第3章 触れたい相手
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どのくらい時間が経っただろう、と、少しばかり霞む視界の中で時計を探した。
ソファでうたた寝し始めてから2時間ほど。出航してからだと、10時間ほどか。
頭痛、それに少し目眩も出始めた。
日常生活を送れないほどではないけれど、さすがにそろそろクロコダイルに触れれば治るかどうか再確認したほうがよさそうだ。倒れる前に言えと、命令もされているし。
ゆっくりと起き上がると、身体にかかっていたものがずるりと床に落ちかけて、慌てて掴む。
「っと」
それは、クロコダイルがいつも着ているコートだった。
いやいやちょっと、何してるの。これはちょっと、いくらなんでも、優しすぎやしませんか。
文字通り頭を抱えた。酷い頭痛に襲われているはずなのに、口角が上がりそうになる。
こんなことが嬉しい、だなんて。
にやけた口元を誤魔化すようにコートに顔を埋めると。潮と、葉巻の残り香に、ふわりと包まれる。
「ッ──」
余計にダメだった、と瞬時にコートから顔を上げて、立ち上がった。少しばかりふらつく。
外に出るなとは言われているけれど、さすがに、早くクロコダイルに言わないと。触れないと。これ以上はまともに歩けなくなってしまう。
よろめきながらも甲板へ出る扉に手をかけた瞬間、扉は向こう側へ勢いよく開いた。
手を離すのが遅れ、扉の勢いに引きずられるように私の身体も外へ引っ張られて。
「あ、」
まずい、と思った。上半身に、筋肉痛のせいでまともに足がついて来ない。倒れる──そう思って目を瞑るけれど、床に叩きつけられる衝撃はいくら待てどもやって来ない。
「っサー……」
「テメェはよくすっ転ぶな」
ざらりと砂の感触が頬をかすめる。
デジャヴを感じる、背後から腹部に回った腕。
そうだ、温泉島で、あの夜もこんな風に。それにしても、やっぱりちょっと、優しすぎやしませんか。
背中に感じる温もりに、きゅ、と胸の奥が鳴ったような気がした。
「それで、試すのはもう終わりでいいのか」
私を抱えたまま船長室に入り、問答無用とばかりにベッドに落とされる。
「は、い」
確かに酷かった頭痛も、少しの目眩も、綺麗さっぱり消えていた。
約10時間。海上でクロコダイルと離れられる時間はこれが限界のようだ。そして痛くなり出すのは、おそらく5~6時間くらい。
そう説明すると、クロコダイルはそうかと短く言って、私の頭をひと撫でした。
「もう少し寝てろ」
また、胸の奥がきゅう、と掴まれるような感じがした。
その正体が知りたくて、額に乗った大きな手に私の両手を重ねる。
「冷たくてきもちい……」
わたしなんかにコートをかけるから、きっと少し寒かったのだろう。その手はよく冷えていて、さっきまで頭痛に襲われていたわたしにはちょうど良かった。
頭痛はもう治っていて、触れる必要なんてもうないのに。この冷たい手にもっと触れていたくて。
重ねた手を頬に移動させる。
大きな手はとても無骨で。手のひらは、乾燥のためだろう、所々ガサついていた。
親指が、するりと目の下をすべる。
「…んっ」
すりすり。
頬と、たぶん薬指で耳の後ろを、撫でられる感覚に、そうだこれはクロコダイルの手だったと今更のように思い出して。そうっと目を開くと、座って体をひねって、こちらをじっと見つめる双眸があった。
うわ、と言いかけて、口を噤む。
「クッ……クク、ゆでダコかよ」
「な、」
きっと目が合った瞬間みるみる赤くなったのだろうわたしの頬には、まだクロコダイルの手がくっついていて。冷たくて気持ち良かったはずのそこは、もう熱くてたまらなかった。
「ガキが一丁前に誘ってやがるのかと思ったぜ」
「ち、ちが、いだっ」
盛大なデコピンを一発食らった。い、痛い。
「ふらふらのガキはメシまで寝てろ」
言いながら、まだくつくつと喉で笑っている。
もう。やだもう。なんでそんな笑顔なの。
出航してからざわついていた胸の内は、いつの間にかとても穏やかになっていた。
けれど代わりに、原因不明の鳴き声を上げるようになってしまった。