緊急要員です
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『静岡県浜松市で爆発事故』
と、大きめの見出しと現場の映像がテレビに放映されている。
その傍で夜蛾先生の前に正座させられている私以外の3人の中に帳を降ろし忘れた人物がいるという。
今、ニュースで取り上げられている建物は冥さんと歌姫先輩が二日も行方不明となっていた場所。そして救出に向かったメンバーが悟、傑、硝子の3人。私はその日、別件で動いていたので無関係ではあるが硝子から全て聞いている。
名乗り出ろ、と言われた途端に悟が手を上げて先生に抗議する。そんな彼を挟んで座る傑と硝子は揃って悟を指差すので可笑しくて堪らない。指導と言う名の拳骨を落とされた悟の頭には僅かに瘤が出来ていた。
「“帳”って、そこまで必要?」
帳に関して文句を垂らす悟を傑が諭すのだけれど、それを悟が良い子に聞くわけがなかった。傑の正論に対して、まあ煽ること...。場の雰囲気を察した硝子はこっそりと「逃げるわ」と耳打ちして去って行く。険悪なムードの中、傑が使役呪霊を召喚したところで私も退散しようと椅子から腰を上げた時、夜蛾先生が戻って来た。硝子を除く私たちは平然とし何事もなかったかのように振る舞う。
「硝子はどうした?」
「さぁ?」
「便所でしょ」
「トイレ、て言いなよ」
「まぁいい。この任務は悟と傑、オマエ達2人に行ってもらう」
先生の言葉に不満丸出しの顔をする2人。先生も、なんだその面は、と突っ込む。
「先生。この件に関係ないようでしたら、話が済むまで外で待機してます」
レモンティーでも買いに行こう、と思っていたのだが先生から残って話を聞く様に言われた。
悟と傑に課せられる任務は、天元様の適合者である少女の護衛と抹消。2日後の満月に500年に一度、“星漿体”天元様と適合する人間との同化がおこなわれるという。しかし、その“星漿体”の所在が漏れてしまい、少女の命が狙われている。
呪詛師集団『Q』
宗教団体盤星教『時の器の会』
大きく分けてこの二つの団体が少女を狙っているらしい。2日後の満月まで少女を護衛し天元様の下まで送り届けるよう、先生は私たちに言い渡す。
「宗教団体...面倒だね」
「そうか?非術師ばっかの団体だろ」
「そこまで気にする必要は無いと思うけど」
悟も傑も呪詛師集団『Q』の方を警戒すべきだと考えている。確かに盤星教は非術師の集まりで私たち呪術師と戦う力は無い。
「戦う力が無いからこそ、戦う力を雇うんだよ。ああいう団体は莫大な金を蓄えてるから、その金で秘密裏に殺しのプロを雇ってくる。目的が果たされれば証拠を綺麗さっぱり消してしまう」
「物騒だな」
「お前、詳し過ぎない?」
「悟だって知ってるんじゃないの。こういうの」
「そんなに詳しくないって」
悟は幼い頃から狙われる側だ。彼の首には何億という懸賞金が掛けられているため、数多の呪詛師たちが暗殺を目論んだ。しかし、今日まで悟に触れられた者は誰一人としていない。
今回の護衛任務に悟が選ばれるのは適任だ。彼の術式の前では誰も触れられないのだから。そして、その悟とバディを組む傑もまた適任。媒介無しに使役呪霊を召喚出来て、私の式神と違って一度に何体でも操れる。それに、護衛する少女に対して現時点で既にガキんちょ呼ばわりしている悟が年下の女の子に優しく出来るとは思えない。世話役の黒井さんという方も女性だ。
「先生。私は何をすれば良いのでしょう?」
「朔耶は緊急時の要員だ」
「要ります?」
「何が起きるか分からん。何時呼ばれて良い様にしておいてくれ」
「俺と傑がいれば大丈夫、大丈夫」
「朔耶の出番は無いかもしれないな」
「まぁ、2人は強いから大丈夫だと思うけど気を付けて」
「何かあればすぐに連絡を寄越すんだぞ」
先生と共に護衛任務へ出発する2人を見送る。
「先生」
「何だ?」
その場をすぐに立ち去ろうとする先生の背に小さく声を掛ければぴたりとその足を止め、肩越しに私へ視線を寄越す。周囲に誰もいないことを確認し、私は口を開く。
「“同化”ではなく“抹消”だなんて、随分と重い言葉を使うんですね」
「それだけ、重要な任務だと自覚させるためだ」
「なぜ経験を積んだ1級術師ではなく学生の2人が?」
「天元様のご指名だと言っただろ。それに、あの2人の実力は確かだ。そうだろ?」
「ええ。ですが1級の範疇ではない。更なる昇級の話が出るのもそう遠くないですよね。先生も、そう思いませんか?」
「朔耶…」
「お忙しいところすみません。それでは、失礼します」
先生は意外とわかりやすい。
小耳に挟んだ悟と傑の昇級の話、噂ではなかったらしい。
それから数時間後、呪詛師御用達の闇サイトにとんでもない書き込みが載せられた。
「…3000万」
高専のノートパソコンを拝借し、サイトをあれこれ見ていけば早々に見つけてしまった。
星漿体の少女の名前と顔写真、学校名に学年、完全に晒されている。これでは金に目が眩んだ呪詛師たちが挙って天内理子さんを狙うだろう。しかも、時間制限まで設けられているためすぐに呪詛師が集まって来る筈だ。
「大丈夫かなぁ。あの2人は」
*
*
*
某空港エントランス前。
「私の出番はない、て言ってなかった?」
「「アハハ・・・」」
星漿体護衛任務2日目の朝。私は最低限の荷物を手に悟たちと合流した。苦笑いをしている二人の間に立つ少女は私をじーっと見つめて来る。写真で見るより可愛らしい子だ。
「初めまして。緊急要員の如月朔耶です。よろしくお願いします」
「......頼りになるのか、この者は。不安じゃ」
じゃ?
(随分と古風な喋り方するんだね)
(天元様を意識してるんだよ)
(でもアイツ普通に喋れるぜ)
「コソコソ話はやめい!!」
悟と傑と顔を突き合わせて小声で話していると、天内さんは顔を赤らめてプンスカと怒り出した。
これから私たちは拉致された黒井さんを救出に沖縄へと向かう。なぜ沖縄を指定してきたのか非常に謎である。
(今からでも高専に連れて行った方が良くない?)
(だって、アイツが一緒に行くって聞かないし)
(黒井さんは理子ちゃんにとって家族同然だから。心配で仕方がないんだ)
(でも...)
(アイツの要望には応えるように、てさ。天元様のご命令)
ちらりと天内さんを見ると、私たちの会話を察してか少し俯きがちに此方を見ていて荷物の入った鞄を両手で強く掴んでいた。
「妾は高専には行かぬ!黒井を助けに沖縄に行くぞ!」
「本人もああ言ってるから」
「早く手続きしよーぜ」
「仕方がないか。...おっと、その前に」
『雹牙』を召喚し、此方を見下ろせる位置から銃口を向けている人物に向かって走らせた。まぁ、撃ったところで悟の術式の前では当たることはないけれど。標的が氷漬けになったのを確認した後、戻って来た雹牙の頭をワシャワシャと撫でてやる。
「あの狙撃手、2時間も前からあそこでスタンバってたのに。無駄だったね」
「...2時間?」
「待って。お前、何時間前から居んの?」
「太陽が昇った頃から」
朝日が綺麗だったよ、と言えば悟と傑は苦い表情を浮かべていた。
「コレは豹か?」
「雪豹だよ」
「さ、触っても良いか?」
「どうぞ」
「わっ、ひんやり冷たい」
雹牙の頭をよしよしと撫でる天内さんは雹牙が纏う冷気に驚いていたけれど、綺麗な毛並みだと褒めつつ楽しそうに笑った。
出発するまでの間、周囲を警戒しながら彼女を観察していたけれど同化前の人とは思えないくらい普通に振る舞っていて正直、不思議でならなかった。
「ちょっこら見回って来るわ」
沖縄行きの飛行機に搭乗するなり、悟は乗員乗客を調べに出掛けた。傑と私は天内さんを挟む形で席に着く。そっと目を閉じると、外を見張らせている『雷虎』の視覚がより鮮明に見えて来て、一先ず異常は見当たらない。
「眠いのか?」
「いえ。こうしている方が外を見張っている式神の目を通して周囲がよく見えるの」
「そうなのか。朝早くから空港にいたと聞いたから、眠たいのかと...」
「大丈夫。平気だよ」
気が強そうな子かと思えば、今日初めて顔を合わせた私を気に掛けてくれる優しいところもあるようだ。
しかし、他人の心配より御自分の心配をするべきだと思う。懸賞金を掛けられ、命を狙われているのだから。
機内アナウンスが始まると同時に悟は帰って来た。乗員全員を調べ、飛行機にも異常は無かったとのことだ。離陸したら傑の使役呪霊で外から機体を見張らせるというので、私の雷虎は引っ込めてくれていいと言われた。
「どうかした?そわそわして」
「便所いきてーの?」
「違うわ!!」
「理子ちゃん、声」
ゆっくりと滑走路に向けて移動を始めた機体。機内アナウンスが流れる中、天内さんはそわそわと落ち着きが無い。
「ひょっとして、飛行機初めて?」
「…うん」
返事と共に恥ずかしそうに小さく頷く姿がほんのり可愛らしかった。星漿体という特別な存在が故に行動を制限されて生きてきた彼女にとって、飛行機での移動は物凄いことなんだろう。空港内でもずっとキョロキョロしていたし。
「天内、怖いなら傑と朔耶に手繋いでもらえば?」
「怖くない!子供扱いするな」
傑の隣からニヤニヤと誂うような笑みを浮かべる悟を睨む天内さんは腕組みをして凛として見せている。2人に挟まれている傑は、悟に冷やかすのをやめるよう言ってはいるがその顔は笑っている。
離陸に向けて徐々に速度を上げる機体に私は内心、ワクワクしていた。この飛び立つ瞬間が私は好きだったりする。
「…?」
左肘辺りに視線を落とすと細い指が私の上着をきゅっと掴んでいるのが見えた。不安気なその眼差しに私は前を向いたまま右手をその小さな手に重ねてあげる。
離陸した飛行機はぐんぐんと上昇し、沖縄を目指す。
(2024.2.24)