審神者が薬研藤四郎を好きになるお話

薬研たち遠征部隊が帰ってきて、その数時間後に滞りなく歴史を守って帰ってきた第一部隊を交えて、本丸ではお茶の時間を迎えていた

『わぁー!このお菓子、色もすごく可愛いし中の果物が宝石みたいで綺麗!なんていうお菓子なの主さん』

乱が大きめの型に入った冷たいゼリー状の菓子を見る

『寒天……とも違うよな。似てるけど』

それを不思議そうに見ている鯰尾も首を傾げた

『これはね、フルーツゼリーだよ。簡単に言うと果物の果汁にゼラチンっていうものを使って冷蔵庫で固めた冷たいお菓子だね。』

風呂上がりの遠征部隊も交えた大広間はフルーツゼリーに釘付けになっている男士、主に短刀たちの面々で持ちきりだった

『疲れてる時は甘いものがいいっていうし、お風呂上がりなら美味しいかなって。好きなの選んで食べてね』

来葉が大広間の机に置いてあった皿に、型から抜いたフルーツがたっぷり冷やし固められたゼリーを崩さないように抜いていく。

その様子を目を輝かせて見ている男士たちの目は初めて見たゼリーにときめきを隠せないようだ。

『この赤いの苺だね!こっちの橙色のはみかん?』

『そうそう。で、こっちの黄色いのはグレープフルーツ。みかんに比べて酸味が強いのが特徴なの。こっちの透明なのは檸檬。』

1つ1つ紹介していく来葉。他にも桃や林檎、葡萄とそこには本丸の男士たち全員で取り分けれる数の分が用意されていた。

朝持ってきて、一度厨にある冷蔵庫に冷やしていたものを手の空いていた長谷部と和泉守たちに運ぶのを手伝ってもらったのだ

次々とゼリーを選ぶ兄弟たちを見ながら、薬研は微笑んでいた

『薬研くんもおひとつどーぞ。甘いのと甘くないのどちらが好み?』

ひょこりと顔を覗かせた来葉に少しびっくりしたが、すぐに平静を装い、薬研は言う

『……そうだな。俺はあんまし甘くない方がいい。あと久しぶりに長期遠征だったから、少し疲れていてな。』

なら、と、来葉はグレープフルーツのゼリーを取り皿に乗せて、薬研に渡した


『ならグレープフルーツをどうぞ。疲労回復にいい成分たっぷりだよ』

来葉の笑顔にグレープフルーツのゼリーを受け取った薬研はスプーンでそれを口にした

『…ん。うまいな。風呂上がりの火照った身体にもちょうどいい冷たさで。実もぎっしりで腹持ちもよさそうだ』

それを聞きながら、来葉は薬研の横に座った

『えへへ。そうでしょ?お兄ちゃんが作るおやつはどれも美味しいからね』

『料理が得意なんだったか?大将の兄上は』

そう。来葉の兄は料理が得意である。
どれだけ得意かというと、ここの本丸にいる燭台切といい勝負のレベルであった

そして最初は任務に忠実だったここの本丸のこんのすけ

来葉がここのこんのすけが餌付けされるぐらいの兄手作りの油揚げを持参したことにより、こんのすけと来葉は主とその従者の関係を越えて、こんのすけは来葉とここの男士になついている。

まぁこんのすけがなついているのは来葉の人柄でもあるのだが

ペットは飼い主に似るというのはこの間、来葉から聞いた彼女の世界での言葉である

そんなこんのすけは仕事から帰ってきて、縁側の日向でお昼寝中である

滞りなく歴史修正を阻止し戻ってきた第一部隊を交えて、談笑するのも来葉の楽しみの1つだ

審神者の先輩であり、母から審神者のあれこれを教わり、こうして1つの本丸の主として活動し始めてまだ日が浅いが頼れる存在もまた増えてきたことに来葉は頼もしさを感じていた

審神者としてはまだまだだが

いつか母のような審神者になりたいというのが来葉の夢であった

『ところで大将、最近また遅くまで仕事をしているそうじゃないか』

『うひぇバレてた……!!』

しまった、という顔で声を上げる来葉に苦笑しながら薬研はゼリーをまた一口、口にした

『大将はどうも自分のこととなると、疎かになるきらいがある。仕事熱心なのはいいことだが、あまり無理はしてくれるなよ』

『……うぐっ……善処します……』

こうしていつも薬研に叱られることも少なくはない

『ふふ、俺が言うより薬研に言われた方が主には効果覿面のようだな。』

鼻で笑った山姥切にトドメを刺され、来葉は余計にしょげてしまった

『あははは。いや、これは一本とられたな、主』

横で鶴丸と鶯丸と茶を嗜んでいた三日月にも言われてしまう

『でも本当にそうだぞ主。主ありきのこの本丸だ。倒れてしまわれては母上殿も兄上殿も心配する』

鶴丸の言葉に、来葉はそれ以上は何も言えない

『そうだね、鶴さんの言うとおりだ』

更には燭台切にも言われてしまい、来葉の完全敗北は決まったのだった

『ふっ……』

思わず吹いてしまった薬研に来葉は真っ赤になる

『ちょ、ちょっと薬研くん何笑ってるのー!』

これもこの本丸の日常である。平和だな、と縁側で鶯丸とお茶を飲んでいた三日月は思った

『そうだ主。次の審神者会議は次の日曜のようだ。先ほど連絡が届いた』

山姥切の言葉に、来葉は一度食べる手を止めた

『そか、ありがとまんばくん。護衛、またお願いね』

審神者会議はその名前の通り、審神者同士の会議であり定期的に開催され、お互いの本丸のことなど色々と報告する会議なのだ

月に一度、全国の審神者が集まる会合のようなものだ

『…大将、あっちの仕事も詰まってるんじゃないか。この間、乱が見てた雑誌に写ってるの、あれ大将だよな?』

薬研の言葉に、あぁ、とひとつ相槌をうち、来葉は頷いた

『ん。その日は丁度休みだから大丈夫だよ。』

大丈夫、とはあっさりした返事だが、休みの日ぐらいゆっくりしてもらいたいものだが来葉は先ほども述べたように仕事の虫である

本当に休んでいるかも怪しいんじゃないかと最近度々思う面々であった

『…あるじさん一体いつ休んでるの?夜更かしは女の子の大敵だよ』

ここの乱藤四郎は女子力が高いと評判だ。着物の着付けや着物選びも大体が彼がやっている。


『ん?ちょっとまって』

すぐ側に置いていたスマホが振動したのに気づいて、来葉は画面を開いた

『どうした大将?政府から指令か?』

振動した端末を見て薬研が首を傾げる

『ん?違うみたい。あっ。ちさたんだ!どうしたのかな?』

ちさたん、という名前を聞いて薬研はあぁ、と思い当たることがあった

『大将の幼なじみの周防の大将か。』

周防の大将。来葉の幼なじみの長曾我部智紗。来葉とほぼ同時期に就任した審神者仲間の一人である。

どうやら来葉の幼なじみのようで、子どもの頃から親同士が親交が深いのもあり、よく一緒に旅行など遊びに行くらしい
大学も同じらしく、いつも一緒に通学している

智紗にも兄が一人おり、来葉の兄とは大の親友同士だという。兄妹揃って仲が良いことはいいとだと思う。


『なになに。"くーちゃん、次の審神者会議のお知らせ聞いた?くーちゃんに逢えるのめちゃめちゃ楽しみ。いや、いつも逢ってるけど。そちらの男士の皆は変わらずやってる?またお暇なときにでもそちらの本丸にお邪魔したいと思いマス。予定合う日また大学で話そうね"だって』

とても嬉しそうに友達のことを話す来葉を微笑ましく見守る薬研は思わず吹き出してしまった

『どしたの薬研くん?』

きょとんとする来葉に苦笑する薬研

『いや、すまん。本当に周防の大将と大将は仲が良いなって』

『親同士、というかうちの祖先とちさたんところのご先祖様が仲良かったって話でさ。薬研くんたちは何か知らない?』

それを聞いた戦国時代生まれの刀たちは顔を見合わせる

『……あぁ。そういえば僕たちの前の主の政宗公と長曾我部公は会合とかで顔を合わせた程度だとは思ってるんだけど、戦国時代には戦も何もない特別な休息日があって、その時だけは敵味方、諸国関係なく宴を開いては呑み明かしていたから、その関係かもしれないね』

光忠がひとつ思い出したように相槌を打つ

『…そうですね…僕たちの時代ではそれが当たり前でしたから。僕や長谷部、薬研も不動も……織田に仕えていましたし、その間に何度か長曾我部とは逢っている記憶があります』

お茶を飲んでいた宗三も、もの憂い気な表情で過去を思い出していた。

長谷部も織田信長という男が嫌いだったので不機嫌そうな顔をしていたが

同じく織田に仕えていた薬研は長谷部と宗三を見て、苦笑しているようだ

不動は相変わらず日本号と酒を酌み交わし、いつも通り酔っている

『はは。人の記憶など曖昧なものだからな。教科書通りに書かれていることがすべて真実という訳でもあるまい。』

三日月の最もな言葉に、来葉は妙に納得したようだ

『うん、そうだね。実際にうちとちさたんのところが仲が良いもんね。それが真実でいいんだもんね。』

『ただ、そのような未来になっているということは、歴史はしっかりと守られているということですよ、主。』

長谷部の言葉に来葉は頷いた

審神者と刀剣男士の役目は、歴史を正しい方向へと導くことにある

何故、歴史修正主義者が時間朔行軍を使役して、過去に攻撃を仕掛けているのかはわからないが、自分たちは刀剣。主に命じられればそれを果たすのが使命だと思っている。

『……まぁ。前の主は関係ないさ。俺たちは大将だから仕えているんだからな?その辺りは何があっても忘れるなよ?』

薬研は来葉の頭を撫でてやる

『……薬研、その通りだ。………が。必要以上に主に触れるな。前から思ってはいたのだが、貴様まさか主に下心など』

長谷部の言葉に薬研は少し黙った

思わず来葉の頭を撫でてしまう癖がついてしまったようだ

薬研を見上げる来葉に可愛いな、と思ってしまうぐらいには

『いや、俺は男の兄弟しかいないからな。妹がいたらこんな感じなのかなって』

本人はつい苦笑してしまう

『…それは私が子供だということでしょうか?』

『主さん、そんなことはないよ!主さんは主さんだよ!』

すかさずフォローを入れる堀川だった

『薬研貴様、主に無礼だろう!そこに直れ!』

この男は主命を一番に考える刀剣である。

『……ちょ、ちょっと長谷部!毎度のことだけど血圧上がるよ!?』

長谷部に対する加州の突っ込みもいつも通りだ

初期刀である山姥切は軽くため息をついた。

三日月はいつもどおり笑い、鶴丸も吊られて笑っている。

堀川と共に、加州は来葉のフォローは絶対に忘れない打刀と脇差のコンビである

何はともあれ、来葉の本丸の1日はこうして恙無く過ぎて行った

『次の会議のお着物は何色がいいかな?』

『大将は別嬪さんだから何でも似合うと思うぜ?』

ナチュラルにそんなことを言ってくる薬研に目が点になった

『またボクが選んであげるよー♪』

にっこりと笑いながら乱は言う

『なら髪は薬研がやればいいんじゃないのー?俺はいつも通り化粧するし』

加州だ

『……俺が?……………いいのか俺がやっても』

面食らった薬研が加州を見る

『あ。そう言えば順番的にも次は薬研が担当だもんね?雅はわからん言ってる割には、あるじさんの好みピンポイントで当てて持ち帰ってくるし』

乱の言葉に押し黙る薬研に来葉はキョトンとした

『決まったみたいだね。よろしくね薬研ー。』

加州に言われてしまえば、薬研も引き受けるしかなかった

その夜、食事を共にしたのち、残っていた仕事を終わらせて執務室から大広間に続く廊下を渡る

来葉は大広間の前、縁側で月を眺めている薬研を見つけた

春先といえど、まだ縁側は寒い。薬研の傍らには杯と徳利が置かれていた

『……ん、大将か。仕事はもう終わったのか?』

縁側の柱に背中を預けていた薬研が来葉を見上げる

いつもきっちり着込んでいる戦装束の上着も武装も取り払い、今は下に着ているカッターシャツと緩めたネクタイだけでリラックスモードである

きっちり黒の皮手袋はつけてはいる

どんな格好をしても似合うなぁと来葉は素直に思った

『あ、うん。意外とはやく終わったから外の空気を吸いに来たの。……薬研くんは?』

『月が綺麗だったんでな。厨で失敬してきた酒で月見酒ってところか』

盆の上に置かれていた杯に徳利の中の日本酒を注ぐ

そう言われて来葉も空を見上げる

そこには白く輝く満月があった

『……本当だね。どうりで明るいと思った』
『…月が綺麗な夜は酒が飲みたくなる。まぁ誰が得するって訳じゃないが』

程々にね、と一言いうと薬研はあぁ、と一つ頷いて、杯の酒を煽った

『…丁度話し相手が欲しいと思ってたんだ。……大将、一杯付き合ってもらえるか?』

『わたしでよければ。隣いい?』

『あぁ。悪いな、大将』

『悪いだなんて全く思ってないよ』

薬研の隣に腰を下ろす。薬研は飲み干した杯とは別の杯に日本酒を注ぎ入れた

それを受け取り、いただきます、と会釈してそれを口にした

『……大将って日本酒は大丈夫だったか?』

ふと疑問を口にした薬研に、来葉は彼を見る

『うちはみんなお酒強いから、日本酒ぐらいならいけるよ。基本的に果実酒派なんだけどねわたしは』

それを聞いて薬研はふと口元を緩ませた

『…大将の家系は伊達の直系だったな。最初聞いたときは驚いたが……。確か政宗公が酒好きだったって燭台切の旦那が』

『うん、そうなの。うちは伊達の直系。お母さんも最上の直系だし、お父さんも伊達の直系に当たるんだよね。わたしも信じられないけど家系図見せてもらったらがっつり直系だった。お兄ちゃんもいるし』

それを思うと、改めて来葉の家系はすごいなと薬研は思った

『母子揃って審神者だもんなぁ。確か仕来たりで伊達に嫁いだ女とその娘は審神者になるんだったか?』

そう

来葉の家は伊達の直系というのと、仕来たりで女は審神者になるという稀有な家だ

所謂、裏側の存在とでも言うべきだろうか

『うん。……お母さんも審神者だしね。お母さんからわたしは審神者のあれこれを叩き込まれてさ。今でも色々叩き込まれてたりはするけど』

杯に映った顔を見ながら、来葉は話す

『…大将の母上殿は政府から選抜されてる審神者の中でもトップクラスの審神者だと聞く』

来葉の母である義、まぁこれは勿論審神者としての名前であり、本当の名前は別にあるのだが

彼女も自分の本丸を持っており、来葉と兄が生まれる前から審神者だった

慈愛に溢れ、自分の本丸の男士たちを息子と思っているところがある

かと思えば、戦となればその采配で本丸の男士たちを確実に勝利へと導くのだという

来葉はそんな母親に憧れていた

まだ審神者となって間もない初心者といえるレベルなのだが男士たちの練度はしっかりとあげている。

その霊力の強さは母親譲りなのだろうと三日月が言っていたことを薬研は思い出す

『うん。……刀剣たちには愛情を持って接しなさいって。いつもお母さんに言われてることなんだ。』
『……いい母上殿だな。………俺たちは人ではなく物だ。顕現したばかりの時はそうだと思っていたが。』

彼らはあくまで自分たちを"物"だという。そう思っている審神者は必ずいる

だが来葉は違った

(初めまして、ここの本丸を纏めさせて頂いてる来葉と言います。不束ものですがよろしくお願いいたします)

ふと、来葉と初めて出逢った時のことを思い出す

花のような笑顔。あぁ、このお人は違うのだと

初めて出逢った時に

その時に決めた。俺はこの人を守って死にたいと

元々短刀は守り刀だ。主の側を離れずに共にある物だからと

【切れ味が鋭くとも主の腹を切らない忠義の刀】

そんな逸話のもとに生まれた薬研藤四郎という刀。

そう思っていた。このときは

『……とはいっても、私なんて本丸でみんなの帰り待つぐらいしか出来ないけど』

来葉の言葉に薬研は酒を煽りつつ

『…大将がここにいてくれるから俺たちは安心して自分たちの仕事を全うできるんだぜ。手入れも出陣や遠征の見送りも出迎えも全部……。しか、とか言わないでくれよ』

来葉の頭を撫でて微笑む

『えへへ。うん、ありがとう』

自分より明らかに見た目だけは年下なのに、薬研藤四郎という刀は自分よりずっとしっかりしている

四百年以上、刀だった時代から世を見つめているのだから当たり前なのだがなかなかこの感覚には慣れないものでもある

『分かればよし。……あ、そうだ。次の遠征の土産何がいい?菓子ばかりじゃそろそろ飽きてくるだろ?』

ふと薬研がそう口にした

『…えっ。何でもいいよ?薬研くんのお土産はいつもはずれないもん』

雅なことはよくわからないといつもいっているのに、薬研が遠征先から持ち帰ってくる土産は毎回来葉を笑顔にしている

『それが一番困るんだがな。まぁ遠征先も一ヵ所じゃないから選びようはたくさんだけどな』

少し考え込むように頭を掻く薬研に来葉は思わず笑ってしまう

『だって薬研くんのお土産選びのセンスすごくいいもの。このリボンも薬研くんが選んでくれたやつだし』

自分の髪を纏めている薄い桜色のリボンを指差しながら来葉は言う

『最近よくつけてくれてるもんなそれ。気に入ってくれたみたいでよかった』


毎回、遠征の度に土産を持って帰ってくるのは信頼の証だと薬研は思っているし、主が喜んでくれるなら遠征も悪くないと最近思えてきたのだ

一介の短刀としては戦場で敵の首を掻き切るのも嫌いではない

だがそれを決めるのは自分ではなく主である来葉本人だ

『当たり前だよ?いつもありがとう。』

花の綻ぶような笑顔

この笑顔をずっと守っていけたらいいと

こうやって酒を酌み交わしながら、他愛ない話に花を咲かせる

あのときは、それだけでよかったんだ
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