第6章 小さな変化
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サン・ファルドでの最初の夜。
残っていた財宝や商品のタバコを捌く手はずを整えてホテルに戻ると、すでに時計の針は頂点を超えていた。
部屋に入るなり、乱雑に高いヒールの靴を脱いでシャワールームに駆け込んだアスターだったが、しかしすぐにドアの隙間から顔を出す。
「あの、サー、後ろとどかないんですけど……」
それはそうだろう。アスターが選んだドレスは一昔前のデザインで、侍女が手伝うことを前提に作られている。締め上げられたコルセットは、後ろからしか解けない。
「ホテルの方とかに頼めますかね……?」
「──その必要はねェよ」
そんな面倒臭い事。そう思いながらシャワールームのドアを全開にして、アスターの身体をぐるりと回した。
結ばれていた細い紐を解き、上から順にコルセットを緩めていく。右手しか使えないので、片側ずつゆっくりとしか進まない。
さて、一体どちらが面倒だったろう。
舌打ちしそうになるのを抑えて、火をつけずに葉巻を咥えた。そしてちらりと横を見ると。
洗面台の大きな鏡に、アスターの横顔が映っていた。
両腕で自分を抱きしめるようにドレスを押さえて、少しだけ俯いて。
その頬は朱に染まっていて、目に止まった瞬間、不自然に一度だけ心臓が跳ねた、気がした。
「終わったぞ」
「っあ、ありがとうございます」
震える声に、そんなことだから鷹の目におぼこいなどと言われるのだと思いはするが、口にすることは何故か憚られた。
「そのまま先にシャワー浴びろ」
「え、サーは」
「ア?なんだ、一緒に入りてェって?」
「──ッ!お、お先ですっ!」
目の前で勢いよく閉められたドアに、クク、と笑いが漏れた。
まったく、面白いように予想と違わぬ反応をしてくれる。
アスターがシャワーを浴びている間に、ホテルに用意させていた夜食を食べ、入れ替わりでシャワーを浴びて出てみると。
アスターは一方のベッドで静かに寝息を立てていた。
彼女の分の夜食は食べきったようだが、そのまま寝落ちたのだろう。無理もない、今日は長い1日だった。
空いているベッドに腰掛け、葉巻に火をつける。
「……?」
また、だ。
無防備な寝顔は何度も見ているはずなのに。胸の内に納まっている心臓が、いつもと少し違うリズムを刻んでいる、ような。
ふう、とため息混じりに煙を吐き出し、アスターを見やる。
寝顔だけでなく寝相も非常に無防備で、寝具の隙間から、右脚が飛び出している。普段露出のある格好はしないので、その腿は白い。
その曲線をたどってつま先にたどり着く前、踵でふと目が止まった。
「──コイツ、」
そこは赤く爛れていて、明らかに靴擦れになっていた。しかも、かなりひどい。
全く気づかなかったがそうか、ホテルに戻ってすぐにシャワールームに駆け込んだのは、真っ先に靴を脱いで足を洗いたかったからか。腑に落ちて、そして布団をめくる。
左足の踵にも同じような靴擦れができていたが、右よりは軽症のようだ。
ホテルのフロントに救急セットを頼み、またも片手で少し手間取りながら消毒して軟膏を塗ってやった。自らの能力で乾燥させてやれば一番手っ取り早かったが、こいつの"海の加護"とやらのせいでそれはままならない。
まったく、こんなに世話を焼かせる部下が今までいただろうか。──否、そんな奴がいたら、真っ先に切り捨てて来たのだ。それも失敗の原因の1つだったろうと、苦々しく砂漠の国を思い返す。
右足の患部に親指で触れたとき、ぬるりと体液の感触がした。それがどうにも拭えず、葉巻を持つ指に力が入る。
小さく舌打ちすると、アスターが小さく身じろぎした。
「ん──さー、まって……」
口角が上がってしまうのを抑えられなかった。こいつ、夢の中でまで俺を追っているのか。
小さくなった葉巻を灰皿に押し付け、アスターのベッドへ腰掛ける。
気づくと、その頬に触れていた。
「──?」
何度目かの、違和感。
いつもよりほんの少しだけ早い、鼓動。
この時もまだ、その原因に気づいてはいなかった。
残っていた財宝や商品のタバコを捌く手はずを整えてホテルに戻ると、すでに時計の針は頂点を超えていた。
部屋に入るなり、乱雑に高いヒールの靴を脱いでシャワールームに駆け込んだアスターだったが、しかしすぐにドアの隙間から顔を出す。
「あの、サー、後ろとどかないんですけど……」
それはそうだろう。アスターが選んだドレスは一昔前のデザインで、侍女が手伝うことを前提に作られている。締め上げられたコルセットは、後ろからしか解けない。
「ホテルの方とかに頼めますかね……?」
「──その必要はねェよ」
そんな面倒臭い事。そう思いながらシャワールームのドアを全開にして、アスターの身体をぐるりと回した。
結ばれていた細い紐を解き、上から順にコルセットを緩めていく。右手しか使えないので、片側ずつゆっくりとしか進まない。
さて、一体どちらが面倒だったろう。
舌打ちしそうになるのを抑えて、火をつけずに葉巻を咥えた。そしてちらりと横を見ると。
洗面台の大きな鏡に、アスターの横顔が映っていた。
両腕で自分を抱きしめるようにドレスを押さえて、少しだけ俯いて。
その頬は朱に染まっていて、目に止まった瞬間、不自然に一度だけ心臓が跳ねた、気がした。
「終わったぞ」
「っあ、ありがとうございます」
震える声に、そんなことだから鷹の目におぼこいなどと言われるのだと思いはするが、口にすることは何故か憚られた。
「そのまま先にシャワー浴びろ」
「え、サーは」
「ア?なんだ、一緒に入りてェって?」
「──ッ!お、お先ですっ!」
目の前で勢いよく閉められたドアに、クク、と笑いが漏れた。
まったく、面白いように予想と違わぬ反応をしてくれる。
アスターがシャワーを浴びている間に、ホテルに用意させていた夜食を食べ、入れ替わりでシャワーを浴びて出てみると。
アスターは一方のベッドで静かに寝息を立てていた。
彼女の分の夜食は食べきったようだが、そのまま寝落ちたのだろう。無理もない、今日は長い1日だった。
空いているベッドに腰掛け、葉巻に火をつける。
「……?」
また、だ。
無防備な寝顔は何度も見ているはずなのに。胸の内に納まっている心臓が、いつもと少し違うリズムを刻んでいる、ような。
ふう、とため息混じりに煙を吐き出し、アスターを見やる。
寝顔だけでなく寝相も非常に無防備で、寝具の隙間から、右脚が飛び出している。普段露出のある格好はしないので、その腿は白い。
その曲線をたどってつま先にたどり着く前、踵でふと目が止まった。
「──コイツ、」
そこは赤く爛れていて、明らかに靴擦れになっていた。しかも、かなりひどい。
全く気づかなかったがそうか、ホテルに戻ってすぐにシャワールームに駆け込んだのは、真っ先に靴を脱いで足を洗いたかったからか。腑に落ちて、そして布団をめくる。
左足の踵にも同じような靴擦れができていたが、右よりは軽症のようだ。
ホテルのフロントに救急セットを頼み、またも片手で少し手間取りながら消毒して軟膏を塗ってやった。自らの能力で乾燥させてやれば一番手っ取り早かったが、こいつの"海の加護"とやらのせいでそれはままならない。
まったく、こんなに世話を焼かせる部下が今までいただろうか。──否、そんな奴がいたら、真っ先に切り捨てて来たのだ。それも失敗の原因の1つだったろうと、苦々しく砂漠の国を思い返す。
右足の患部に親指で触れたとき、ぬるりと体液の感触がした。それがどうにも拭えず、葉巻を持つ指に力が入る。
小さく舌打ちすると、アスターが小さく身じろぎした。
「ん──さー、まって……」
口角が上がってしまうのを抑えられなかった。こいつ、夢の中でまで俺を追っているのか。
小さくなった葉巻を灰皿に押し付け、アスターのベッドへ腰掛ける。
気づくと、その頬に触れていた。
「──?」
何度目かの、違和感。
いつもよりほんの少しだけ早い、鼓動。
この時もまだ、その原因に気づいてはいなかった。