第2章 動き出す
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仕入れた煙草の葉を船に積み込むと、ちょうど昼時だった。
アスターと2人、昨日と同じ定食屋に入り、食事を済ませる。
「明日早朝に出港して隣の島を目指す。もちっとマシな仕入先があるだろう」
程よくバランスのとれた島のはずだ。それなりに栄えた王都があり、その周辺には農地や村が点在している。アラバスタに拠点を置くもっと前、一度だけ立ち寄ったことがある。
食後にコーヒーを飲みながらアスターにそう話しかけると、さっきから何が嬉しいのか、今までになく笑顔を振りまきながら頷く。
ホールスタッフの若い男がチラチラとこちらーーアスターの様子を伺っているようだったが、ジロリと一瞥をくれてやったらすぐに裏に引っ込んで行った。
アスターに視線を戻すと、今度は眉間にしわを寄せて何やら考え込んでいた。
「あの、サー、聞いていいですか」
「なんだ」
「船で甲板に出るなと、言ってましたけど」
「ああ」
「理由って、なんですか」
本気で言っているのかこいつは。
「……お前は馬鹿か?」
「っ……わ、分からないので、教えてください」
途端に垂れた耳が見えそうに、うつむいて小さくなる。言葉尻はなんとか聞き取れたが、それにしても、こんなに感情がダダ漏れの奴だったろうかと内心首をひねった。
「出るぞ」
支払いを済ませ、店を出て宿へと足を向けた。
隣を早足でついてくるアスターに、なるべく平坦な声音を装って口を開く。
「死にたいならいくらでも出りゃいいがな。狙ってくれと言ってるようなモンだろう」
あんな『女』だとすぐに分かるような格好をしていては。それに、例え服を変えたところで、華奢な体格は隠せない。
敵船を先に見つけられれば隠れることも出来よう。
しかし、見つかってしまった場合。船室に逃げる前に攻撃された場合。敵に、遠隔攻撃可能な──例えば黄猿のような──能力者がいた場合。
明らかに"弱点"であるこいつは、隠せるものならば隠しておくに越したことはない。
「じゃあ、自分の身を自分で守れるようになれば、構いませんか」
「……到底、無理な話だ。怪物がそこら中にいる海だぞ。おれとて、忌々しいが、一度負けている」
本当に、忌々しいが。超えるはずだったあの背中は、彼が愛した息子とともに永遠に沈黙してしまった。
「今度は、負けないんでしょう?」
「当たり前だろう。でなきゃなんのために新世界へ行くんだ」
「私、足手纏いには、なりたくありません」
それは、決意表明のようだった。こちらを見上げる瞳は揺らぐことなく己を見据えている。
「覚悟はできてるんだろうな?」
弱ければ、ただ攫われて連れてこられたと言って、逃げることも叶うだろうなどと、柄にもなく"道"を用意していたのだ。
強くなるということは、その道を閉ざし、おれと共に命を賭けた戦いに挑むということだ。
「私は、故郷を出るとき、もう貴方に命を賭けています」
言い澱むことなく答えたアスターは、まだじっと己を見据えていた。
「クッ…ハハハッ…愚問だったか」
この女を少々甘く見ていた、と、認識を改めることにする。
「好きにしろ。ただし、勝手に死ぬことは許さん」
いつの間にか立ち止まっていたが、同時に歩き出す。
この拾い物は、意外と使えるかもしれないと、そんなことを考えながら。
fin
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