想像は無限大
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「猫じゃなくて虎だよ、朔耶」
久しぶりに見た夢に少し若い頃の父が出て来た。縁側に腰掛けて胡座をかく父の膝の上に私は居て、見せてくれた虎の式神を猫だと喜んだ。けれど真っ白な毛で覆われたそれはネコ科の立派な猛獣だ。
「わたしも出来るようになる?」
「出来るさ。朔耶は賢くて、才能の塊だもんなぁ」
お父さんに似て、と笑う父に寄り添う様に座る白い虎『雷虎』はとても凛々しくある。だから、自分もこんな式神を扱えれたら、と幼いながらに憧れを抱いた。
しかし、これは夢。どんなに心地良く、懐かしさに浸ろうが夢は夢で・・・現実は、こう。
夜の寒空の下、私は仰向けで寝転んで、いや、倒れている。
呪力が底をついてしまったからだ。
風に乗って潮の香りと焼け焦げた匂いが鼻を突く。力を振り絞って体を起こそうにも毒蜘蛛に負わされた傷の所為で神経が麻痺していて動かせそうにない。3月とは言え、シャツ1枚とミニスカートでは冷える、はずなのに私の体は酷く熱を持っていて、深く息を吐く。帳は解いた。きっと高専関係者の誰かが、駆け付けてくれるだろう。
今回の案件は呪詛師が絡んでいた。
その男は、違法な臓器売買をしていて攫った子たちを解体し、臓器は売り、面倒な遺体の処理は使役していた巨大な毒蜘蛛が担っていた。女の子たちを拉致したのも、煙草を吸う為に人目の無い路地裏に入った私を地面に引きずり込んだのもこの蜘蛛。(これについては非常に恥ずかしいほどの不覚だった・・・。)
拉致されて辿り着いたのは廃工場の地下室。そこには、私と同じ年頃の女の子が手術台の様な台に拘束され、怯えながら涙を流していた。
「君たちみたいな不良娘は生きててもしょーがないでしょ?」
「人の為になるんだから、喜びなよ」
人の命を何とも思っていない、金儲けしか考えていない呪詛師は笑って言った。
この男を野放しにしておけない、心の底からそう思った。
如月家の相伝術式の式神は呪符を必要とはしない。腹部にある呪印から式神を召喚出来るようになっている。そして、呪印の奥の空間に呪具を格納しているので、常に手ぶらで移動が出来る。だから、呪詛師の不意をつくことは容易かったし、拘束も簡単に抜け出せた。女の子は男によって麻酔を打たれたため運良く眠ってくれていたので狐の式神『炎狐』に乗せ避難させることが出来た。式神との視覚共有も可能なので女の子に害が無い場所まで行かせた後、彼女を巻き込まぬよう帳を張った。帳が出現すればそれに気付いた術師が駆けつけ、女の子を保護してくれるだろうと踏んで。
幸いなことに男は武闘派ではなかった。私が刀を抜くと酷くビビって蜘蛛に私を始末するよう命令し、自分は慌てて逃亡の準備を始めた。蜘蛛を祓ったら絶対に警察に突き出してやろう。命令に従い襲ってきた蜘蛛は図体の割に俊敏であったが、何てことはない速さだった。だから、早々に片が付くと見做して強く踏み込み斬り掛かった。
しかし、衝撃的な事態が起こる。蜘蛛の肉を裂く筈だった刃が漆黒の皮膚に触れて間もなく、真ん中辺りで真っ二つに折れた。綺麗に。無数にある赤黒い目に、目を見開く自分が写ったかと思えば太い脚に蹴飛ばされた。
どうやら、その際に奴の爪が腕を掠った所為で毒が体内に入ったらしい。・・・本日2度目の不覚。
痛む傷口はすぐに毒々しい紫色に変色し、ジワジワと体を痺れさせた。鋼の鎧を纏っているかのような皮膚の前では呪具が意味を成さない。
私の式神は他家の式神とは違い1度に1体しか召喚出来ないが、祓われたとしても術師が念じれば何度でも召喚が出来る。思業式ゆえの利点だ。
けれど、蜘蛛に対して『炎狐』の炎も『雹牙』の氷も動きは止められても有効とは言えず、『雷虎』の雷で漸く掠り傷を負わせれた。
威力が足りない。鎧の様な皮膚を貫く攻撃が必要なのに。
体が動かなくなる前に、何としてでも祓いたい。
「思業式の式神は、術師の意思で姿を変化させることが出来る」
良いことを教えてあげる、と記憶の中の少し痩せた父が縁側に腰掛けて私に言っていた。
「変化?」
「そう。基本、うちの式神は獣の型が主。だけど、もっと想像力を働かせれば、より戦闘に特化した強い式神に変えることが出来る。ただ、呪力の消費がはばしくて、細部に至るまで想像しないといけない。だから、とても難しい」
お父さんは出来るけどね、とニカッと笑って言った。
思業式は術師の実力が直接、式神に反映される。
この状況で式神をより強いものに変えるにはそれ相応の呪力を消費する。蜘蛛を仕留め損ねれば、私はアレの餌になるだろう。
「もっと自由に想像してみな」
自身への賭けだった。
結果として、『雷虎』を獣から人型へと変化させることが出来た。たった1度だけ、父が見せてくれた“それ”の模倣ではあったけれど完成した人型の『雷虎』は視覚共有も動きも獣の型よりも格段に上だった。
毒蜘蛛を仕留めた一撃に呪力を注ぎ過ぎ、結局こんなことになっているのだけれど、気分は悪くなかった。
「生きてる?」
瞬きの間に現れた悟はサングラスをしておらず、宝石みたいな青い眼が私を覗き込んだ。悟が来たことで張り巡らせていた緊張が一気に解けて溜息が漏れた。
「生きてる」
「お前、呪力カラッカラじゃん。あと、腕の傷の色ヤバッ」
「毒のせい」
「悟!」
「傑、硝子は??」
「朔耶は!?」
「生きてるけど、ケガしてる」
駆け付けた傑が悟と同様に私を覗き込む様に見た後、その場に屈んで少しだけ長く息を吐いて「良かった」と呟く。自分が着ていた上着を素早く脱ぐと傑はそれを私に掛けてくれた。
「汚れる」
「汚れたっていいさ。また新しいの貰うから」
「寒いよ」
「大丈夫。走って来たから暑いんだ」
「朔耶!」
呼吸を乱してやって来た硝子は泣きそうな顔で私の名前を呼んだ。
「良かった。心配したんだから」
「ごめん。油断した」
「ケガしてるじゃない!」
私の傷を見ようと硝子が手を伸ばそうとしたけれど、悟が硝子の前にスッと手を出して動きを制した。
「素手で触んない方が良い。お前まで毒にやられる」
「え、毒?」
硝子と傑が目を見開いて私の傷口へと視線を注ぐ。現在の症状を伝えたところ、傷口は治せるが体内を巡る毒の処置は出来ないとのことだった。3人が傍で話をしているのが遠くに聞こえてくる。そんな時、瓦礫がガタリと音を立てて呪詛師がボロボロな姿で這い出てきた。
「こんばんはー」
「お兄さん、ちょっと私たちと話をしようか?」
ガラの悪い二人に即効で捕まった男は今迄のことを全て洗い浚い吐かされることとなる。その間に冥さんと歌姫先輩が到着し、私の現状に先輩がキレながら大泣きするので宥めるのが大変だった。
「禁煙しなさい!分かった!?」
「・・・はい」
現在進行形で吸いたいなんて言ったら怒鳴られそうだ。
「朔耶が逃した子は保護して病院へ搬送したよ」
「ありがとうございます、冥さん」
「君のお迎えももうじき到着するから」
艷やかな笑みを浮かべた冥さんは私から離れて何処かへ歩いて行ってしまう。コツコツと鳴っていたヒールがある程度進んだ所で止まった。
「それにしても、凄いね。思業式の式神で此処までやるとは」
蜘蛛を祓った後がどうなっているのか私は見れていない。呪力の質力なんて考えず我武者羅に放った“雷槍”は地面に大穴を開けているとのことだ。
「硝子、眠い」
「寝てもいいけど・・・そのまま、なんてことにならないでよ」
「うん」
遠くで救急車のサイレンが鳴っている。お迎え、てあれのことかな?なんて思いながら私は目を閉じた。
*
*
*
病院で適切な処置をしてもらい、2日の入院生活を経て私は高専へと無事に戻った。
「もうスカート履かねぇの?」
4人でストーブを囲っていると悟が私のパンツ姿を見てぼやいた。
「あの恰好はもうしたくない」
「何でだよ?良かったのに。なぁ、傑」
「確かに朔耶のスカート姿は新鮮だった」
アレの何処が良いのだろうか。
あんなに露出した姿、二度と御免だ。
「朔耶、ナンパやスカウトに遭って大変だったのよねー?」
「うん」
「は?」
「マジ?」
「あと、知らないオジサンが急に声掛けて来て凄く気持ち悪かった」
「なんて?」
「君、いくら?て」
「「「どんなオッサンだった???」」」
「いや、覚えてない。通報しますよ、て言ったら逃げてった」
だから、アレはもう結構です。
(2024.2.2)