ss/犬夜叉
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ここのところ、殺生丸様の機嫌が悪い。それに気づいてはいた。
けれどまさか原因があたしで、しかも彼にその自覚がないだなんて、思ってもみなかったのだ。
「くだらぬ」
その言葉に、びりりと、こちらまで痺れるような気がした。
──
山の中腹で見つけた洞窟の中で、日が沈む前になんとか邪見の人頭杖で火をおこすことに成功した。
木切れは多くはないので、火は朝まで保たない。そもそも、空腹で夜が開ける前に目が覚めてしまうだろう。その頃には雨が止んでくれていればいいなと、淡い期待を込めて外に視線をやる。
あいも変わらず土砂降りで、食料を探しに行くことすら断念せざるを得ない。
ちらりと盗み見れば、彼は相変わらず、電撃を纏っていると錯覚しそうなほど鋭い目つきで外を見ていた。
そんな彼の心情を反映したかのような土砂降りの雨も、生ぬるい風も、いつもはどうってことないのに落ち着かない。
ただ、彼の怒りの矛先が自分に来ないように大人しくしているだけ。
こんなことがある度に、そんな自分が嫌いになる。好きならどうにかしてみせろ、とあたしの中のあたしが訴える。でも、人間の女にどうにかできるものだろうかと思うと竦んでしまう。
火の向かい側、りんの寝顔を見ながら羨ましく思う。あの子に向ける目と、あたしへのものは明らかに違う。
人間嫌いのくせに、どうして二人も人間をそばに置いているのだろう。あたしなんか特に。
「人間嫌いのくせに……」
あ、と思った時には遅かった。完全に油断していた。口に出してしまった呟きはもちろん彼に届いていて、
「今、なんと言った?」
三歩ほど離れたところから静かな問いかけが返ってくる。
ああ、やばい。これはやばい。
この人にごまかしはきかない。余計に苛立たせるだけだ。だからあたしは正直に、全く同じことを繰り返す。
「人間が嫌いなくせに、と」
ぴくりと片眉を動かして、やはり不機嫌そうに視線を逸らした。
お、珍しい。いつもはあたしが先に目を逸らすのに。
「“人間”なぞ嫌いとも思わぬ」
くだらぬと、吐き捨てるように言って殺生丸様は目を閉じてしまった。
その不特定多数の人間の中に、あたしは入っているのだろうか。それとも、入っていないのだろうか。
いつもあたしに向ける視線は鋭く刺さるようで、ここにいていいのか不安になる。
妖怪や賊に襲われたりしたら、ほとんどの場合はすぐ助けてくれる。
りんを助けてるんだろうなあと、思う。りんが懐いているから、あたしもついでに連れているんだろうなあと。
もしどちらか一方しか助けられない状況になったとしたら、迷いなくりんを助けるんだろう。私は所詮その程度の価値だと、思う。間違っても大事にされているなんて勘違いしちゃあいけない。
そんなことを考えながら横になっていて眠れるわけもなく、次第に火が小さくなって行くのをじっと眺めていた。
──
まぶたの向こう側が明るい。
どうやら夜が明けて、雨も止んだようだ。結局一睡もできなかったけれど、とにかく起き上がって目を開けると。
「っえ」
目の前に、殺生丸様がいた。
毎日見ても飽きない美しい顔が、目の前に。
「な、に」
「分からぬ」
何が、分からないというのだろう。
殺生丸様ともあろう方が、何故そんな。
「分からぬが、しかし──」
洞窟の入り口から、朝日が差し込む。
殺生丸様の白銀色の髪が、きらきらと輝いている。
「アスター」
「は、はい」
「お前は私を恐れるか」
金色の双眸があたしを貫く。
「……たまに、すこし」
この人が殺そうと思えばあたしなど赤子同然だろう。苦しまずに殺してくれそうだという点では、いいかもしれない。
だけど死にたいわけじゃあない。できるならもう少し殺生丸様と意思疎通できるようになりたいし、もっと言えば、触れてみたいし触れられてみたい。
「私は、分からぬ」
二度目のその言葉に、何がですかと、小さく問いかけた。
「お前を見ていると、どうにもいつもの私でなくなる」
驚いた。本当に、分からないことがあるようだ。
「例えば、どんな時ですか」
「……お前たちが賊に襲われた時」
「他には?」
心臓がゆっくりと、けれど大きく脈打つのを感じていた。
この人と、こんなに話すのは初めてだ。
「お前が水浴びをしている時」
「見て、たんですか」
「お前が──私を見ている時」
「……どんな風に、なるんですか」
首を掻き斬りたいとか、そんなところだろうか。後に続く言葉を、怖いもの見たさで促す。
「胃の腑を捕まれるような」
「食べたい、とかですか」
「阿呆。人間など食わぬ」
「す、すみません」
殺生丸様が何か食べているところを見たことがないので、そんなことを言われても。
「……触れたい、ような」
「え──」
「隠しておきたい、ような」
「な、にを言って」
この人は──いや、人ではなかった。この妖怪様は、一体何を言っているのだろう。
まるで、殺生丸様があたしを好き、みたいではないか。多少、人とはズレている気はするが。
「……あの」
確かめるためだと、自分に言い聞かせる。
「触れてみたら、分かるんじゃないですか」
ゆっくりと彼の右手に手を伸ばす。この爪の毒は瞬く間に私を殺すことができるだろう。
手の甲に、指の腹でそっと触れる。
痛いほど脈打つ心臓のあたりを右手で押さえて、左手で彼の手をとる。
顔を上げれば、殺生丸様はすこし驚いたようにあたしを見ていた。
そっと頬に添えた右手は、少しひんやりしていた。
大きくて、所々硬い。きっと剣を振るう時に当たるところなのだろう。
「どう、ですか」
「……分からぬ」
その視線はあたしを捉えて離さない。
だから少しだけ期待してみてもいいのかなと思った。やっぱり殺生丸様はあたしを好きなんじゃあないかと。
「なら、もう少し──」
頬に添えた手はそのまま、しゃがむ殺生丸様の膝の間へにじり寄る。
顔が熱い。
「どうしたいですか」
したいようにしてみてください。そう言おうとしていたけれど、それは言葉にする前に飲み込んでしまった。彼の右腕が肩に回って、ごつごつした鎧に押し付けられたから。
痛いとも言えず、息をほとんど殺してじっとしていた。
「人間なぞ、嫌いとも思わぬ」
「昨日、聞きました」
「だがアスターのことは、嫌いではない」
「そ、ですか」
やばい、どうしよう嬉しい。
緩む口元が抑えられない。殺生丸様がどんな顔をしているのか見たいのに、これじゃあ見上げられない。そう思ってうつむいていたら、頬をさらりと白銀色の髪が撫でた。
「な、ん──」
「黙れ」
言われなくとも、喋れない。
彼の右手があたしの顎を持ち上げる。
頬をさらさらと滑り落ちる滑らかな髪。
ほとんど真上から近づいてくる、殺生丸様の顔。
その唇が、触れる──
「ン、ん〜、おはよう殺生丸さまぁ」
「ぃだッ」
半分体重を預けていた相手がふいに目の前から居なくなり、慌てて両手を前に出す。手のひらを少し擦りむいたようだ。
いや、そんなことより、この熱い顔をどうすればいいのか。
「アスターおねえちゃん、大丈夫?」
「ん、んん、うん、大丈夫大丈夫」
まだすこし眠そうなりんが、とうに消えてしまった焚き火の向こう側で目をこすっている。
この子の目が完全に覚める前に、落ち着かせないと。
「ちょ、ちょっと外の様子見てくるね」
「んー、いってらっしゃい」
洞窟の外に出ると、空は綺麗に晴れていた。
森の空気を胸いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
「すぐ出発する」
いつのまにか隣に来ていた殺生丸様が、呟くように言う。
「は、はい」
一瞬、本当に一瞬だけ、触れた。と思う。
幻でなければ。
「っ──」
唇に残るかすかな感触。
獣と森と血のにおい。
私を見つめる金色の瞳。
耳元まで響く自分の鼓動。
あたしの全てを支配されたかのような、感覚だった。
否、もうすでに支配されているようなものだ。
朝日に照らされる殺生丸様の横顔は、どこまでも美しかった。
20170408
昔の倉庫から引っ張り出してきて、大幅加筆微修正しました。
ひとの感情がよく分からない殺生丸様。
でもなんか分かる気がする殺生丸様。
けれどまさか原因があたしで、しかも彼にその自覚がないだなんて、思ってもみなかったのだ。
「くだらぬ」
その言葉に、びりりと、こちらまで痺れるような気がした。
──
山の中腹で見つけた洞窟の中で、日が沈む前になんとか邪見の人頭杖で火をおこすことに成功した。
木切れは多くはないので、火は朝まで保たない。そもそも、空腹で夜が開ける前に目が覚めてしまうだろう。その頃には雨が止んでくれていればいいなと、淡い期待を込めて外に視線をやる。
あいも変わらず土砂降りで、食料を探しに行くことすら断念せざるを得ない。
ちらりと盗み見れば、彼は相変わらず、電撃を纏っていると錯覚しそうなほど鋭い目つきで外を見ていた。
そんな彼の心情を反映したかのような土砂降りの雨も、生ぬるい風も、いつもはどうってことないのに落ち着かない。
ただ、彼の怒りの矛先が自分に来ないように大人しくしているだけ。
こんなことがある度に、そんな自分が嫌いになる。好きならどうにかしてみせろ、とあたしの中のあたしが訴える。でも、人間の女にどうにかできるものだろうかと思うと竦んでしまう。
火の向かい側、りんの寝顔を見ながら羨ましく思う。あの子に向ける目と、あたしへのものは明らかに違う。
人間嫌いのくせに、どうして二人も人間をそばに置いているのだろう。あたしなんか特に。
「人間嫌いのくせに……」
あ、と思った時には遅かった。完全に油断していた。口に出してしまった呟きはもちろん彼に届いていて、
「今、なんと言った?」
三歩ほど離れたところから静かな問いかけが返ってくる。
ああ、やばい。これはやばい。
この人にごまかしはきかない。余計に苛立たせるだけだ。だからあたしは正直に、全く同じことを繰り返す。
「人間が嫌いなくせに、と」
ぴくりと片眉を動かして、やはり不機嫌そうに視線を逸らした。
お、珍しい。いつもはあたしが先に目を逸らすのに。
「“人間”なぞ嫌いとも思わぬ」
くだらぬと、吐き捨てるように言って殺生丸様は目を閉じてしまった。
その不特定多数の人間の中に、あたしは入っているのだろうか。それとも、入っていないのだろうか。
いつもあたしに向ける視線は鋭く刺さるようで、ここにいていいのか不安になる。
妖怪や賊に襲われたりしたら、ほとんどの場合はすぐ助けてくれる。
りんを助けてるんだろうなあと、思う。りんが懐いているから、あたしもついでに連れているんだろうなあと。
もしどちらか一方しか助けられない状況になったとしたら、迷いなくりんを助けるんだろう。私は所詮その程度の価値だと、思う。間違っても大事にされているなんて勘違いしちゃあいけない。
そんなことを考えながら横になっていて眠れるわけもなく、次第に火が小さくなって行くのをじっと眺めていた。
──
まぶたの向こう側が明るい。
どうやら夜が明けて、雨も止んだようだ。結局一睡もできなかったけれど、とにかく起き上がって目を開けると。
「っえ」
目の前に、殺生丸様がいた。
毎日見ても飽きない美しい顔が、目の前に。
「な、に」
「分からぬ」
何が、分からないというのだろう。
殺生丸様ともあろう方が、何故そんな。
「分からぬが、しかし──」
洞窟の入り口から、朝日が差し込む。
殺生丸様の白銀色の髪が、きらきらと輝いている。
「アスター」
「は、はい」
「お前は私を恐れるか」
金色の双眸があたしを貫く。
「……たまに、すこし」
この人が殺そうと思えばあたしなど赤子同然だろう。苦しまずに殺してくれそうだという点では、いいかもしれない。
だけど死にたいわけじゃあない。できるならもう少し殺生丸様と意思疎通できるようになりたいし、もっと言えば、触れてみたいし触れられてみたい。
「私は、分からぬ」
二度目のその言葉に、何がですかと、小さく問いかけた。
「お前を見ていると、どうにもいつもの私でなくなる」
驚いた。本当に、分からないことがあるようだ。
「例えば、どんな時ですか」
「……お前たちが賊に襲われた時」
「他には?」
心臓がゆっくりと、けれど大きく脈打つのを感じていた。
この人と、こんなに話すのは初めてだ。
「お前が水浴びをしている時」
「見て、たんですか」
「お前が──私を見ている時」
「……どんな風に、なるんですか」
首を掻き斬りたいとか、そんなところだろうか。後に続く言葉を、怖いもの見たさで促す。
「胃の腑を捕まれるような」
「食べたい、とかですか」
「阿呆。人間など食わぬ」
「す、すみません」
殺生丸様が何か食べているところを見たことがないので、そんなことを言われても。
「……触れたい、ような」
「え──」
「隠しておきたい、ような」
「な、にを言って」
この人は──いや、人ではなかった。この妖怪様は、一体何を言っているのだろう。
まるで、殺生丸様があたしを好き、みたいではないか。多少、人とはズレている気はするが。
「……あの」
確かめるためだと、自分に言い聞かせる。
「触れてみたら、分かるんじゃないですか」
ゆっくりと彼の右手に手を伸ばす。この爪の毒は瞬く間に私を殺すことができるだろう。
手の甲に、指の腹でそっと触れる。
痛いほど脈打つ心臓のあたりを右手で押さえて、左手で彼の手をとる。
顔を上げれば、殺生丸様はすこし驚いたようにあたしを見ていた。
そっと頬に添えた右手は、少しひんやりしていた。
大きくて、所々硬い。きっと剣を振るう時に当たるところなのだろう。
「どう、ですか」
「……分からぬ」
その視線はあたしを捉えて離さない。
だから少しだけ期待してみてもいいのかなと思った。やっぱり殺生丸様はあたしを好きなんじゃあないかと。
「なら、もう少し──」
頬に添えた手はそのまま、しゃがむ殺生丸様の膝の間へにじり寄る。
顔が熱い。
「どうしたいですか」
したいようにしてみてください。そう言おうとしていたけれど、それは言葉にする前に飲み込んでしまった。彼の右腕が肩に回って、ごつごつした鎧に押し付けられたから。
痛いとも言えず、息をほとんど殺してじっとしていた。
「人間なぞ、嫌いとも思わぬ」
「昨日、聞きました」
「だがアスターのことは、嫌いではない」
「そ、ですか」
やばい、どうしよう嬉しい。
緩む口元が抑えられない。殺生丸様がどんな顔をしているのか見たいのに、これじゃあ見上げられない。そう思ってうつむいていたら、頬をさらりと白銀色の髪が撫でた。
「な、ん──」
「黙れ」
言われなくとも、喋れない。
彼の右手があたしの顎を持ち上げる。
頬をさらさらと滑り落ちる滑らかな髪。
ほとんど真上から近づいてくる、殺生丸様の顔。
その唇が、触れる──
「ン、ん〜、おはよう殺生丸さまぁ」
「ぃだッ」
半分体重を預けていた相手がふいに目の前から居なくなり、慌てて両手を前に出す。手のひらを少し擦りむいたようだ。
いや、そんなことより、この熱い顔をどうすればいいのか。
「アスターおねえちゃん、大丈夫?」
「ん、んん、うん、大丈夫大丈夫」
まだすこし眠そうなりんが、とうに消えてしまった焚き火の向こう側で目をこすっている。
この子の目が完全に覚める前に、落ち着かせないと。
「ちょ、ちょっと外の様子見てくるね」
「んー、いってらっしゃい」
洞窟の外に出ると、空は綺麗に晴れていた。
森の空気を胸いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
「すぐ出発する」
いつのまにか隣に来ていた殺生丸様が、呟くように言う。
「は、はい」
一瞬、本当に一瞬だけ、触れた。と思う。
幻でなければ。
「っ──」
唇に残るかすかな感触。
獣と森と血のにおい。
私を見つめる金色の瞳。
耳元まで響く自分の鼓動。
あたしの全てを支配されたかのような、感覚だった。
否、もうすでに支配されているようなものだ。
朝日に照らされる殺生丸様の横顔は、どこまでも美しかった。
20170408
昔の倉庫から引っ張り出してきて、大幅加筆微修正しました。
ひとの感情がよく分からない殺生丸様。
でもなんか分かる気がする殺生丸様。
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