チョコレートに負けた日
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任務を終えて教室に行くと硝子一人だけがいた。席に着いて携帯の画面に集中している彼女は何処か難しそうな顔をしていて私は暫し観察した。開けっ放しの扉から気配を消し、ゆっくりと教室へと入る。近付いて覗き見えた小さな画面には『女友達へ贈るプレゼント』とはっきり見えた。
「朔耶にプレゼント?」
「っ!?」
体をビクつかせた硝子は咄嗟に振り返って此方を確認した途端、眉間に濃い皺を寄せて驚かせるなと言わんばかりに睨んできた。
「ごめんごめん。あまりにも携帯に集中していたから、つい」
「うざっ」
硝子は悪態をつくなり携帯の画面を隠す様にして見始めた。そんなに隠さなくても良いじゃないか、と思いながら席に着いて再び彼女を観察する。恐らく硝子が真剣に見ているのは朔耶へ贈るプレゼントだろう。
「朔耶に何をあげるんだい?」
「何で夏油に教えないといけないの」
「あげる物が被ったらつまらないじゃないか」
「え?あんたも朔耶の誕生日プレゼント考えてるの?」
なるほど。誕生日プレゼントか。
自身の携帯を取り出して10月のカレンダーを開き数字を目で追う。本日は10月1日。プレゼントを用意するとしたら1、2週間後辺りかな。
「10日だったけ?」
「8日でしょ」
はい。硝子、ありがとう。
空かさずカレンダーに入力すれば、硝子が訝しげな表情で見ていたのでお礼を伝えたら舌打ちをされた。さて、朔耶に何を渡そうか。その日は日曜日だから出掛けるのも有りだ。彼女の好きなものは日本酒。甘党だけど甘過ぎないビターなチョコレート。それからあとは、そう、朔耶を破顔させてしまうほど好きなアレだ。思い付いたらすぐ検索。これはもうあの子のためにある場所だと思う。
「あのさぁ」
「ん?」
「夏油、ニヤけ過ぎ」
キモい、と言う小さな呟きを耳に入れながら徐ろに口元と頬を手で覆った。硝子はそれ以上何も突っ込んでは来なかったが、自覚は無かったとは言え自身の緩んでいた表情を見られていたと思うと居心地が悪い。
「何あげるか決めたら教えてよね」
秘密は無しね、と言われてしまえば先程考えついた名案を打ち明けるしかなく検索して見つけたページを表示したまま硝子に向ける。座ったまま身を乗り出した彼女は画面を見てすぐにグッと親指を立てた。
***
運良く、私も朔耶も硝子も予定が入ることなく8日を迎えた。悟だけは運悪く飛び込みで任務が入り朝から騒いでいたが庵先輩によって強制的に車へ押し込まれて出発していった。
「今日は何処へ連れて行ってくれるの?」
「朔耶の好きそうな場所だよ」
「いいから私らについておいで」
私と硝子は彼女に行き先を伝えてはいない。朔耶を驚かせたいのと、どんな反応をするのか見たいからだ。勿論、悟にも伝えたのだが無意味となってしまった。寮から徒歩で十数分の所にある最寄り駅に着いてすぐ硝子は喫煙所へと向かって行き私と朔耶はベンチへと腰掛ける。
「今日はハーフアップなんだね」
「ああ。休日だし、服に合わせて見たんだ。朔耶は綺麗な編み込みだね。自分でアレンジしたの?」
「うん。硝子が読んでる雑誌見て真似してみた」
「朔耶は器用だね。とても似合っているよ」
「傑も似合ってる。格好良いね」
「そう?ありがとう」
頭の中を『格好良いね』が反響し続けて、首から上がほんのりと熱い。言われ慣れてる筈なんだけど。
昇格祝いで呑んだ時から朔耶へのイメージは明らかに変わっていた。それまでは、お見合い写真で見た様な如月家のお嬢様、というイメージが強かった。けれど、彼女の複雑な家庭環境とお母さんが一般家庭の人だと知ったら、そんなの全部塗替えられていて『家族想いの良い子』になっている。
それから、話したいことが幾つも頭に浮かんで来たのに硝子が戻って来るは、電車がやって来るはで話せず仕舞いだった。目的地のある駅に着いてからは携帯の地図を頼りに進んだ。
目的のカフェに入店すると朔耶は店内を自由気ままに過ごす猫に釘付けで、口元を暫し手で覆っていた。店員から注意事項の説明を受けてから靴をスリッパに履き替えてソファー席に着く。
「私、猫カフェ初めて」
「どう?初の猫カフェの感想は?」
「見てるだけで凄く癒される。凄く良い」
「猫が好き、て言っていたから。喜んで貰えて良かったよ。朔耶、誕生日おめでとう」
「おめでとう、朔耶」
「二人共、ありがとう」
少しだけ恥ずかしそうにしているけれど朔耶が嬉しそうに笑っているのを見、此方としても選んだ甲斐がある。ドリンクバーでそれぞれ好きな飲み物を選んで喉を潤していると一匹の猫が硝子の横ヘとやってきた。
「あ、こっち来た」
「可愛い。スコティッシュフォールドだよ」
「え?」
朔耶の口からプロレスの技みたいな名前が出てきたので私も硝子も目が点になる。垂れ耳と丸っこい体が特徴のその猫は、朔耶に顎下を撫でられて気持ち良さそうにしていた。愛猫がいるだけあって猫の触れ方に慣れている。その様子を眺めながらコーヒーを口にしているとソファの背凭れに白猫が来た。テーブルにあった貸出し用猫じゃらしを手に取り、近くで振ってみたが興味なさそうにしている。
「その猫、五条みたいじゃない?白くて目が青くて」
「本当だ」
ペルシャというその猫は被毛が長くフサフサとしていて、何となくお金持ちの家に居そうだと思った。
「おーい、サトル」
本当は首輪に『レオ(♂)』という素敵な名前があるが硝子が五条というので私はサトルと呼んで猫じゃらしを再度振る。朔耶にコツを教えて貰うと漸く反応を示すようになった。
「おっ、五条の猫パンチ」
「やるなぁ、サトル」
その様子に朔耶は笑い、硝子も面白そうに写真に収めていた。それから少しして朔耶も別の猫じゃらしでその猫と遊び始めたのだが、ここで困ったことが起きてしまう。そのことについては私だけではなく硝子にも非があると言い切れる。
「可愛い。サトル、いい子だね。気持ち良いのかな?」
何時ぞやの野良猫と戯れていた際に聞いたあの優しい声と眼差しを向けながら朔耶は猫の耳の付け根や額を撫でている。猫は彼女の膝の上でこれまた気持ち良さそうにしているが、私と硝子はたぶん今同じ気持ちだろう。
((あんな呼び方するんじゃなかった・・・))
一人此処に来られなかったから私たちに呪いをかけているのだろうか。朔耶が『サトル』と呼ぶ度にアレが頭に浮かんでくるから困ったものだ。
朔耶に猫カフェを満喫して貰ったところで昼食をとるため退店する。会計は私がしようとしたのだが硝子が朔耶の分を出すと言い出して、結局二人で折半した。
「私、お蕎麦がいい」
朔耶に昼食の希望を聞いた瞬間、思わず彼女を凝視した。
「蕎麦でいいの?他にもお店あるよ」
「硝子はお祝い事の時、お蕎麦食べない?本家にいた時は慶事の時、絶対出てくるんだけど」
「そうなの?羨ましいな。我が家でもお祝い事の時は蕎麦を出してほしい」
「傑、お蕎麦好きなの?」
「うん、大好物」
「そうなんだ。私も好き。美味しいよね」
入学してから初めて、朔耶と共通の好きなものを発見した。ちょっと嬉しいな。
その後、私たちは趣のある蕎麦屋を見つけ、そこで昼食をとることにした。注文を済ませたところで朔耶は御手洗いへと立ち、硝子と二人になる。
「此処も折半だからね」
「そう言うだろうと思った。で、今夜は『スナック如月』なのかな?」
「当然。ママに金賞受賞の酒プレゼントするの」
「抜かりないなぁ」
「そういうあんたもどうせ他にプレゼント用意してんでしょ?」
「ああ。ケーキを予約してある」
それも最近出来たばかりの洋菓子店のケーキ。夜なら悟も帰って来ているだろうから4人で切り分けて食べよう。それから、悟用のジュースも用意しておこう。「ただいま」と朔耶が帰って来ると硝子が今晩の呑みの話を切り出し、夜に朔耶の部屋に集合となった。
*
女子寮初潜入!とワクワクしている悟の手には大きめの紙袋。朔耶への誕生日プレゼントというが何度聞いても中身を教えてはくれない。声と足音を潜めて辿り着いた部屋の扉を控え目にノックすれば内側からそっと開き、朔耶が急かすように手招きをして私達を室内へと招き入れた。
「朔耶、ハピバ!ほい。プレゼント」
「ありがとう。随分大きいね」
「開けてみろよ。お前、絶対喜ぶヤツだからさ」
朔耶は早速、紙袋から綺麗にラッピングされた箱を取り出した。そこには超が付くほど有名で高級なチョコレート店の名前が印刷されていて硬直してしまう。開封された箱には見るからに高級感漂うチョコレートが並んでいる。
「凄いね。悟、ありがとう」
「朔耶、チョコレート好きだろ。任務が早く済んだから帰りに買って来た」
嬉しそうな朔耶の様子に悟はドヤ顔で、私は蟀谷を押さえた。すると硝子が私に携帯の画面を見せてくる。そこには悟がプレゼントしたものと同じものが掲載されていて金額を見た瞬間、悟は馬鹿だ、と本気で思った。私のケーキと硝子の日本酒が霞んで見えてしまうのが悔しい。
その後、私が購入したケーキを食べ、甘党の朔耶と悟は硝子の分を二人で半分こしていたがそれすらもぺろりと平らげてしまう。そして、今度はチョコレートを食べ始めた。朔耶にプレゼントしたくせに何で悟まで食べてるんだ。
「ねえ、悟。ホワイトチョコ食べてくれない?私、苦手で」
「おお、食べる食べる」
口を開けて待つ悟に朔耶は何の躊躇いも無くその口へ一口サイズのホワイトチョコを運んだ。この二人の距離感は偶にバグる。大抵、悟の方から朔耶の飲食物を強請っては躊躇なくシェアしてしまう。時には、悟が目の疲労を訴えれば朔耶は首や肩のマッサージを施してしまうから、この二人の関係性を疑って止まない。
「傑も食べない?」
「それじゃあ、頂こうかな。出来ればビターがいいなぁ」
箱の中を見つめ、明らかにビターだろうと思うチョコに手を伸ばそうと思ったがそれよりも先にそのチョコを摘み取った朔耶は私の前に持って来た。
「はい」
「え?」
「ん?あ、ごめん。他人が触ったのダメだった?」
「いや、そんなことないよ」
差し出されたチョコレートを口で受け取ると独特の苦味が口内に広がっていく。悟が自慢気に、俺が選んだチョコ美味いだろ?と聞いて来たので頷いておいた。
『あーん』て、親や保育園の先生以外にしてもらったことあっただろうか。
今日は朝から出掛けて、色々あった筈なのに最後の最後で食べさせて貰ったチョコレートの記憶が全てを持っていってしまった。
(2024.1.14)