人は見た目ではない
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
先日、気象庁が関東地方の梅雨入りを発表した。けれども、空梅雨を思わせるくらい雨もじめじめとした湿気も感じられず爽やかな風が校舎の間を抜けて行く。青々と広がる芝が綺麗に整備されたグラウンドに立ち寄れば見慣れた運動着姿が見える。その中で1人、芝の上に座っている男の背後に近付いていく。
「よっ」
「やあ、硝子。講習終わったのかい?」
「まあね」
声を掛ければ相変わらずの朗らかな笑みを浮かべる夏油が此方へと顔を向ける。
「どっちにやられた?」
「・・・何で聞くかな」
「ハハッ、朔耶か」
言い渋る時点でバレている。その朔耶は現在進行系で(手加減が下手糞な)五条と組手をしている。
「朔耶、めっちゃ格好良い。撮ろ」
「それ、盗撮」
「前に撮ったら朔耶喜んでたよ。自分の動きの確認が出来るから、て」
「アスリートみたいだ」
うん。そういう所も全部引っ括めて朔耶は格好良い。
朔耶は、如月家相伝の術式である式神使いで、更に体術・呪具を使用する近接戦にも長けている同い年の女の子。背が高くて顔も整っていて、普段は隠しているけど出る所は出ている美ボディ持ち。制服は五条と同じタイプのズボンで上着は体のラインがまるで分からないようなダボッとした物を着用している。今着ている運動着は長ズボンに半袖だけど、あれはたぶん胸潰してる。
初見は沢山のピアスのせいで近寄り難い印象を受けたけれど、初日に五条と夏油が教室で派手な喧嘩を始めた時は然り気無く私の前に立って守ってくれていた。
反転術式使えるから平気だよ、と伝えたけれど、
「硝子が怪我するところ見たくないから」
て、ずっと盾になってくれていて、朔耶への好感度が急上昇した。
高専での朔耶は至って真面目で、どっかの誰かみたいに任務で問題を起こすこともない。所作も綺麗で、お辞儀をしただけで品の良さが窺える。
だから、朔耶が喫煙・飲酒をするイメージが皆無だっただけにその衝撃はとんでもなかった。初めて喫煙してる姿を見た時は愕然としたけれど、ちょっと色っぽくて魅入った。そんな朔耶は純米大吟醸、アルコール度数15などという女子高生とは思えないものを好んでいる。時々、晩酌を共にすることがあって、朔耶の部屋で呑む時は『スナック如月』と呼んでいる。普段、物静かで口数が少ない朔耶が気を緩めて少し饒舌になるこの時間が私は好きだ。
「今まで女友達いなかったから硝子といるの凄く楽しい」
とか、恥ずかしげに嬉しいことを言ってくれた日は思いっきりハグしてあげたり、
「化粧してなくても硝子は可愛いね」
なんて、どっかの女誑しが使いそうな口説き文句を素の笑顔で言われた日は破顔してしまった。
ヴー、ヴー、と近くでバイブ音が突如鳴り始めた。ズボンのポケットを弄った夏油の手には預かっていたのか五条の携帯が握られている。大方、夜蛾先生からの任務の御達しだろう。
「悟!任務!」
「はあ!!?」
ほら、やっぱり。
五条との組手を終えた朔耶は涼しい顔をしたまま用意していたミネラルウォーターを拾い上げ、それを口にし始める。
「朔耶、俺にも頂戴!」
任務、と聞いてからの五条は先程までと打って変わって怠そうにしている。水くらい自分で用意しなよ、と言う間もなく朔耶は五条に水を手渡した。この二人の辞書には間接キスと言う言葉は載っていないらしい。それに偶に距離感がバグる。そこに二人揃って恋愛的な意識が皆無なのは承知済みなのだけれど心配になる。勿論、朔耶が。
「行きたくねー」
「早く行った方がいいと思う。また、先生のお説教と拳骨食らうよ」
駄々を捏ね始めた五条に冷静な意見を述べた朔耶はその場に座ってストレッチを始める。夏油から携帯を渡された五条は渋々と歩き出し、私たちはその背を見送った。
「硝子、講習終わった?」
「うん。終わったよ」
「お疲れ様」
開脚した状態で前に体を倒した朔耶から労いの言葉を掛けられるも、その柔軟さに目を奪われる。芝生に上半身がべったり着いて、爪先が左右共に天を向くなんて、私には無理。
「朔耶、組手終わったなら買い物行こ」
「うん、いいよ」
朔耶が体を起こしたところで夏油が待ったをかけた。
「出来れば、もう1本付き合ってくれないか?」
「私は良いけど。硝子、いい?」
いい?て聞く傍から準備体操みたいなの始めてるじゃないの朔耶。そして始まった組手を日陰で見物しつつ一服した。あの細い体の何処にそんな体力があるの?と感心してしまう。
私は他の同期3人みたいな体力も無ければ、戦闘向きな術式を持っていない。反転術式では現場に行っても怪我を治すことしか出来なくて、私は弱いな、て思った。けれど、
「反転術式で他者に使える人はとても希少なんだよ」
「それを使い熟せる硝子はとても凄い」
「硝子がいるから安心して任務に行ける」
て、言われた時は元気づけられたし自信にもなった。まあ、だからと言ってあの3人には傷だらけで帰って来て欲しくはない。だって、1人でも欠けたらつまんないじゃん。
「ところで硝子、何買いにいくの?」
「煙草と酒」
「女子高生の買い物とは思えないね」
「うるさい夏油」
組手終了後、一旦、寮へと戻ってから私服に着替えて3人で町へと出掛けた。因みに夏油は荷物持ち要員。
立ち寄ったスーパーで酎ハイや麦酒、お菓子類をカゴに入れてお会計していると、朔耶が隣のレジで日本酒を2本購入しているのが見えた。それを見た夏油が「マジで?」と言わんばかりの顔をしていたがスルーしておく。
「朔耶、日本酒呑めるの?」
「うん、美味しいよ。ねえ、硝子」
「君たち、本当に同い年?」
「そういう夏油も麦酒買ってるじゃん」
真面目を装ってやることやってる。
「今日は飲み比べしよう」
「じゃあ、今夜は『スナック如月』ね」
今夜は朔耶と呑める、なんて思いながら頬を緩めていると後ろから視線を感じる。
「『スナック如月』て、何?」
夏油がいるの忘れてた。
「楽しく呑める私の憩いの場所」
私の、を強調して伝えると隣で朔耶が笑っていた。夏油が「楽しそうだね」なんて言っているけれど聞いてやらない。
「私も行きたいな」
「ダメダメ」
「そこを何とか」
朔耶の部屋に、夏油?絶対ダメに決まってる。
「傑。女子寮は男子禁制だよ」
朔耶の真顔の正論に夏油は押し黙った。その様子に思わずニヤけると夏油はちょっとだけ私を睨んだ。
私と朔耶の時間を組手で割いたんだから、当然でしょ?
(2023.10.29)