序章 旅の始まり
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その日は起こしに行かなくてもクロコダイルが起きて来て、いつもより張り詰めた空気で、どうやら何かあるらしいとごく一般人の私にも分かった。
「おい小娘」
「は、はい?」
小娘、と言うには歳を食っている気がするが、この大男にとっては皆似たようなものだろう。私を呼ぶとき彼は、おい、お前、小娘、などと呼ぶ。いやそれよりも。話しかけられたのは久しぶりだ。
コーヒーを飲み干したクロコダイルは、私に向き直り。
「帰るまでに、着いて来るか来ねェか、決めとけ」
それだけを言い残して、ザァ、と砂になって消えて行く。
ダズが少々焦りながらも、教えてくれたのは。
今晩のご飯は弁当にしておいてほしいということ。ある組織を襲撃しに行くこと。そして、それが終われば、この島を出るということ。
だから、二度と戻れなくなってもいいかどうか、決めておけと。
2人がいなくなって、テーブルに残った2つのマグカップを見て、途方に暮れてしまった。
肉親はもういないものの、この島に情がないわけではない。友人だっている。
着いて行くとなれば、海賊の一味な訳で、海軍に追われ、海賊同士の戦いも絶えない。
「なに急に私に選択権なんて、」
強引に下働きさせていたくせに、突然選択権を渡されて、ああ私は考えることをやめていたのかと、思い当たった。
両親の死のことを考えたくないばかりに。
そのまま財布だけ持って、小走りに外へ出る。
向かう先は、家族で住んでいた、あの家。
◇
息を切らせてたどり着いたそこには、何もなかった。
そう、文字通り何も。
綺麗さっぱり、更地だった。
「はは…あはは……」
なんだ、もうとっくに、戻れないじゃないか。戻る道など、潰してあるんじゃないか。
あのクロコダイルという男は本当に食えない。
そうまでして私が欲しかったのだろうかとふと思うけれど、次の瞬間にはイヤイヤと首を振る。それなりに役に立ちそうで文句を言わなさそうなら、きっと誰でも良かったのだろうと。
そこにいたのが、たまたま私だったのだ。
「あ!アスター!アスターじゃないか!?」
「っ!…あ、ジャン」
近所の同い年のジャンが、私を見て驚いた顔をしていた。それもそうだろう。突然夫婦が惨殺されて、ひとり娘は行方不明なんて笑えない。
「無事だったのか!よかった!」
突然家が更地になって売りに出されて何が何だか分からなくて、とジャンは早口でまくしたてる。
「ゴメン、連絡もしなくて…私は大丈夫。知り合いの家にお世話になってて……」
「そっか、でも本当、よかった……」
買い物に出たりはしていたが、ジャンは昼間は働いているし、案外街中では顔を合わせないものだ。
「でも大丈夫なのか?脱獄犯なんかと一緒で」
「いや、別に何もされてないよ?家事、して……ジャン、なんで、脱獄犯なんて私……」
しまった、という顔をしたジャンと、話が違う!という叫び声の記憶を最後に、後頭部への衝撃とともに私の意識は暗転した。