夏の暇
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燦々と降り注ぐ真夏の日射し。
それから逃れるために入った日影で私達4人は引き当てた御神籤を一斉に開き見る。
「やった、大吉」
「硝子、俺のと交換して」
「いや」
『末吉』って誰が好んで交換すんのさ。
文句を垂れる五条は放っておき『吉』の御神籤の内容を静かに読む朔耶の傍へと寄る。
「良いこと書いてあった?」
「まあまあかな」
気にせず私に御神籤を見せてくる朔耶。
ふむふむ…恋愛『未来に幸福あり』、縁談『思うに任す』ね。何となく朔耶に合ってるような言葉。
で、私以外にもう1人『大吉』を引き当てた奴は随分と静かに内容を確かめていて、異様に気になる。ジリジリと近付き、内容をこっそりと見てやった。ふむふむ…。
「御神籤に命令されてんじゃん」
「勝手に読まないで欲しいな」
目を細めて不快そうな顔をしているけど、耳が赤いから怖くないぞ夏油。
「此処の御神籤当たるんだってさ」
「誰が言ってたんだい?」
「朔耶の(従兄の)お兄さん」
此処の御神籤は当たる。
私にそう教えてくれたのは、如月家の嫡子にして朔耶が師匠的存在だという従兄のお兄さん。何でそんな人と関わりがあるのかと言うと、このたび私達4人が如月家にお泊まりさせて頂くことになったから。
事の発端は、私。昼夜問わず怪我人の手当てに追われ、癒しを求め『スナック如月』に転がり込み「旅行行きたい」なんて呟いたことから朔耶が「家に遊びに行く?」と、まさかの提案。行ってみたーい、と笑っていたら現実になった。しかもクズ達までお誘いされ、高専で迎える二度目の夏季休暇は如月家で過ごすこととなったわけ。
大きな門、広い玄関に長い廊下、手入れの行き届いた広い庭と橋の架かった池、お高そうな錦鯉…言うまでもなく一般家庭育ちの私は呆気に取られた。
御家族を紹介された時は本当に緊張した。御当主のお祖父様を始め本家にお住いの方々が勢揃いした時の空気は凄かった。けれども、今回招かれたのは“朔耶の友人”としてであるため家柄云々は完全に抜き。お堅い挨拶も最初だけでその後は和やかな雰囲気だった。
「いつも朔耶と仲良くして下さってありがとう」
穏やかで優しいお祖母様に言われた私達は暫くほわほわした気持ちになった。
侑人お兄さん(長男・29歳)も史人お兄さん(次男・24歳)も宏人お兄さん(三男・22歳)も朔耶の帰郷を喜んでいらっしゃって、朔耶は髪がぐっしゃぐしゃになるくらい撫でられていた。愛されてんね。侑人お兄さんの美人奥さんとその息子ちゃん2人(6歳と3歳)とも朔耶は仲良し。朔耶も息子ちゃんたちの前では表情がずっと柔らかい。末の生後4ヶ月の赤ちゃんを難無く抱っこしている時なんて破顔で『可愛い』の連呼。子供好きなのね。
*
「はぁー、温泉に来てるみたい」
神社から帰って来るとお風呂を勧められた。夏ゆえの暑さに体が汗ばんでいたため凄く有難い。
朔耶と私にあてがわれた部屋は以前からこの子が住まいとして使用していた離れ。トイレもお風呂も完備されていて今、一緒にお風呂に入っているけど2人で入っても余裕な広さである。
「なぁにその括れ、どうやったら手に入る?」
「鍛えてたら勝手になった」
バスタオルで身体を拭く朔耶をじっくりと観察中。あー、なんて羨ましいボディ。背中も色っぽい…。
「ブラ、キツそうじゃん」
「…やっぱり?」
「今度買いに行こ。私がえっちぃの選んであげる」
ニヤッと笑ったら「こらっ」て軽く叱られた。かぁわいー。
朔耶に浴衣を着付けてもらい、脱衣所から出ると猫2匹が朔耶を待っていた。その様に朔耶がすぐに破顔しちゃうから見てて楽しいが、ふと気付く。風呂上がりで暑いのは分かるけど髪をお団子に纏めるのはヤメよ。自分で「傑ヘアー」て言わないで。アレが図に乗るから。ヘアクリップで髪を纏め直してもらい一安心。
夕飯に呼ばれて行けば五条と夏油が先に来ていた。
上背があるだけあって和装が様になっている。絶対に言ってやらないけど。…おいっ、いくら朔耶の浴衣姿が色っぽいからって厭らしい目で見んなクズ共。
「こんばんはー」と玄関から声がした。すぐ近くに住む分家のお兄さんたちがやって来てイケメンが2人増えた。そして、やはり翔お兄さん(長男・27歳)も隼お兄さん(次男・20歳)も朔耶の頭を撫でていく。此方の隼お兄さんは3月に姉妹校である京都校を卒業されたそうで、私達のことをご存知だった。勿論、クズ2人が問題児だということも(笑)。
夕飯を頂いた後、ゲーム大会が開かれた。デザートの(高級)メロンを頬張りながら男性陣による白熱した戦いを朔耶と息子ちゃんたちと観戦。非常に盛り上がってる。
術師の家系って、もっとお堅いのかと思ってた。
「朔耶。今いいかしら?」
「うん。硝子、ちょっと行ってくるね」
お祖母様に呼ばれて部屋を出て行った朔耶は、それから何十分経っても帰って来ない。母屋で煙草は絶対NGだと朔耶に教えてもらっていたので、離れの縁側でこっそりと一服する。
「おっ?悪い子ちゃん発見」
「あっ…」
やばっ、隼お兄さんに見られてしまった。
「大丈夫大丈夫。言い触らしたりせんし」
と、縁側に腰掛けて煙草を吸い始めるお兄さん。
「悪いね。せっかく遊びに来てくれてるのに1人にして」
「いえいえ。朔耶何かあったんですか?」
「たぶん縁談の話。結構きてるから」
縁談……。
「そんなに沢山お話が?」
「だねぇ。まぁ祖父ちゃんが断ってくれると思うけど。あっ。もしかして朔耶のヤツ、彼氏おる?」
「いや、いないです」
「マジ?」
「マジです」
そこへ何やら何通もの封筒を手にした朔耶が帰って来て、部屋の中にいる猫ちゃんたちが甘えた様な鳴き声をあげている。煙草を吸い終わったお兄さんは携帯で時間を確認すると「それじゃ」と手をヒラヒラさせて立ち去った。
「それ何?」
「んー…手紙」
封筒の存在を指差すと言い淀んだ朔耶の反応で縁談絡みだということを察した。
「お見合い、するの?」
「しないしない。お話は来てるけど全部お断りするよ」
「そうだよね」
「皆さん家柄重視の人ばかりだから。私のことを見てる人なんて、誰1人いないよ」
朔耶は持っていた封筒をゴミ箱へ放る。自嘲気味に言うその背は、何だかとても寂しそうに見えた。呪術界は特殊さ故に古い仕来りが現代でも残っている。その内の一つが政略結婚。女が家同士を繋げるパイプ役を担うなんて何時代の話だ、と思う。だけど、如月家のお兄さんたちは皆、お見合いを経て婚約者や奥様を決めている。そういう出会いの形を否定するつもりは全く無いけど、朔耶には自由な恋愛をして欲しいな。
「朔耶。ウチらはまだ16歳だよ」
過去のお見合いや縁談の相手はクズ野郎だったかもしれないけどさ。
「アンタの御両親みたいに突然出会っちゃうかもよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
術師のお父さんと一般人のお母さんは、お見合いじゃなくて好き合って結婚しているんだから。これからの出会いに希望持ったっていいんじゃない?
*
「お三方、もう終わりにするかい?」
「「「もう1本!!!」」」
如月家の道場にて行われている朝稽古。最初は朔耶のみが参加していたんだけど、途中から(運動着を借りた)クズ達も加わっている。因みにお相手は侑人お兄さん。爽やかな御顔で3人をバッタバッタと床へと沈めていく様子を私は隅の方で観戦し続けた。
「「あぢー…」」
「硝子、シャワーしてくる」
「じゃあ、私も離れ戻るわ」
結局、誰一人お兄さんを負かすことなく稽古は終わった。クズ達は母屋のお風呂の方へ消え、私と朔耶は離れへと戻る。朔耶がシャワーをしに行ってから私は猫ちゃん2匹と戯れて時間を潰す。昨日はあんなに警戒してたのに、自ら近寄って来てくれるのが嬉しかったりする。
必要最低限な物しか置かれていないこの部屋。その中で唯一飾られているのが、何かのお祝いの際に撮られたであろう家族写真。朔耶が幼くて凄く可愛い。そんな朔耶を膝に乗せて笑っているのがお父さん。かなりのイケメン。それに凄く強かったんだとか。
「お待たせ。ご飯食べに行こ」
「うん」
朔耶からシャンプーの良い匂いがする…。
昨晩、夕飯を頂いた部屋へ行くと使用人代役の二体の式神が朝食の膳を4人分用意してくれていた。顔の部分を呪符で覆われているこの人型式神は伯母様の術式らしい。この広い如月家の雑事は全て式神が担っているという。(御台所だけは専属調理師の方々を雇っている。)
「いいよな、如月家。使用人がウロウロしてなくて」
「働いてくれてる使用人の人達を鬱陶しいみたい言うなよ」
「そうそう」
「失礼だよ」
感謝の気持ちは無いわけ?居て当たり前みたいな言い方がホント残念。
この日は、朔耶の案内で観光名所を巡った。お城に、お掘りの遊覧船。夏油の要望で有名な蕎麦を食べ、五条は和スイーツに舌鼓を打った。それからショッピングモールで遊んだり買い物し、駅へ戻ろうかと言う時…。
「あれ?朔耶ちゃん?」
白い紙袋を提げたお兄さんが朔耶に声を掛けた。あらら、なかなかのイケメン。しかし、朔耶は物凄く固い表情をしていた。五条は身を隠す様に夏油の後ろに下がっていて、このお兄さんが術師だと察する。
少し離れた所でお兄さんと話す朔耶は何度も頭を下げていた。たぶん、五条の存在についてだ。五条も気になるのか夏油の背から様子を伺っている。夏油はというと、コイツもまた固い表情をしていた。
朔耶と話が済んだお兄さんは品良く私達に礼をするとその場から立ち去った。ぶっちゃけ何処の誰なのか目茶苦茶気になる。
「え?さっきの人?隼兄の友達」
京都校に在籍した時の同級生で、隼お兄さんとバディを組んでいたという先程のお兄さん。同郷で、お祖母様同士も仲良しらしい。
「悟のことは内緒にしてくれるって」
「信用していいのか?」
「大丈夫」
言い触らしたり、媚び諂うような人ではないとはっきり言う朔耶は相当あのお兄さんを信頼しているみたい。ってことは、かなり交流がありそう。後で根掘り葉掘り聞いちゃお。
「あのお兄さんと仲イイの?」
!!…五条。
「仲良くさせて頂いてるよ。私よりも猫のお世話のことご存知だから色々と教えて頂けるの」
「へー」
…ん?
「朔耶、あのお兄さんと連絡取ってる?」
「偶にね」
つい最近、お兄さんが保護した仔猫の写メを送ってきてそれが凄く可愛かった。というけれど…本当に猫トークだけなのか超気になる。
「で、あのお兄さんとは何もないの?」
帰りの電車で隣に座った私と朔耶。クズ達は私達から離れた場所で並んで座っていた。
「だいぶ前にお見合いしたよ」
「マジ?」
「でも、お見合い始まってすぐに『好きな人がいるから断って欲しい』って頭下げられたの」
あら。
「私もお断りするつもりだったから丁度良かったけど」
そして、お兄さんと“好きな人”は現在、遠距離恋愛中なんだとか。
朔耶の中ではあのお兄さんは“6人目のお兄さん”って感じらしい。朔耶の初ロマンスかと思ってドキドキしてたのに、残念。
*
「硝子、お風呂沸いてるよ」
「ありがと。でも、一服してからにする。先入ってて」
「じゃあ、お先に」
朔耶が去り、離れの縁側でぽつりと煙草をふかしていると廊下の角からそろりと夏油が顔を覗かせ若干焦った。
「…なに?」
「あれ?硝子だけ?」
「はっ、私だけで悪ぅございました。朔耶はお風呂。あっ、覗くなよ」
「そんなことするわけないだろっ」
けっ。意識してるくせに。
相棒が居ないことを問えば、侑人お兄さんとお話しているとかで此方へとやって来たらしい。その場に腰を下ろした夏油は煙草を取り出し、静かに一服し始めた。
「お兄さんたちが夜に花火しようって」
「いいね。夏って感じで」
「大きい袋に沢山あって、悟がウキウキしてたよ」
五条が子供たちと同じ反応をしていたことに夏油は笑っていた。
「如月家、最高よねー。此処に来る前は礼儀作法ちゃんとしなきゃ、て思ってたけど普段通りでOKだし。御三家と一般家庭なんてとんでもない格差あるのに同じ扱いしてくれるしさ」
「ああ、本当に居心地が良いよ」
「休みの間中、朔耶と一緒に過ごせるしねー」
紫煙を吐き出してから夏油を見ると煙草を咥えたまま手入れされた庭木を眺めていた。吸い終わった煙草を携帯灰皿に片付けながら口を開く。
「帰りに会ったお兄さんと朔耶、前にお見合いしたんだって」
「それについては隼お兄さんから聞いたよ。恋人がいることも」
「あー、そう」
既に知ってます、て顔が癪に障る。あんなに固い表情していた奴が安心しきった顔しちゃってさ。朔耶には縁談が幾つも来てるんだぞ、て言ってやりたかった。けどお断りしてるって言ってたし、話を広めちゃいけないって思った。あの子の最大のストレスだから。
夜。袋いっぱいに用意された花火を玄関先でしたのだけど、参加人数の多さでそれはもうあっという間だった。1番盛り上がったのは、まさかのネズミ花火。内容を知らなかった五条は花火の予測不能な動きに大騒ぎだった。
今回の休暇は如月家に来て良かった。家の人達の配慮もあってか何だか普通の学生の夏休み気分でいられた。帰るのが本当に惜しい。もっと居られたらなぁ、て本気で思う。
「やだ!帰りたくない!此処に住む!」
「悟みたいなのが居座ったら迷惑だろ」
「大問題だよ」
「ほら、五条。現実の世界に帰るぞ」
東京に帰る日の朝、五条は玄関前で我儘を炸裂させた。そんなクソみたいな状況なのに皆さん、
「また、いつでもおいで」
なんて言って下さるから本当に温かい人達。
「あーあ、明日からまた繁忙期の波にのまれるのね」
「言うな硝子」
「帰り着くまでが旅行だ」
「夏油が子供みたいなこと言ってるわ」
「明日、いきなり任務あるかな?」
「朔耶!何も言うな」
クズ共、もう空港着いてんだから気持ち切り替えろや。
私達4人の楽しい楽しい夏季休暇はこれにて終わった。次回、如月家に行けるのは何時になることやら。
寮部屋で荷物の整理しているとあの神社で引いた御神籤が出て来た。よく当たるなんて言われたけど…本当かしらねー。
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と、書かれた奴がこれからどうするのか楽しみ。
(2024.5.3)