綺麗な手
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※未成年の飲酒表現があります。推奨してはいません。
夏季休暇が終わり、再び繁忙期の荒波に呑まれた私達4人は如月家での日々を遠くに感じていた。
「京都姉妹校交流会?面倒臭ぁ」
「二、三年生がメインで出場することになっているんだから仕方ないだろ」
椅子にだらし無く腰掛ける悟は端からやる気が感じられない。先生から配布された1枚の紙には交流会についての案内が記されていて、傑は真面目に目を通している。
「俺と傑が居るんだから楽勝、楽勝」
「余裕かましてると足をすくわれるぞ」
と、いうような最強コンビの会話を横で聞いたのが約半月前。
9月□□日、京都校にて交流会が開催。団体戦、個人戦共に東京校が勝利という結果で幕を下ろした。
それから、少し経ったある日。
悟と傑が揃って『特級』に昇格した。
「寿司が良いって俺は言った!!」
「悟、これも立派なお寿司だよ」
「ほら。好きな具包んで巻き巻きしな」
「手巻き寿司なんて久しぶりだ」
ご立腹な悟は放っておき、3人で自分好みの手巻き寿司を作っていく。ご飯は買って来たものを調理場の炊飯器で炊き、海苔や具は全てスーパーにて硝子と共に購入してきた。
「手抜き寿司じゃん」
「悟、用意してくれた2人に失礼だ」
「ふん。これだからお坊ちゃんは」
ネット等で見つけた変わり種も用意してみたので、色々と試していただきたいものだ。気が乗らない悟に適当な具を包んで渡してあげるとお気に召したらしく、自ら進んで巻き始める用になった。
(((相変わらずのチョロさだ)))
「おっ!この卵焼き美味っ」
「料理上手の朔耶が作ったから美味しいのは当然」
「悟!卵焼きだけを食べるなよ」
「だって美味いもん。朔耶、もっと卵焼き作って」
「じゃあ、卵買って来て」
「えー!面倒い」
美味しいって言ってくれるのは嬉しいけど材料残ってないんだよね。コップに入った日本酒を呷り、再びグラスに注ぐ。すると傑と硝子もコップを突き出してきたので注いであげた。アルコールを口にする私達を見て、悟は呆れたように「不良共め」と悪態をつく。否定はしない。だって美味しいんですから。
用意した全ての食材は綺麗さっぱり無くなり、後半はいつもの『スナック如月』と化し、気が付けば悟はクッションの上で眠っていた。
「そのゴミ貰うよ」
「ありがとう、傑」
「ご馳走してもらったんだからこれくらい当然さ。朔耶1人に片付けしてもらうのも悪いし」
硝子は緊急の呼び出しがあったため先ほど部屋を出て行き、悟は夢の中。なので、傑が片付けを手伝ってくれている。可燃ゴミを集めてもらっている間、私は空き瓶、空き缶等の中身を洗面台で洗っていく。
「ゴミ袋、下に持って行こうか?」
「置いといていいよ。傑にはもっと大きい荷物がいるから」
ビーズクッションに身を委ねて眠る悟を指差すと傑は遠い目をした。嫌だよね、こんな重量物。
「明日、2人は任務入ってる?」
「今のところは入って無いよ。確か、悟も任務なかったと思う」
「そっか。…まぁ2人は大丈夫だと思うけど、今まで以上に危険度の高い任務があてがわれるだろうから気を付けて」
「それは心得ているよ。心配してくれてありがとう」
特級術師は、呪術師の最高等級。
圧倒的な実力を兼ね備えた1級を超越した存在。
と、一見、名誉ある等級に聞こえはする。
しかし、実際は単独での国家転覆が可能、などとまるで危険な存在であるかのような位置付けだ。
悟と傑以外にもう一人、女性の特級術師がいる。その人は任務も受けず世界を転々としているらしい。ま、呪術界にまともな人間なんていないから仕方ない。
「そうだ。朔耶、もうすぐ誕生日だね。何か欲しいものある?プレゼントするよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、今これと言って欲しいものが無い」
「それじゃあ、前みたいに朔耶の好きな所へ出掛けようか?連休だし、一日くらい4人の予定が合うだろう」
私の誕生日について傑は色々と提案してくれるけれども、申し訳ないことに私自身の予定が既に決まってしまっているのだった。
「ごめん。その連休、史兄の結婚式に行くことになってる」
私の言葉に傑は一瞬だけ驚いた表情をした後ふむふむと数回頷き、家族のハレの日を祝うことは大切だと言ってくれた。
「本家へ帰るの?」
「ううん。挙式披露宴は鎌倉」
「鎌倉?」
「うん。御相手の御家族さんの都合でね。でも、みんな鎌倉観光出来るって楽しみにしてる」
その観光に私が加わることも決まっている。
なので、誕生日を祝うのは私が帰って来てからしようということになった。
10月吉日。紋付羽織袴を纏った史兄と白無垢を纏った花嫁さんが仲睦まじく並ぶ姿を私は携帯のカメラで撮影した。その隣で和装した母もデジカメで2人を写して、笑顔で「素敵ね」と呟く。私も今日は夏季休暇中に選んだ振袖を纏い、ヘアメイクも施して式に参列している。
神前式を終えると、今度はオーシャンビューの素敵なレストランを貸切っての披露宴が始まった。水平線に沈む夕陽がこの日は素晴らしく綺麗で、お色直しした花嫁さんの色打掛けがより一層美くしかった。
その後も式は滞り無く執り行われ、無事に終わることが出来た。
けれど……
「侑兄…」
「史に言って断ってもらえばいいさ。それ以前に酔ってて覚えても無いかもしれないよ、彼」
私の手には一枚の席次表。帰り際に花嫁さんの従弟さんに呼び止められ、突然渡されたそれには下の方に連絡先が記されていた。思わぬ出来事に母を始め、義姉さま方は微笑んでいたけれど私は憂鬱な気分だった。
「で、結局どうしたの??」
「お断りして、席次表は廃棄させて頂きました」
未開封の缶ビール片手に私の隣へ腰を下ろした硝子はプシュッと良い音を立てて一口呷る。それを見て、私は硝子から貰った梅酒を口へと運んだ。
「酒の力を借りるあたりが無いね。素面じゃなきゃ」
「素面で来られてもお断りします」
「まぁ、こんな振袖美人が参列者の中に入れば気になるけどね」
携帯を操作した硝子が私の方に画面を見せて来た。そこには一昨日の振袖を着た私がいて、思わず眉間に皺が寄る。
「待って。私、こんな写真送ってない」
「これ、朔耶ママに送ってもらった。どうせアンタに言っても単体の写真送ってくれないと思って」
「うん。絶対に送らない」
コン、コン。
「おっつー」
「何で毎回返事が待てないんだ」
ノック後、返事をする前に扉を開けた悟とそんな親友の行動に呆れた傑がやって来た。悟の手にはケーキが入っていそうな箱が。傑の手には何やら光沢のある小さな紙袋がある。
「一日遅れだけど、」
「「「誕生日おめでとう」」」
「ありがとう」
ニカッと笑う3人につられ私の顔は緩んだ。当日に3人共メールを送ってくれたけれど、やはり直接言われるのは嬉しい。そして案の定、悟がくれたのはケーキだった。しかも、有名なパティシエが作った高級なの。
「夏油のは何?」
「髪留めだよ」
「ありがとう。開けて見ていい?」
傑が頷いたのを見て、紙袋から包装まで開封していくと和柄の綺麗な髪留めがお目見えした。手に取ってじっくりと見たあと下ろしていた髪を纏め、貰った髪留めを取り付けてみる。3人が親指を立てて「良い」と言ってくれたので、傑に再度お礼を伝えた。
「ところで、硝子は何をあげたんだい?」
「硝子のことだから酒だろ?」
「ううん。えんろぃ下着♡」
「「「………」」」
何故、嘘をつく硝子。
男子2人。なぜ黙る。
「変態共、ナニを想像してんの?そんなもん私がプレゼントするわけないだろ」
「…嘘は良くないな、硝子」
「…お前への信頼度下がったわ」
「別にアンタらからの信頼下がっても痛くも痒くもない。朔耶が居れば充分」
「硝子。ハグは嬉しいけど嘘はヤメよ」
変な想像されたくないよ。え?悟も傑も想像してない?じゃあ、さっきの間は何??
「とりあえずケーキ食お。朔耶はチョコで、硝子は珈琲ゼリーな」
「はい、どうぞ」
場の空気を変えたいのか悟と傑がケーキを配り始めた。美味しそうなチョコケーキに、綺麗な髪留めをプレゼントに用意してくれたからナニを想像したのかは追求しないであげよう。ケーキを食べていると、一昨日出席した結婚式の話題となっていった。
「朔耶の写真はねーの?」
「え…」
「あるよ」
「あ、見たい」
硝子がフフッと笑いながら携帯を操作し、あの写真を表示した。じっくりと見るような内容でもないのに悟と傑は携帯の画面をよくよく見ている。
「振袖似合うね」
「コレ、最新版の見合い写真にすれば?」
「は?冗談じゃない」
見合い写真という言葉に反応した私は思っていたよりも低い声音が出ていた。
過去のお見合いで、私の写真を気に入ってくれたという人は何人もいた。最初の頃は僅かに嬉しさもあったけれど、結局は家柄と相伝術式を持つことに着目されて私自身を見てもらえなかった。術師になるため兄達に混ざって術式や体術、呪具の鍛錬を積んでいることを告げればあからさまに引かれたことだってある。
一昨日、連絡先を渡して来た人だって着飾った私に興味を抱いただけで、私が高専で日々鍛錬していることを知ればどうせ引いてしまうだろう。
とぷとぷと空いたグラスに梅酒を注ぎ、それに口を付けると傑にペースの速さを指摘された。
「いつもまったりと愉しんでいるのに、何かあった?」
「何も無いよ。ただただ梅酒が美味しいの」
せっかく3人が誕生日を祝ってくれているのに愚痴を言いたくはなかった。
片付けをし、3人に改めてお礼を言ったあと私は硝子と一緒にベッドへと潜り込んだ。
*
10月の半ばともなると涼しさを感じるようになり、体を動かすのに最適だった。高専の敷地内にある森は広く、ランニングするにはもってこいの場所で私はよくそこに出入りしていた。
「暑っ」
今日もランニングを終え、武道場へと戻るなり運動着の上着を脱ぎ置く。ストレッチと柔軟後は木刀の素振りを開始。頭の中で回数を数えながら上げて振り下ろすという動作を繰り返す。目標数に達しようという時、出入り口の戸が動く音がした。傑だ。視線だけをそちらに向けると彼は何も言わず戸の近くに腰を下ろしていた。傑は静かで良い。どっかの誰かは素振り中に平然と話し掛けてきたりするから。
数を熟し、木刀を下げた私はその場で深く深呼吸する。
「お疲れ様」
「傑も任務お疲れ様」
鞄からタオルを取り出し、汗ばむ額にそっと当てていると傑の視線は私の足元に向けられていた。
「朔耶がネイルしてる」
「これ、硝子が塗ってくれたの」
私の足の爪を彩っているくすみオレンジは今年の秋ネイルの流行色だと彼女は言っていた。最初は断ったのだけど「私とお揃いにしよ」なんて言われたらNOと言えなくなってしまった。
「硝子は塗るの上手いね。手は、塗ってないんだ」
足に向けられていた視線が今度は手に移った。手の爪は爪ヤスリで整えているだけ。綺麗に塗ってもらっても呪具を扱うこの手ではすぐ剥がれてしまうだろうし、爪は短くしているので塗っても綺麗に見えないと思う。
「朔耶は爪短くしてるんだね」
「呪具持つし、組手の時に引っ掻いたりしたら危ないから」
「そこまで配慮してるのか。優しいね」
「自分の爪でケガなんてさせたくないだけ」
そういうところが優しいんだよ、と言う傑の手の爪をチラりと見やる。
「傑の爪も短い」
「これは昨日切ったんだ」
私が見やすいようにか傑は自身の指の関節を折り曲げて爪を見せてくれた。
爪、おっきい。いや、手が大きいから爪も大きいんだ。指、長い。筋肉質な感じだから握力も強そう。呪具とか扱いやすそうだなぁ。女の私の手とでは握った感じが違うんだろうな…。
「手大きくていいね。侑兄たちみたいに呪具持ちやすそう」
「そうかい?」
傑は自身の手を開き見た。私はその手の傍に自分の手を近付けて見る。
「私の手、細っこい」
「朔耶の体格に比例した綺麗な手だと思うけど」
「綺麗?掌、剣ダコだらけでゴツゴツしてるよ」
「剣ダコは朔耶が努力している証拠じゃないか」
そんなこと、初めて言われた。
女の身で鍛えてるってだけで引かれたり、後ろ指を指されることが多々あった中で傑の言葉は胸に響くものがあった。
こんな剣ダコだらけの手を綺麗だなんて。優しいね。私が続けて来ていることを馬鹿にしないでいてくれて。
ほんと、良いヤツだね。
「組手、お願いしてもいいかい?」
「いいよ」
このあと私達は組手に熱中し過ぎて偶然通りかかった夜蛾先生に「早く帰れ」と注意され、私達はいそいそと撤収した。
もう少し、したかったのに…。
(2024.5.13)
夏季休暇が終わり、再び繁忙期の荒波に呑まれた私達4人は如月家での日々を遠くに感じていた。
「京都姉妹校交流会?面倒臭ぁ」
「二、三年生がメインで出場することになっているんだから仕方ないだろ」
椅子にだらし無く腰掛ける悟は端からやる気が感じられない。先生から配布された1枚の紙には交流会についての案内が記されていて、傑は真面目に目を通している。
「俺と傑が居るんだから楽勝、楽勝」
「余裕かましてると足をすくわれるぞ」
と、いうような最強コンビの会話を横で聞いたのが約半月前。
9月□□日、京都校にて交流会が開催。団体戦、個人戦共に東京校が勝利という結果で幕を下ろした。
それから、少し経ったある日。
悟と傑が揃って『特級』に昇格した。
「寿司が良いって俺は言った!!」
「悟、これも立派なお寿司だよ」
「ほら。好きな具包んで巻き巻きしな」
「手巻き寿司なんて久しぶりだ」
ご立腹な悟は放っておき、3人で自分好みの手巻き寿司を作っていく。ご飯は買って来たものを調理場の炊飯器で炊き、海苔や具は全てスーパーにて硝子と共に購入してきた。
「手抜き寿司じゃん」
「悟、用意してくれた2人に失礼だ」
「ふん。これだからお坊ちゃんは」
ネット等で見つけた変わり種も用意してみたので、色々と試していただきたいものだ。気が乗らない悟に適当な具を包んで渡してあげるとお気に召したらしく、自ら進んで巻き始める用になった。
(((相変わらずのチョロさだ)))
「おっ!この卵焼き美味っ」
「料理上手の朔耶が作ったから美味しいのは当然」
「悟!卵焼きだけを食べるなよ」
「だって美味いもん。朔耶、もっと卵焼き作って」
「じゃあ、卵買って来て」
「えー!面倒い」
美味しいって言ってくれるのは嬉しいけど材料残ってないんだよね。コップに入った日本酒を呷り、再びグラスに注ぐ。すると傑と硝子もコップを突き出してきたので注いであげた。アルコールを口にする私達を見て、悟は呆れたように「不良共め」と悪態をつく。否定はしない。だって美味しいんですから。
用意した全ての食材は綺麗さっぱり無くなり、後半はいつもの『スナック如月』と化し、気が付けば悟はクッションの上で眠っていた。
「そのゴミ貰うよ」
「ありがとう、傑」
「ご馳走してもらったんだからこれくらい当然さ。朔耶1人に片付けしてもらうのも悪いし」
硝子は緊急の呼び出しがあったため先ほど部屋を出て行き、悟は夢の中。なので、傑が片付けを手伝ってくれている。可燃ゴミを集めてもらっている間、私は空き瓶、空き缶等の中身を洗面台で洗っていく。
「ゴミ袋、下に持って行こうか?」
「置いといていいよ。傑にはもっと大きい荷物がいるから」
ビーズクッションに身を委ねて眠る悟を指差すと傑は遠い目をした。嫌だよね、こんな重量物。
「明日、2人は任務入ってる?」
「今のところは入って無いよ。確か、悟も任務なかったと思う」
「そっか。…まぁ2人は大丈夫だと思うけど、今まで以上に危険度の高い任務があてがわれるだろうから気を付けて」
「それは心得ているよ。心配してくれてありがとう」
特級術師は、呪術師の最高等級。
圧倒的な実力を兼ね備えた1級を超越した存在。
と、一見、名誉ある等級に聞こえはする。
しかし、実際は単独での国家転覆が可能、などとまるで危険な存在であるかのような位置付けだ。
悟と傑以外にもう一人、女性の特級術師がいる。その人は任務も受けず世界を転々としているらしい。ま、呪術界にまともな人間なんていないから仕方ない。
「そうだ。朔耶、もうすぐ誕生日だね。何か欲しいものある?プレゼントするよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、今これと言って欲しいものが無い」
「それじゃあ、前みたいに朔耶の好きな所へ出掛けようか?連休だし、一日くらい4人の予定が合うだろう」
私の誕生日について傑は色々と提案してくれるけれども、申し訳ないことに私自身の予定が既に決まってしまっているのだった。
「ごめん。その連休、史兄の結婚式に行くことになってる」
私の言葉に傑は一瞬だけ驚いた表情をした後ふむふむと数回頷き、家族のハレの日を祝うことは大切だと言ってくれた。
「本家へ帰るの?」
「ううん。挙式披露宴は鎌倉」
「鎌倉?」
「うん。御相手の御家族さんの都合でね。でも、みんな鎌倉観光出来るって楽しみにしてる」
その観光に私が加わることも決まっている。
なので、誕生日を祝うのは私が帰って来てからしようということになった。
10月吉日。紋付羽織袴を纏った史兄と白無垢を纏った花嫁さんが仲睦まじく並ぶ姿を私は携帯のカメラで撮影した。その隣で和装した母もデジカメで2人を写して、笑顔で「素敵ね」と呟く。私も今日は夏季休暇中に選んだ振袖を纏い、ヘアメイクも施して式に参列している。
神前式を終えると、今度はオーシャンビューの素敵なレストランを貸切っての披露宴が始まった。水平線に沈む夕陽がこの日は素晴らしく綺麗で、お色直しした花嫁さんの色打掛けがより一層美くしかった。
その後も式は滞り無く執り行われ、無事に終わることが出来た。
けれど……
「侑兄…」
「史に言って断ってもらえばいいさ。それ以前に酔ってて覚えても無いかもしれないよ、彼」
私の手には一枚の席次表。帰り際に花嫁さんの従弟さんに呼び止められ、突然渡されたそれには下の方に連絡先が記されていた。思わぬ出来事に母を始め、義姉さま方は微笑んでいたけれど私は憂鬱な気分だった。
「で、結局どうしたの??」
「お断りして、席次表は廃棄させて頂きました」
未開封の缶ビール片手に私の隣へ腰を下ろした硝子はプシュッと良い音を立てて一口呷る。それを見て、私は硝子から貰った梅酒を口へと運んだ。
「酒の力を借りるあたりが無いね。素面じゃなきゃ」
「素面で来られてもお断りします」
「まぁ、こんな振袖美人が参列者の中に入れば気になるけどね」
携帯を操作した硝子が私の方に画面を見せて来た。そこには一昨日の振袖を着た私がいて、思わず眉間に皺が寄る。
「待って。私、こんな写真送ってない」
「これ、朔耶ママに送ってもらった。どうせアンタに言っても単体の写真送ってくれないと思って」
「うん。絶対に送らない」
コン、コン。
「おっつー」
「何で毎回返事が待てないんだ」
ノック後、返事をする前に扉を開けた悟とそんな親友の行動に呆れた傑がやって来た。悟の手にはケーキが入っていそうな箱が。傑の手には何やら光沢のある小さな紙袋がある。
「一日遅れだけど、」
「「「誕生日おめでとう」」」
「ありがとう」
ニカッと笑う3人につられ私の顔は緩んだ。当日に3人共メールを送ってくれたけれど、やはり直接言われるのは嬉しい。そして案の定、悟がくれたのはケーキだった。しかも、有名なパティシエが作った高級なの。
「夏油のは何?」
「髪留めだよ」
「ありがとう。開けて見ていい?」
傑が頷いたのを見て、紙袋から包装まで開封していくと和柄の綺麗な髪留めがお目見えした。手に取ってじっくりと見たあと下ろしていた髪を纏め、貰った髪留めを取り付けてみる。3人が親指を立てて「良い」と言ってくれたので、傑に再度お礼を伝えた。
「ところで、硝子は何をあげたんだい?」
「硝子のことだから酒だろ?」
「ううん。えんろぃ下着♡」
「「「………」」」
何故、嘘をつく硝子。
男子2人。なぜ黙る。
「変態共、ナニを想像してんの?そんなもん私がプレゼントするわけないだろ」
「…嘘は良くないな、硝子」
「…お前への信頼度下がったわ」
「別にアンタらからの信頼下がっても痛くも痒くもない。朔耶が居れば充分」
「硝子。ハグは嬉しいけど嘘はヤメよ」
変な想像されたくないよ。え?悟も傑も想像してない?じゃあ、さっきの間は何??
「とりあえずケーキ食お。朔耶はチョコで、硝子は珈琲ゼリーな」
「はい、どうぞ」
場の空気を変えたいのか悟と傑がケーキを配り始めた。美味しそうなチョコケーキに、綺麗な髪留めをプレゼントに用意してくれたからナニを想像したのかは追求しないであげよう。ケーキを食べていると、一昨日出席した結婚式の話題となっていった。
「朔耶の写真はねーの?」
「え…」
「あるよ」
「あ、見たい」
硝子がフフッと笑いながら携帯を操作し、あの写真を表示した。じっくりと見るような内容でもないのに悟と傑は携帯の画面をよくよく見ている。
「振袖似合うね」
「コレ、最新版の見合い写真にすれば?」
「は?冗談じゃない」
見合い写真という言葉に反応した私は思っていたよりも低い声音が出ていた。
過去のお見合いで、私の写真を気に入ってくれたという人は何人もいた。最初の頃は僅かに嬉しさもあったけれど、結局は家柄と相伝術式を持つことに着目されて私自身を見てもらえなかった。術師になるため兄達に混ざって術式や体術、呪具の鍛錬を積んでいることを告げればあからさまに引かれたことだってある。
一昨日、連絡先を渡して来た人だって着飾った私に興味を抱いただけで、私が高専で日々鍛錬していることを知ればどうせ引いてしまうだろう。
とぷとぷと空いたグラスに梅酒を注ぎ、それに口を付けると傑にペースの速さを指摘された。
「いつもまったりと愉しんでいるのに、何かあった?」
「何も無いよ。ただただ梅酒が美味しいの」
せっかく3人が誕生日を祝ってくれているのに愚痴を言いたくはなかった。
片付けをし、3人に改めてお礼を言ったあと私は硝子と一緒にベッドへと潜り込んだ。
*
10月の半ばともなると涼しさを感じるようになり、体を動かすのに最適だった。高専の敷地内にある森は広く、ランニングするにはもってこいの場所で私はよくそこに出入りしていた。
「暑っ」
今日もランニングを終え、武道場へと戻るなり運動着の上着を脱ぎ置く。ストレッチと柔軟後は木刀の素振りを開始。頭の中で回数を数えながら上げて振り下ろすという動作を繰り返す。目標数に達しようという時、出入り口の戸が動く音がした。傑だ。視線だけをそちらに向けると彼は何も言わず戸の近くに腰を下ろしていた。傑は静かで良い。どっかの誰かは素振り中に平然と話し掛けてきたりするから。
数を熟し、木刀を下げた私はその場で深く深呼吸する。
「お疲れ様」
「傑も任務お疲れ様」
鞄からタオルを取り出し、汗ばむ額にそっと当てていると傑の視線は私の足元に向けられていた。
「朔耶がネイルしてる」
「これ、硝子が塗ってくれたの」
私の足の爪を彩っているくすみオレンジは今年の秋ネイルの流行色だと彼女は言っていた。最初は断ったのだけど「私とお揃いにしよ」なんて言われたらNOと言えなくなってしまった。
「硝子は塗るの上手いね。手は、塗ってないんだ」
足に向けられていた視線が今度は手に移った。手の爪は爪ヤスリで整えているだけ。綺麗に塗ってもらっても呪具を扱うこの手ではすぐ剥がれてしまうだろうし、爪は短くしているので塗っても綺麗に見えないと思う。
「朔耶は爪短くしてるんだね」
「呪具持つし、組手の時に引っ掻いたりしたら危ないから」
「そこまで配慮してるのか。優しいね」
「自分の爪でケガなんてさせたくないだけ」
そういうところが優しいんだよ、と言う傑の手の爪をチラりと見やる。
「傑の爪も短い」
「これは昨日切ったんだ」
私が見やすいようにか傑は自身の指の関節を折り曲げて爪を見せてくれた。
爪、おっきい。いや、手が大きいから爪も大きいんだ。指、長い。筋肉質な感じだから握力も強そう。呪具とか扱いやすそうだなぁ。女の私の手とでは握った感じが違うんだろうな…。
「手大きくていいね。侑兄たちみたいに呪具持ちやすそう」
「そうかい?」
傑は自身の手を開き見た。私はその手の傍に自分の手を近付けて見る。
「私の手、細っこい」
「朔耶の体格に比例した綺麗な手だと思うけど」
「綺麗?掌、剣ダコだらけでゴツゴツしてるよ」
「剣ダコは朔耶が努力している証拠じゃないか」
そんなこと、初めて言われた。
女の身で鍛えてるってだけで引かれたり、後ろ指を指されることが多々あった中で傑の言葉は胸に響くものがあった。
こんな剣ダコだらけの手を綺麗だなんて。優しいね。私が続けて来ていることを馬鹿にしないでいてくれて。
ほんと、良いヤツだね。
「組手、お願いしてもいいかい?」
「いいよ」
このあと私達は組手に熱中し過ぎて偶然通りかかった夜蛾先生に「早く帰れ」と注意され、私達はいそいそと撤収した。
もう少し、したかったのに…。
(2024.5.13)