middle/あまいなみだ
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予約してあるからと、新宿まで戻り、陣内さんの馴染みのバーへやって来た。時刻は19時ちょうど。
店内は間接照明ばかりで薄暗いが、足元やテーブルにはきちんと灯りがあって居心地は良さそうだ。
バーとしては珍しく個室があり、そちらへ通された。
「あの、陣内さん、これ」
「うん?」
席に着くなり、小さな包みを陣内さんへ差し出す。
「今日のお礼に、と思って」
それは、新江ノ島水族館で買ったキーホルダーだった。小さなあざらしのぬいぐるみが『リイチ』を連想させて、そういえばバイクの鍵に何も付いていなかったなと思い出して、勢いで買ってしまったのだ。
「えと、お礼と言っても金額にしたら全く大したことないんですけど、も、もしよかったらバイクの鍵などにつけていただけたら……」
早口でなんとか考えていたことを言い切って、そっと様子を伺うと、
「ありがとう。嬉しい」
陣内さんは本当に嬉しそうに微笑んでいて。
その様子に、私までほっと口元が緩む。
「今鍵持ってないから、帰ったらつけるね」
そう言いながら、陣内さんは包みをそっとカバンにしまった。
一方、同時刻、市ヶ谷駐屯地では。
愛佳がイラつきをにじませながらキーボードを叩いていた。
定時で上がれなかったのは、先輩がいないのだから仕方ない。そのことにイラついているわけではない。
では何に、というと、昼過ぎにかかってきた電話の内容が問題だった。
確かに、先輩絡みで何か困ったことが起こったら連絡くださいネ!とこっそり陣内さんに電話番号を渡したけれど、まさかこんな短期間にここまで進展しているなんて。
せいぜいまだメールのやり取り程度かと思っていたので、迂闊だった。
自分の観察眼を過信しすぎた、と、自分にイラついているのが半分。
何も言ってくれない先輩への寂しさがもう半分。
本日最後の書類を書き上げ、小さく息を吐く。
「あ、明日のシフト」
そういえばと確認すると、先輩は出勤で私は休みだった。人事の仕事も手伝っているので、さらに陣内さんのシフトを見に行くと、今日と明日が休みになっていた。
「……メールしとこ」
なぜ先輩に対してここまでするのか、自分でもよくわからない部分もある。
何か大きな恩があるのかと聞かれれば特にはない。もちろん日頃からお世話にはなっているし、寮で同室だった頃はプライベートも共有していたけれど。
強いて言うなら、そのままの私を受け入れてくれたところ、だろうか。
見た目も立ち居振る舞いも、同性からは敵対視というか、倦厭されることがほとんどだった。
けれど先輩は、遊びで異性と付き合ったりしても何も言わなかったし、ただいつも通り接してくれた。
とばっちりで先輩が周囲からとやかく言われても気にする様子もない。
ただ一言、いつもの調子で、
「もうちょっと、自分を大事にしてあげたら?」
と言われただけ。
用件のみのメールを先輩へ送信すると、イラつきも少し治り、パソコンの電源を落として寮へ足を向けた。