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教室の窓から、強い雨が降り注ぐ空を見上げた。分厚い雲が青空を覆い隠してしまい、電気のついていない室内は少し薄暗い。
広げていた文庫本に栞がわりの映画の半券を挟み、机にしまう。
時折、廊下をジャージ姿の生徒が走っている。外で部活動ができないので、各階でそれぞれ別の部が筋トレなどをしているのだ。
この階はと言えば、今日は野球部が走り込みをしていた。
その中の一人──片倉先輩のことを、私は好きだと思っている。だから、走る横顔見たさに、雨の日だけこうして教室に残って本を読むふりをしているのだ。
最近では、足音で誰が誰だか分かるようになってきた。我ながら気持ち悪いスキルを習得してしまった。
今日はバイトがあるからもう帰らないと、と腰を上げる。
と、一番はじめに聞き分けられるようになった足音が近づいてきた。そして、ドアが開く。
「あ……?なんだ、またお前か」
「こんにちは、片倉先輩」
一瞬止まった先輩は、滑らかに私の隣の席までやってくる。
「あ!今日席替えしたから、伊達くんの席ならこっちです」
隣は女子生徒の席だったから、勢いで机の中を探ろうとした手を掴んでしまった。
う、わあ、片倉先輩の手、おおきい。
窓側の、前から2番目の席──伊達くんの席について、ココです、と言った私の声は少し震えていた。
すぐに手を離そうとしたが、何故か先輩の手は離れてくれない。
「せんぱ、い?」
見上げれば、こちらをじっと見下ろす先輩と目があった。
「なん、です?」
まだ、手は離れていかない。蒸し暑さで少し汗ばむ手のひらが、片倉先輩の大きな手に包まれている。
なんで、急にこんな距離が近くなってるんだろう。
「俺の勘違いじゃなけりゃ、お前、俺を見てたよな?」
「ッ……え?」
「違うのか?やはり気のせいか」
悪い、と呟くように言って、先輩はようやく私の手を解放した。
伊達くんの席に座り、机の中をまさぐる。
違わないと、言ったら。
言ってしまったら、どうなるんだろう。
右手に残る先輩の手の感触が、ジワジワと熱になって行く。
ああ、暑い。
湿気が鬱陶しい。
額にはりついた前髪が、こそばゆい。
「あ、あったあった」
目的のノートを見つけたらしい先輩が、立ち上がる。
「席、教えてくれてありがとな」
すれ違いざま、私の頭にぽん、と触れて。
「あのっ」
教室から出て行こうとする後ろ姿に、思わず声をかけていた。
振り向いた先輩が、小首を傾げる。
「あ、えっとその、ぁ……」
呼び止めておいて、何を言うのか、何を言いたいのかが真っ白になってしまう。
「どうした?」
「部活、頑張ってください!じゃあバイトがあるので!」
片倉先輩の横をすり抜けて、ばたばたと下駄箱へ走る。
熱い。顔がすごく、あつい。
絶対変なヤツだと思われた。明日からどうしよう。
どんな顔して接すればいいのか分からない。
そもそも先輩に会うとき自分をコントロールできないことの方が多いけど。
「はあ……」
ため息をつきながらローファーに履き替え、カバンから折り畳み傘を取り出した。
雨は小降りになってきていて、この感じだと駅に着くまでに上がりそうだ。
一つ、賭けをしてみようと思いついた。
バイト先に着くまでに、虹が出たら片倉先輩に告白する。
雨に濡れるのも構わず、徐々に明るくなっていく空を見上げて、思い切り息を吸い込んだ。
*
──雨が上がった。とはいえ、グラウンドはとてもじゃないが部活動できるようなコンディションではない。
道具類の手入れをして今日は終わりにしようと、部員たちに声をかける。
グローブやボールを倉庫から出してふと、空を見ると。
「Wow!rainbow!」
真っ先に政宗様が弾んだ声を上げる。
言葉通り、空には見事な虹がかかっていた。
どこかで彼女も見上げているだろうかなどと、教室から走り去る後ろ姿と、握りしめた小さな手の感触を思い出していた。
*
1週間後、土砂降りの夕立の中、私はまた教室で文庫本を開いていた。
内容は全く頭に入ってこないので、開いてから1ページも進んではいない。
廊下を走る足音が近づくたび、そちらを見るか見ないか判断を下していく。
片倉先輩の、横顔だけを。
うっすらと傷跡が頬を横切るようについている、年の割に大人びた精悍な横顔、を。
何度目か、廊下と教室を隔てる窓から外を見ていると、一度通り過ぎた片倉先輩が後ろ向きに戻ってきた。
え、と思った瞬間には先輩は教室の扉を開けていて、気づけば、隣の席に、私に背を向けて腰を下ろしていた。
「また1人なのか?お前、いじめられたりはしてねぇよな?」
ブンブン、と首を横に振る。
全身が心臓になってしまったのではと錯覚するほど、頭のてっぺんから指の先まで血管が脈打つのを感じていた。
言わなきゃ。賭けた結果なんだから、言わなきゃ。
「あ、の」
「あ!そう言えばお前、やっぱり俺のこと見てる、よな?」
「っ……は、い」
今日は、否定しない。
「先輩、私」
1週間散々考えて口にも出して練習した言葉を。
「私は、先輩がすきです」
*
──廊下から自分を呼ぶ政宗様の声が聞こえる。
教室を出る前に、これだけは、言っておかねばならない。
振り向いて、立ち上がり。
「俺も──だ」
彼女の、耳元で囁くように。
言わせるような真似をしてしまった罪悪感が掠めたが、真っ赤な顔で涙ぐみフリーズした顔を見ればそんなものは吹っ飛んでしまう。
「待っててくれるか?一緒に帰ろう」
照れがこちらに伝染する前にと、教室を出て勢いよく扉を閉めた。
嗚呼、でも、遅かった。
運動した時とはまた違った熱さに、少しだけ苦笑する。
こんな顔、政宗様に見せられない。
ゆっくり一度深呼吸してから、呼ぶ声の元へと歩き出した。
20180624
なんとなく似非感がするのですがお蔵入りももったいないかなとあっぷします
若い小十郎、難しい。
広げていた文庫本に栞がわりの映画の半券を挟み、机にしまう。
時折、廊下をジャージ姿の生徒が走っている。外で部活動ができないので、各階でそれぞれ別の部が筋トレなどをしているのだ。
この階はと言えば、今日は野球部が走り込みをしていた。
その中の一人──片倉先輩のことを、私は好きだと思っている。だから、走る横顔見たさに、雨の日だけこうして教室に残って本を読むふりをしているのだ。
最近では、足音で誰が誰だか分かるようになってきた。我ながら気持ち悪いスキルを習得してしまった。
今日はバイトがあるからもう帰らないと、と腰を上げる。
と、一番はじめに聞き分けられるようになった足音が近づいてきた。そして、ドアが開く。
「あ……?なんだ、またお前か」
「こんにちは、片倉先輩」
一瞬止まった先輩は、滑らかに私の隣の席までやってくる。
「あ!今日席替えしたから、伊達くんの席ならこっちです」
隣は女子生徒の席だったから、勢いで机の中を探ろうとした手を掴んでしまった。
う、わあ、片倉先輩の手、おおきい。
窓側の、前から2番目の席──伊達くんの席について、ココです、と言った私の声は少し震えていた。
すぐに手を離そうとしたが、何故か先輩の手は離れてくれない。
「せんぱ、い?」
見上げれば、こちらをじっと見下ろす先輩と目があった。
「なん、です?」
まだ、手は離れていかない。蒸し暑さで少し汗ばむ手のひらが、片倉先輩の大きな手に包まれている。
なんで、急にこんな距離が近くなってるんだろう。
「俺の勘違いじゃなけりゃ、お前、俺を見てたよな?」
「ッ……え?」
「違うのか?やはり気のせいか」
悪い、と呟くように言って、先輩はようやく私の手を解放した。
伊達くんの席に座り、机の中をまさぐる。
違わないと、言ったら。
言ってしまったら、どうなるんだろう。
右手に残る先輩の手の感触が、ジワジワと熱になって行く。
ああ、暑い。
湿気が鬱陶しい。
額にはりついた前髪が、こそばゆい。
「あ、あったあった」
目的のノートを見つけたらしい先輩が、立ち上がる。
「席、教えてくれてありがとな」
すれ違いざま、私の頭にぽん、と触れて。
「あのっ」
教室から出て行こうとする後ろ姿に、思わず声をかけていた。
振り向いた先輩が、小首を傾げる。
「あ、えっとその、ぁ……」
呼び止めておいて、何を言うのか、何を言いたいのかが真っ白になってしまう。
「どうした?」
「部活、頑張ってください!じゃあバイトがあるので!」
片倉先輩の横をすり抜けて、ばたばたと下駄箱へ走る。
熱い。顔がすごく、あつい。
絶対変なヤツだと思われた。明日からどうしよう。
どんな顔して接すればいいのか分からない。
そもそも先輩に会うとき自分をコントロールできないことの方が多いけど。
「はあ……」
ため息をつきながらローファーに履き替え、カバンから折り畳み傘を取り出した。
雨は小降りになってきていて、この感じだと駅に着くまでに上がりそうだ。
一つ、賭けをしてみようと思いついた。
バイト先に着くまでに、虹が出たら片倉先輩に告白する。
雨に濡れるのも構わず、徐々に明るくなっていく空を見上げて、思い切り息を吸い込んだ。
*
──雨が上がった。とはいえ、グラウンドはとてもじゃないが部活動できるようなコンディションではない。
道具類の手入れをして今日は終わりにしようと、部員たちに声をかける。
グローブやボールを倉庫から出してふと、空を見ると。
「Wow!rainbow!」
真っ先に政宗様が弾んだ声を上げる。
言葉通り、空には見事な虹がかかっていた。
どこかで彼女も見上げているだろうかなどと、教室から走り去る後ろ姿と、握りしめた小さな手の感触を思い出していた。
*
1週間後、土砂降りの夕立の中、私はまた教室で文庫本を開いていた。
内容は全く頭に入ってこないので、開いてから1ページも進んではいない。
廊下を走る足音が近づくたび、そちらを見るか見ないか判断を下していく。
片倉先輩の、横顔だけを。
うっすらと傷跡が頬を横切るようについている、年の割に大人びた精悍な横顔、を。
何度目か、廊下と教室を隔てる窓から外を見ていると、一度通り過ぎた片倉先輩が後ろ向きに戻ってきた。
え、と思った瞬間には先輩は教室の扉を開けていて、気づけば、隣の席に、私に背を向けて腰を下ろしていた。
「また1人なのか?お前、いじめられたりはしてねぇよな?」
ブンブン、と首を横に振る。
全身が心臓になってしまったのではと錯覚するほど、頭のてっぺんから指の先まで血管が脈打つのを感じていた。
言わなきゃ。賭けた結果なんだから、言わなきゃ。
「あ、の」
「あ!そう言えばお前、やっぱり俺のこと見てる、よな?」
「っ……は、い」
今日は、否定しない。
「先輩、私」
1週間散々考えて口にも出して練習した言葉を。
「私は、先輩がすきです」
*
──廊下から自分を呼ぶ政宗様の声が聞こえる。
教室を出る前に、これだけは、言っておかねばならない。
振り向いて、立ち上がり。
「俺も──だ」
彼女の、耳元で囁くように。
言わせるような真似をしてしまった罪悪感が掠めたが、真っ赤な顔で涙ぐみフリーズした顔を見ればそんなものは吹っ飛んでしまう。
「待っててくれるか?一緒に帰ろう」
照れがこちらに伝染する前にと、教室を出て勢いよく扉を閉めた。
嗚呼、でも、遅かった。
運動した時とはまた違った熱さに、少しだけ苦笑する。
こんな顔、政宗様に見せられない。
ゆっくり一度深呼吸してから、呼ぶ声の元へと歩き出した。
20180624
なんとなく似非感がするのですがお蔵入りももったいないかなとあっぷします
若い小十郎、難しい。