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今日の任務で、私はしくった。
祓除対象の準1級呪霊は祓ったものの、何気無く伸ばしていた髪が呪霊が吐き出した液体によってジュワッという嫌な音を立てて灼けた。首筋を冬の冷たい風が吹き抜けて行くのを感じて私は小さく息を吐く。
「空いてる美容院あるかな…」
これが四肢でなくて本当に良かったと思うことにした。
「ただいま」
「おか……え?え?え?」
人生初のショートヘアになった私を見るなり硝子がプチパニックに陥った。事の次第を簡潔に説明すると彼女はじっくりと私を凝視。そうなってしまうのは必然だと思う。
「他にケガはない?」
「うん。髪だけやられた」
「さすがに髪の毛は私でも治せない。けど、ショート似合うよ。元のベースが良いから」
2人だけの教室で今、私は報告書を仕上げているのだけど、隣の席に腰掛ける硝子はニヤニヤしながら私を見て揶揄してきた。書き終えた報告書を提出しに行くと、先生にはとても驚かれ「何があった!?」と大きい声を張られた。成り行きは報告書に記していますので此方をご覧下さい。
「凄いよ。髪が短時間で乾く」
「そりゃあそうでしょ(笑)」
首回りが寒いけれど、ドライヤーの使用時間が以前と全く違う。それにシャンプーやヘアオイルの量も少なくて済んで、総合的にメリットしかない。
入浴後、携帯のディスプレイが点滅していることに気付いて開き見る。泊りがけで東北方面へ行っていた傑から帰寮した事とお土産があるという事が記されていた。それから、悟の部屋でゲームをしようというお誘いもあり、硝子と一緒に男子寮へと赴く。
「お疲れ様」
「「………」」
この沈黙は想定内。2人共、目をこれでもかというほど開いて凝視してきた。悟なんてサングラスを引っ剥がしている。硝子はニヤニヤしながら傍観していて至極楽しそうだ。
「え?お前、髪無くなってんぞ」
「無くなってはない。ちゃんと残ってるよ」
「えっと…朔耶、何があったのか聞いてもいい?」
「任務中に灼けた」
「「灼けたぁ!?」」
うっさ、と硝子が悪態をつきつつラグの上へと座る。
私も硝子に続くようにして座ると悟の手がグッと伸ばされて頭に被さった。手、大っきいな。
「頭ちっさ!」
「中はちゃんと詰まってるよ」
「髪短過ぎんだろ」
「でも朔耶、格好良いでしょ」
「えー、そうかぁ?」
「や、でも何処となく如月家のお兄さんたちに近いような。…で、悟はいつまで手を乗せてるんだ」
未だに頭に乗っている悟の手は傑によって外された。けれど、今度は傑の手がぽすっと乗っかって「ちっちゃ…」と傑はしみじみとした様子で言ったあと、「短いのも似合うね」と頭を撫でてくる。いつまで乗っけてるんだろう?と思いながら視線を下ろすと私はある物を見つけてしまった。悟の傍にある『喜久福』と印刷された紙袋を。硝子が傑の手を私から退かすよう訴えているのが視界の端で見え、漸く頭が自由になった。
「喜久福」
「朔耶のもあるよ」
「ありがとう。私これ好き」
美味しいんだよね、と口元を緩めると傑は満足そうな顔をした。受け取った紙袋の内容は悟と同じで4種食べ比べ。硝子はチーズ(おつまみ用)を貰ったらしい。後で彼女が検索したところ、とても良い品物でした。
*
髪を切って二週間経つと周囲の人達も見慣れてきたのか好奇な眼差しが向けられることが減り、落ち着いてきた。けれども……。
「何処の高校に通ってるんですか?」
「メアド交換してくれませんか?」
……。
「また、聞かれたの!?あはははっ、モテ期到来?」
「…笑い事じゃないよ硝子」
彼女の部屋でお風呂上がりのアイスを食べながら話を聞いてもらっていたのに、この有り様。女の子たちからのアプローチに本気で困っているんだよ。
そりゃあね。一般女性の平均身長よりも高い(173cm)し、制服も普段着もパンツスタイルばかりなのに加えて、このショートヘアーじゃ男子に見られても仕方がないけれど、気付いて頂きたい。
「私ってそんなに男顔?」
「気にし過ぎ。見間違う方が悪い」
女と男の分別も出来ないような人間は相手にするなときっぱりと言う硝子が凄く格好良く見えた。なんか姐さんって感じ。
その2日後。私は見た目からキツそうな女子高校生2人に声を掛けられたので女であることを告げたら、まあ、品の無い言葉を投げ付けられた。私が悪いの?いやいや『見間違う方が悪い』。私は硝子が言っていた言葉を心の中で何度も唱えて帰った。
「一般人の言うことなんか気にすんな」
「そうだよ。気にしちゃダメ」
悟の部屋にゲームするために来たのだけれど、思っていた以上にメンタルをやられていた私はゲームに身が入らず心配してくれた2人にぽつぽつと話を聞いてもらった。よしよしと頭を撫でてくれる硝子の方に自然と体が傾いていく。悟も硝子も気にするなって言うけれど、面と向かって言われた私にはその記憶がまざまざとあるので切替えに難航していた。そこへ風呂上がりの傑がやって来た。が、室内の雰囲気に一旦足を止めてラグの上に座る私達を見ている。主に硝子に凭れ掛かるようにしている私を。
「何かあった?」
「朔耶がまた男に間違われたんだと。そんで、ギャルに『紛らわしい恰好すんな』って逆ギレされたって」
私の代わりに悟が簡潔に話し、それを聞くなり傑は目くじらを立てて「は?」と声を漏らした。
「キレる意味が分からない。自身の間違いを認めて朔耶に謝罪すべきだ」
「それ、ギャル共に言ってやんな夏油」
「言ってやりたいけど、冷静でいられる自信がないな」
言ってはいけないことを連連と言いそうだと、額に親指を当てて険しい顔をする傑を見上げるとぱちりと目が合った。苛立って見えた表情から一転、彼は眉間に寄せていた皺を消しフッといつもの朗らかな表情となって私の傍へと腰を下ろした。
「朔耶。自分の非を認められない様な人の言う事なんて気にしちゃダメだ。朔耶は全く悪くないんだから。君を悪く言った子は、他人を責めることで自分自身を守るのに必死な精神的に幼い子なんだよ」
「う、うん…」
“全く”が、凄い強調されている。
悪いのは全てアッチだ。10:0で。と断言する笑顔の圧が半端ない。そして、彼に続くように硝子と悟が女子高校生に対しての不満を捲し立てるので私は「落ち着こう」と会話の間に挟んでいく。私の味方をしてくれるのは嬉しいけれど、ちょっと熱くなり過ぎな気が…。
「ありがとう。3人のお蔭で元気になってきた」
こうでも言わなきゃ悪口大会終わんないだろうなと思った。3人は満足気に笑っていて、いつでも話聞くからと肩を叩いてくれる。心強い友人たちを持って私は良かったと思う反面、敵に回しては絶対にダメだと思った…。
*
*
*
「朔耶!」
単独任務のあと、クリスマスムードが漂う街中を抜け駅構内を歩いていたところ後ろから声を掛けられた。傑だ。多くの人が行き交う中でも上背のある彼は目立ったのですぐに見つけられた。
「私がいるのよく分かったね」
「見慣れたマフラーが見えたからさ」
去年のクリスマスに4人でプレゼント交換した時に引き当てたものを私は今でも使っていた。このライトグレーのマフラーは傑が用意したものだったし、去年もたっぷりと使わせて貰っていたから見慣れて当然と言えばそうだ。
帰宅時間で混み合う電車に乗り込んだ私達はドアの側に立つことにした。移り行く景色に目を向けていると背中側に視線を感じる。こっそりと視線を辿ると反対側のドア横に立つ制服姿の女の子2人組が此方を見ているではないか。…いや、待て。あの子たちはたぶん、いや、きっと傑の方を見ているに違いない。そうだ。きっと、そう。
「あの、何処の高校なんですか?」
「もし良ければ連絡先とか教えてもらえませんか?」
乗り換えの駅に着き、駅構内を歩いていたら先程の子たちに話し掛けられた。…なんてことだ。傑だけじゃなくて、私にもばっちり視線が向けられている……。それにしても凄いな傑。朗らかさを保っていて。私なんかこの前のことがあるから声を掛けられた時点で凄く警戒してしまっている。対応に慣れてるんだなぁ。
「申し訳ないけど、彼女いるから」
傑がさらっと嘘をつき、彼の事を狙ってた子があからさまに残念がった。いいな。私もそう言ってこの場を回避したい…と思っていたら傑の手が私の手を掴んだ。
「それじゃあ、私達はこれで」
「え、あの…」
「ごめんね。この子が彼女だから」
呼び止められると傑は柔和な笑顔で私のことを“彼女”だなんて嘘をつく。そしたら女の子2人は私を見て固まった。それはそうだ。私の事を男だと思って声掛けたんだもんね。傑が前へ歩き出したので手を繋いだ状態の私も必然的に前へと進む。女の子たちの方を盗み見ると顔を寄せていた。
「男同士にしか見えないよね」
「彼女があんなんじゃ、彼、かわいそう」
お嬢さん方、聞こえてますよ。
私が心の中で呟いていると、傑がぴたりと歩みを止めた。彼女たちの会話が聞こえたんだろう。手を引かれていたので後ろにいた私から彼の表情は見えないけれど、雰囲気で察する。悟と喧嘩を始める前と同じ、ピリピリとした空気を出していることを。
「傑」
呼び掛けてから顔を覗き見ると、案の定、傑は苛立っている表情だった。掴まれている手には力が入っていて微かに震えている。私なんかのためにそんな怒らなくてもいいんだよ。今ここで彼女たちに物申すのは良ろしくない。公共の場だからね。
「帰ろう」
今度は私が彼の手を引いた。傑が少しだけ体に入っていた力を抜いたのが肩の揺れでなんとく分かり、一緒に歩き出す。
「…ごめん」
「なんで傑が謝るの?何も悪い事してないじゃない」
「や、その、私が余計な事を言ったせいで朔耶が悪く言われてしまった…」
語尾が小さくなっていく彼の方を向けば、眉尻を下げて表情に申し訳なさが滲み出ていた。
「余計な事って、私のことを彼女って言ったこと?」
「あぁ…」
「あれは、まぁ、“彼女”って言うのは無理があるよね。こんな男っぽい見た目してるんだもん。あの子たちがああいうのも仕方ないよ」
構内の階段を上がり切った所で自身の今の外見について自虐的なことを言うと傑はぱたりと立ち止まってしまった。それによって前へ進もうとしていた私はつんのめってしまったが、繋いだ手は外れなかった。傑が強く握っていたから。
「朔耶は男になんて見えないよ。君は、さっきの子たちよりもずっと可愛い女の子だ」
「……え?」
たぶん、今、私はとても呆けた顔をしていると思う。
さっきの子たちを頭の隅で思い出して首を捻る。はっきり言って女の子らしい可愛さをしていたのは先程の子たちだ。私に“可愛い”と呼べる要素があっただろうか。
「や、…どこが?」
「沢山あるじゃないか。笑顔もそうだけど、笑った時に口に手を当てるところや生後間もない子を見る度に破顔してたり、お家の猫さんたちだけじゃなくてカフェの猫や野良猫にも声掛けるところとか。時々出てくる方言や…」
「ちょっと」
「ん?」
「あー、もう、結構です」
突然、なに言ってるの??
聞くんじゃなかった。今、途轍もなく恥ずかしい。顔に熱が集まってる。それを無性に隠したくてマフラーを鼻まで持ち上げて顔の下半分を覆うと、傑は笑って「そういうところも」なんて付け加えるから此方は溜まったもんじゃない。それに、私が耐え切れず遮ってしまったけれど、まだ続きがありそうだったことを思い出すと恥ずかしさは増す。
「からかってる?」
思わず低い声が出てしまったが、傑は一瞬きょとんとしたあと「本心だよ」と私の手を引きながら言う。
「あと、誰にでも言うわけじゃないから」
「……」
失礼な話、色んな女の子に言っているんだろうと思っていた。それなのに、今、ばっさりと切り捨てられた。そのせいで私の頭は酷く混乱していた。先程の嫌な出来事がなんだったのかと思うくらい。
「それにしても、朔耶を男と間違えたうえに貶すようなことを言う人達は本当にどうかしてるよ。今晩も硝子と悟を交えて談義しなきゃ」
「いい。そんな時間いらない」
「そう?」
「うん。傑が、さっき怒ってくれてたから、割りと気にしてない。大丈夫」
たぶん、私一人だったらこの前みたいに沈んでいたよ。
「今日は傑が居てくれて良かった。ありがとう」
「お礼を言われるようなことは何も…私の方こそ、あの時はありがとう。朔耶が手を引いてくれなかったら、あそこで揉めてた」
「うん、そんな気がした」
お互いに感謝だね。
気が付けば、電車の座席に座るまでずっと手を繋いでた。傑は高専まで繋いでいようか、って笑って言ったけど関係者の目に止まって噂されると面倒だからとやんわり断っておいた。
その晩は結局また悟の部屋で悪口大会が開かれた。悟も硝子も恐い言葉をサラッと言ってしまうから、前回同様に会話の間に「落ち着いて」をせっせと挟んでいった。
そしたら、傑が「みんな朔耶が大事なんだよ」って言うからまた顔が熱くなった。
「その、私だって3人のこと大事だよ」
恥ずかしいので3人から目を逸らして言うと硝子に頬が赤くなっていることを指摘され居たたまれなくなった。硝子と悟がニヤニヤしながら見てくる中、傑に視線をやると彼はクスッと笑って口パクで「かわいい」と伝えて来る。若干イラッとしたのでテーブル下に足を伸ばして傑の脛を蹴ってやった。その途端、彼は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしたので私は口元に手を当てて笑った。
「…あっ」
『笑った時に口に手を当てるところ』
帰りに傑が言っていたことを思い出してしまった。こんな些細なことを可愛いと思われていたとは……。じりじりと恥ずかしさが込み上げてくる。私の様子に気付いたのか、たはーっとニヤつく傑。何その顔。
やっぱりイラッとしたので、もう一度だけ脛を蹴っておいた。
(2024.6.18)
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