたのだ。
「っ……っ…ふ………」
「ぁ………ィ………ッ……万里、さ……っ」
思わず名前を呼んでいた。
しかしもう、自分の行動を咎める余裕等なく―ただひたすらに彼を求めて―……
その時だった。
暗やみの中、名前を呼ばれる。
「政春」
「……っ?!…………っ……あきらっ…………」
不意に電気がつけられ―従兄弟の……水嶋彬が、…立っている事がはっきりと解った。
―彼は、政春の自室の合い鍵を持っていたのである。
強引な彬が勝手に作ったものだったが、昔から気心が知れている彼が部屋を出入りすることは心地よく、ついそのままにしてしまっていた―
「政春ってやっぱ男が好きなんだ」
決定的な事を言われ、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。
「なら、俺が手伝ってあげる。ほら…ひとりでするよりいいだろ」
自分の身体はいつのまにか後ろから抱きすくめられて身動きがとれない。
たいして抗えも出来ずに居ると、中心を握り込まれぞっとする。
―そう、さっきの……東間啓次郎にされた時とほとんど同じ状態だった。
そんな行為を、いくつも年下の―まだ高校生の彬にさせている。
頭が真っ白になって、眩暈が走った。
「…どう?気持ちいい?」
「いや…、やめて……」
「っ……やぁ………あき、ら…お願い、もう手を…はなし、て………」
「やだ。イイんでしょ?」
「ひっア、あ……、ほんとに……ダメっ…」
―自分の声とは思えない、馬鹿みたいに高い声があがって…
汚れたそれらが飛び散っていく。
あろうことか、彬はそれを舐め上げたのだ。
「あき……ら………っ」
「随分早かったな、政春」
「こんなことやめて下さい!!!」
思わず、彬の頬をはたいていた。
「…万里って男と付き合ってるから?」
「!」
「付き合ってるの?」
「……っ………」
「いつから…?」
「…っ付き合って、ません!私とは、全然…関係なんて、ない方、です…」
万里の名前を呼んでいた事まではっきりと聞かれていたと解り、進藤の絶望の色はより一層濃くなる。
―美しい彼の記憶が自分の所為で、よくないものになってしまいそうだった。
「だったらいいだろ。触ったって…俺政春の痛い事とかしないし」
「そういう問題じゃないですっ…」
「ねえ政春………俺、政春の事好きだよ」
「!」
「親友とか…家族とか、恋人とか、多分全部の意味で好き」
「彬…………」
なんてことか、と思った。
自分のせいで―彬を巻き込んで。勝手な思い違いまでさせている。
―いや、それとも、コレは彼の遊びの一貫なのかもしれない。
年頃の彬にとって、性嗜好の異質な男…それも従兄弟である自分の存在は、彼の好奇心を悪戯にくすぐってしまうだろう。
いずれにしても、彬の人生にとっていい影響を与える出来事であるはずもない。
彬には………ゲームのように様々な恋愛関係も結ぶでもなく―ましてや自分のような飢えた男に心動かされるでもなく、一人の女性をきちんと愛せる大人に成長して欲しい……。
それは自分自身にとっても、差しこむ光のような希望だった。
「政春は?俺のこと好き?」
「もちろん」
「じゃあっ…」
「あなたはずっと大事な…男の子です」
「どういう意味…?」
「彬…以前にもこういう事がありましたけど……男が好きな男、が珍しいというだけでこんな事するもんじゃありません。あなた…いつも何人もの女性と同時に付き合って、いとも簡単に別れて…繰り返してる。それは、最低の行為だと、どうして解らないんですか?」
「そ…れは」
「何でも出来るあなたにとって他の人の心なんて簡単に操作出来て、オモチャみたいに見えるかもしれません。実際皆あなたの言う事を聞いてしまうでしょうし」
―政春は、彬に対して真剣に言葉を紡ぐ程…酷く沈んでいた自分の精神バランスが戻っていく気がした。
「でも彬―それはあなたにとってよくない事です。これからの人生で…きっと落とし穴がある。皆、オモチャじゃないんです。それぞれ気持ちがあって…惨めな気分になったり、深く傷ついたりするんですよ?」
人は守らなければならないものについて考えると強くなる。だから母親はみんな強い。
―前にどこかで聞いた言葉が頭をよぎる。
そうだ……悲しみに酔っている場合ではない。自分にだって、迷惑をかける以外にも出来る事がきっとあるのだから―
「それが出来ないうちは、誰とも心を通わせられない。孤独な未来しかないんです」
「まさは……る…」
悲しそうに、目を揺らめかせ、今にも泣き出してしまいそうな、小さな男の子のような彬。
―けれど次の瞬間には…いつもの大人の顔に戻って言った。
「―さすが政春。よく見てんな」
「…彬」
「確かにそーいうトコ、あると思う。…気をつけるよ」
胸がズキンと傷む。
「……いいえ。単に、私は彬の若さと才能が羨ましくて、意地悪してるだけかもしれませんよ」
それは、ささやかな本音かもしれなかった。
「本当に好きになった子を、幸せにしてあげてくださいね―」
それ以降―
進藤は自身が万里について考える事を固く禁じた。偶然、見かけたり、立ち話をすることはあったけれど―深く考えないようにした。
恋人が欲しいとか―家族が欲しいとかと考える事も同様だった。
そう考える事が自分にも周囲にも不幸の始まりだったからだ。
不器用で、色々とうまく出来ない自分でも―周囲の人間と、穏やかで優しい時間を紡いでいこう。
少しでも―、一人の誰かをほんの少しでも幸せに出来るような、…そんな生き方をしたい。
劇的でなくても、満たし合える相手がいなくても―、幸福は自分次第で訪れるのだから。
これまでと同じ日常が戻ってきたのだった。
――あの日、万里に呼びだされるまでは―――
fin
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