FE風花雪月(ディミレス)


からりとした秋風が、訓練場で汗をかいていたベレスには心地が良かった。

休日の午後。
武術一般の成績が低い生徒を優先として希望を募り、ここ数日は余暇を充てて個人指導を行っている。

今日は、陽が落ちてきた今になってようやく、最後の生徒の指導を終えたところだ。
遠巻きに指導の様子を見物していた生徒たちも解散し、その内の一人の生徒が、やれやれといった様子でベレスに歩み寄ってきた。

「今日も大盛況だっただったな、先生。」

その言葉に皮肉が込められていることを、彼の担任教師は気づいている。

「日に日に人数が増えているよ。」
ベレスが訓練服の首元を掴んで汗を拭うと、彼――教え子であり恋仲でもあるディミトリが、水の入った皮袋をベレスに手渡した。
それを一気に飲み干す様を、少し呆れた様子で見つめていたディミトリは、はあ、と大げさに溜息をついたあとに口を開いた。

「平日は放課後、休日もこうしてやっているのにな。それに、低成績者を優先としてるはずなのにな?」

最初こそは低成績の者を優先としていた。しかし、今となってはそれを律儀に守っている者は少ない。
せっかく希望して来てくれたのだからと、ここ数日間ベレスは誰でも受け入れて指導をしている。

そんなベレスを、ディミトリは労るように、なじるように言葉を続ける。
「1人1回を限度にしたらどうだ?さっきすれ違った男子生徒は5日連続だろう。」
「みんな、月末の鷲獅子戦のために少しでも今より強くなりたいんだ。どうしても断れない。」
「だからって…他学級まで指導するのはやり過ぎだろう」

ディミトリが真に批難しているのはそこではないことも、ベレスは気がついている。

休日を含む連日の指導。

指導後の夜までの間にふた2人の時間を取っていたけれど、日毎に増える希望者数によりその時間が充分に取れないこと。

傭兵上がりの腕の強さは誰もが認めていて、そんな教師に教えを請う生徒…
――ばかりではないこと。

つまり『鷲獅子戦のため』を名目に、下心を隠しきれていない男子生徒たちが、ベレスに堂々と近づいてくること。

「魔法に関しては、うちの生徒が何人かハンネマンの個人指導でお世話になっているの。だから…」

ベレスの言葉にディミトリが被せる。

「ハンネマン先生の所に、同じ生徒が5日連続で、か?」
「…」

ベレスの言葉が繋がらない。畳み掛けるようにディミトリは続ける。
「ああ、俺も毎日、先生の指導に参加すれば良かったよ。成績なんて気にせず、あいつらみたいになりふり構わずな。必死さが足りなかった」

どうしてもディミトリは、この黒い感情を抑え切れなかった。

どれもこれもベレスに言っても困らせるだけだ。言ってしまった、と思ったときにはもう遅かった。

「ごめん…」

小さな声で、ベレスは謝った。
ハッとしてディミトリがベレスを見ると、下唇を悔しそうに噛んだまま俯いていた。
困らせるどころか傷つけてしまったことに、ディミトリは心の底から後悔した。

「いや、俺こそすまない…。こんなのは八つ当たりだ。先生は『先生』として指導しているだけだからな…」
「…うん。それに、男子だからって追い返せな
い。」

どうしようもない事実をディミトリが飲み込まないと、どうにもならない。

ベレスが不安な面持ちでディミトリを窺い見ると、彼は口元に手を当てて思案しているようだった。

ややあって「確か、鷲獅子戦の前に…来週か?授業で他学級とここで試合があるよな?」と訊ねた。
ベレスが頷くと、ディミトリが笑った。

「よし。男子生徒は任せろ。いや、先生は男女関係なく人気があるからな…。
とにかく、俺に任せろ。先生の指導を受けたところで無駄だった、他に時間を割けば良かった、2度と先生の個人指導なんて参加すまい、と必ず思えるように俺が徹底的に打ちのめす」

数日ぶりにベレスは恋人の笑顔を見た。
美しい笑顔に似つかわしくない物騒な案に、ベレスは呆気に取られた。

「それは…生徒たちは2度と個人指導どころか、武器を取れなくなるんじゃ…」
「鷲獅子戦の前にそれでは、本番は勝利間違いなしだな。」

ははは、とディミトリは笑った。
ベレスは笑えなかった。

この発言は一体どこまで本気で冗談なのか…?

他の生徒のことを思いやるのならば、個人指導の参加に限度を設けるべきだ、とベレスは強く確信した。

20240416 修正 

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