第7章 駆け引き未満
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いかにも軽薄そうな茶髪の男が、へらへらと笑いながらアスターの肩に手を回すのが傘の間から見えた。
その瞬間、自分の感情が面白いほど急激に昂ぶるのが分かった。盛大に舌打ちしたことに気づいたのは、周囲の店からいくつか視線が集まったからだ。
おそらく断っているのだろう、アスターは男の手をやんわりと退けようとするが、そのまま手を握りこまれてしまう。
急く気持ちを抑えて人混みを掻き分け男の背後に立つのと、アスターがこちらに気づくのが同時だった。
「おれの連れに何か用か?」
自分でも驚くほど、地を這うような低い声だった。
驚き肩を揺らした男が、笑顔で振り向いて──固まった。
「おれの連れに、何か用か?」
サングラスをわずかに持ち上げ、見下ろしながら再度問う。
ややあって硬直の溶けた男は無言で首を横に振り、少々情けない様子で雑踏に消えた。
あの怯えた様子からするに、おそらくおれの顔を一度はどこかで見たことがあったのだろう。
さすがに2日続けて街中で戦闘なんて勘弁願いたかったので、少しの威嚇で退いてくれて良かった。
「あの、ありがとうございます」
安心したからか、アスターはその眼を潤ませていた。
「……あァ。次からは容赦なくはたき落せ」
あるいは背負い投げでもかませ、と言ってやると、アスターはそれはさすがに可哀想だと言って笑った。
目尻に溜まった涙を拭う彼女を見て、まずい、と思った。
何故なら、触れたい欲求がまた自分の中にあることに気づいたからだ。
傍で過ごす時間が増えるにつれ、その欲は増している気もする。
昨夜とてそうだった。瞳に吸い寄せられるように危うく唇に触れそうになって、すんでのところで回避した。その結果が抱きしめる事になって、それはそれで幾ばくか後悔したのだが。
「……買い物は終わりか?飯にするか」
「はい」
昼食を終えると、少し早めにタバコの問屋へ向かった。交渉はほとんどアスターに任せてあり、ここで自分がすることは特にない。
倉庫を一通り見て回った後、通された応接室で会話の内容を聴くとはなしに耳に入れながら、壁にかかった絵画を眺める。
価値はそれほどなさそうではあるが、描かれているのは夕日に染まるサン・ファルドの街並みで、写実的でとても美しい。
葉巻を一本吸い終える頃には早々に商談はまとまり、予算内で諸々確保することができた。
タバコの葉が2人で持ちきれる量でなかったので、帰りはゴンドラに乗る事にする。ゴンドリエにホテルの名前を伝えると、するりと水の上を滑り出した。
ギィ、と小さく軋みながら船はいくつもの橋をくぐり抜け、同じように客を乗せたゴンドラと頻繁にすれ違う。
はす向かいに座るアスターが忙しなく対岸に目をやるので、釣られて反対側の岸へ注意を向ける。会話は特にない。
まだ日は高く、すんなり商談がまとまってしまったのでホテルに帰っても夕食の時間には余裕があるだろう。
船に積む酒類でも買いに行く事にしようかと、今日の予定に思考を巡らす。明日は、当初の予定通り午前のうちに食材の確保など準備を整え、昼過ぎには出港しようと考えていた。
「あの、サー。1つ聞いてもいいですか」
ホテルまであと10分ほどはかかるだろうと思っていると、不意にアスターが視線を合わせないまま問うてきた。
「なんだ」
「どうしてこの"ビジネス"をしようと思ったんです?あまり、儲けがいい訳ではないと思うんですが」
「あー、それァな」
内心で、ほう、と感心の声を漏らした。やはり馬鹿ではないなと改めて思う。
「リスクの分散だ。金銀財宝は狙われやすいからな」
もし奪われたところで奪い返せば良い話だが、そもそも狙われにくくするに越したことはない。それに、無駄な戦闘は避け、出来るだけ目立たずに新世界までたどり着きたい。
特に海軍の連中に目をつけられると厄介なヤツ──例えば大将の赤犬──が出張ってこないとも限らない。そのために今はジョリーロジャーすら掲げていないのだ。
「だからな、このビジネスは初期投資さえ回収できりゃそれでいいんだ」
とはいえ、プラスになるならそれはそれで良いし、今のペースで稼げばそれも可能かもしれないと思える程度に調子は良かった。
なるほど、とアスターは呟き、
「ともかく、私は今出来ることに最善を尽くします」
そう続けて言ってから、少しの間青空を仰いでいた。
その瞬間、自分の感情が面白いほど急激に昂ぶるのが分かった。盛大に舌打ちしたことに気づいたのは、周囲の店からいくつか視線が集まったからだ。
おそらく断っているのだろう、アスターは男の手をやんわりと退けようとするが、そのまま手を握りこまれてしまう。
急く気持ちを抑えて人混みを掻き分け男の背後に立つのと、アスターがこちらに気づくのが同時だった。
「おれの連れに何か用か?」
自分でも驚くほど、地を這うような低い声だった。
驚き肩を揺らした男が、笑顔で振り向いて──固まった。
「おれの連れに、何か用か?」
サングラスをわずかに持ち上げ、見下ろしながら再度問う。
ややあって硬直の溶けた男は無言で首を横に振り、少々情けない様子で雑踏に消えた。
あの怯えた様子からするに、おそらくおれの顔を一度はどこかで見たことがあったのだろう。
さすがに2日続けて街中で戦闘なんて勘弁願いたかったので、少しの威嚇で退いてくれて良かった。
「あの、ありがとうございます」
安心したからか、アスターはその眼を潤ませていた。
「……あァ。次からは容赦なくはたき落せ」
あるいは背負い投げでもかませ、と言ってやると、アスターはそれはさすがに可哀想だと言って笑った。
目尻に溜まった涙を拭う彼女を見て、まずい、と思った。
何故なら、触れたい欲求がまた自分の中にあることに気づいたからだ。
傍で過ごす時間が増えるにつれ、その欲は増している気もする。
昨夜とてそうだった。瞳に吸い寄せられるように危うく唇に触れそうになって、すんでのところで回避した。その結果が抱きしめる事になって、それはそれで幾ばくか後悔したのだが。
「……買い物は終わりか?飯にするか」
「はい」
昼食を終えると、少し早めにタバコの問屋へ向かった。交渉はほとんどアスターに任せてあり、ここで自分がすることは特にない。
倉庫を一通り見て回った後、通された応接室で会話の内容を聴くとはなしに耳に入れながら、壁にかかった絵画を眺める。
価値はそれほどなさそうではあるが、描かれているのは夕日に染まるサン・ファルドの街並みで、写実的でとても美しい。
葉巻を一本吸い終える頃には早々に商談はまとまり、予算内で諸々確保することができた。
タバコの葉が2人で持ちきれる量でなかったので、帰りはゴンドラに乗る事にする。ゴンドリエにホテルの名前を伝えると、するりと水の上を滑り出した。
ギィ、と小さく軋みながら船はいくつもの橋をくぐり抜け、同じように客を乗せたゴンドラと頻繁にすれ違う。
はす向かいに座るアスターが忙しなく対岸に目をやるので、釣られて反対側の岸へ注意を向ける。会話は特にない。
まだ日は高く、すんなり商談がまとまってしまったのでホテルに帰っても夕食の時間には余裕があるだろう。
船に積む酒類でも買いに行く事にしようかと、今日の予定に思考を巡らす。明日は、当初の予定通り午前のうちに食材の確保など準備を整え、昼過ぎには出港しようと考えていた。
「あの、サー。1つ聞いてもいいですか」
ホテルまであと10分ほどはかかるだろうと思っていると、不意にアスターが視線を合わせないまま問うてきた。
「なんだ」
「どうしてこの"ビジネス"をしようと思ったんです?あまり、儲けがいい訳ではないと思うんですが」
「あー、それァな」
内心で、ほう、と感心の声を漏らした。やはり馬鹿ではないなと改めて思う。
「リスクの分散だ。金銀財宝は狙われやすいからな」
もし奪われたところで奪い返せば良い話だが、そもそも狙われにくくするに越したことはない。それに、無駄な戦闘は避け、出来るだけ目立たずに新世界までたどり着きたい。
特に海軍の連中に目をつけられると厄介なヤツ──例えば大将の赤犬──が出張ってこないとも限らない。そのために今はジョリーロジャーすら掲げていないのだ。
「だからな、このビジネスは初期投資さえ回収できりゃそれでいいんだ」
とはいえ、プラスになるならそれはそれで良いし、今のペースで稼げばそれも可能かもしれないと思える程度に調子は良かった。
なるほど、とアスターは呟き、
「ともかく、私は今出来ることに最善を尽くします」
そう続けて言ってから、少しの間青空を仰いでいた。