middle/あまいなみだ
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「ついたよ五十嵐さん」
「え、」
家まではバイクでも30分はかかるはずなのに、おそらくまだ10分も経っていない。
目を開けて周囲を見てみると、
「ここって…」
「ご飯、まだなんでしょ?俺も腹減ったし、軽く食べて帰ろ」
そこは私がよく立ち寄る駅前の居酒屋だった。
さっさと店の中へ入っていく陣内さんに、慌てて続いて暖簾をくぐる。
威勢の良いいらっしゃいませの声と、いつもの雰囲気の中で、陣内さんと2人カウンターに座る。
「俺は飲めないけど、遠慮しないで飲んでくれて良いからね。いつもみたいに」
「いつも…み、見たことあるんですか…」
この店では、ぐだぐだに飲んで酔っ払ったことも数回ある。約三ヶ月前…前の彼に振られた時なんて、かなり迷惑をかけてしまった。
上機嫌な笑顔の陣内さんを、横目でじとりと睨む。なんだ、なんなんださっきからこの人は。からかわれて、いるんだろうか。
適当に注文を済ませると、職場を出る前のことを思い出した。
「そういえば、私の誕生日どうしてーー」
「みんなには」
「ぅえ」
「職場のみんなにはナイショだよ」
聞こうとしたら、遮られるように返される。何がナイショなのか、さらに聞こうとしたら、目の前に小さめの紙袋を差し出された。
「プレゼント。帰ってから開けてね」
とすんと膝の上に置かれ、それと同時にお通しと飲み物が運ばれてきた。
「あ、ありがとうございます?」
「どういたしまして」
にこにこと、依然機嫌の良さそうな笑顔の陣内さんに、理由だとかを聞く気が徐々に失せていく。聞いたところで、またナイショだなんて言われそうだ。こんな至近距離でまたそんな事を言われたら、私の心臓がもたない。
そんなことを考えながら、陣内さんはウーロン茶を、私ははちみつレモンハイを、コツンとぶつけてから口をつける。
その後は、たわいもない話をしながら、軽く食べて飲んで。ごく普通の職場の人同士の飲みの場だった。
*
「ちょっと遅くなっちゃったかな?ま、歩くよりは早かったか」
自宅マンションの前、メットを脱いで陣内さんに手渡す。
「ありがとうございました。ご馳走にまでなってしまって…」
「いやいや、五十嵐さんのためならおやすいご用で。じゃあまた職場でね」
「は、はい」
またこの人は軽々しく私のためだなんて冗談を。
「あ、待って五十嵐さん、ちょっと」
ちょいちょいと小さく手招きされ、忘れ物だろうかと近づく。
と、手招きしていた陣内さんの左手は私の頭を数回撫でて。
「うん、オッケー。可愛くなった」
じゃあ今度こそおやすみ。そう言って陣内さんは去っていった。
後に残ったのは、30歳にもなって顔を真っ赤にしている女が1人。
「な、なんなのアレ…意味わかんない…」
これまでもそれなりに、恋愛経験はある。だというのに、まるで学生時代の初恋のように心臓がうるさい。頬が熱い。
確かに成熟した大人の魅力というか、色気というか、あんな人と2人で食事をしたのは初めてだけれど。それにしたって、自然すぎて狙ってやっているのかまったく分からない。
たくましい無駄なものが一切ない背中も、撫でられた大きな手も、ありありと感覚が残っている。
「っーー!」
おまけにこのプレゼント。
部屋に帰って包みを解くと、現れたのは球形のガラスに詰められたプリザーブドフラワーだった。中には、可愛いサイズの赤いバラが三輪。
「き、キザすぎる…」
カードには、手書きのハッピーバースデーの文字。
キザすぎるのに、嫌味がない。
手のひらに乗るサイズのそれを、テレビの脇に置く。口元が緩むのを抑えられない。どうしようもなく嬉しい。
いつから惹かれていたのか、正直言ってよく分からない。けれどともかく、この気持ちに抵抗するのはもう無理だと腹をくくった。
この時の私は知らなかった。
バラは、本数によって花言葉が変わる。
3本の花言葉はーー
"愛しています"