もう二度と
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護衛任務が失敗に終わった翌日、私は医務室の隣室にて療養していた。悟と傑もその日は丸一日休みとなっているそうだが、どう過ごしているのかは分からない。
傷は硝子が綺麗に治してくれたけれど、胸の奥の方にぽっかりと空いた喪失感はなかなか治まりそうになかった。ぽたぽたとゆっくり落ちて行く点滴を見つめていると扉がノックされた。返事をすると傑が顔を覗かせた。
「やっ」
下ろした髪にラフな私服姿で訪れた傑はベッドの脇にあった丸椅子に腰を下ろした。
「調子はどう?」
「うん、昨日よりずっと良い」
「良かった」
「傑は?」
「私は大丈夫。傷も浅かったし」
「そう」
いつもの物腰柔らかな笑み。
だけど、目は口ほどに物を言うとはこの事だ。
全く大丈夫なんかじゃない。
だから、私は自分の胸元を軽く叩いて「コッチは?」と尋ねる。切れ長の目を少し開いた後、傑は僅かに眉間に皺を寄せて俯いた。そして、語ってくれたのは天内さんが死の直前に打ち明けたという自身の思い。
もっと皆と一緒にいたい。
もっと皆と色んな所へ行って、色んな物を見たい。
彼女は同化を拒み、帰る選択をした。
しかし、彼女の思いはあの男によって掻き消された。
「あの時、私が理子ちゃんを守れていたら…」
「やめなよ」
「…でも、」
「傑は悪くない」
今回の件は決して傑一人の責任ではない。
一太刀も掠りもせず、深手を負わされ私は死にかけた。
何も出来なかった自分の弱さに腹が立つ。
「…今すぐにでも鍛錬したい」
もう二度と負けないように。
もっと強くなりたい。
「硝子に叱られるよ」
安静にしてないと。私の呟きに傑は静かに諭した。
「動いている方が気が紛れるから。こうやって何もせず1人で居ると、昨日のことばかり考えてしまうの」
「…私もだ。…あのさ、邪魔でなければ此処に居てもいいかい?」
「いいよ。好きなだけ居て。まぁ、私の部屋ではないけど」
「確かにそうだ」
へらっと笑う傑に少しだけ、ほっとした。
守るべき人の命が目の前で奪われて、平気でいられるわけがない。現に天内さんの死を悔いている。根が真面目なだけに傑はきっと今回の件を引きずってしまうだろうから、凄く心配。
「あ、そうだ。朔耶に見てもらいたい物があるんだ」
傑は1体の呪霊を召喚した。そいつを見た瞬間、思わず顔が引き攣ってしまう。
「コイツって、あの男の」
「そう、格納呪霊。昨日、盤星教の支部へ向かう途中で見つけた」
聞くところによると、あの男との戦闘中に武器庫を押さえるためこの呪霊を取り込もうとしたらしい。けれども、あの男との主従関係が成立していたために手をハジかれた。しかし、あの男が悟に殺られ主従関係は消滅。彷徨っていたところを傑が取り込んだ、と。
傑の腰に巻き付いて落ち着いている呪霊は何やらキーキーと声の様にも思える音を発している。
「もしかして、中身ってそのまま?」
「ああ。悟にも見てもらおうかと思ったけど爆睡してて」
ゲロッと、嫌な効果音を発しながら呪霊の口から武器が次々と出て来る。普通の刀剣もあるが天逆鉾をはじめ、名だたる特級呪具が幾つもあって顔には出さない様に努めているけど、私は物凄く興奮していた。
「…凄いね」
「私が見ても価値が全く分からないんだけど」
「どれも特級クラスの呪具だよ。この三節棍なんて売れば5億くらいするかな」
「ご、5億!?」
とんでもない金額に目を大きく開いた傑は呆気にとられている。すると廊下側からノック音がしたかと思えば返事をする前にガラリと扉が開いて案の定、悟がラフな私服姿でやって来た。
「おっ、傑やっぱ此処に居た。朔耶は昨日より顔色良いじゃん」
「悟、もう寝なくていいのか?」
「腹が減って目が覚めた」
何だよそれ、と空かさず傑が突っ込むと悟はケラケラ笑った。
「で、なにしてんの?武器の展覧会?」
「今、朔耶に見てもらっていたんだ。そしたら、5億の価値があるって」
「特級クラスならそんくらいすんだろ。朔耶が使ってる刀だって1億くらいするんじゃね?」
「たぶん」
呪具の価値に大して驚かない悟の横で傑が絶句している。私の使用している刀の価値は正確には聞かされていないけれど相当な物だとは思う。
「悟、これらはどうしたらいいと思う?」
「傑が使って良いんじゃね?格納呪霊の今の主は傑なわけだし」
「いや、呪具の使用経験が無いんだが…」
「朔耶に教えてもらえば?」
「えっ!?」
「あら?私じゃ不服?その気があるなら手取り足取り徹底的に教えてあげるよ」
「あー、いや、今は大丈夫かな…」
私がにっこりと微笑むと傑は苦笑いを浮かべやんわりと断ってきた。そんな私たちを他所に、台に並ぶ呪具を一つ一つ手にしてはへー、ふーんと悟は声を漏らす。
「傑、コイツだけは俺に頂戴」
「それは構わないけど」
「悟。天逆鉾貰ってどうするの?」
「破壊する。それが出来なきゃ封印する」
きっぱりと言う悟に驚き過ぎて「本気?」と声が出てしまった。悟は天逆鉾によって殺されかけたのだと話す。天逆鉾の効果を身を持って知っただけに、その存在を危惧している。
「今の俺じゃまだ破壊出来ないだろうから、それまでは傑が保管しといてくれ」
「分かったよ」
並べていた呪具を再び格納呪霊の口へと運んでいく傑がまるで餌を与えているように見える。
「そう言えば悟、反転術式使えるようになったんだって?」
「硝子の“ひゅーひょい”が理解出来たのかい?」
「あんな抽象的な説明で理解出来るわけないだろ。要は負のエネルギー同士をかけ合わせて正のエネルギーを生み出して…」
今際の際で掴んだ呪力の核心によって復活を遂げた悟の説明は凄く分かりやすく感じたが…実際に出来るかと言うとそうではない。
「お前らなら出来んじゃね?」
「「簡単に言うな」」
そんなあっさり出来るなら苦労しないよ。
*
その翌日。検査で異常が見られなかった私は療養を終え、新しく支給された制服に袖を通した。繁忙期に突入していたため悟も傑も朝から任務に出ずっぱりで、教室には私と硝子の2人っきり。かと思ったら、急患の呼び出しで硝子が居なくなって私は1人になった。授業が終わり、どうしても稽古がしたくて私は夜蛾先生の下を訪ねた。
「もう大丈夫なのか?」
「はい」
武道場と化している建物の鍵を受け取る際、先生は私の体調を気に掛けて下さった。強面な先生が眼尻を下げているのがとても珍しく思う。
「あの、先生」
「どうした?」
職員室内には幸いなことに私と先生だけだった。
「天元様は今回の件について、何か仰られては?」
「いや。何も聞いてはいないが」
「そうですか」
適合者である星漿体が居なくなったのに、静か過ぎる気がしていた。天元様の状態が安定しているのか、はたまた別に星漿体なる人物が存在するのか…。しかし、聞いたところで恐らく私には教えてはもらえないだろう。
「明日から任務があるんだ、無理はするんじゃないぞ」
「はい。ありがとうございます」
きっと明日からは此処へ寄ることが難しくなるだろう、と私は日が暮れるまで武道場に籠もった。帰りに硝子とばったり会い、肩を並べて寮へと戻り、その日は久しぶりに私の部屋で一緒に寝た。完全に硝子にホールドされて…。
「硝子、朝だよ」
「いや。朔耶ともっと寝てたい」
「こら。私、そろそろ起きなきゃ」
ベッドから体をお越し、硝子の存在を気にせずぱぱっと身支度を済ませていく。
「早っ。男子並みだよ」
「そう?」
「あ、ピアス選ばせて」
「うん」
ケースに収納している中から硝子が選んでくれたものを耳に取り付ける。充電済の携帯を鞄へ入れ、背負うようにしてそれを肩にかけた私を硝子は見送ってくれた。
「「「あっ」」」
女子寮から出て間もなく男子寮から出て来た悟と傑に遭遇。おはよう、と声をかけるも2人の表情は何とも複雑なものだった。
「どうかした?」
「復帰が早すぎだろ」
「もう1日くらい様子見た方がいいんじゃないかな」
「けど、検査では異常なかったよ」
それにしても、と口を揃える2人。心配してくれるのは嬉しいけれども、繁忙期+万年人手不足のこの呪術界じゃ仕方がないことだ。
「夜蛾セン鬼かよ」
「その先生から昨日『無理するなよ』ってお言葉を頂戴したよ」
「悟、言われたことあるかい?」
「一度も無いんですけどー」
贔屓だ贔屓だ、と文句垂れる2人に先生から優しくされたいの?かと問えば、何を想像したのか『気持ち悪いからいい』と何とも言えない顔をしていた。
「それじゃあ、気を付けて」
「おー。お前ら死ぬんじゃねーぞ」
「縁起でもないこと言わないでくれよ」
そして、私たちは各々課せられた任務へと出発した。
(2024.4.2)