第7章 駆け引き未満
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──何が起こっているのか、理解するのに十数秒かかった。
「ッ……サー、なに」
抱きしめ、られている。無論、クロコダイルに。
目の前にあるたくましい胸板は、やはり40台とは思えない若々しさで。男臭さと、葉巻の残り香と、いつの間にか買ったらしい香水が混ざりあい私の肺を満たす。
人を撃った。
その事実に動揺して、けれど殺したいわけではないことを自覚して、一つの結論に辿り着いて。
先ほどまで泣いていたのが嘘のように涙は止まったけれど、今度は胸の奥がじくじくと痛み出していた。
何故こんな風に優しく私に触れるんだろう。聴きたい気持ちを、聞けない雰囲気がどこかへと追いやってしまう。
背中に回った大きな掌から、じんわりと温もりを感じる。
「あの、サー」
「黙ってろ」
バスタオル越しとはいえ、耳元で囁くような言葉に瞬く間に顔が熱を持つ。
これが大人の男女の駆け引き、なんだろうか。
数年前、体の関係すら持たなかった清いお付き合いをした程度で、私の男性経験はそれっきりなので、その辺りの機微はさっぱり分からない。
嫌われてはいないと思うけれど、かといってクロコダイルが私と同じような気持ちを抱いているだなんてとても想像できない。
いいとこ、弄ばれて面倒になったら捨てられる、くらいじゃないかと。
そんな未来を想像しただけで、止まったはずの涙がまた溢れそうになる。
絶対、絶対に言えるはずがない。こんな想いは。
このままキスして、同じベッドで朝まで過ごしたい、なんて、浅はかな欲望は。
どれくらいそうしていたのか、不意にクロコダイルが私から離れた。
「なんて顔してンだ、お前は」
片眉を下げてほんの少し苦笑したクロコダイルが、タオル越しに私の頭を撫でる。
「確かにお前は殺さなかった。膝あたりに命中していたが…狙ったのか?」
どんな、顔だったろう。
泣きそうな顔?もしかすると、物欲しそうな顔だったかもしれない。
頷くと、決壊寸前だった涙が左右一粒ずつぽたぽたと落ちた。
眼が覚めると、弱い雨が降っていた。
隣のベッドで微動だにしないクロコダイルを起こさないようそっとベッドルームを抜け出し、ダイニングルームで日課の筋トレをこなす。1時間ほど体を動かすと、銃の手入れをし、軽くシャワーを浴びた。
そろそろかと思っているところに、ルームサービスがやってきてテーブルに軽めの朝食が並べられる。
「サー、おはようございます」
料理が冷める前にと、体を軽く揺すって起こす。
陸にいる時は、海に出ているよりも格段に寝起きが悪い。こころもち緊張の糸が緩みすぎな気がするが、すんなり起き上がるところを見ると、ルームサービスがやってきた時には目覚めていたんだろう。
朝食を終えると、クロコダイルはおもむろに懐からベリー札を取り出してテーブルに置いた。
「利益だ。お前の自由にしろ」
約5万ベリーを、受け取ろうとして少しためらう。
「ありがとう、ございます。でも初期投資の分がありますし、この半分でも…」
「そりゃあもう何割か差っ引いてある。それより今日は仕入れに回るからな、成果を期待するとしよう」
「分かりました。ご期待に添えるよう努めます」
今度こそ受け取った私を見て小さく頷いたクロコダイルが、吸い口をカットした葉巻に火を付けた。
葉巻の香ばしい煙が、部屋に広がる。
食後に紅茶を楽しみ、ホテルを出た。
タバコの卸問屋とのアポイントは昼過ぎなので、少し時間がある。それまでは自由にしていいと言われたので、ホテルで借りた傘を差し、あまり見て回れていなかった市場にやってきた。
クロコダイルはと言えば、付かず離れず私の後ろをついてきている。今日はシンプルな濃紺のスーツに、サングラスと黒のハットという格好だ。傘は差していない。
一般人には到底見えないけれど、コートが無い分少しは目立たない。……多分。
後ろはなるべく気にしないようにして、30分ほどで買い物を済ませた。買ったのは狙撃用にゴーグルとグローブ、軽くて薄い防弾チョッキと目立たない色のバンダナを3枚ほど。
もう見るものもそんなに無いかと、後ろを振り返ると、
「お姉さん、1人?よかったら食事でもどう?いい店知ってるよ」
人生で初めて、ナンパに遭遇した。
「ッ……サー、なに」
抱きしめ、られている。無論、クロコダイルに。
目の前にあるたくましい胸板は、やはり40台とは思えない若々しさで。男臭さと、葉巻の残り香と、いつの間にか買ったらしい香水が混ざりあい私の肺を満たす。
人を撃った。
その事実に動揺して、けれど殺したいわけではないことを自覚して、一つの結論に辿り着いて。
先ほどまで泣いていたのが嘘のように涙は止まったけれど、今度は胸の奥がじくじくと痛み出していた。
何故こんな風に優しく私に触れるんだろう。聴きたい気持ちを、聞けない雰囲気がどこかへと追いやってしまう。
背中に回った大きな掌から、じんわりと温もりを感じる。
「あの、サー」
「黙ってろ」
バスタオル越しとはいえ、耳元で囁くような言葉に瞬く間に顔が熱を持つ。
これが大人の男女の駆け引き、なんだろうか。
数年前、体の関係すら持たなかった清いお付き合いをした程度で、私の男性経験はそれっきりなので、その辺りの機微はさっぱり分からない。
嫌われてはいないと思うけれど、かといってクロコダイルが私と同じような気持ちを抱いているだなんてとても想像できない。
いいとこ、弄ばれて面倒になったら捨てられる、くらいじゃないかと。
そんな未来を想像しただけで、止まったはずの涙がまた溢れそうになる。
絶対、絶対に言えるはずがない。こんな想いは。
このままキスして、同じベッドで朝まで過ごしたい、なんて、浅はかな欲望は。
どれくらいそうしていたのか、不意にクロコダイルが私から離れた。
「なんて顔してンだ、お前は」
片眉を下げてほんの少し苦笑したクロコダイルが、タオル越しに私の頭を撫でる。
「確かにお前は殺さなかった。膝あたりに命中していたが…狙ったのか?」
どんな、顔だったろう。
泣きそうな顔?もしかすると、物欲しそうな顔だったかもしれない。
頷くと、決壊寸前だった涙が左右一粒ずつぽたぽたと落ちた。
眼が覚めると、弱い雨が降っていた。
隣のベッドで微動だにしないクロコダイルを起こさないようそっとベッドルームを抜け出し、ダイニングルームで日課の筋トレをこなす。1時間ほど体を動かすと、銃の手入れをし、軽くシャワーを浴びた。
そろそろかと思っているところに、ルームサービスがやってきてテーブルに軽めの朝食が並べられる。
「サー、おはようございます」
料理が冷める前にと、体を軽く揺すって起こす。
陸にいる時は、海に出ているよりも格段に寝起きが悪い。こころもち緊張の糸が緩みすぎな気がするが、すんなり起き上がるところを見ると、ルームサービスがやってきた時には目覚めていたんだろう。
朝食を終えると、クロコダイルはおもむろに懐からベリー札を取り出してテーブルに置いた。
「利益だ。お前の自由にしろ」
約5万ベリーを、受け取ろうとして少しためらう。
「ありがとう、ございます。でも初期投資の分がありますし、この半分でも…」
「そりゃあもう何割か差っ引いてある。それより今日は仕入れに回るからな、成果を期待するとしよう」
「分かりました。ご期待に添えるよう努めます」
今度こそ受け取った私を見て小さく頷いたクロコダイルが、吸い口をカットした葉巻に火を付けた。
葉巻の香ばしい煙が、部屋に広がる。
食後に紅茶を楽しみ、ホテルを出た。
タバコの卸問屋とのアポイントは昼過ぎなので、少し時間がある。それまでは自由にしていいと言われたので、ホテルで借りた傘を差し、あまり見て回れていなかった市場にやってきた。
クロコダイルはと言えば、付かず離れず私の後ろをついてきている。今日はシンプルな濃紺のスーツに、サングラスと黒のハットという格好だ。傘は差していない。
一般人には到底見えないけれど、コートが無い分少しは目立たない。……多分。
後ろはなるべく気にしないようにして、30分ほどで買い物を済ませた。買ったのは狙撃用にゴーグルとグローブ、軽くて薄い防弾チョッキと目立たない色のバンダナを3枚ほど。
もう見るものもそんなに無いかと、後ろを振り返ると、
「お姉さん、1人?よかったら食事でもどう?いい店知ってるよ」
人生で初めて、ナンパに遭遇した。