middle/英雄の仕立て屋
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両手を頭上でまとめられ、ソファに固定されていた。冷たくて硬い、金属の感触。
口内を熱くて柔らかいモノが行き来している。それは目前の男の舌、だ。
は、と熱い息が漏れる。これは私のものだ。
けれど、どこか現実味がない。
ああこれは夢かと、ホッとして。
同時に、するりと両腕が自由になった。鉤爪で捕らえられていたのかと、気づく。
「クロコダイル様」
離れようとする身体を引き止め、大きな背に腕を回す。瞬間、びくりと震えた。
「何を、そんなに怯えてるんですか」
答えが返ってくることなど期待していない。そもそも怯えているなんて、認めないだろう。
でも私にはそう見えたのだ。瞳の奥の小さな揺らぎが。
「おれを推し量ろうとするな」
いつか聞いたその言葉が、反響する。
推し量ることができないから聞いているのに、きっと答えをくれる事はないんだろう。それが分かってしまう程度には、私は人を見る目がある。
今度こそ私から離れて背を向けたクロコダイルさんが、葉巻に火をつけて遠ざかって行く。
行かないでと、呼び止めたいこの気持ちは一体どこから湧いてくるのだろうか。
「ーーさん、テーラーさん」
「ん……」
いつの間にか眠っていたようだ。オールサンデーさんが、心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「平気?お疲れかしら」
F-ワニはすでにアルバーナに到着していた。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
そう、二度目の依頼についての話をして、帰ってきたのだ。
途中からの記憶が少し曖昧だけれど、依頼内容はきちんと覚えているし、メモを取った記憶もある。抜かりない、はずだ。
なのに何故か、小さな不安が残る。大切なことを、忘れてしまったような気がする。
「本当に大丈夫?まだ本調子じゃないのなら無理は禁物よ」
「本当に、大丈夫です。お仕事もきちんとします。そう伝えてください」
誰に、とは言わずとも伝わっているだろう。
「分かったわ。でも今日はもうゆっくり休んでね」
オールサンデーさんが、F-ワニの背に乗り、ひらりと手を振って去って行く。
見えなくなるまで見送って、夕暮れに染まる街を自宅へと歩き出した。
二度目の依頼は、クロコダイルさんのコートを仕立てることだった。先だって仕立てたスーツに合うものであれば何でも構わないので任せる、と。
とは言え多少の希望があればと、聞いた内容は細かくメモを取ってある。
でもやはり、依頼について話した後、カジノを出た記憶が曖昧だ。気づけばアルバーナに到着していた。
作業場でメモを見返すけれど、やはりかすみがかったように思い出せなかった。
オールサンデーさんに言われた通り疲れているのだろうか。今日はもう寝てしまおうと、作業場の明かりを落とした。
両手を頭上でまとめられ、ベッドに固定されていた。冷たくて硬い、金属の感触。
口内を熱くて柔らかいモノが行き来している。それは目前の男の舌、だ。
ふ、とどちらともなく熱い息が漏れる。口の端から伝う唾液を、男が舐めとる。
ああまたこの夢かと、少し悲しくなった。
ーークロコダイル様。
呼ぶと腕の拘束は外され、密着していた身体が離れる。今度は私から密着させれば、戸惑うように震える大きな身体。
ーーどうして、怯えているんですか。
答えが返ってくる事はない。それが悲しい。
『おれを推し量ろうとするな』
それは、これ以上踏み込んで来るなという拒絶だ。肩を押され身体が離れて行く。
ーーだめ、行ってはだめ。ここにいて。私のそばに。
そう、言えたなら、何かが変わったのだろうか。
数年先の未来で後悔することになるなんて、この時の私はこれっぽっちも思っていなかった。