第7章 駆け引き未満
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アスターが握りしめた狙撃銃もそのままに、その場を素早く立ち去った。
いくらなんでもこの騒ぎで海軍や地元警察が来ないわけがない。
何食わぬ顔でホテルのフロントを通り過ぎ、部屋へと帰ってきて脇に抱えた塊をベッドに落とす。
テーブルに転がっていた煙草に火をつけて、肺を煙で満たすと、ようやく落ち着いたのか、アスターがもぞもぞとコートから顔を出した。
「お前、どうした」
「え……?」
アスターの瞳から、透明な雫が次々と頬を伝い落ちていた。
「あれ……?なん、なんで」
戸惑い、ようやく銃を手放して震える手で顔を覆う。銃の安全装置はきちんとかけられていて、弾は入っておらず暴発の危険性はない。
嗚咽を漏らし自分の体を掻き抱くアスターに、バスルームからタオルを持って来て頭からかぶせてやる。
どうも、こいつが泣いているところを見ていたくない。
これまでどんな美女が泣いていようが、冷めた目で見ることしかしてこなかったこの俺が。こんなことを思うのは初めてだ。
これまでごくごく普通に生きてきた女が、人殺しの道具で初めて人を撃った。その衝撃がここまでとは、と、少なからず驚く。
決して交わることのなかったはずのこいつと俺の人生が、交わり同じ方向へ向かっている事が不思議でならない。
それに、これはアスターだけが望んだ結果ではない。己も確かに、その瞳を欲した。
「何を泣く事がある。よくやったと言ったろう」
珍しく二度も褒めたにもかかわらず、泣き止む気配はない。
「っく、そ…ですけど」
アスターはしゃくりあげ、タオルと俺のコートに包まれたままなんとか話はしようとしている。
「こ、ろせなかった…!」
それはそれは悔しげに、言う。
「ころ、さなかった」
首を横に振り、駄々をこねる子供のように。
「……ころしたく、なかったっ」
──おれは。おれはそんなに弱い奴を連れてきたつもりはねェぞ。
「お前は、何をしてェんだ」
八つ当たりがないといえば嘘になる。自分でもよくわからない感情に突き動かされて、確かめずにはいられなかった。
「今、ここで答えろ。人を殺してでも着いてくるのか、殺すくらいなら辞めるのか」
タオルの隙間から覗く、少し緑がかったエナメルブルーの瞳に、鉤爪を突きつける。
「答えろ」
言葉とは裏腹に、答えを聞きたくない気持ちもあった。
もし、もしここで辞めると言われたら?
この島に置いて行くか。それも、仕方ない。
しかし、手放すのか?この興味深い海の瞳を。
その瞳からこぼれ落ちる雫が、顎の方まで伝って音もなく落ちる。
時計の長針がひとつかふたつ、時を刻んだ頃、ようやく泣き止んだアスターが沈黙を破った。
「い、いやです」
やはり、殺すのは嫌か。それもそうだろう。アスターはこれまで陽のあたる道を歩んできたのだ。急に濃い影の中など歩けない。
おれがその逆を行けないように。
「サー、ちが、違うんです」
「ア?何がだ」
「選ぶのは、嫌です。私は両方諦めたくない」
まだ涙に濡れた目で、化粧は崩れて酷い顔だった。それでも、その瞳が陽の光を反射する海のようにきらりと一瞬輝くと、強く吸い寄せられるような錯覚に陥る。
「誰も殺さずに生き延びて、それで──貴方の隣にいたい」
「クハハ……綺麗事だな」
嗤い、貶めるような事を言いながらも、先ほどまでの怒りに似た感情はもうなりを潜めていた。
「私もそう思います。それでも」
「……」
また、瞳がきらりと輝く。
今度は錯覚でなく、吸い寄せられる──
いくらなんでもこの騒ぎで海軍や地元警察が来ないわけがない。
何食わぬ顔でホテルのフロントを通り過ぎ、部屋へと帰ってきて脇に抱えた塊をベッドに落とす。
テーブルに転がっていた煙草に火をつけて、肺を煙で満たすと、ようやく落ち着いたのか、アスターがもぞもぞとコートから顔を出した。
「お前、どうした」
「え……?」
アスターの瞳から、透明な雫が次々と頬を伝い落ちていた。
「あれ……?なん、なんで」
戸惑い、ようやく銃を手放して震える手で顔を覆う。銃の安全装置はきちんとかけられていて、弾は入っておらず暴発の危険性はない。
嗚咽を漏らし自分の体を掻き抱くアスターに、バスルームからタオルを持って来て頭からかぶせてやる。
どうも、こいつが泣いているところを見ていたくない。
これまでどんな美女が泣いていようが、冷めた目で見ることしかしてこなかったこの俺が。こんなことを思うのは初めてだ。
これまでごくごく普通に生きてきた女が、人殺しの道具で初めて人を撃った。その衝撃がここまでとは、と、少なからず驚く。
決して交わることのなかったはずのこいつと俺の人生が、交わり同じ方向へ向かっている事が不思議でならない。
それに、これはアスターだけが望んだ結果ではない。己も確かに、その瞳を欲した。
「何を泣く事がある。よくやったと言ったろう」
珍しく二度も褒めたにもかかわらず、泣き止む気配はない。
「っく、そ…ですけど」
アスターはしゃくりあげ、タオルと俺のコートに包まれたままなんとか話はしようとしている。
「こ、ろせなかった…!」
それはそれは悔しげに、言う。
「ころ、さなかった」
首を横に振り、駄々をこねる子供のように。
「……ころしたく、なかったっ」
──おれは。おれはそんなに弱い奴を連れてきたつもりはねェぞ。
「お前は、何をしてェんだ」
八つ当たりがないといえば嘘になる。自分でもよくわからない感情に突き動かされて、確かめずにはいられなかった。
「今、ここで答えろ。人を殺してでも着いてくるのか、殺すくらいなら辞めるのか」
タオルの隙間から覗く、少し緑がかったエナメルブルーの瞳に、鉤爪を突きつける。
「答えろ」
言葉とは裏腹に、答えを聞きたくない気持ちもあった。
もし、もしここで辞めると言われたら?
この島に置いて行くか。それも、仕方ない。
しかし、手放すのか?この興味深い海の瞳を。
その瞳からこぼれ落ちる雫が、顎の方まで伝って音もなく落ちる。
時計の長針がひとつかふたつ、時を刻んだ頃、ようやく泣き止んだアスターが沈黙を破った。
「い、いやです」
やはり、殺すのは嫌か。それもそうだろう。アスターはこれまで陽のあたる道を歩んできたのだ。急に濃い影の中など歩けない。
おれがその逆を行けないように。
「サー、ちが、違うんです」
「ア?何がだ」
「選ぶのは、嫌です。私は両方諦めたくない」
まだ涙に濡れた目で、化粧は崩れて酷い顔だった。それでも、その瞳が陽の光を反射する海のようにきらりと一瞬輝くと、強く吸い寄せられるような錯覚に陥る。
「誰も殺さずに生き延びて、それで──貴方の隣にいたい」
「クハハ……綺麗事だな」
嗤い、貶めるような事を言いながらも、先ほどまでの怒りに似た感情はもうなりを潜めていた。
「私もそう思います。それでも」
「……」
また、瞳がきらりと輝く。
今度は錯覚でなく、吸い寄せられる──