第1章 特効薬
名前変換
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頭痛で目が覚めた。
感じるのは少し不規則な揺れ、潮の香り、それに波が船にぶつかる音。
吐き気はないので船酔いではなさそうだ。脱水か、それとも昨日殴られたせいだろうか。
いつもより早い5時半に目覚めてしまった私は、眠るクロコダイルを起こさぬようそうっと着替えて部屋を抜け出した。
昨日ちらりと見た記憶を頼りに、甲板を通ってダイニングキッチンへ向かう。海風が心地よかった。
うろ覚えだったがなんとかたどり着いたそこには、スキンヘッドの男がいた。
「おはようございます」
「ん?ああ、おはようございます。早いんですねえ、ミス・クロコダイル」
にこやかなその人はロッシュと名乗り、この船のコックだと言う。
「アスターです。初めまして。あの、ミスクロコダイルって……」
「おや、違いましたか?ではミセス・クロコダイル?」
近づいてみるとロッシュはずいぶんガタイが良かった。クロコダイル程ではないが、身長は2メートル近くありそうだ。ダズと同じくらいだろうか。
「私、サーと結婚なんてしてないし、付き合ってもいません。ただの下働きですよ。だから名前で呼んでください」
ただの気まぐれで連れてこられただけの、その辺にいくらでもいるつまらない女ですとも。自分で言うと悲しくなるのでそこまでは言わないけれど。
代わりに頭が痛くて水を飲みに来たと言うと、カウンター越しにすぐに水をくれた。
「下働き……ですか。そんな風には見えませんでしたけどねえ。ま、そういうことにしときましょう」
穏やかな微笑みは少々…いやかなり、癒された。
ここのところ、無愛想な二人の男しか相手にしていなかったから。まともに感情を表に出してくれる相手と、こんなに話すのは久しぶりだ。
水を飲み干して、ふうとひと息。
「あの、珈琲とかあるんでしょうか」
「ありますが……僕、珈琲や紅茶は苦手なんですよねえ」
野郎に食事を提供する仕事しかしてなかったから、繊細な配慮のいる飲み物を淹れるのはちょっと、とロッシュは苦笑した。
ならばちょうど良かったと、私もつられて少し笑った。
「いつもサーとダズさんに珈琲を淹れてたんです。それがないと私も落ち着かなくて」
だからまた1時間後くらいに来ます。そう言ってキッチンを後にした。
◆
7時になると、淹れた珈琲をトレーに乗せて船長室の真下の部屋をノックした。
「おはようございます、ダズさん。珈琲です」
「ああ、おはようアスター。ありがとう」
ダズは表情こそ乏しいが、きちんと挨拶はするし礼も言う。言葉数が少ないので、会話が弾んだことはないけれど。
小さく会釈して、船長室へ。
かすかな頭痛が治らず、眉間にシワが寄る。
珈琲をテーブルに置くと、クロコダイルの大きなベッドへ歩み寄った。
「おはようございます、サー。珈琲ですよ」
向こう側を向いているので、背中をとんとんと軽く叩く。ひくりと震えた身体が、こちら側へと寝返りを打つ。
「わ、わ、」
と同時に、ベッドについていた支えの腕を絡め取られ、あれよあれよとクロコダイルの上に覆いかぶさるような格好に。
「った……」
胸板に顔をぶつけてしかめ面になっていると、下からくつくつと笑う振動が伝わってきた。
「サー、悪ふざけはやめてください……」
「ほお?おれに逆らうと?」
「そ!れはしませんがっ……こういうことは恋人となさってください!」
クロコダイルという男は、男性経験が乏しい私にとって、爆弾みたいな人だった。下手をすると親子ほど歳が離れているにもかかわらず、色気に中てられてばかりだ。
その度に私の顔は耳まで真っ赤になっているだろう。それを見たクロコダイルの、意地の悪い笑顔が、また色気たっぷりで。
「は、離してください」
「断る」
即答され、抵抗することを諦める。
本当に、どういうつもりなのだろうか。性欲処理に抱くでもなく、こうして私を側に置く理由が分からない。
戦闘時に壁にするとしても、海軍や海賊相手では撃たれてすぐに死ぬし、能力者相手だとしても物理的に殴られたりすればやはり死ぬだろう。
それに、たとえもし性欲処理に使われたとしても、その、経験がゼロなのでご期待には添えないだろう。
とすん、と重力に負けて頭をクロコダイルの身体に預けた。胸の内で心臓が爆音を奏でているが、とっくにクロコダイルには伝わっているだろうしそれも諦めだ。
来るかと聞かれたから、行くと答えた。それだけでいいと思ったのは昨日のことなのに、もう理由が知りたくなっている。
とは言え、聞くことなんて怖くて到底できないのだけれど。
そういえば、頭痛がいつの間にか治っていた。