middle/英雄の仕立て屋
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数年来積もり積もった国王への不信感が爆発した。危うい状況なのは分かっていたけれど、私はアラバスタの一角、自分の店から避難はしなかった。
お隣のドライフラワー屋さんご夫婦は、一時的にナノハナに滞在するとのことで店はしばらく臨時休業している。
今日は本当ならクロコダイルさんを訪問する予定だったけれど、昨日の夕方電話が来て今日の約束がなくなってしまった。次の日程は空白のままだ。
こんなことは初めてで、この反乱も相まって嫌な予感しかしない。
私は国王様を信じたい気持ちが、流れてくるニュースや耳に入る噂話に揺るがされるのにもう嫌気がさしていた。終わるならさっさと終わってしまえばいいとさえ、思っていた。
ちょうど定休日ではあるけれど、買い物すらできそうにない。目の前の通りを、武装した男たちが行き来している。国王軍ではなさそうだから、きっと反乱軍だ。
二階の窓から見下ろすその様子に、眉をひそめる。その時、外を強い風が吹いて、小さな砂嵐が通り過ぎて行った。
「……クロコダイルさま」
ぽつりと呟く。
初めてスーツを仕立ててから、もう4年が過ぎた。贔屓にしてもらったおかげで他の依頼も増え、実入りは上々だ。
祖父は去年風邪をこじらせた肺炎で亡くなってしまったけれど、この看板をこれからも守ることで餞になるだろうと、一層仕事に打ち込んだ。
ここひと月ほどはさすがにほとんど仕事はなかったけれど、生活必需品を扱う店以外は皆そんな状態だったから仕方ない。
そう、だから、終わるならさっさと終わって仕舞えばいいと、思っていたのだ。
聞こえてくる銃声、怒号。悲鳴と共にアルバーナから出ようと走る人々。紛れもなく戦争が起こっている。
どこで何が起こっているのか、分からない。
今朝は新聞も来なかったし、国内のニュースを報じるラジオもろくな情報を発信していなかった。昼過ぎに、ナノハナが壊滅に近い状態である事がようやく報道されて、ドライフラワー屋さんご夫婦を心配したくらいで。
反乱軍と国王軍の衝突はこのアルバーナで勃発しているはずなのに、そちらは全くと言っていいほど何も情報が出てこない。
時間が経つのが、異様に遅く感じた。
長い長い1日だったが、もうすぐ日が暮れる。そんな時だった。
大きな爆発の光と熱がカーテンの向こうに見えて、少し遅れて音と衝撃が窓を揺らす。
家ごと揺れるほど大きな爆発に、思わずへたりこむ。
「……っ広場の、方だ」
呟いてみて、声が震えていることに気づいた。ふと見下ろせば、手も震えていた。
一体どれほどの人が死んだのだろう。この戦争で、そしてこれまでの干ばつで。
それを、無感情に考える事ができる自分が、こわい。
ヒビの入った窓ガラスを恐る恐る開ける。まだ、戦いの喧騒が聞こえていた。
しばらくすると、ポツ、ポツリと、空から雨が降って来た。
雨が本降りになると、銃声や怒号がぴたりと止んだ。きっと、戦いが終わった。
携帯ラジオを手に、一階の店舗部分に降りる。
作業部屋に入ると、机の上に小さな巾着袋が置いてあった。見覚えがないものだ。
「これは……?」
そっと手に取ると、何か硬いものが入っている。中には。
「あ、あ……ッ!」
中には、指輪が一つ、入っていた。
きらめく宝石は透き通った無色透明。
これは、彼の小指にはめられていたものだ。
涙で視界が歪む。
振り返れば、今日納品予定だった黒のスラックスがない。
ぼろぼろと、涙がこぼれ落ちた。
この2年、確かな事は何も、言ってはくれなかった。
それでもよかった。
私を撫でる手は紛れもなく優しかったし、私に触れる唇は間違いなく熱かった。
それだけで、よかった。