第2章 動き出す
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宿の部屋で、ずっと二人隣同士でビジネスの話をしていた。
元手はいくらか。何をどのくらい仕入れるか。利益はどれくらい取りに行くか。ターゲットはどんな層にするか。どういうパッケージにするか。
製造から販売まで、話すことは尽きず、決まったことを手帳に書き留めるアスターを見ながら、ひたすら話し合った。
正直、もう少しで夕食の用意をしますと宿の従業員が来るまで、時間を忘れていた。
アスターはなかなか頭の回転が早く、その点は、かつての相棒であったニコ・ロビンにも引けを取らないだろう。知識の幅広さでは劣るかもしれないが、ある一点の深さ、ではこれも同等だ。
思っていたよりも面白くなりそうだと、気持ちがいつもより少しばかり浮上していた。
だからなのか、他にも理由があるかはわからないが。
「サー?」
手帳に諸々書き終えて、満足げにパタリと閉じたアスターの頭に、無意識の内にそっと触れていた。
ざっくりと後ろでまとめられた黒髪は、海風に吹かれていたにも関わらず手触りが良い。
ほんの少し首を傾げてこちらを見上げるアスターの瞳は、窓の外に広がる暗い海と同じような深い深いネイビーブルーだ。
「頭は」
「痛くないです」
「フン、そうか」
その瞳に吸い込まれそうだなんて、柄にもなく思ってしまい。誤魔化すように目をそらした。
◇
ダズが帰ってきたのは、二人で夕食を済ませた後だった。
アスターは待つと言ったが、何時に戻るか分からないので食える時に食うべきだと返せば素直に頷いた。
戻ってきたダズは常よりも浮かない顔をしていた。といっても無表情な男なので、差は微々たるものだが。
「首尾は」
くすぶっている能力者など、船に必要な人材がいれば引き入れるよう指示していたのだが、ダズは無言で首を横に振った。
「旅行客ばかりで。次の島の方が可能性がありそうです。全部回ったわけじゃありませんが」
残りの酒場は明日行ってみるが、期待は薄そうだと肩をすくめた。
元々そこまで期待していたわけでもない。運が良ければ何かしら収穫があるだろうと、その程度のものだ。
「で、」
視界の端でウロチョロとしていたアスターの頭をがしりと掴む。ひゃい!と情けない悲鳴が上がって、持っていたものをばさりと落とした。
「テメェは何をコソコソと……」
落ちたのは、宿が用意してくれていた寝間着と下着、だった。
「あ、あぁあ、き、聞いちゃいけない話が始まるかなーと思ってお先にお風呂頂こうかなーって」
はは、と少しばかり引きつった笑顔。耳まで赤い。
まあ、年頃の娘が、男二人に下着を見られたらそんな反応か。少し初心すぎる気もするが。
手を離すや否や落としたものを胸に抱き込んで、風呂場へと足早に向かうアスター。
その後ろ姿に向かって、呼びかけた。
「一応言っておくが。お前に聞かせられないような話を目の前で始めると思うか」
そんな軽率な真似を、このおれが。する訳がない。
聞かせられない話など、ないというのに。何をそんなに避けようとしているのか。
お前からついて来ると言っておいて。
そうだ、昼間もそうだった。
思い出すと理由もわからず無性に腹が立って、この日はそれ以降一言も喋ることなく寝ることとなった。