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去年卒業したゼミの先輩に誘われ、彼の就職先の社長さんの誕生日パーティーに参加する事になった大学4年の夏。
なけなしのバイト代で手頃なワンピースとアクセサリを買ったものの、やはり場違いではないかと思いながら隣に座る先輩をちらりと見る。
「ボーネス先輩、本当に私でよかったんですか…?」
「お前くらいしか女の知り合いがいないし、それに……いや、あー、社長が女を連れて来ないと入れてやらないなどと言い出してな」
時々子供みたいな我儘を言って困ると、ダズ・ボーネス先輩は首を横に振った。全身黒のスーツで、パーティにお呼ばれというよりは要人のSPのようだった。
「アスターの予定が空いてて助かった」
先輩は、普段ほとんど崩さない表情をほんの少し綻ばせた。
そうこうしているうちに車は3つ隣の駅前の大きなホテルに到着した。私でも知っている、高級ホテルだ。その最上階が、パーティの会場らしい。
ホテルのボーイに案内されるまま、会場にたどり着く。
見えてくるきらびやかな装飾、彩り豊かな料理の数々、そして一番奥にいるのが、きっと主役である社長だ。明るい室内であるにもかかわらず、そこには影がうずくまっているようだと思った。
会場に入った瞬間、そのオールバックの男と目があった気がして目を瞬いたけれど、きっと気のせいだろう。
ウェルカムドリンクのシャンパンを受け取り、ビュッフェ形式の食事を少しずつ口に入れる。どれも、すごく美味しい。
こんなにバリエーションに富んだ食事をするのはいつぶりだろう。いつのまにか、食事に夢中になってしまっていた。
ちょうどローストビーフを口に放り込んだ時の事だ。
「美味しいかね?お嬢さん」
不意に低い声が、すぐ後ろから聞こえて背筋がピンと伸びた。
「ン、は、はい。とても……」
答えながら振り返って、私は食事に夢中になっていたことを激しく後悔した。なぜなら、そこにいたのは今日の主役である社長その人だったからだ。
慌てて柔らかい肉を咀嚼し、飲み込む。
「ほ、本日はお誕生日おめでとうございます」
頭を下げながら、先ほどの声を何処かで聞いたことがある気がして内心首をひねった。あんな低くてセクシーな声、忘れないと思うのだけれど。
「楽しんでくれたまえ、アスター君」
「はい、ありがとうございま……」
あれ?私、名乗ったっけな。
今度は実際に首をひねる。頭をあげると、社長はもう隣のテーブルに移動していた。
「クロコダイル様!おめでとうございます」
黄色い声がいくつも上がる。そこにいた女性たちが、社長の周囲に集まり、とびきりの笑顔を向けている。
その光景に、デジャヴを感じてようやく思い出した。そうだ、約1年前、私はこの人に会っている──
私自身は語学部だったけれど、とある経営学の講義が人気で、内容も面白いと評判だったので、その講義を受けることにした大学3年の春。
その講義では、外部からゲストを招き、講演会のような形式をとることが月に一度ほどあった。
忘れもしない、夏休み前の最後の講義でのことだ。そこに、来ていたのだ。
サー・クロコダイルという男は。
講義の内容はもちろん面白かったし為になったけれど、それよりもルックスと痺れるような声にハートを射抜かれた受講生は多かった。かく言う私も、好感を持っていた。
しかし、それも質疑応答の時間までだった。
「クロコダイルさんは、ご結婚されてますか?」
私の斜め前に座っていた女生徒が、そんな浮かれた大胆な質問をしたのだ。小学生かよ、とも思ったけれど。
対してクロコダイル氏は、ニヒルな笑みを浮かべてこう一蹴した。
「勉学に関係のない質問は慎みたまえ。そんな質問をする馬鹿が俺の話を聞いて理解できたか甚だ疑問だが」
その声音は先ほどまでとほとんど変わりなかったけれど、有無を言わさぬ圧力をはらんでいた。馬鹿の相手をしている暇はない、と言わんばかりの。
一言多い、と思った。質問をした女の子は涙声ですみませんでした、と席に座り、肩を震わせる。
確かにここは大学で、今は講義中だ。だけど言い方ってものがある。きっとこの人は教師にはなれないタイプだろう、そしてできれば関わりたくないタイプでもある、と思った。
それが、初対面だった。
──そうだった。できれば関わりたくない、タイプなんだった。
そっとテーブルを移動し、デザートを物色し始める。
社長を警戒しながらだったが、パーティはあっけなく終わりを迎え、帰る前にとトイレを済ませて出てきてみると。
そこにいたのはボーネス先輩ではなくなっていた。
「ック、クロコダイル社長」
「楽しめたかね?お嬢さん」
あの時と同じようなニヒルな笑み。
関わってはいけないと、頭の中で警報がガンガン鳴っている。ここから逃げろ、と。
「ええ、お招きいただきありがとうございました」
できる限り穏便にこの場から離れたい。そう思って会話を終わらせようとする。
「ああ、ダズなら先に行って車を正面玄関に回すと言っていた」
「そ、そうですか。じゃあ私はこれで……」
あれ、と拍子抜けする。警報は誤報だったのではないかと。
エレベーターの方へ歩き出そうとしたところで、クロコダイル社長が何か思い出したように口を開く。
「それと──」
「はい?」
「……いや、気をつけて帰りたまえ。おやすみ」
その声音がひどく優しくて、家に帰っても、シャワーを浴びても、ベッドの中でまで、耳の中でずっと反響しているようだった。
20180913
鰐誕に間に合わなかった名残。気が向いたら続きます。
なけなしのバイト代で手頃なワンピースとアクセサリを買ったものの、やはり場違いではないかと思いながら隣に座る先輩をちらりと見る。
「ボーネス先輩、本当に私でよかったんですか…?」
「お前くらいしか女の知り合いがいないし、それに……いや、あー、社長が女を連れて来ないと入れてやらないなどと言い出してな」
時々子供みたいな我儘を言って困ると、ダズ・ボーネス先輩は首を横に振った。全身黒のスーツで、パーティにお呼ばれというよりは要人のSPのようだった。
「アスターの予定が空いてて助かった」
先輩は、普段ほとんど崩さない表情をほんの少し綻ばせた。
そうこうしているうちに車は3つ隣の駅前の大きなホテルに到着した。私でも知っている、高級ホテルだ。その最上階が、パーティの会場らしい。
ホテルのボーイに案内されるまま、会場にたどり着く。
見えてくるきらびやかな装飾、彩り豊かな料理の数々、そして一番奥にいるのが、きっと主役である社長だ。明るい室内であるにもかかわらず、そこには影がうずくまっているようだと思った。
会場に入った瞬間、そのオールバックの男と目があった気がして目を瞬いたけれど、きっと気のせいだろう。
ウェルカムドリンクのシャンパンを受け取り、ビュッフェ形式の食事を少しずつ口に入れる。どれも、すごく美味しい。
こんなにバリエーションに富んだ食事をするのはいつぶりだろう。いつのまにか、食事に夢中になってしまっていた。
ちょうどローストビーフを口に放り込んだ時の事だ。
「美味しいかね?お嬢さん」
不意に低い声が、すぐ後ろから聞こえて背筋がピンと伸びた。
「ン、は、はい。とても……」
答えながら振り返って、私は食事に夢中になっていたことを激しく後悔した。なぜなら、そこにいたのは今日の主役である社長その人だったからだ。
慌てて柔らかい肉を咀嚼し、飲み込む。
「ほ、本日はお誕生日おめでとうございます」
頭を下げながら、先ほどの声を何処かで聞いたことがある気がして内心首をひねった。あんな低くてセクシーな声、忘れないと思うのだけれど。
「楽しんでくれたまえ、アスター君」
「はい、ありがとうございま……」
あれ?私、名乗ったっけな。
今度は実際に首をひねる。頭をあげると、社長はもう隣のテーブルに移動していた。
「クロコダイル様!おめでとうございます」
黄色い声がいくつも上がる。そこにいた女性たちが、社長の周囲に集まり、とびきりの笑顔を向けている。
その光景に、デジャヴを感じてようやく思い出した。そうだ、約1年前、私はこの人に会っている──
私自身は語学部だったけれど、とある経営学の講義が人気で、内容も面白いと評判だったので、その講義を受けることにした大学3年の春。
その講義では、外部からゲストを招き、講演会のような形式をとることが月に一度ほどあった。
忘れもしない、夏休み前の最後の講義でのことだ。そこに、来ていたのだ。
サー・クロコダイルという男は。
講義の内容はもちろん面白かったし為になったけれど、それよりもルックスと痺れるような声にハートを射抜かれた受講生は多かった。かく言う私も、好感を持っていた。
しかし、それも質疑応答の時間までだった。
「クロコダイルさんは、ご結婚されてますか?」
私の斜め前に座っていた女生徒が、そんな浮かれた大胆な質問をしたのだ。小学生かよ、とも思ったけれど。
対してクロコダイル氏は、ニヒルな笑みを浮かべてこう一蹴した。
「勉学に関係のない質問は慎みたまえ。そんな質問をする馬鹿が俺の話を聞いて理解できたか甚だ疑問だが」
その声音は先ほどまでとほとんど変わりなかったけれど、有無を言わさぬ圧力をはらんでいた。馬鹿の相手をしている暇はない、と言わんばかりの。
一言多い、と思った。質問をした女の子は涙声ですみませんでした、と席に座り、肩を震わせる。
確かにここは大学で、今は講義中だ。だけど言い方ってものがある。きっとこの人は教師にはなれないタイプだろう、そしてできれば関わりたくないタイプでもある、と思った。
それが、初対面だった。
──そうだった。できれば関わりたくない、タイプなんだった。
そっとテーブルを移動し、デザートを物色し始める。
社長を警戒しながらだったが、パーティはあっけなく終わりを迎え、帰る前にとトイレを済ませて出てきてみると。
そこにいたのはボーネス先輩ではなくなっていた。
「ック、クロコダイル社長」
「楽しめたかね?お嬢さん」
あの時と同じようなニヒルな笑み。
関わってはいけないと、頭の中で警報がガンガン鳴っている。ここから逃げろ、と。
「ええ、お招きいただきありがとうございました」
できる限り穏便にこの場から離れたい。そう思って会話を終わらせようとする。
「ああ、ダズなら先に行って車を正面玄関に回すと言っていた」
「そ、そうですか。じゃあ私はこれで……」
あれ、と拍子抜けする。警報は誤報だったのではないかと。
エレベーターの方へ歩き出そうとしたところで、クロコダイル社長が何か思い出したように口を開く。
「それと──」
「はい?」
「……いや、気をつけて帰りたまえ。おやすみ」
その声音がひどく優しくて、家に帰っても、シャワーを浴びても、ベッドの中でまで、耳の中でずっと反響しているようだった。
20180913
鰐誕に間に合わなかった名残。気が向いたら続きます。
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