曼珠沙華の花束を貴方に
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ひとりの時間はここに来て初めてかもしれない。
忙しすぎて呑気にぼーっとしてる暇すらなかったから、歩きながらいろいろなことを考えていた。
私の記憶のこともそうだけど、閻魔様にオニの仕事内容聞いてなかったなーとか、ここのみんなの……特に、セルさんのこと。
あのクウラさんたちから助けてくれた一件から今まで会ってないし、改めてお礼も言いたいんだけど……
さっきからずっと歩いてるのに、人魂くらいしか見当たらない。
こんな調子で会えるのかなぁ。
「リコリスーーーっ!!」
ため息をついたとき、上空から大声で名前を呼ばれた。
見上げると天使のような小悪魔がこちらに向かって突進してきていた。
「あ、ジュニアくん!」
「リコリス!リコリスっ!会いたかったー!!」
セルジュニアは私の目の前でスピードを緩め、ぎゅうっと抱きついてきた。
「あはは、私も会いたかったよ!今日はひとりでなにしてたの?」
抱きしめ返して頭を撫でてあげるとジュニアは嬉しそうに笑い声を漏らした。
「えっとねぇ、ラディッツで あそんでたんだあ!」
ラディッツと、じゃないのか……
おもちゃにされてるなぁ、ラディちゃん。
というより好かれてるのかな?
「リコリスは? リコリスはどうしたの?」
「私は君たちのパパを探してるんだ。
教えてもらいたいことがあって」
「ふーん……つれてってあげよっか!」
にこっと笑って尋ねるジュニア。
それは願ったり叶ったりなんだけど、なんか純粋な『笑顔』じゃないんだよねぇ……
「でも、」
やっぱり。
「でも?」
「ぼくが何号か わかったらね!
もしわかんなかったら つれてってあーげないっ!」
また難しい問題を……
見た目だけじゃわかんないもんなぁ。
「ヒントは『リコリスならわかる』!」
「ヒントになってない!」
未だ抱きついたままの嬉しそうなジュニアを見る。
「わっかるっかなー?」
出会い頭に抱きついてきてこんな可愛らしい甘え方をしてくるのは……
「……七号?」
私が答えると、ジュニアは目を見開いてその瞳をきらきらと輝かせた。
「すごいリコリス! おおあたりっ!
やくそくどおり、パパのところ つれてってあげるね!」
「ひあっ!」
「行こ!」
七号はひょいと私を抱える。
抱きついたときの上目遣いは天使のように可愛いのに、こうやって私を見下ろす彼はカッコよくて逞しく見える。
子どもに見えるけど、結構男らしいところもあるんだなぁ……
「リコリス、えと……あんまり見つめると てれちゃうよ」
七号はほっぺたを赤く染めてはにかんだ。
一瞬どきっとしたけど、やっぱり笑顔は子どもだった。
おねーさんはちょっとだけ安心しちゃったよ。
「あは、ごめんごめん。じゃあ連れてってくれる?」
「うん、しっかりつかまっててね!」
いきなり最高速!?ってくらいのスピードで飛び始める七号。まって、耳鳴りするし息できない!!
「な……まっ……ななご……」
「え!?なんて!?なまたまごー!?」
「しぬ」
「もうしんでるーーーっ!!」
キャキャーッ!と声をあげて七号は楽しそうに飛んでいる。
セルジュニアがこんな速さで飛べるなら、他の人たちはもっと早いんだろう。
みんな私に合わせてあんなゆっくり飛んでくれてたんだ、と初めて気がついた。
風圧に耐えながらやっと目を開けると針の山が見えてきた。
あれ?戻ってきてるじゃん。セルさん、すぐ近くにいたんだ。
バーダックさんがあんなに長時間飛んでたのが嘘みたいに、あっという間に着いてしまった。
七号は針の山の近くに着地して私を降ろしたあと、そのまま私の手を引いてぐんぐん歩いていく。
「パパは今日はねー、はりの山で『せめく』してるよ!」
「そ、そっか……七号、連れてきてくれたのは嬉しいんだけど……今度はもうちょっとゆっくり飛んでね?」
ぴたりと立ち止まって、んー、と七号はなにかを考え込む。
「わかった、ごめんねリコリス。パパがリコリスはたかいのニガテだって言ってたの、わすれてた……」
「え? パパがそう言ってたの?」
「? ……そうだよ?」
あれ、そうだったっけ?私も忘れてたよ。
というかセルさん、私のこと本当によく知ってるなぁ……
顎に手を当て首を傾げて考えてると、七号も私の真似をして、おんなじように首を傾げる。
なんだこいつ天使か。天使だった。
「ま、いいや。ありがとね、七号。連れてきてくれて」
「ちがうよ、リコリス。まだパパのところじゃないもん。
オレがリコリスを『えすこーと』するんだっ」
私の手を引いてずんずん進んでいくその様子は『えすこーと』とはちょっと違うけど、可愛いから許す。
針の山をぐるっと七号とふたりで歩いていると、半周も回らないうちにセルさんの姿を見つけた。
責め苦はこれから受けるようでセルさんはまだ元気そうな様子。
今ならいろいろ聞いても大丈夫かな。
「リコリスじゃないか。
どうしたんだ、こんなところで」
私に声をかけて、セルさんはごく自然に私の髪を撫でた。
「セルさんに聞きたいことがあるって言ったら、七号が連れてきてくれたの」
「そうか、偉いぞ七号」
得意げに胸を張る七号を見てセルさんは微笑んだ。
「パパ! リコリスね、たかいとこ ヘーキだったよー!」
「そうそう、なんでセルさん私が高所恐怖症だって言ってたの?」
「こしょこしょ?」
「ふふ。高所恐怖症、ね」
訂正しながらセルさんを見ると、彼もまた顎に手を当てて首を傾げていた。
「少なくとも わたしと出会ったときはそうだったようだ。
しかし……あの十日ほどいろいろと飛びまわっていたからな……
もしかしたら克服したのかもしれん」
十日ほど?
そんなに長く一緒にいたのに私、全部忘れてるんだ……
「ごめんなさい、セルさん……
私、なんにも覚えてなくって……」
「いや、いいんだ。
なぜリコリスが死んだのかわたしにはわからんが……たぶん、そのときのショックで忘れてしまったのだ、じきに思い出すさ」
気にするな、とまっすぐ私の目を見つめて言うセルさん。
その藤色の瞳を見つめてると……なんだか身体が甘く痺れて心地いい。セルさんの瞳にもなにか秘密があるの?
能力?才能?それとも……毒?
……あ、そうだ。
「あの、こないだクウラさんたちから助けてくれて、ありがとう。
私あのあと寝ちゃってて、ろくにお礼言えなかったから……」
「どういたしまして。
しかし驚いたよ、突然眠ってしまったんだからな」
「あはは……ごめんなさ……」
セルさんの瞳……
こないだは気づかなかったけど……なんでだろう、なんだか懐かしい……?
「……どうかしたか?」
そう思ったら、あれ? セルさんの目……照れちゃってまともに見れない。
彼もおんなじよーな能力持ってたりして。あはは、そりゃないか、な?
「どうした、ぼーっとして。
リコリス? どこか痛むのか?」
心配そうに顔を覗き込むセルさん。
その顔に、しばらく感じなかった鼓動を思い出す。
「いや、あの……あ、そうだ花畑!
その、彼岸花たちが寂しくないように植え替えてきたってジュニアから聞いたから……
……ね!七号!?」
「え!? うっ、うん!!」
突然七号に振ったもんだから彼はびっくりしていた。
ごめんね、いきなり巻き込んで。
けど、しどろもどろになりながらもなんとか話を変えることに成功。
まぁ私がひとりでワーキャー考えてただけなんだけどね……
「あぁ、あれは花のためではない」
「セルーーーッ!!
次は貴様の番オニ!早く来るオニ!!」
針の山の上からオニが叫ぶ。
あぁ、やっぱりタイミング間違えたかなぁ……
今行く、とオニに声をかけてセルさんは再び私を見る。
「わたしはただ、懐かしんでいたのだ。
リコリスと眺めた現世の彼岸花畑を思ってな」
セルさんはふわりと微笑んで針の山に向かって行った。
そっか、ジュニアに言った『寂しくないように』は花が、じゃなくてセルさん自身が、だったんだ。
あの花畑にはそんな意味が込められてたんだ。
……ふたりで眺めてたはずなのに、思い出せないのがどうにも歯痒い。
「リコリス……どういうこと?」
七号はまた首を傾げる。
うーん、なんて言えばいいんだろ。
地獄にいるのに『大人になればわかる』なんて言葉は酷だろうし……
「そうだなぁ……いい子にしてたらわかるときが来るよ」
「うん!」
早く生まれ変わって幸せになってね、という意味も込めて。
「ほう……巧く茶を濁したものだな」
タイミングを見計らったように降ってくる、氷柱のような声。
姿が見えなくてもわかる……あの人だ。
残念ながら庇ってくれたセルさんは、今はいない。
今回こそは自分でなんとかしなくちゃ。
続く