第8章 "ボス"
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昼食を終え、船長室の扉を開けて外に出る。
天候は晴れ。動くと少し暑いが、過ごしやすい気温。現在の指針である海列車の線路も見失うことなく、憂うことはないはずだというのに。
吸い込んだ葉巻の煙を、吐き出す。
何かが、引っかかっていた。
いや、それが何なのかは分かっていた。だが何故引っかかっているのかが、明瞭でない。
ボスと呼ばれた、たったそれだけのこと。他の野郎どもと、変わらぬ呼び方をされただけ。
「ボス、どうしたんです」
はたと我に帰ると、目の前にダズがいてこちらをじっと見ていた。
「なんでもねェよ……」
「なんでも、って顔じゃあありませんでしたよ」
「気のせいだろ。ただの考え事だ」
いいから持ち場に戻れと、肩を叩く。諦めたのか、ダズは見張り台へ立つ為マストを登っていった。
そこでまた、葉巻の煙を吸い込んで、細く吐き出す。
『色恋でゴタつくのはごめんだ』
と、そう言ったのは確かに自分だ。それは紛れもなく本心であるし、自分がそのゴタゴタに巻き込まれるのも無論ごめんだと思っている。
思っている、のだが。
その後に続く言葉は思い浮かばぬまま、葉巻の煙をまた吸い込んだ。
昨夜、船長室に戻るとソファでアスターが丸まっていた。それを見て、久しぶりにこの寝姿を見たなと思った。
共に寝ることが習慣となりつつあったからだが、改めてその事実に驚く。今までこんなに長く1人の女と過ごしたことがあっただろうか。
眠る前に触れておかねば早朝頭痛で目覚めることになるだろうに、アスターは穏やかな寝顔を見せるばかり。仕方なしに、無言のまま滑らかな頬に指で少し触れてから、ベッドに入った。
「……ハ、馬鹿馬鹿しい」
反芻していた記憶を押しやり、吸い終えた葉巻を片手に船長室へ戻る。
そろそろアスターが頭痛に襲われる時間だ。
だが、船長室の作業机にアスターの姿はなかった。いつもならタバコ作成の作業を黙々と進めている時間だというのに、だ。
灰皿に葉巻を押し付け、アスターの姿を探し始める。
これはただの庇護欲であり、決して恋だの愛だのといった浮わついたものではないと言い聞かせながら。
一番可能性のありそうな、キッチンとダイニングに顔を出すが、ロッシュがいるだけでアスターの姿はない。
仕方なく見聞色の覇気で周囲を探ると、案外すぐそばにいるようだった。
その気配を追ってたどり着いたのは、医務室だった。ゆっくり扉を開けると、部屋の主はおらずベッドで寝ているアスターだけだった。
無言で、ベッドに腰掛ける。
よく見ると目の下にクマができており、昨夜眠れなかったのかと小さく溜息をつく。
なぜ、強くもないただの女にここまでせねばならないのかと、そう思う気持ちもある。反面、気づけばその頬に触れている自分がいる。
小さく、舌打ちを一つ。
頬からゆっくりと手を滑らせる。その細い首は簡単に手中に収まり、このまま力を込めればたやすく命を奪えるだろう。だが、能力を込めてもこの女は死なないのだ。今みたいに。
首に触れた右手で水分を奪おうとすればするほど、海楼石に触れた時のように脱力感が増していく。
「クッ……」
どれほどそうしていただろうか。さすがにこちらが消耗して来たのと、扉の向こうに気配を感じて手を引っ込めた。
アスターは少し眉間にしわを寄せながらも、微睡みから覚める気配はない。
ベッドから腰を上げたところで、とびらが開いた。
「あれ、ボス……」
「あァ、もう戻る」
我ながらおかしな受け答えだと思ったが、そのままモリスの横をすり抜けて船長室へ向かう。
今後アスターに触れるのは最低限に抑えよう、抑えるべきだと、そればかり考えていた。
天候は晴れ。動くと少し暑いが、過ごしやすい気温。現在の指針である海列車の線路も見失うことなく、憂うことはないはずだというのに。
吸い込んだ葉巻の煙を、吐き出す。
何かが、引っかかっていた。
いや、それが何なのかは分かっていた。だが何故引っかかっているのかが、明瞭でない。
ボスと呼ばれた、たったそれだけのこと。他の野郎どもと、変わらぬ呼び方をされただけ。
「ボス、どうしたんです」
はたと我に帰ると、目の前にダズがいてこちらをじっと見ていた。
「なんでもねェよ……」
「なんでも、って顔じゃあありませんでしたよ」
「気のせいだろ。ただの考え事だ」
いいから持ち場に戻れと、肩を叩く。諦めたのか、ダズは見張り台へ立つ為マストを登っていった。
そこでまた、葉巻の煙を吸い込んで、細く吐き出す。
『色恋でゴタつくのはごめんだ』
と、そう言ったのは確かに自分だ。それは紛れもなく本心であるし、自分がそのゴタゴタに巻き込まれるのも無論ごめんだと思っている。
思っている、のだが。
その後に続く言葉は思い浮かばぬまま、葉巻の煙をまた吸い込んだ。
昨夜、船長室に戻るとソファでアスターが丸まっていた。それを見て、久しぶりにこの寝姿を見たなと思った。
共に寝ることが習慣となりつつあったからだが、改めてその事実に驚く。今までこんなに長く1人の女と過ごしたことがあっただろうか。
眠る前に触れておかねば早朝頭痛で目覚めることになるだろうに、アスターは穏やかな寝顔を見せるばかり。仕方なしに、無言のまま滑らかな頬に指で少し触れてから、ベッドに入った。
「……ハ、馬鹿馬鹿しい」
反芻していた記憶を押しやり、吸い終えた葉巻を片手に船長室へ戻る。
そろそろアスターが頭痛に襲われる時間だ。
だが、船長室の作業机にアスターの姿はなかった。いつもならタバコ作成の作業を黙々と進めている時間だというのに、だ。
灰皿に葉巻を押し付け、アスターの姿を探し始める。
これはただの庇護欲であり、決して恋だの愛だのといった浮わついたものではないと言い聞かせながら。
一番可能性のありそうな、キッチンとダイニングに顔を出すが、ロッシュがいるだけでアスターの姿はない。
仕方なく見聞色の覇気で周囲を探ると、案外すぐそばにいるようだった。
その気配を追ってたどり着いたのは、医務室だった。ゆっくり扉を開けると、部屋の主はおらずベッドで寝ているアスターだけだった。
無言で、ベッドに腰掛ける。
よく見ると目の下にクマができており、昨夜眠れなかったのかと小さく溜息をつく。
なぜ、強くもないただの女にここまでせねばならないのかと、そう思う気持ちもある。反面、気づけばその頬に触れている自分がいる。
小さく、舌打ちを一つ。
頬からゆっくりと手を滑らせる。その細い首は簡単に手中に収まり、このまま力を込めればたやすく命を奪えるだろう。だが、能力を込めてもこの女は死なないのだ。今みたいに。
首に触れた右手で水分を奪おうとすればするほど、海楼石に触れた時のように脱力感が増していく。
「クッ……」
どれほどそうしていただろうか。さすがにこちらが消耗して来たのと、扉の向こうに気配を感じて手を引っ込めた。
アスターは少し眉間にしわを寄せながらも、微睡みから覚める気配はない。
ベッドから腰を上げたところで、とびらが開いた。
「あれ、ボス……」
「あァ、もう戻る」
我ながらおかしな受け答えだと思ったが、そのままモリスの横をすり抜けて船長室へ向かう。
今後アスターに触れるのは最低限に抑えよう、抑えるべきだと、そればかり考えていた。