middle/あまいなみだ
名前変換
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行き先を告げられぬまま電車に乗り、一度乗り換えて揺られること合計1時間半程。
降り立ったのは片瀬江ノ島駅だ。
「あ、行き先分かりました」
「ふふ、さすがにここまで来たらね。あ、でもそっちは後でね。先に江ノ島。はい」
「?」
手を、差し出された。何か渡す約束をしてたかな?と記憶をたどっていると、右手が大きな手に包まれる。
「デートだからね」
「ッ……やっぱりずるいです」
ふわりと微笑んだ横顔もかっこいい。もう、朝から胸が高鳴りっぱなしで、今日1日一緒にいると思うと今から心配で仕方なかった。心臓がもたないのではないかと。
「スカートめずらしいね」
「かなり久しぶりです」
自らの姿を見下ろす。本当に久しぶりで、隣にいる人の影響も相まって落ち着かないことこの上ない。
「俺のためにオシャレして来てくれたんだ?」
「だって、しろって言ったのは陣内さんじゃないですか」
「うん。嬉しいよ。可愛い」
自然と褒めてくるところは本当にすごいなと思う。今時の日本人らしくないというか。
悪い気はしない。心臓がもたないかもしれないと心配を強めるばかりだけれど。
「あり、がとうございます」
「ふふ、照れた?」
「そうだとしたら、陣内さんのせいですよ」
「……アスターちゃん、昼間から煽らないでくれる?」
「な、あ、煽ってなんか」
そっちこそ名前呼びが心臓に悪いんでやめてもらえません?なんて、言えないけれど。
晴れてよかったですね、なんて何気なく話しながら、弁天橋を手を繋いで歩く。日差しに目を細めて、日傘を持ってくればよかったなぁと後悔した。
暑いし、目的地はまた別だから、島の散策はまた今度ということになり、エスカーに乗り上まで一気に上がる。
先に乗せられた私が振り向くと、いつもは見上げる陣内さんの精悍な顔が目の前で、かなりドギマギしてしまった。ちょっと、挙動不審だったかもしれない。もう、今日は無表情には戻れそうになかった。
頭頂部に到着すると、そのまま展望台へ向かう。
「わ、あー…富士山綺麗に見えますね!本当に晴れてよかった!」
展望デッキで、ガラスに張り付くように富士山の見える風景に見入っていると、ふわりと背中に温もりが。手すりにつかまっていた両手の上に、手が重ねられて。
「じっ陣内さん……ちょっと、」
「うん?」
陣内さんにすっぽりと包まれるような格好なので、当然至近距離にある彼の顔は、とても眩しそうで。耳に直接吹き込まれるような声に、腰が砕けそうだ。
「ち、ちかい……です」
「うん。アスターちゃんが想定以上に可愛くて、独り占めしたくなった」
「っ……物好きですね」
自分でも可愛げがないと思ったことは何度もある。こんな時も、憎まれ口叩くんじゃなくて、嬉しいとかそんなことを、言えるオンナノコに憧れたこともあった。でも、多少残念でも、これが私なのだ。
「アスターちゃん」
「は、はい」
どきどきはとっくにピークを超えていて、自分の心音と陣内さんの声しか聞こえない。
「名前、呼んでみてよ」
「む、むりです」
「なんで?」
「これ以上は……心臓がもちません」
「へえ、こんなおじさんに、そんなにどきどきしてるんだ?」
「そ、そう、ですよ。ご自身の魅力をもっと自覚してください」
なんか嬉しいなぁ、と私の手の甲を撫でる陣内さん。少しくすぐったくて、暖かくて、いろんなものを通り越して泣いてしまいそうだった。
「アスターちゃん?大丈夫?」
突然俯いて小さく震える私の頭を、あの夜みたいに優しく撫でる大きな手。
「と、といれ…行ってきます」
その手から逃げるように離れて、顔も見ずにトイレへ駆け込んだ。