第3章 触れたい相手
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ダメだと禁止されるほど、そんな決まりは破りたくなるものだなんて通説を、信じてはいなかった。けれど、信じてやってもいいと思うくらいには、よく分からない思いに囚われていた。
このおれが、たかだか数ヶ月共に過ごしただけの、なんの色気もない小娘に触れたいだなんて。
一体何の冗談だ。
馬鹿馬鹿しい。
何度もそう脳内で言い聞かせているのに、いざ顔を合わせると、無意識の内に彼女の頭に手が伸びかける。
行き場のない手は葉巻へと移り、喫煙量は飛躍的に増えていた。
正面で紅茶を飲むアスターは、身体が痛むのか時折腕や足をさすって眉根を寄せている。
残った紅茶を飲み干して、立ち上がった。
「ぶっ倒れる前に言えよ」
「あ、は、はい」
返事は背中で聞いて、そのまま舵へ向かった。
一時的に替わっていたヘンリーが、おれを見てへらりと笑顔になる。
「美味しかったっすか?ボス」
「あァ」
そりゃよかった。そう言ってヘンリーは舵をおれに明け渡す。
一旦休ませてもらいます、と船室に向かう小柄な背中を見送る。
すっかり高くなった日が眩しい。目を細めて、行先を睨むように見据えた。
新世界へ行く為に必要なものはまだ色々とある。金を積めば手に入るものが多いが、次の島でどこまで揃えられるか。
少なくとも、ウォーターセブンの"永久指針"は手に入れたいところだ。
1週間ほどは滞在して、ビジネスの方も動かして行かねばならない。
盗賊から奪った宝もまだ残ってはいたが、稼ぐ手段は多いに越したことはない。周辺の村で私腹を肥やす馬鹿がいれば、潰して蓄えているものをいただくのもありだ。
小回りの効くヘンリーには王都で色々と情報を集めさせるかと、部下たちへの指示も少しずつ決めて行く。
温泉島では何もしない時間があったが、次は少し忙しくなりそうだと思いながら、煙を吐き出した。
◆
昼時になると、舵はダズと替わった。
昼食は済ませてから来たらしく、船長室に用意してあるのでどうぞと、珍しく気が利いていた。
労いの意味で肩を軽く叩き、船長室へ足を向ける。
「ああ、ボス」
後ろから呼び止められて振り返る。
「アスターが、少し頭が痛い気がする、と」
その言葉に舌打ちしそうになるが、何をそんなにイラつくことがあるのかと瞬時に思いとどまる。
「あの馬鹿早く言えよ……」
すみません、と謝罪の言葉が聞こえたが、さっさとその場を後にした。
扉を開けると、アスターはテーブルに料理を並べ終わったところだった。
「サー、ちょうど良かった。ダズさんがお昼持って来てくれて…」
「頭、痛ェって?」
「あ、えー、まだほんの少し、くらいで。もう少し様子見たいです」
「そうか」
また伸びかけていた手を気付かれないようにコートの内に入れて、ソファに腰を下ろした。
昼食はトマトソースのパスタと、蒸し野菜と蒸し鶏で、ワンプレートにまとめてあった。
アスターがそれらを順番に口に含むのをぼんやりと視界の端で認識しながら、ひとくち咀嚼する。
赤ワインが合いそうだと思ったが、あまりいいワインを積んでいないのでやめておくことにする。次の島ではワインやブランデーも好みのものがあれば手に入れることにしよう。
あまり言葉を交わすこともなく食べ終え、アスターはキッチンへ、おれは甲板へと戻った。
舵はダズに任せているので良いとして。出航してからこちら、かなり穏やかな気候が続いていたので、そろそろ嵐にかち合うのではないかと空や海に目を凝らす。
すぐに荒れそうにはなかったが、これだけ晴れていると夜が冷え込みそうだ。
暑いのは全く平気だが、寒いと思うように動けない気がして。アラバスタにいた頃検証してみたことがあるのだが、そんな気がするだけだという結論が出た。
しかし、やはりどうにも嫌悪感だけは拭えないでいた。