初日を懐かしむ
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呪術高専なんか行く必要はない。
女は家のために早く嫁げ。
御三家の方に会ったら仲良くなさい。
何とも非常に嫌な夢を見た。最悪な目覚めだ。親戚の年寄たちの不快でしかない声が頭の中に残っていて気分が悪い。
「・・・だる」
天井の木目を見ながら吐き出すように独り言を呟き、深く呼吸をした。枕元にあった携帯に手を伸ばすと一通のメールが受信されている。送信者は五条悟、題名『活けペン』。添付されている写真にはテーブルに突っ伏している傑の後頭部のお団子にシャーペンや蛍光ペンが突き立てられ、左下に悟の物と思しき手がピースしていた。送信された時間はAM2:20。傑の手の中にコントローラーがあるので二人でゲームをしていたのだろう。で、眠気に負けて寝た傑で悟が遊んでいるという画だ。何してんだか、と呆れつつ笑ってしまう。
『お前らと馴れ合う気はねぇ』
と、入学初日の教室で私たちに向けて言い放った悟。その頃の私も誰かと仲良くとか親密になりたいとは全く思っていなかった。私にとって高専入学は如月家から離れる手段でしかなかったのだから。
家のことを思い出したら、また嫌な気分になってきた。もう一度、悟から送られてきた写真を見て気分を変えてからベッドを後にした。
黒い高専の制服に着替え、肩甲骨より下に伸びた髪を結い上げ、仕切り付きの小物入れから今日の気分で7個のピアス選び出す。右に4、左3取付けて鞄を手に自室の扉を開けるとほぼ同時に隣の部屋の扉が開いて硝子が顔を覗かせた。
「朔耶、おはよー」
「おはよう、硝子」
「前もこんな感じあったね」
「うん。初日に」
あの日、私と硝子の出会いはその日始まってすぐだった。お互いに初めましてで、学年も名前も知らなかったものだから敬語で挨拶をして同級生だと分かった途端、敬語無しで名前呼びになった。その後、今日の様に寮から一緒に教室へと向かい、
「おはよう」
傑に出会った。
あの日の教室は4人分の机が並べてあるだけで席は決まっていなかった。それもあって教室に1番乗りだった傑は窓際に立って外を眺めていた。最初、私と硝子は入る教室を間違えたのではないかと中に入るのを躊躇した覚えがある。彼の見た目が近寄り難い風貌をしているから仕方がない。挨拶を交わし窓際から硝子、私、傑の順に席に着く。
「悟は任務?」
「いや、今日は任務入ってないはず。朝まで桃鉄してたから」
「あんたら、そんなに桃鉄好きなの?」
「悟に付き合わされたんだよ」
自身のスライド式携帯を構う傑は眉間に皺を寄せどこか不満気だった。たぶん『活けペン』のせいだろう。寝起きに自分の頭から幾つものペンがバラバラと落ちて来たら、嫌だよね。
それから暫く経っても悟は一向に登校して来ない。
「五条はまた遅刻かな」
「電話してみる?」
「出ないと思うよ。さっきからメールも電話も反応ないから」
「でも、朔耶がすれば出るんじゃない?」
「なんで?」
「懐かれてるじゃん」
硝子の言葉に携帯を弄る手を止める。懐かれている?と疑問には思うが完全に否定出来ない節はあった。駅の改札で固まっていた時や某有名ハンバーガー店や回転寿司店に行った時も硝子と傑ではなく私にあれこれ聞いて来たのを思い出す。格は違えど同じく呪術師家系に生まれた身、社会に疎い部分は一緒だった。それに加えて悟のプライドの高さ故に一般家庭の出の二人に笑われたくないんだろうけど、ちゃんと話せば傑も硝子も笑ったりしないだろうに。
「最初は仲良くする気無い、とか言ってたよね五条」
「アレには驚きを通り越して引いたよ」
「傑と硝子、『は?』て声出てたね」
「だってアレはないわ。しかも、朔耶の家のこと見下してさ」
「別に気にしないよ。御三家である五条家の方が圧倒的に格上だから此方が下に見られても仕方ない。寧ろ如月家を知ってることに驚いた」
御三家に比べれば如月家の歴史なんて浅いし、有名な呪術師が居たわけでもないので悟から『式神使いの如月』と言われた時には非常に吃驚した。
「でも、あの後の朔耶、最高だった」
「ん?ああ、思ったこと言っただけだよ」
『君が馴れ合いたくないならそれでいいと思う』
『家からは君と仲良くするよう言われたけど、あの家のお年寄りたち嫌いだから従わないよ』
『君と仲良くするかどうかは自分自身で決める』
「朔耶て意外とはっきり言うよね」
「うーん、家じゃ言いたいこと言えなかったからね。我慢して我慢して我慢した結果がコレらだから」
酒、煙草、ピアスをジェスチャーで伝えると硝子と傑が哀愁漂う顔で見つめてきた。
「おっはー」
朝礼の数分前に漸く悟が登校してきた。朝までゲームをしていたわりに元気そうな様子で自分の席へと腰を下ろし、隣の傑へと熱い視線を送っている。傑はそんな彼と目を合わせようとはしない。
「なに?喧嘩中?」
二人の様子に面倒臭そうな顔をする硝子へ朝に見た写メを見せてあげる。しょうもな!と笑いながら小馬鹿にする彼女から携帯を回収するとじとりした視線を感じた。傑が険しい表情で此方を見ていたが目が合うとスッと笑顔へと切り替わる。怖いよ。
「朔耶、それは何かな?」
「見る?よく撮れてるよ、被写体が良いから」
今度は傑に向けて例の写メを見せてあげる。顔を引き攣らせる傑のバックで悟が写メのようにピースをした。
「朔耶。コレ、今すぐ消してくれないか」
「構図良いのに」
「そんな評価いらないから」
消そう、と言う傑の思いも分かるけれども、消すのが惜しい。
「消さなきゃダメかな。今朝、嫌なこと思い出したんだけど、コレ見たら元気出たよ」
押し黙る傑の脇で悟と硝子が花丸の札をあげた。どっから出したのソレ。目を細めて額に手を当てた傑はうーんと声を漏らして悩んでいる。
「そう言われると『消せ』て、言えなくなるじゃないか」
傑は仕方ないな、と眉根を下げて笑った。
携帯の写真フォルダに保存されている写真たちは入学してからとても増えた。最初は硝子と撮ったものが多かったけれど、最近は3人から送られて来るお巫山戯のものが占めている。初日は仲良くなれる気がしなかった4人が、今じゃ一つの画面に収まる仲。そして、今日もまた一つ新たな1枚が追加された。
(2023.10.17)