middle/英雄の仕立て屋
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納品予定日。
問題なく完成したスーツを持って、いつも通り迎えにきてくれたオールサンデーさんと共に、F-ワニでレインベースへ。
荷物を抱えて通りを歩くと、見えてくる黄金の建物。どこかの遺跡を模したのだという三角のそれの上に、大きなバナナワニが鎮座している。
インパクトは抜群。この町に来たらカジノ『レインディナーズ』に行かなきゃ意味がない、くらいの存在感だ。
正直言って、先日の別れ際のアレのせいで英雄様とはあまり顔を合わせたくないが、これは仕事だと必死に言い聞かせる。
オールサンデーさんに、顔が赤いと指摘されたけれど、暑いからだと必死にさりげなさを装ってごまかした。
あんな事、誰にも言えやしない。
「いかがですか?」
出来上がったスーツを着て姿見の前に立つクロコダイルさんに、後ろから話しかけると、
「上出来だ」
彼はニヤリと、悪そうな笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます」
こちらも営業スマイルを向ける。
スーツの出来は我ながら上々で、気に入ればリピートするという件はどうだろうかと思うけれど、こちらからは口にしない。それは、お客様が判断することだ。
「では、オールサンデーさんのところに行ってきます」
微笑をキープしたまま荷物の方へ一歩踏み出したけれど、腕をすごい力で掴まれた。
「待て、誰が退室していいと言った」
「す、すみません何かございましたか」
目を、合わせられない。
「何か、じゃねェよ何もなかったみてえなツラしやがって」
気に入らねェ、と、クロコダイルさんは吐き捨てるように言った。
まずい、何か失言をしてしまったようだと頭で理解はしても、目の前の彼から発せられる圧力にこくりと唾を飲むことしかできない。
鉤爪がひたりと頬に当てられて、少し鳥肌がたった。
2人の距離が縮まる。けれどそれが重なる前に、口を開いた。
「私は、人を見る目はあるつもりです」
ぴたりと、あと10センチほどの距離で2人は静止する。
「おれを推し量ろうとするな」
「でもこれは確信しています。あなたが私に、恋愛感情を持ってないってことは」
「……ほお」
私がクロコダイルさんに抱いている想いの中に、憧れが大部分を占める気持ちの中に、恋心が全くないと言えば嘘になる。
でも、クロコダイルさんから感じるものは、愛だの恋だのでもなければ、取引相手への信頼ですらない。まるでそこらの都合のいい女ーー例えば娼婦ーーに向ける、欲を内包したそれ。
「私はテーラーで、あなたは大事なお客様です」
それ以上でも以下でもない。上客ではあるかもしれないけれど、客であることに変わりない。私を甘く見ないでほしい。
苦虫を噛み潰したようなクロコダイルさんが、私の腕を解放する。
右手で顔を覆うと、彼は小さく笑い出した。
それを、じっと見つめる、私。なぜかその場から動けなかった。
彼を傷つけたいわけではないのだ。
ただ、テーラーとして、可能であれば今後もよろしくお願いしたい。金銭的にどうとかではなく、その名声による恩恵もどうでもよく、憧れの人に接する機会を失いたくない、だけ。
ひとしきり笑い終えたクロコダイルさんが、悪かった、と頭を下げた。
「そんな、そこまで…頭をあげてください」
さすがに予想外の展開に、慌てて彼の肩を押し上げた。
途端に、体が宙に浮いた。
「海賊を簡単に信用しすぎだ、お嬢さん」
正確に言えば、クロコダイルさんに抱き上げられていた。
「は、離してください」
「あと、海賊を甘く見過ぎだ」
目の前にある瞳がきらめいたと思ったら、私の唇は彼に塞がれてしまった。
何度か、優しく触れるだけのそれ。
逃れようともがいたり押したりしてもビクともしない。
「やめ……んっ」
離れた瞬間言おうとした拒否の言葉は、クロコダイルさんの唇に吸い込まれた。ぬるりと侵入してきた分厚く熱い舌に、口内を蹂躙される。
息が、できない。
私の舌を絡め取るかのように蠢くそれに翻弄される。
苦しくてどんどんと胸元を拳で力任せに殴るけれど、唇は合わさったまま舌の動きだけが止まった。
私の頭を固定していた彼の右手が、つん、と鼻をつつく。
忘れていた息を鼻で再開すると、程なくしてまた、口内を激しく犯されて。
こんなキスなど知らなかった私は、とっくに足腰立たなくなっているだろう。抱えられていなければきっと、へたり込んでいた。
「ふっん、ぷぁ、はぁ……っ」
ようやく解放されたと、口元を拭う。手が震えているのが分かった。
目の前でぺろりと下唇を舐めたクロコダイルさんが、私をソファへ降ろす。これ以上は何もする気がないのか、無言のままパーテーションの中へ入っていつもの服へと着替え始めた。
何も考えられない。
震える手をどうにか押さえつけて、オールサンデーさんの部屋に向かうため荷物をまとめた。
「は、はぁ……ッく」
クロコダイルさんの執務室を出て、オールサンデーさんの部屋に辿り着く頃には手の震えは治まっていたけれど。
「あら、テーラーさん泣いてるの?」
落ち着いた声を聞いて、ようやく思考回路に怒涛の言葉たちが流れ出す。
「うあ、ひっ……な、で……」
なんで。
なんであんな事したの。
私は性欲を満たすための女じゃないのに。
一人前のテーラーとして認めてくれていると思っていたのに。
憧れの人に触れられる喜びより、惚れた人から触れられた嬉しさより、テーラーとして見られていなかったという事実が何よりも悔しかった。
歳下のオールサンデーさんに、すがりつくように泣いた。