二段構えだよ
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卒業シーズンでもある3月の半ば。梅の花も咲き出しているというのに今朝は霜が降りるほど寒く、吐き出す息がとても白い。
「寒っ!早く暖かくならないかな」
「硝子。はい、カイロあげる」
「ありがとう、朔耶!」
ホカホカと温かいカイロを手渡され、心もほっこりする。持つべきものは友ね。そんな、朔耶の首にはライトグレーのマフラーが巻かれている。それはクリスマスに4人でプレゼント交換した際に夏油が用意し朔耶が引き当てた物。ちなみに私は五条の(二千円以内に収めろと指示した)お菓子の詰合せ、五条は朔耶の柚子茶・生姜湯セット、夏油は私の厳選おつまみだった。
「いいね、朔耶。マフラーと髪の二段構え」
「うん。夏場は首に張り付いて鬱陶しいけど冬は防寒になる」
朝寒いと朔耶は首と耳を冷やさぬために髪を下ろして登校する。その姿がまた別嬪なの。
「私たちが一番乗りだね」
「早く点けなきゃ」
この木造校舎には残念ながらエアコンが設置されておらず、教室には大きめの石油ストーブが1台置いてあるだけ。朔耶と共に暖をとっていると五条と夏油が到着し、4人共マフラーを巻いたままストーブを囲む。
「うちら4人しか居ないんだから教室この半分くらいで良くない?」
「あー、分かる」
「それかもう1台ストーブ置いて欲しい」
「そうすると持って来る灯油が倍になるよ」
暖を取りながら雑談していると教室の扉が開き、黒のロングコートを羽織った冥さんが現れた。
「やあ、皆おはよう」
私たちが挨拶を返すと艶やかな笑みで微笑んだ冥さんは扉を閉めてコツコツとヒールを鳴らして近付いて来る。その方向は明らかに朔耶へと向いていた。
「温まっているところ悪いね。朔耶、私が担当している案件に是非協力してくれないかい?」
「私がですか?」
「そう。朔耶の力が必要なんだ」
1級術師である冥さんが朔耶に協力を仰ぐ案件て何だろう。朔耶よりも階級が上の五条と夏油が此処にいるのに。そして、何故か朔耶を連れ出していく冥さんが楽しそうに見えて二人の背を見ながら疑問ばかりが浮かぶ。
***
2限が済み、一服しようと昇降口へ降りると廊下の先にブレザーを着た見慣れない女子を見つけた。距離もあるし、後ろ姿だからどんな女か分からないけど紺の上着にチェック柄のミニ丈のスカート、緩く巻かれた黒髪を見る限り明らかにギャルっぽい。絶対に話し掛けられたくない人種だ。早く立ち去ろう、と踵を返したら「硝子!」と名を呼ばれ息を飲む。振り返るとぶんぶんと手を振って此方へ駆け寄って来る。
「歌姫先輩?」
関わりたくないと思っていたギャルは仲良くさせてもらっている歌姫先輩だった。ぐっと近寄った先輩はいつもよりも目元を強調するようなメイクを施していて私に「似合う?」と問い掛けてくる。普段の先輩の方が断然に良い。しかし御本人は普段と違う装いにテンションが上がっている様子なので現在の装いを褒めることにした。そこへ不運にも五条と夏油が階段を降りてきて、先輩を見るなり二人して固まった。
「傑。俺、疲れてんのかな?さっきから幻視が・・・」
「奇遇だね悟、私もだよ。一緒に眼科へ行こう」
近くの眼科してるかな?と態とらしい口調で先輩を煽る二人に先輩は怒りの形相で拳を震わせている。幻視は眼科に行っても治らないぞ。
「なにそれ、コスプレ?歳考えてくんない?」
「庵先輩、見せハラです」
「コスプレ言うな!!あんた等に見せるためでもないわ!!これから、任務なの!冥さんと!」
先輩が口悪く怒鳴った後、暫しの沈黙が流れるとコツコツと階段を下ってくる音がしてくる。ヒールを鳴らして現れた冥さんの後ろには全てを諦めた様な表情をした朔耶が歌姫先輩と類似した恰好でいる。今、この空間で唯一笑顔の冥さんは朔耶の肩に腕を回して「可愛いだろう?」と自慢気。先程からクズ共は口をぽかんと開けて朔耶をガン見している。
「冥さん」
「何だい?朔耶」
「私、要りますか?歌姫先輩だけで宜しいのでは?」
「言っただろう。歌姫と朔耶の二段構えだよ。女子高生を攫った呪霊を誘き出すためのね」
事の発端は1ヶ月前。都内に住む女子高生が忽然と姿を晦ました。当初は家出かと思われていたがバイト先の飲食店から程近い路地裏で女子高生の携帯電話が発見され、その傍に呪霊のものと思しき残穢が見つかったのだという。そして今現在、既に4人もの女子高生が行方不明となり上層部はピリついているらしく早期解決を指示されたんだとか。そこで冥さんは女性補助監督に行方不明者4人の共通点である派手な女子高生に扮してもらったそうだけれど、収穫はゼロ。
「朔耶だって覚えているだろう?行方不明になった子たちの写真を」
「はい」
「派手で素行の悪そうな印象ではあったが、なかなかの綺麗どこが揃っていたね。だから朔耶は必要不可欠」
「いや、でも、私はそんなに綺麗では、」
「私のために来てくれるね?」
有無を言わさぬ笑みを浮かべる冥さんの頼みを朔耶が断る筈がない。そういうところは真面目な子だもの。
「冥さん。この案件に歌姫、要る?朔耶だけで良いでしょ」
「“先輩”、付けろ!!」
「要るよ。歌姫だって可愛いじゃないか」
五条の失礼発言にキレた先輩は冥さんの御言葉を聞いた途端目を輝かせる。が、クズ二人はそれを否定するかのように顔を歪めた。再び騒ぎ出したのでササッと朔耶の側へと寄ってまじまじとその変身ぶりを拝む。下ろした黒髪の先を緩く巻いてあるから大人っぽい。
「硝子。足が寒い」
「タイツに変えて貰えば?」
「紺のハイソしか用意されてなかった」
「それは残念だったね」
ミニ丈のスカートから伸びた朔耶の脚は羨ましいくらいの脚線美。鍛えているから太腿も脹脛も引き締まっていて、それでいて細過ぎず太過ぎない。
「先輩はリボンだけど、朔耶はネクタイなんだ。似合ってるじゃん」
「リボン付けたら似合わなくて」
「クールな朔耶にはネクタイだわ。あ、そうだ。写真撮ろ」
「えっ」
「メイクしてる朔耶、超レアだもん。可愛いよ」
撮りたくなさそうな朔耶の横へ並ぶと冥さんが撮ってくれた。もう少し笑いなよ、朔耶。
「朔耶!私も、私も!」
次いで歌姫先輩が朔耶の隣に立つとクズ共がクスクスと笑い始めた。
「何が可笑しいのよ!?」
「歌姫と朔耶の膝の位置が違い過ぎる」
「膝に年齢が出るて本当なんですね」
「そんなに年齢差ねーわ!!見んなクソガキ共!」
「歌姫先輩、撮らないなら早く行きませんか?」
「あー!待って、朔耶!」
「あっ!俺も」
「あっ!私も」
此処でプチ撮影会が始まった。その最中、歌姫先輩がどれだけ朔耶に寄ろうと私は気にしない。
けど、クズ共。近過ぎね?
おい五条、朔耶の肩に手を置くな。胸を見るな。
こら夏油、朔耶の髪を然りげ無く触るな。太腿を見るな。
「あのー、冥さん」
隣で撮影会の様子を微笑んで見ていた冥さんにコソッと声を掛ける。
「朔耶が今着けてる下着、いつものじゃないですよね」
「御名答。普段のものでは朔耶の女としての魅力が半減してしまうからね。実に勿体ない」
潰すと形が悪くなってしまう。と付け加えられ納得する。
「そういやお前、今日胸デカくない?パッド何枚入れてんの?」
朔耶の胸を指差して五条がぶっ飛んだことを投げ掛けた瞬間、その場は静まり返った。かと思えば夏油がクズの頭を物凄い速さで引っ叩き、朔耶はスクールバッグで胸元を隠して嫌悪感を露わにしている。
「痛ぇっ!!」
「失礼にも程がある!!」
「五条サイテー」
「朔耶に近寄んな!!冥さん!早く行きましょう」
朔耶の手を引いてズンズンと歩き出した先輩の後ろをヒールを鳴らしながら優美に歩く冥さんはふと立ち止まって振り返る。
「五条くん、もう少し言葉を選べるようになった方が良いよ。それから朔耶の胸にパッドなんて入れていないから」
それじゃあ、と艶やかに笑って立ち去っていく冥さんの所為でまた静まり返ってしまう。
「俺、1年近くも朔耶に騙されてたのか」
「悟、そういう言い方はやめな」
「だってさぁ」
「五条なんて朔耶に嫌われてしまえ。一生」
は?酷い?無神経なクズに言われたくない。朔耶が胸を潰しているのは動きやすさを考えてのこと。それと、この呪術界では女は軽視されやすい。だから、ナメられないようにするためでもある。それなのに、五条は本当に失礼。朔耶、大丈夫かな。あんな見た目じゃ、呪霊より変な男が寄って来そう。っ!?もしや、その為の歌姫先輩?・・・冥さん、策士。
*
*
*
1日の授業が終わった。朔耶はまだ帰って来てはおらず、高専内の石畳を煙草を咥えて一人歩いていると後ろからクズ二人に声を掛けられる。コンビニへ行こう、と誘われたので二人に何か奢らせようかと考えていたら五条の携帯が着信を知らせた。夜蛾先生からだ。夏油と共に「何をやらかした?」と揶揄うと五条は顔を顰め、その表情のまま電話に出た。
「もしもしー。はい。今?まだ高専内に居ますけど?傑と硝子も一緒ですよ」
先生相手に怠そうに話すなよ、と思いながら煙草に火を点けかけた時、「は!?」と急に五条の声のトーンが変わった。何か良くないことが起きたんだ。いつも飄々としている五条が何処か焦燥に駆られている。
「それで・・・今から3人で。分かりました、はい」
電話を終えたところで夏油が「どうかしたのか?」と問えば、五条は顔を顰めてこう告げた。
「朔耶がいなくなった」
咥えていた煙草が唇から滑り落ち、地面にぽとりと転がる。夏油と五条が話している声が聞こえるのに上手く聞き取れない。急患の知らせがあっても動じず冷静でいられるようになってきたのに。
朔耶、何処に行っちゃったの?
(2024.1.21)