第7章 駆け引き未満
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ゴンドリエにチップを渡すクロコダイルを視界の端に捉えながら、船から荷物を降ろしていると、
「そういえばお二人さんは今晩のパーティには行くのかい?」
元来おしゃべりな気質らしいその青年は、興味津々といった様子で話しかけてきた。
「パーティ?」
「ああ!この近くの庭園でひとり1万ベリーで誰でも参加できるよ。ご飯もお酒もあるし、生演奏とかもあるし、それに──」
あれもこれもあって楽しいからぜひ参加しなよと、青年は勧めてくる。その勢いに少し押されながら、考えておく、などと当たり障りのない返事をして荷降ろしを終えた。
そして耳打ちされる。
「これ、無料で入れる招待状。よかったら来て」
持っていた荷物の上に置かれた封筒を確かめる間も無く、ゴンドラは岸から離れすぐに見えなくなる。
そのタイミングを見計らったように、ダズがホテルから出て来た。
その顔を見てようやく分かった、さっきの耳打ちは、スマートなナンパだったのだと。
「アスター、どうした?」
「いえ、その、パーティ楽しそうだなあって」
自分の顔をまじまじと見られて不審そうなダズが、こちらを覗き返してくる。咄嗟に私の口をついて出た答えは、本心ではあるけれど本気ではないものだった。
「あっ遊びに行ってる暇なんてないですよね!すみません忘れてください!」
なんて、言ったにも関わらず、何故だかクロコダイルと2人でパーティに参加することになっていた。
「なんで……」
「ア?何か言ったか」
「いえ、その、ダンスはしたことないんですけど大丈夫ですかね」
食事は立食形式で自由にでき、そのすぐ隣にはダンスフロアが広がっていた。生演奏でワルツやタンゴ、たまにサンバなんかも聞こえてくる。
自分からダンスフロアに行くつもりはなかったが、誘われでもしたらどう断ろうかと思考を巡らす。
「さァな……」
さして興味がない、と言いたげなクロコダイルは、会場を見渡しては冷めた目で右手のワインを煽っている。とても、楽しそうな雰囲気ではない。
急遽ホテルで借りたターコイズブルーのマーメイドドレスが、少し派手すぎじゃないかと落ち着かない。
「やあ!本当に来てくれたんだね!」
落ち着かないが、せっかくだからと食事を楽しんでいると、白いタキシードに身を包んだ青年が私の肩を叩いた。
「っえ、あ、ゴンドリエさん?」
「ハハッ当たり。僕と踊ってくれますか?」
会場内でもひときわ目を引く容姿に、おそらく唯一仮面をつけていない。白い手袋をした手を差し出す所作は優雅で、とても一介のゴンドリエとは思えない。
必死に断る口実を探してみるが、何も思いつかない。仕方なくその手をとろうとして──
「悪ィな、こいつァ足を怪我してる。ダンスなら他を当たれ」
差し出しかけた左手を、クロコダイルに握り込まれた。そのままするりと、さも当然のように指を絡ませてくる。お互いに手袋をしているので二枚の布越し、だというのにありありと体温を感じる。
うわ、と、思わず小さく声が出た。
「あれっ"そう"だったの?ごめんね、椅子を用意させよう」
青年は意外にもあっさりと、けれど少し残念そうにその場を去って行った。
さっきまでその手に持っていたワイングラスはどうしたのかと見上げれば、仮面の向こうからでも分かる意地の悪い笑顔が降ってくる。
「余計なお節介だったか?お嬢さん」
「お、お嬢さんはやめてください。でも、ありがとうございます」
だからもう、手を繋いでいる必要なんてないのに。手袋の中が暑くて、じわりと手に汗をかきだした。
程なくして会場の隅の方に椅子が10脚ほど並べられ、そこへ促された。けれど、その椅子に座ることはなかった。
「いや、結構。そろそろ我々はお暇しよう」
クロコダイルはそう言うと、私と手を繋いだままパーティ会場を出た。
会場を出た途端、手が離れて行ってホッとする。そしてほんの少し名残惜しいと思ってしまった自分に、驚く。
なにを期待しているのか、と。
それはあまりにワガママだ、と。
ずっと手を繋いでいたいなんて思いは、あまりに。
やっぱり、こんな想いは誰にも言えない。でも好きな気持ちは止めたくても止められなくて。
きゅう、と苦しそうに鳴く胸を押さえて、ホテルまでの道を歩いた。
fin
next→あとがき
「そういえばお二人さんは今晩のパーティには行くのかい?」
元来おしゃべりな気質らしいその青年は、興味津々といった様子で話しかけてきた。
「パーティ?」
「ああ!この近くの庭園でひとり1万ベリーで誰でも参加できるよ。ご飯もお酒もあるし、生演奏とかもあるし、それに──」
あれもこれもあって楽しいからぜひ参加しなよと、青年は勧めてくる。その勢いに少し押されながら、考えておく、などと当たり障りのない返事をして荷降ろしを終えた。
そして耳打ちされる。
「これ、無料で入れる招待状。よかったら来て」
持っていた荷物の上に置かれた封筒を確かめる間も無く、ゴンドラは岸から離れすぐに見えなくなる。
そのタイミングを見計らったように、ダズがホテルから出て来た。
その顔を見てようやく分かった、さっきの耳打ちは、スマートなナンパだったのだと。
「アスター、どうした?」
「いえ、その、パーティ楽しそうだなあって」
自分の顔をまじまじと見られて不審そうなダズが、こちらを覗き返してくる。咄嗟に私の口をついて出た答えは、本心ではあるけれど本気ではないものだった。
「あっ遊びに行ってる暇なんてないですよね!すみません忘れてください!」
なんて、言ったにも関わらず、何故だかクロコダイルと2人でパーティに参加することになっていた。
「なんで……」
「ア?何か言ったか」
「いえ、その、ダンスはしたことないんですけど大丈夫ですかね」
食事は立食形式で自由にでき、そのすぐ隣にはダンスフロアが広がっていた。生演奏でワルツやタンゴ、たまにサンバなんかも聞こえてくる。
自分からダンスフロアに行くつもりはなかったが、誘われでもしたらどう断ろうかと思考を巡らす。
「さァな……」
さして興味がない、と言いたげなクロコダイルは、会場を見渡しては冷めた目で右手のワインを煽っている。とても、楽しそうな雰囲気ではない。
急遽ホテルで借りたターコイズブルーのマーメイドドレスが、少し派手すぎじゃないかと落ち着かない。
「やあ!本当に来てくれたんだね!」
落ち着かないが、せっかくだからと食事を楽しんでいると、白いタキシードに身を包んだ青年が私の肩を叩いた。
「っえ、あ、ゴンドリエさん?」
「ハハッ当たり。僕と踊ってくれますか?」
会場内でもひときわ目を引く容姿に、おそらく唯一仮面をつけていない。白い手袋をした手を差し出す所作は優雅で、とても一介のゴンドリエとは思えない。
必死に断る口実を探してみるが、何も思いつかない。仕方なくその手をとろうとして──
「悪ィな、こいつァ足を怪我してる。ダンスなら他を当たれ」
差し出しかけた左手を、クロコダイルに握り込まれた。そのままするりと、さも当然のように指を絡ませてくる。お互いに手袋をしているので二枚の布越し、だというのにありありと体温を感じる。
うわ、と、思わず小さく声が出た。
「あれっ"そう"だったの?ごめんね、椅子を用意させよう」
青年は意外にもあっさりと、けれど少し残念そうにその場を去って行った。
さっきまでその手に持っていたワイングラスはどうしたのかと見上げれば、仮面の向こうからでも分かる意地の悪い笑顔が降ってくる。
「余計なお節介だったか?お嬢さん」
「お、お嬢さんはやめてください。でも、ありがとうございます」
だからもう、手を繋いでいる必要なんてないのに。手袋の中が暑くて、じわりと手に汗をかきだした。
程なくして会場の隅の方に椅子が10脚ほど並べられ、そこへ促された。けれど、その椅子に座ることはなかった。
「いや、結構。そろそろ我々はお暇しよう」
クロコダイルはそう言うと、私と手を繋いだままパーティ会場を出た。
会場を出た途端、手が離れて行ってホッとする。そしてほんの少し名残惜しいと思ってしまった自分に、驚く。
なにを期待しているのか、と。
それはあまりにワガママだ、と。
ずっと手を繋いでいたいなんて思いは、あまりに。
やっぱり、こんな想いは誰にも言えない。でも好きな気持ちは止めたくても止められなくて。
きゅう、と苦しそうに鳴く胸を押さえて、ホテルまでの道を歩いた。
fin
next→あとがき