強者と弱者
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護衛任務3日目。
私は予定通り、朝一の便で沖縄を発った。そして到着してすぐ式神を召喚し、外を見張らせ私は屋内を見張る。行き交う人間全てが怪しく見えてしまうので困ったものだ。
賞金期限が切れる前に3名。それから最近、指名手配リストに載った呪詛師とまさかの遭遇をし捕らえた。先生に連絡したらすぐ手の空いていた補助監督を回し、呪詛師を回収してくれた。勿論、氷漬けのまま。
「おかえり」
「「ただいま」」
賞金期限がとうに過ぎた頃、到着ロビーに悟たちが帰って来た。1年生と黒井さんが『お疲れ様です』と労いの言葉を掛けてくれた後、天内さんが『ご苦労』と声を掛けてくれたのだが何処かムスッとしている。
(何かあった?)
(…悟が機内で理子ちゃんをからかってね)
(だってアイツ、行きに朔耶の服掴んでたじゃん。だから、平気か?って聞いただけ)
(あー…)
私は2人の視線に気付いていたけれど、天内さんはバレてないと思っていたらしい。悟め、余計なことを。
「外に迎えの車が待機しているので行きましょう」
高専へと向かうための車輌が既に到着していることを告げ、駐車している場所へと移動する。1年生の2人はこの後、任務が入っているので此処からは別行動。別れ際、灰原は泣きそうな顔をしていたけれど七海に肘で突かれると天内さんに深々と礼をし、補助監督が運転する車へと乗り込んでいった。
15時。
都立呪術高専筵山麓へ到着。
車から下り、幾つも並ぶ鳥居の下を潜りながら長く続く階段を上っていく。そして登り切った所で傑が私たちに『お疲れ様』と声を掛けてくれた。高専の結界内に入ったのだ。
「大丈夫?」
「おぅ」
この任務の1番の功労者である悟の目元に覇気が感じられない。致し方ないのだけれど、天元様の元へ行くまでが任務だ。
「……」
ふと、今し方上って来た階段が気になった。山に囲まれている故に昼間でも狸や猿といった獣が出没することは時偶あるが、妙な感じがする。しかし、此処は結界内。容易く入れる場所ではないため、あまり気に止めずにおいた。
「悟、本当にお疲れ」
「二度とごめんだ。子供のお守りは」
如何にも怠そうに悟はボヤくとフッと悟が術式を解いたのが察知出来た。
刹那。
未だ嘗て感じたことのない速さで接近する気配に対し咄嗟に刀を抜く。悟の背後に迫る白刃を下から払い退けると金属同士が打つかり合う高音が鳴り響いた。突如、姿を現した男の存在に驚いている間もなく次の斬撃が迫りくる。瞬きも呼吸も、する暇がない。今までに体感したことの無い次元の速さに受けることで必死だった。男が怪しく口角を上げるのが見えた時、傑が召喚した大型のイモ虫呪霊が大きな口を開いてバグンとその男を飲み込んだ。
「大丈夫か!?」
「うん…」
「あの男は、一体」
「恐らく、盤星教の“切り札”かも」
此処に来てとんでもないのを送り込んで来たものだ。
「どうする?」
「天内優先。アイツの相手は俺がする。傑達は先に天元様の所へ行ってくれ」
「油断するなよ」
「誰に言ってんだよ」
サングラスを外しながら言う悟を背に、4人で薨星宮への扉へと急ぐ。後ろを振り返り見る天内さんの背を押し、傑を先頭に林の中を進んで行く。そして、到着した建物内に入り地下へと通ずる昇降機へと乗り込む。
「朔耶。さっきの男、全く呪力を感じなかった。ひょっとして奴は、天与呪縛」
「恐らく」
生まれつき呪力を持たない代わりに驚異的な身体能力を備える特異体質。だとしたら、結界を抜けられることも、あの悍ましい速さにも納得がいく。
最下層へと着き、昇降機の扉がゆっくりと開いて私たちはそこへ降り立った。そして薨星宮参道を歩き始めた傑に続く様に天内さんが足を前に進める。けれども、黒井さんはそこから動こうとはしなかった。
「理子様。私はここまでです」
深く頭を下げる黒井さんは天内さんにお別れを告げようとしていた。天内さんの両親が亡くなってから共に過ごしてきた彼女は今、世話役の任を終えようとしている。
「理子様…どうか…」
黒井さんの目に涙が溜まっていく。足を止めて彼女を見ていたら私の横を天内さんが駆けて行き、黒井さんに飛び付く様に抱き着いた。
「黒井、大好きだよ。ずっと…!!これからもずっと!!」
「私も…!!大好きです…」
抱き締め合いながら涙を流す2人を私も傑も黙って見ていた。最後の時を、邪魔しないように。
黒井さんとの別れを済ませた天内さんは名残り惜しそうに歩き始め、私の横を通り過ぎようとした。
「天内さん」
「何じゃ?」
「私も此処で失礼します。黒井さんを1人には出来ませんから」
「…そうか」
しゅん、と視線を落とした彼女は切ない表情で笑みを浮かべてから私の手を取った。
「ありがとう、如月。元気で」
「天内さんもお元気で」
握手を交わし、離れ難い気持ちになったけれど此処に長居するわけにはいかない。だから、握った手をそっと離して彼女に頭を下げた。傑と共にトンネルの奥へと消えて行く天内さんの後ろ姿を見つめ、黒井さんは涙を溢す。
「黒井さん」
「すみません。理子様との事を思い出すと、涙が止まらなくて…」
たった数日の付き合いの私たちと違って彼女は何年も天内さんと一緒に居たのだから思い出も数え切れないほどあるだろう。
「黒井さん、あんまり泣くと目が真っ赤になっちゃいますよ」
「うう…如月さん…」
ポケットに仕舞っていたハンカチを手渡すと黒井さんは小さく礼をして涙を拭いていく。
「へぇ。嬢ちゃん、“如月”て言うのか?」
「「…!!?」」
私たちが使った昇降機の前に、あの男が立っていた。咄嗟に黒井さんを背に隠し、刀を構える。
「…何で、此処に」
「聞きたいか?」
怪しく笑う男を前に奥歯が強く噛み締める。あの悟が、この男に敗北したなどと考えたくない。しかし、現に目の前にいるのは…。
「星漿体は、この先か」
「行かせない」
「悪いが、生活が掛かってるんでな」
「あの3000万はお兄さんが受け取る予定の依頼料?」
「あぁ、正確には手付金。仲介役に頼んでサイトに書き込んで貰った。金に釣られた馬鹿共が予定通り動いて五条悟とその周りにいた奴等の神経を削ってくれた。盤星教の奴らが沖縄行ったのはウケたが、沖縄観光出来て良かったろ?」
「……」
この3日間、私たちはこの男の掌で踊らされていたようだ。だとしたら、黒井さんを誘拐したのもこの男に違いない。
「黒井さん、逃げて下さい。時間は稼ぎます」
返事の代わりに彼女が頷くのが見えた。天与呪縛の男を前に黒井さんを守りながら戦うのは無理だ。トンネルの先へ行けば傑がいる。だから、どうにか…。
「おえっ」
男は口から玉状のモノを吐き出すと、それは見る見る内に大きくなり男の体に巻き付いた。男に巻き付いている芋虫型の呪霊は、その口から何かの柄をズルっと出し、その柄を掴んだ男は私に見せ付けるかの様に特級呪具を突き出した。
「天逆鉾!?それは、禪院家が所有している筈じゃ…」
「嬢ちゃん、物知りだな。じゃあ、コイツの効果も知ってるな」
「(発動中の術式の強制解除)…!!」
「呆気なかったぜ。あの無下限呪術と六眼の抱き合わせの五条悟でも」
ニヤッと笑う男に腸が煮えくり返りそうになる。落ち着け、と何度も自身に言い聞かせた。あの悟が死ぬ訳ない。刀を構えながら人型の雷虎を召喚する。
「へー、式神か」
余裕な表情の男が憎らしいけれど、特級呪具を持つ天与呪縛相手に何処までやれるか分からない。それでも、黒井さんが逃げる時間を僅かでも作りたかった。
雷虎を先に走らせ、私が追撃を図る。それと同時に黒井さんもトンネルに向け走り出す。
「女にしちゃあ、良い動きだ」
この男に褒められても嬉しくない。それよりも先程対峙した時よりも男の動きが格段に速い。瞬きをしたら斬られる。私も雷虎も呪力で底上げしているにも関わらず攻撃が掠りもしない。
「悪いな。勘が戻って来たわ」
「…!!」
突如、男の姿が視界から消えた。雷虎が天逆鉾によって消された次の瞬間、腹部に強烈な痛みが走り、間髪入れず抜かれた刃がすぐ横を貫いた。男に蹴り飛ばされた私は床に転がり、激痛に意識が飛びそうになる。男は黒井さんが行った方に体を向け格納呪霊から拳銃を取り出して歩き出した。黒井さんが、危ない。
雷虎を再び召喚し、拳銃を構える男を妨害させる。
「往生際が悪いぞ、嬢ちゃん」
「はっ…何とでも」
銃口が向けられた後、私は胸と腹部を撃たれた。衝撃と激痛に目が眩む。呼吸が辛い。霞ゆく視界の中に最後に映ったのは、嘲笑うかのような男の笑みだった。悔しい。悔しい…。
・
・
・
「生きてるか?」
誰かの呼び掛けに私は微かに首を動かした。微睡む意識の中、体が浮遊感に包まれる。
「…さ、とる?」
「死ぬなよ」
私はその声に再度、首を動かす。
そうしてまた、私は意識を深い所へ落とした。
「……」
次に目覚めると、1番最初に見えたのは硝子の綺麗な茶髪だった。身動ぎすると硝子の手が私の手を包み込む様に握っていることに気付く。
「しょ、こ」
「…朔耶!?」
ベッドに顔を埋めていた硝子がふと顔を起こすとばっちりと私と目が合い、その目を大きく開いた。
「朔耶!良かった…」
「みんな、は?」
「…五条は朔耶と夏油を頼む、て連絡するなり何処か行った。で、夏油は傷を治すなり出て行った」
悟と傑は無事のようでホッとした。
あの時、私に声を掛けたのはやはり悟だったんだ。
「天内さんと、黒井さんは?」
「……」
私から視線を外して何も言わない硝子の反応で察してしまう。
「会いに行きたい」
「自分の状況解ってる?失血死するところだったんだよ」
ベッドの脇にぶら下がる点滴と輸血が私の命を繋いでいるそうだが、今はそんなこと気にも止めない。自力で動こうとしたら案の定、硝子に怒られた。本気で。それでも会いに行きたい、と頼むと彼女は車椅子を用意してくれた。
ご遺体が安置されている部屋へは私1人で入った。そこはとても静かで、空気が冷たく感じられる。
「黒井さん」
呼び掛けても無駄だと分かっている。
父が亡くなった時も、そうだった。
車椅子で項垂れていると扉の向こう、廊下の方で声がした。ゆっくりと開いた扉から初めて見る黒スーツの男性が白い布を被せたベッドの様な台車を押して入って来た。そして、黒井さんの横へ着けると一礼して去って行く。
「朔耶」
傑に呼ばれ、首だけを動かすと扉の前に傷んだ制服を纏ったままの悟と傑が立っていた。2人共に傷は治っていたけれど顔や制服に血が滲んだままだった。
「おかえり」
「おぅ」
「ただいま」
悟から感じる呪力と眼に変化を感じたが、今その話をするのは憚れると思い口を噤んだ。静かに歩き出した悟は先程入って来た台車に被せてあった布をゆっくりと半分ほど捲った。案の定、そこへ横たわっていたのは天内さんだった。
「さっき、取り返して来た」
「…うん」
「天与呪縛の奴は、俺が殺した」
「…そう」
教えてくれてありがとう、と悟に告げる。慣れない車椅子を傑に補助してもらいながら動かし、私は天内さんの傍まで移動した。胸の上に置かれた彼女の手に自らの手を伸ばし、触れる。最後に会った時、握手をした際はあんなに温かかったのに。
彼女の手は、とても冷たかった。
(2024.3.18)