第2章 動き出す
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全く寝付けない。
とても眠れる気がしなかった。
おそらく出会ってから初めて、私に対する怒りを、向けられた。それが怖くてとっさに逃げてしまって、その後目も合わなければ言葉も交わさなかった。
その前に起こった恥ずかしい出来事の記憶が消し飛ぶんじゃないかと思うくらい、ショックを受けた。
船とは違いたっぷりお湯を使えるのでリフレッシュしたかったのに、そんな気分にもなれず。室内の温泉につかりながら、少しだけ泣いた。
風呂から上がると、ダズが少しだけ心配そうな視線をくれたけれど、無言で苦笑を返すことしかできなかった。
横になってからもずっと、考えていた。今までのこと、これからのこと。自分のこと、クロコダイルのこと。
クロコダイルから、言われたこと。
ぐるぐる考えすぎて、真夜中を少しすぎた頃、寝ることを諦めてそっと部屋からデッキへと抜け出した。
きっと満潮なのだろう。水面は2、30センチとのころまで上がってきていて、デッキの端に腰を下ろして、足を海水に浸した。
少し冷たいが、それがちょうどよかった。
ぱしゃり、ざぶん。
足をばたばたと動かしていて、ふと違和感を覚える。
海水に浸かっている部分が、うっすらと、透けている、ような。
「っ気のせいじゃない……嘘……何これ」
自分が消えてしまうのではないかと、そんな馬鹿みたいな恐怖に襲われて、慌てて海から足を引き抜いた。
すぐ後ろの温泉に、足だけつかる。
「びっくり、した……」
温泉に浸かった足は、確かにそこに存在していて、ほっと胸をなでおろす。
よく分からないが、たぶんこれも、海の加護とやらのせいなのだろう。
一体何なのか、聞いたこともないが、自分が"それ"なのだという自覚だけはあった。
そこでふと、あの頭痛ももしかして海の加護のせいだとしたら、と思いつく。
陸でずっと生活していてあそこまで激しい頭痛に襲われたことはなかったのに、海に出た途端あんなになるということは。海は私に、陸にいてほしいのではないだろうか。現に今も、まったく頭痛の気配はない。
それと、クロコダイルに触れたことで治ったのは、スナスナ、だからだったりして。フッと笑ってしまってから、いや、十分あり得そうだと真顔に戻る。
船に戻ったら、この前とは逆に『クロコダイルに触れていなかったら頭痛になる』かどうかを実験してみよう、と思った。
「クロコダイル……」
「なんだ」
「っ!?」
小さく呟いた名前に返事が来て、驚いて立ち上がった拍子に足を滑らせて体勢を崩す。
お風呂に倒れこむ寸前、ぐっと腹部にかかった圧力。それがクロコダイルの腕に抱えられたからだとわかるのに、そう時間はかからなかった。
「っ…あ、りがと、ございます」
緊張で、うまく呂律が回らない。とにかく謝らなきゃと、腹部に回った彼の腕に触れる。
「サー、すみませんでした」
「あ?あァ……」
「自分で、着いて行くって言ったのに」
どこかで遠慮していた。役立たずの私なんかを連れて来てしまって、と。それを怒られるだなんて、思ってもみなかったのだ。
「お前が言ったんだ。何かを、追い求める気持ちだけで生きてみたいと」
「はい」
クロコダイルが私をどう思っているのか、なぜ連れて来たのか。今なら、聞けるだろうか。
「お前はもう海賊の一味だ。好きなようにやれ。ただし命令は守れ」
「はい」
「……お前は聡い。悪くねェ。ま、海賊としちゃ、まだタマゴの域だがな」
質問する前に、そんなことを言われてしまって。
「……は、い。ありがとうございます」
褒めてるのか貶してるのか、よく分からないけれど、たぶん、ほんの少しは認めてくれているのだろうと思える程度の。
クロコダイルらしいといえばらしいその言葉に、胸のあたりがじわりと暖かくなる。
悪くない。それが聞けただけで、充分だ。
「分かったらさっさと寝るぞ。寒ィ」
抱えていた私を離すと、クロコダイルは室内へ直接入っていった。
私は一旦室内の風呂場へ寄って足を拭いてから、ベッドへ向かう。
私が寝ていたベッドに戻ろうとすると、何故かそこにいたクロコダイルに引きずり込まれて、あっという間に腕の中に閉じ込められてしまった。
「ちょっと、サー……」
船にあるものより幾分か小さいベッドに、足を折りたたんで収まっているクロコダイル。
バスローブ越しに感じる彼の体温は、少し冷たいような気がした。私の体温が、彼のせいで上がっているのもあるだろうが。
「寒ィ」
すがりつくように抱きしめるその腕を、振りほどくことなどできない。
こうなっては、従順な抱き枕に徹するしかないと、諦めて目を閉じた。