middle/英雄の仕立て屋
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昨日の夜には戦いの真実が報道されていたけれど、改めて今朝の新聞で彼がどれだけのことをして来たのかつまびらかにされていた。
私の知らない、いや、世界のほとんどの人が知らなかった、悪行の数々。
私しか知らない、バナナワニを見つめる眼差しとか、紅茶の香りに眉間のしわが減るだとか、均整のとれた美しい身体とか、そんなことが昨日からずっと脳内をぐるぐると回っている。
あの身体に触れられる日々はもう戻って来ないのだろう。
こんな日が来ることを、どこかで予感していた。
クロコダイルさんが何かを隠していると。何かを、しようとしていると。
それを聞けばよかったと、止めればよかったと、思ってしまう。たとえこの結末が変わらなかったとしても。
昨日散々泣いたのに、また涙が滲む。
気を紛らわせようと、ベッドから抜け出してパジャマのまま下へ降り、小さな裏庭へ出た。
腰のあたりまでの柵で囲まれた、鉢植えが一つだけの裏庭。
夜通し雨が降ったおかげで、枯れかけだったローズマリーは息を吹き返していた。葉を1枚ぷちりとちぎって、その香りを嗅ぐ。
「ふ、」
彼とハーブティーを飲んだことを思い出してしまって、気分転換のつもりがまた鼻の奥がツンとした。
どれほどそこでぼんやりとしていただろう。
「こんにちは、テーラーさん」
「っ!」
突然聞き慣れた、声がした。
「お、オールサンデーさん」
「本当は昨日来るつもりだったんだけれど、色々イレギュラーがあってね」
その姿に目を見開く。怪我の手当ての跡が、美しい身体のあちこちを覆っている。
「何が、あったんですか」
「あまり時間がないの。用件だけ話すわ」
静かに言う様子は、これまでとあまり変わりないように見える。
「まずはこれを。サーから、あなたへ」
小さな紙袋を、柵越しに差し出された。
「クロコダイル様から?」
袋の口を開くと、そこには丸い果物のようなものが入っていた。
「悪魔の実よ。何の能力かは分からないわ。もし……いいえ、これ以上言葉は必要ないわね」
食べればペル様やクロコダイルさんのような、能力者になれるくだもの。
「あと、これ。私のビブルカードよ。またいつか会いましょう、アスター」
小さな紙切れを手のひらに乗せられて、ふわりと抱きしめられる。
「ニコ・ロビンよ」
「え……」
囁くような声に、思わず声が漏れる。
「私の本名」
「ロビン、さん」
「ええ」
「また会ったら、スーツを作らせてください」
「ふふ、こちらこそ。お願いするわ」
その笑顔は、何か吹っ切れたようだった。
じゃあ、と手を振って、オールサンデー改め、ロビンさんは路地裏へ去っていった。
右手に握りしめたビブルカードと、左手に乗っている悪魔の実。
期待、してもいいのだろうか。
待っていてもいいのだろうか。
私にできることは、少ないけれど。
いつだったか、海賊に向いているなんて戯れに言っていた貴方を思い出す。
きっとこれから、かの有名な牢獄に行くのだろう。海軍に捕らえられた貴方を、迎えに行くことはとてもできないけれど。
待つことは、できる。探すことも、できる。
釈放なのか脱獄なのかは分からない。一ヶ月後なのか一年後なのか、10年後なのかも分からない。
それでも。
手に残るローズマリーの香りをほんの少し吸い込んで、うちの中に戻った。
そして。