middle/英雄の仕立て屋
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その独特の香りを、知っていた。
クロコダイルに、ではないけれど、以前使われたことがあったから。
レインディナーズに戻って地下の社長室へ入ると、中は珍しく荒れていた。
机からこぼれ落ちた書類。応接テーブルに置かれた花瓶は割れて、活けてあった花は無残に枯れている。
「……サー」
こちらに背を向けて巨大な水槽を眺めながら、ぷかりぷかりと煙を吐き出している彼は、一体どんな表情をしているのだろう。
「確かに私、脈があるかもとは言ったけれど」
そう、確かに言ったけれど、まさか体の自由を奪う香を使うなんて思ってもみなかった。
「おれァ何もしちゃいねえぞ」
「彼女の中では、そうかもしれないわね」
あの香は、記憶も曖昧にしてしまう。香自体には致死性はないものの、充分に強い効果のあるものだ。無論、公には禁止されている薬物。
「ダメよ。あの子は、光の元を歩むべきだわ。大切に思っているならなおさら」
こちら側に、来るべきではない。
クロコダイルが治める新たな国家になった時、生きて一国民でいてほしいと思うくらいには情はある。けれど、裏社会には、来るべきではない。
「何のことだ。ニコ・ロビン」
「その名で呼ばないで」
私から見て、クロコダイルは明らかにアスターに執着している。それがただの独占欲なのか、愛情なのか、そこまでは分からない。
「……本当に、ばかなひと」
聞こえないくらいの、小さな声で呟く。
彼女をそばに置きたいなら、英雄クロコダイルとテーラーという関係を超えてはならないのだ。超えればきっと、どちらも不幸になる。
例えユートピア作戦が成功しようがしまいが、どちらも、不幸に。
そんな事は、きっとクロコダイルとて分かっているだろうに。
椅子の向こう、ゆらゆらと登っていく紫煙を目で追う。
彼の行き場のない想いのように、いつまでもそこに漂っていた。