middle/あまいなみだ
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展望台を出るとそばのカフェで軽食を済ませ、来た道をまたゆっくりと歩いて戻り、新江ノ島水族館へ。
言葉数は少なかったけれど、繋がれた手は来た時よりもぎゅっと握りしめられていた。
「あ、もうすぐショーの時間だ。見るでしょ?」
水族館に入ってすぐ、ショーの時刻表を見ながら陣内さんが少し声を弾ませる。
「は、い」
ぎこちない返事だと自分でも思う。
トゲが刺さったように、胸が小さく痛んでいた。
これ以上一緒にいない方がいいのではないか。でも一緒にいたい。
好きだと言葉にしてしまったら、また私の前からいなくなってしまうのではないか。きっと陣内さんはそんな事はしない。
ぐるぐると相反する気持ちが行き交う。
気づくと、陣内さんに連れられてイルカショーの最前列に座っていた。最前列って、濡れるのでは、と思いながら振り返るとかなり混んでいて、平日ながらイルカショーの集客力に眼を見張る。
ショーが始まり、イルカたちが息のあったジャンプなどの芸を披露する。トリーターと呼ばれる、飼育員のお兄さん、お姉さんとのコンビネーションもぴったりだ。
いつの間にやら見入っていたら、隣の陣内さんが少しだけこちらに寄って来て。
「笑ってる方が可愛い」
耳元でそんな事をささやかれるものだから、また涙腺が緩みかけて。
その瞬間だった。
突然、水の塊が降って来たのは。
『わー!ミュー、張り切りすぎだよー!お姉さんお兄さん大丈夫ですか!?』
イルカのミューが目の前で大きなジャンプを決めて、決めたのはいいもののモロに水しぶき…というか水を、浴びた2人。
陣内さんを見ると、目をぱちくりさせていて。
その様子がなんだか可愛くて、この状況も面白くなって来てしまって。
こちらを向いた陣内さんと目が合うと、2人同時に笑い出してしまった。
間も無くしてショーが終わり、イルカたちは水槽の下の方へ、トリーターたちはバックヤードへと戻って行く。
と同時に、私達の元へ水族館のスタッフが駆け寄ってきた。
「普段は貸し出しはしてもあまりお渡しはしてないんですけど、ミューが狙ったように水をかけに行ったように見えたのでお詫びに、と」
フェイスタオルを2枚受け取る。この後もお楽しみください、そう言ってスタッフは戻って行った。
「あ、そうだ携帯!」
慌てて手荷物を確認する。仕事柄、携帯は常に繋がるようにしておかねばならない。2人とも、荷物はほぼ無事だった。ファスナーを閉めておいてよかった。
「すごい濡れたね」
「陣内さん、びっくりしてましたね」
「いや、そりゃするでしょう。せっかく口説いてたのに、水さされたな」
確かに口説かれていた気がするが、それよりも少し不服そうな陣内さんにまた少し笑ってしまう。こんな年上に対して可愛いと感じるなんて、私はどうかしてしまっているのかもしれない。
まじまじと見ていると、気づいた陣内さんが私をチラリと見て口角を上げる。
「水も滴るいい男だろ?」
「っ……そ、そうですね」
確かに、通常より色気3割増しといったところだろうか。少し乱れた髪と、濡れて半分透けているシャツに気づいてしまい、少しは静かだった心臓が途端に騒ぎ出す。
「あー、アスターちゃん、こっち」
慌てて視線を外して髪を拭いていると、急に陣内さんが手を取りぐいぐいと引っ張って行く。
「え、陣内さん、ちょっと、」
まだ拭いている途中だったのに、と思いながらも逆らえない雰囲気に流されるままついて行く。
ウミガメの浜辺と書かれたエリアを通り越し、海を見られるベンチが並ぶコーナーの一番奥へ到着してようやく手を離され、2人で海の方を向いて座る。
「急にごめん、スカートがね」
言葉を濁す陣内さんに首を傾げながら自分の服を見下ろして、何が言いたかったのかすぐに理解した。淡い水色のワンピースが透けて、上も下も、白い下着がうっすら見えていた。
「うわっ、わ、」
恥ずかしさに顔が熱くなる。
慌ててタオルであちこち押さえて水気を取るが、乾くまで待たないとダメそうだった。
「しばらくここで乾くの待とう。人少ないし」
確かに、一番奥まで来ると有料の双眼鏡もなく、ほとんど人はいなかった。
「うん、後ろは大丈夫。海見てよう」
「はい……ありがとうございます」
初夏とはいえ昼間は暑いと感じる気温で、微かに聞こえる波の音と海風が気持ちいい。これならすぐに乾くだろう。
待っている間に、気になっていたことを聞こうと口を開く。
「あの、陣内さん、」
「うん?」
「陣内さんのこと、聞いてもいいですか」
「俺のこと?知りたい?」
うぐぐ。ちょっぴり意地悪そうな笑顔で、言葉に詰まりそうになる。
「だって、私ばっかり話してしまってるような気がして」
フェアじゃないというか、と、やはり言いよどんでしまう。
「ふふ、いいよ、何から話す?」
「えっと……じゃあ、まずは、休みの日は何を楽しみにしてますか?」
最初に聞かれたことを思い出して、聞いてみると。陣内さんはまた眩しそうに眼を細めて、ひどく優しい声で話し出した。
「そうだな…最近はある人の読書レビューを読むのが楽しみ。読みたい本が結構出て来たよ」
あとはバイクでツーリングかな、と付け足して、水平線に視線をやる。
「あのバイク、結構長く乗ってるんですか?」
「うん。もう10年くらい経つのかな。いい相棒だよ」
「あんまりカスタムはしてないですよね」
「メンテナンスはこまめにしてるけどね、カスタムはしてない。サイドカーがあるくらいだよ」
「サイドカー……乗ったことないです」
「今度乗せてあげようか。一緒にどこか行こうよ」
はい、ぜひ。そう言いたかったけれど、出かかった言葉はうまく出てこなくて。
かわりに涙が出て来そうになって、慌てて俯く。
「アスターちゃんって、泣き虫だよね」
「そ、んな、ことは」
「否定しながら泣いてるし」
呆れられただろうか。苦笑しているような気配の後、何か飲もう、と立ち上がる。真後ろにある自販機の前で、陣内さんが何がいいかと聞いて来て、
「み、るくてぃっを、」
つっかえながらなんとか答える。
「了解」
ガコン、と飲み物が落ちる音がして、すぐに隣に戻って来る陣内さん。座る位置は、先ほどより少し近い。
ふた粒ほど流れた涙はすぐに止まったけれど、またすぐに涙腺がすぐに緩んでしまいそうだ。
「一番最近レビュー書いてた本さ、今度映画化するでしょう」
観に行こうよ、と、ミルクティを飲む私へ笑いかけて来る。どうやらまだ呆れられてはいなかったようで、ホッとする。
「それまでに原作読まないとな」
そう言ってブラックコーヒーを飲む陣内さんは、やっぱりかっこよかった。