第4章 報われない恋と幽霊騒ぎ
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真夜中をすぎて1時間ほど、ひどい波にも体が慣れてきた頃、船長室の扉が叩かれた。
傍で、真夜中の少し前にようやく眠りに落ちたアスターを起こさないよう、砂になってハンモックから抜け出す。
「どうした」
コートだけ引っ掛けて扉を開けると、ヘンリーは少しばかり申し訳なさそうな顔をしていた。
「お休みのところすんません、一応ご報告に」
雨は小降りだったが、まだ風が強く波もひどい。
話の内容は報告というよりは相談、だった。
高波に流され、かなり本来の航路から離れてしまったらしい。正確に言えば、まだ嵐の真っ只中で舵がほとんどきかないので、止むまでにまだ流されるだろう。
この船にはそこまで備蓄がない、というかできないので、より近い島へ行き先を変更するべきだという事だった。
「止むを得ねェな……で、どこへ行くつもりだ?」
「この島なんすけど、恐らくこれから3日か4日でつくかと。ただ、一つ懸念が」
いつもズボンのポケットに入れているのだろう簡易版の海図を指し示しながら、ヘンリーは眉間にしわを寄せる。
「なんだ」
「もう少し行った先に、クライガナ島ってのがあるんす。今この島を根城にしてるのが、問題で。王下七武海、鷹の目なんすよ」
「鷹の目かァ……」
懐かしくは、ない。
ただ召集の際に海軍本部で何度か顔を合わせ、いくらか言葉を交わし、ああ、一度だけ共にワインを飲んだこともあったか。そして頂上戦争では、少しばかり戦いもした。
幸いこの船にはまだ海賊旗は掲げていないし、街中で暴れまわるつもりもない。
おそらく奴は放っておいてくれるだろうが。遭遇して、やりあうことになれば少し厄介だ。
「まあ、撒くくらいならどうにかなるだろう」
その島に向かうことで構わないと言うと、ヘンリーはへらりといつもの笑顔になった。否、いつもよりいくばくか、疲れた顔ではあった。夜通し嵐の相手をしているのだから、疲れもするか。
「りょ~かいです。じゃあ、お休みのところアザッした」
「あァ、ご苦労」
とん、と肩を叩けば、疲労の見える顔ながら嬉しそうに笑って舵をとるダズのところへ駆けて行った。無愛想な殺し屋だが、どうやらそれなりに懐かれているらしい。
小雨に濡れてじっとり重くなってきたコートを引きずるように、船長室へ戻った。
◇
もぞもぞと隣で動く感触がして、意識が浮上した。
ずっと浅い眠りを繰り返していたので、まだ瞼は重い。
しかしよくこう同じ時間に目覚めるものだと感心する。
起き上がろうとするアスターの身体を引き止めようとして、ふと昨夜の彼女の挙動が少し変だったのを思い出して辞めることにする。
顔を赤くするのはいつもの事だったが、「見ないで」などと言われたのは初めてだろう。
おれに命令するとはいい度胸だと思いはしたが、なぜか口には出せなかった。きっと、触れていた髪の手触りがよく、見たことのない色の瞳を見られて気分も良かったからだろう。
アスターのいつにも増して真っ赤な顔を思い出してフッと口角が上がった感覚があったが、夢か現実かよく分からないまま、すぐに意識は夢の中に溶けて行った。