第1章 特効薬
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食後に海風に吹かれながら一服し、夜間の舵を任せている航海士の元へ。
「おい、航海士」
「ボス?こんな時間にどうしたんですか」
奴の名はヘンリー、だったか。鮮やかな金髪だが、今は暗くあまり見えない。
「アスターの調子が悪くてな。手前の島に一旦停泊する。進路を少し変えろ」
「わかりましたけど…あの島はあんまり医療強くないっすよ。直で行っちゃった方がいいんじゃないすか?」
それは知らなかった。確かに、身体の病気ならばその方がいいかもしれない。が、心理的な要因であれば、医者どうこうより取り急ぎ環境を変えた方がいいだろう。
「……なら間をとれ。寄るかどうか明日の朝判断する」
「りょ~かいしました~」
へらりと笑ったヘンリーが、複数のログポースを見ながら少しだけ舵を切る。
言動は軽いが、腕は確かのようなので、すぐに船長室へ足を向けた。
暗い室内に入ると、ソファの気配が少しばかり動いた。アスターはまだ寝付けずにいるようだ。
陸にいるときはむしろ身体は丈夫な印象だったが、海に出た途端にこれだ。
何が影響しているのか不明だが、恐らくは環境の変化が一番の要因だろう。無論、"偉大なる航路"の気候は変わりやすいのでその影響もあるだろうが。
明日の朝になっても治らないようなら、最速で陸に上がれる航路へ変更せねばならない。
「……ン?いや、ならない、こたぁねェか」
首を傾げてぼそりと呟くと、ベッドに横になった。
何もアスターを最優先する必要はない。優先すべきは己の目的だ。
最近どうも自分がズレている気がする。
せねばならない、というなら、新世界へ向かうための準備を、である。
小さく苦笑して、目を閉じた。
◆
何か大きなものが落ちた音で、意識が浮上した。周囲は静かなので敵襲ではなさそうだ、と寝返りを打ってーー
「社長ッ!アスターが!!」
ーーがばり、階下から聞こえたダズの声に勢いよく起き上がる。
ドアではなく梯子の下からだ、と瞬時に判断して自身を砂に変え、階下に降りてみると。
うずくまり、荒い息のアスター。そのすぐそばに、苦しそうな彼女に触れるに触れられない、珍しく焦っているダズ。
おれを見て少し落ち着いたのか、ダズが医者見習いを呼んで来ます、と小走りに去っていく。
「おい、アスター」
頭を抱え、時折えづきながら苦しそうに息をするアスター。こんな症状、見たことがない。強いて言えば、毒を食らった時のそれだ。
ともかく、小さな医務室だがベッドがあったはずなので運んでやろうと手を伸ばした。
それは、きっと無意識だったのだろう。
アスターは差し伸べたおれの右手を勢いよく両手で掴み、今の今まで苦しそうだったのが嘘のように大きく息を吸いこんだ。
「はー、はあ、サー、死ぬかと、思いました……」
ひたいに浮いた汗が、壮絶な痛みだったことを伺わせる。
「なんだ、治ったのか」
「触れた途端、引いて、いきました」
頭痛と、目眩と、吐き気があって、特に頭痛がひどくて、とアスターが途切れ途切れに説明する。
掴まれた両手は冷たく、小さく震えていた。
「なんですか、サー、魔法でも、使えるんですか。嘘みたいに、治った……」
まだ息が整わないが、青白かった顔色は少しずつ戻って来た。
「クハ……砂になる魔法くらいしか使えねェな」
それもお前には効かないが。
「あ……そうか。朝も、サー、に触ったから、治った…?」
こいつ、調子が悪いことを全く言おうとしないな。まったく、航海中に倒れられてはたまったものではない。
「アスター。体調が悪いならすぐに言え。いいな?」
鉤爪を突きつけると、アスターは素直に頷いた。
1人が倒れれば看病に人員を割かねばならない。
円滑な航海のためには、倒れる前に対処するのが最善だ。