middle/英雄の仕立て屋
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
採寸から2週間後。
3人のスーツのデザインの最終確認と、フィッティングをして最終調整をするため、迎えにきたオールサンデーさんとF-ワニに乗ってレインディナーズへやって来た。
デザイン等についてはある程度の希望は聞いたものの、最終的には任せるとどうやら大きな信頼をいただいたようで、今回は最近仕入れたイチオシの生地なども持参していた。
荷物が多すぎて台車を借り、ほとんど内装工事の終わったカジノを通り過ぎていつもの執務室へ向かう。
部屋に入るが、そこは無人だった。
「あら?サーったらどこへ行ったのかしら。ごめんね、探してくるから待っててくれる?」
「はい。準備してお待ちしておきます」
オールサンデーさんはにこやかに部屋から出て行った。
いやぁ、やっぱりいつ見ても美しいし、2つも歳下だと思えないほど大人っぽい。
私なんて、化粧をしても子供っぽさの抜けない童顔だし、仕事の邪魔で髪は短くしているし、胸は残念ながらまな板といって差し支えない。
今更成長など期待できそうにないそこを見下ろして、小さくため息をついた。
ぽつんと部屋で待つこと、30分。
ようやく現れたクロコダイルさんは、初めて見る荒々しい所作で咥えていた葉巻をデスクの灰皿に押し付けた。
イラついているご様子だけれど、それが何に対するものかは分からない。私が原因じゃないと、いいのだけれど。
「何か、あったんですか?」
「ア"?ああ……」
一瞬、ビリリと空気が震えた。反射的に肩をすくめた私に、鋭い視線を向けるクロコダイルさん。
「近所の酒場でクズ海賊どもが悪さしてやがって、仕置きして来たんだが、妙にしぶとくてなァ」
言いながらこちらを向いた彼のシャツには、赤黒い液体がべったりと付着していた。
「ッ!怪我を!?」
「いや、返り血だ」
彼のいう仕置きが何を意味するのか想像に難くない。が、そんなことよりもクロコダイルさんの怪我を心配してしまうあたり、私も御多分に洩れずミーハーな憧れを彼に抱いている。
先程の触れれば切れそうな空気を感じたところで、その憧れの気持ちは露ほども減らなかった。そもそも彼は海賊なのだから。
紅茶を一杯ご馳走になった後、ようやく落ち着いたクロコダイルさんと、フィッティングを開始した。
格安の生地で仮縫いしたジャケット、パンツを着てもらい、微調整して行く。
余ったところは詰めて、窮屈なところはもう少し余裕を。関節箇所は特に様々な角度を試させてもらう。
立った時も座った時も、快適であること。そして、勿論見られることも考えて。
夢中であちこち調整し終えてハッと我に返った時、フィッティングを開始してから1時間近くも経っていた。いつもはそんなことは決してしないのに、会話も疎かにしてしまった。
「っすみません、作業に夢中になってしまって。お疲れ様でした」
クロコダイルさんを見上げると、心ここに在らず、といった風にぼんやりと私を見ていた。
珍しい。
こんな彼は見たことがない。何か粗相でもしてしまっただろうか。
仮縫いのスーツを纏った腕に、そっと触れる。
「あの、クロコダイル様?どうかされましたか」
「あァいや、結構。出来上がりはいつになりそうかね?」
問いかけるとようやく私にしっかり焦点があって、何故だかホッとした。
「順調に行けば、3週間ほどでしょうか」
「そうか、なら次回は3週間後か」
「もう少し急ぎますか?」
3、4日なら、短縮できなくはないだろう。他の依頼が少し後回しになるだけだ。予約もそう多く入っているわけではないし。
「いや、開店に間に合えば問題ねェ」
少しばかり残念そうな気配が混ざっている気がしたけれど、その言葉の裏側を推し量るには経験も推察力も不足していた。
今の私にできることは、できるだけ急いで、質の良いスーツを完成させることだけだ。
「ところで、そろそろ離してくれるか、アスター君?」
「へ……?あ!すっすみません!」
いつのまにかきゅっと握りしてめいたスーツの袖口を、慌てて離す。
毎度こんな不躾なことをやらかしてしまっているが、クロコダイルさんは怒りもしない。むしろ面白がっているようで、今も口に手をやってクックッと笑っている。
この歳になってまで子供扱いされているようで面白くはないけれど、それは仕事とは関係のないことなので頭の隅へぐいぐい追いやった。