middle/英雄の仕立て屋
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早朝、自店に戻ると、1人なのになんだか気恥ずかしかった。朝帰りだなんて初めてだ。
シャワールームまで借りてすっきりはしているけれど、体のあちこちがけだるい。
幸いにも今日は予約は入っていないので、作業部屋でゆっくり資料とタスクの整理でもしよう。
眠気覚ましに珈琲を淹れて。
ゆらゆらと水中を漂うような感じがする。
ふわふわと優しいぬくもりに包まれている。
恐る恐る息を吸い込むと、かすかに独特の煙草の香りがした。
私を包むそのぬくもりが、次第に黒く大きな塊になって行く。
唇に柔らかい感触が触れる。
頬を撫でる手がくすぐったい。
その手に自分の手を重ねて、目を閉じる。
本当はずっと、こんな風に触れたかったし触れられたかったのだ。
初めて採寸で触れたあの日からずっと。
ふいに重ねた手を振りほどかれ、ぬくもりが離れて行く。
待って、行かないでと呼びかけると、少しだけ止まって。でも、こちらに背を向けたまま。
小さく煙を吐き出して、ゆっくり遠ざかって行く。
私の足は動かない。追えない。
なぜなら数多のスーツたちが、私の足に絡みついているからだ。いや、もし絡まっていなくとも、私はこの子達を放っては行けない。
それは他の誰でもない、自らに課したもの。
黒くて大きな背中が、見えなくなる。
涙が一粒だけ、足元のスーツにぽたりと落ちた。
珈琲の香りがして、ああ夢かと、重い瞼を上げた。
せっかく珈琲を淹れたのに、一口しか飲んでいない。まだほんのり暖かく、熟睡していたわけではないことにほっとする。
腰のあたりの鈍い痛みが、昨夜あったことが夢ではないことを物語る。
触れることも触れられることも、こんなにも満たされるものだなんて知らなかった。
ベッドの中で触れた彼の素肌は、採寸など仕事で触れる時よりも数倍色気を感じた。左胸に手を置けば、いつもより少しだけ早い心音が聞こえた。
珈琲にミルクと砂糖を混ぜる。
次々と脳裏に浮かぶ、昨夜の情景をかき消すように珈琲を一気に飲み干した。