審神者が薬研藤四郎を好きになるお話
それはある晴れた日のこと。今日は大学も仕事も休みなので、のんびりできると思って、いつもより長く眠っていたところだった
ドアをノックしていた音が響き、来葉はもぞもぞと身体を動かした
『来葉、朝飯出来た。起きろ』
兄の声だ。毎朝早くから起きて、兄はいつも朝食を作ってくれていた
来葉の仕事柄、過度なカロリー接種は絶対に禁止でありあってはならないことだ
『…んー……あと10分……』
布団の中からそんなくぐもった声が聞こえる。兄は軽くため息をついた
『ばか野郎。休みだからっていつまでも寝てんな!お前今日あっち行く日だろ?』
あっち、という言葉を聴いて来葉は微睡みの中からその意識を引き戻した
よく時計を見てみると、約束の時間のちょうど1時間前だった
『しまったぁぁあぁあぁあぁあ』
案の定飛び起きた来葉にため息をつきながら、兄はさっさと起きろ、と念を押した
急いで服を着替えて、髪は整えたが約束の場所までそう遠くないとはいえ女の子の準備には時間がかかる
『そんなんじゃ気になる男に笑われるぞ。ちょっと見せろ』
兄に言われて、ブラシと桜の髪留めを渡す。先にブローは当てているのであとは束ねるだけだ
『べ、別に彼はそんなんじゃ……』
『はいはい。よし、できた』
洗顔などもバッチリすませてメイクもナチュラルに決めた来葉の出来上がりだ。仕事の時はまだ着飾る必要はあるが今日は必要ない。しかし出かけるともなれば話は別である。
『ありがとうお兄ちゃん!じゃあいってくるね!』
『気をつけてな』
そうして来葉はマンションを出た。エレベーターの中で鞄に入れたスマホを確認する。時間はなんとか間に合いそうである
来葉のスマホの待受画面には大切な写真を設定している
その写真を見つめているうちにエレベーターは1階のフロントについた
そのまま門を出て来葉は待ち合わせ場所に走った
近くの神社である。そこの長い階段を登り、境内に到着する。鳥居はあるもののここの神社は既に誰もいない。立派な境内ではあるが現状はそうである
そんな場所に来葉は1人、立っていた
『あるじさま!お待ちしておりました。おはようございます』
境内の方から声がした。そちらに振り返る
『おはようこんのすけ!』
来葉の視線の先の賽銭箱の上、そんな罰当たりな場所に乗っかっている珍妙な顔をした狐に話し掛けた
『皆さんお待ちしておりますよ。すぐにゲートを開いても?』
トンっと降りてきた狐のこんのすけは来葉の足元にすり寄った
『うん。お願いできる?後で油揚げあげるね!お兄ちゃん手作りの』
こんのすけを抱き上げる。油揚げ、と聞いたこんのすけの瞳がパッと輝いた
『ありがとうございます。あるじさまのお兄様のお作りになる油揚げはとても美味ですので………。じゃなくてスマホをお出しいただけますか?』
こんのすけは緩んでいた顔を引き締める。来葉は言われた通りスマホを取り出した。ほかでもないこのスマホが【あちら】側と【こちら】側を繋ぐための鍵であるからだ
こんのすけは来葉のスマホにその愛らしい前足をちょこんと乗せた。すると起動された文字があった
小難しい文字の羅列、確か政府のコード認証と聞いた気がする
しばらくすると来葉とこんのすけの前に金色の輪が出来た。時空の歪みと呼ばれているものだ
『さ、あるじさま、お入りください』
こんのすけの言葉に来葉は躊躇いなくその金色の輪に飛び込んだ
一瞬の明滅の後、その金色の輪はその場に何もなかったかのごとく綺麗になくなった。
残ったのは静かな境内だけだった
◇◆◇◆
そしてここはとある世界の異空間にある庭園だ。
外観はよくある美しい日本庭園。よく大名が使っているような屋敷のような、城のような外観でほぼ間違いないだろう。穏やかな日差しが差し込み、ちゃんとここには四季もある。
ここの主は居間から見えるその光景が好きだった。敷地内には農園も併設されており、さらには道場、食事を作る厨と昔ながらの風情のある光景がそこにはあった
そしてこの場所は、清浄なる空気に満ち満ちていた
【備中国本丸・冬桜華城。】
ここにいる者たちは全員こう呼んでいる
『あっ!主さん!おはよう!』
『よっ、おはようさん、主』
門の奥から、少年と青年の声が聞こえた
『あっ。おはよう堀川くん!兼さんも!内番ご苦労様!』
堀川と呼ばれたジャージ姿の彼の名前は堀川国広。この本丸の住人の1人だ。もう1人兼さんと呼ばれた長身の男、和泉守兼定もここの住人の1人。
『今日のご飯はなに?』
先ほど朝食を食べてきたのはいいが、ここの本丸の食事の持ち回りも当番制なのだ。となりの晩御飯的な質問にも堀川は嫌な顔一つせずに答えた
『今日の朝ごはんはね、白米とわかめと玉ねぎの味噌汁、卵焼きと、ほうれん草のごま和えだよ。当番は燭台切さん』
朝ごはんの定番メニューである。
燭台切さんとは、燭台切光忠という男だ。
『おお。みっちゃんのご飯!私も食べたかったなぁ……』
その言葉に、和泉守はくっくっと喉を鳴らす
『主もう朝飯食ってきたんだろ?昼になったらまた食べれる。』
言われてみればそうである。今日は1日こちら側にいるので、昼食もこちらで取ることになる。
『うん!楽しみだなぁ』
堀川と和泉守はもう少し外の仕事があるらしいので、先に中へ入ってろと言われ、来葉は本丸の門を潜った
『おはようごさいまーす』
中に入ると、そこからは長い渡り廊下が続いている。奥からは楽しそうな声もまた聞こえる。子供たちの声かなと靴を脱いで上がった
すると足元に、鳴き声が聞こえた。
『ん?……あ。君は』
よく見れば白い小虎だった。
『おはよー。小虎ちゃん。今日も可愛いね』
白い子供の虎を一匹抱き上げ、頬をすり寄せる
『あっ。ダメだよ、もう。迷惑かけたら……あっ。主様、おはようございます、うちの虎がごめんなさい』
来葉のすぐ目線の下から声が聞こえた。
『おはよー。ごこちゃん。今日も可愛いねぇー。』
ごこちゃんと呼ばれた男の子、名を五虎退という。銀髪の前髪で片目を隠したまだ幼い少年だ。
『…か、可愛いだなんてそんな……でも、うれしいです。ありがとうございます…』
頬を染めながら来葉を見上げる五虎退を見て、つい顔を緩ませてしまう
『…可愛いなぁ。よしなでなでしてあげる』
来葉は五虎退の頭を撫でる。五虎退は嬉しそうに微笑んだ。
『あっ。今日は遠征部隊が帰ってくる日ですね。』
『そういえばそうだね。今日は遠征部隊の皆が帰ってくるから、うちのお兄ちゃんにお菓子作ってもらったの。帰ってきたら、一緒に食べようね』
そういうと五虎退はパッと顔を輝かせ
『本当ですか?主様の兄上のお菓子はどれも美味しくて、ぼく、大好きです』
確か3時のおやつの時間までには遠征先から遠征部隊が帰ってくるはずだ
『ほんと?ならお兄ちゃんにまた言っておくね。さて、他のみんなは変わりはない?』
五虎退の頭を撫で終わり、視線を向けた
『あ、はい。みんな変わりなく過ごしてます。』
『そっかぁ。よかった。よし。ならちょっと着替えてくるか』
肩に乗っかっていたこんのすけが顔を出した
『山姥切さんがお待ちですよ。主さま』
『うん!わかった。時間に遅れたらまた長谷部に怒られるな……あはは……』
そう言って途中まで五虎退を送り、粟田口の短刀の皆とも挨拶を交わした後に来葉の専用の自室、基本的に解放してはいるそこに足を運んだ
『おはようまんばくん!ごめんね、お待たせ!』
元気よく挨拶をして入る。すると本棚の前にいた布を被って書物を読んでいた男が書物を閉じた
『……きたか。相変わらず時間ギリギリだな。』
軽くため息をついた青年に来葉は苦笑した
美しい金髪と翡翠の瞳を携えているその男はあえて布をかぶることで自身の本質を隠そうとしているように見えた
山姥切国広
ここの主に来葉がなった時、最初に顕現した男である
顕現、というと神仏や人外のような印象を受けるがあながち間違ってはいない
彼らは付喪神(つくもがみ)。所謂神様の類いである
気付いたものもいるだろうが、この本丸にいるのは刀の名前を頂戴した者達である
と、いうより歴史に名を残す名刀たちそのものだ
審神者なる者の霊力を刀に込め、その刀の意思を汲み取り、人の形を与え、自らその力を振るうことが出来るようにした者たち
【刀剣男士】この世界では彼らのことをそう呼ぶ。
何故そのような者たちがここにいるのか、まずは詳しいことを説明する必要がある
西暦2205年。
歴史の改変を目論む【歴史修正主義者】によって過去への攻撃が始まった。
時の政府は、それを阻止するため【審神者(さにわ)】なる者を各時代へと送り出す。
審神者なる者とは、眠っている物の想いや心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる技を持つ者だ。
その技によって生み出された付喪神【刀剣男士】と共に歴史を守るため、審神者なる者は過去に飛ぶ。
時計は先時を遡る
歴史改変
遡るのは刀剣のみ
阻止する者たちは望を託し、遠い昔に送り込む
つまりはあらゆる時代の過去に審神者が刀剣男士を送り込み、歴史を改変しようと目論む【時間遡行軍】を倒し、歴史を正しい方向へと導く存在なのである
山姥切国広もその一振りであり、第一部隊の隊長を務めており、審神者の身の回りの傍仕えの近侍の仕事もしている
『全く…、写しの俺に何を期待しているのやら……。まぁあんたがここに就任した時から俺はいるから今さらだとは思うが』
何度も聞いた言葉である
『もうまんばくんてばまたそんなこと言って!もっと自分に自信持ちなってば。君は自慢の私の刀!そうでしょ相棒!』
来葉は山姥切の頭を撫でようとしたが届かなかった。152㎝という低身長では172㎝ある彼には優に届かない
ちょうど20㎝の差。頭1個分と言っても過言ではなかった
『とりあえず着替えてこい。それから今日の予定を確認したい』
それを聞いた来葉はうなずいて奥の部屋に入った
それを確認した山姥切はまた軽くため息を吐き
『……あいつと一緒にいると写しがどうとか考えるのが馬鹿馬鹿しくなってくるな』
今日は遠征部隊も帰ってくるので、少々忙しくなりそうである
遠征部隊には薬研もついているので、遠征中に誰かけが人が出ていても彼なら手当てもできる。まぁ本格的な治療は手入部屋でないと難しいと思うが、薬研も医術の心得はあるし、応急処置ぐらいなら出来るだろう
『まんばくーん、お待たせー!よし、じゃあ今日の予定を確認しよう!』
先ほどまでは現世の世界の服を着ていたが、こちらで活動する時はいつも和服に着替えて仕事をしている
どうやら彼女の血統の審神者が代々着用する由緒ある衣装らしい
確か彼女の母親もかなりの実力を持った審神者であり、彼女は審神者のあれこれを母親から叩き込まれたと聞いた
来葉の霊力の強さは母親譲りらしい
『全く相変わらず元気だな。…それで今日の予定だが…知っての通り今日は遠征部隊が帰ってくる日だ。鍛刀はしっかり続けているから問題はないだろう。進捗は……まぁなかなか来ないもんだな』
刀帳をめくりながら、山姥切は言う
『…あーうん。ある程度資材貯まったらやってはいるんだけどなかなか』
鍛刀に必要な資材もただではないので出陣先やらで拾ってくることもあるのだが、何分難しいものだと
『…主、焦る必要はないんじゃないか。あんたがあいつらに申し訳ないと思っているのは知ってはいるが、あまり根を詰めすぎるのもよくないぞ。』
刀帳を作業机に置き山姥切はそう言った
『…うん。そうだね…ありがとうまんばくん。』
この本丸にはまだ顕現していない男士も多い。来葉がここの審神者になってしばらく経つがやっと部隊の体を成してきたばかりである
まだまだ新人と言えるレベルだが、実力は確かなものだと山姥切も思っている
ただ、運の方は微妙なところな気もするが
『とにかくあまり焦っては来るものも来ないだろう。……写しの俺に言われても説得力はないだろうが…』
『そんなことはないよ!まんばくんにはいつもお世話になってるもの。……こんな主で申し訳ないぐらい……』
苦笑しながら言う来葉の頭を軽く撫でる。
『…あんたはよくやっているさ。』
その言葉だけで、だいぶ救われたような気がした
『主さまー!主さまー!』
こんのすけの声が響く。来葉と山姥切は声のした方へと視線をやった
『どうしたの。こんのすけ』
『はい、時間遡行軍が現れたようです。時代は1331年。鎌倉時代です』
それを聞いた山姥切と来葉は顔を見合せた
『1331年といえば……』
『あぁ。元弘の乱、だな』
山姥切の言葉に来葉は頷いた
元弘の乱(げんこうのらん)は、元弘元年(1331年)に起きた、後醍醐天皇を中心とした勢力による鎌倉幕府倒幕運動である
元弘3年/正慶2年(1333年)に鎌倉幕府が滅亡に至るまでの一連の戦乱を含めることも多い
『奴らの狙いは後醍醐天皇の鎌倉幕府の討幕を阻止することか……』
山姥切の思案顔を横から見つめる来葉
そもそもどうして時間遡行軍は歴史を改変しようとしているのか
彼らの動きのサイクルは未だに不明な点が多く、それもよくわからないレベルである
来葉の血統については、またの機会に話すことになるが来葉の血統は、その家系の代々の者が、審神者の仕事をしている血統である
とある武家の名家の家系でもある。
まぁ来葉の家は大財閥の家なのだが跡取りは兄であるし、母と来葉も本丸は別に持っている
『…よし。第二部隊は今日帰ってくるし……。なら第一部隊の出番だね。今日もよろしく頼むよ、まんばくん』
それを聞いて山姥切は
『……あんたの命令ならやるさ。招集をかけてくれるか』
来葉はOK!と頷いた
そして30分後
『…なるほど、あいわかった。』
その男の出で立ちは平安時代のような衣装を身に纏い、瞳に打除け、刀の波紋に当たるそれを携えた雅な風貌の男だ
『三日月さん。みんなも早いね』
それを聞いたこの場の男たちは顔を見合わせた
『第二部隊はまだ遠征中だし、ここの警護は第三部隊に任せるとしようか』
三日月の横から、黒のスーツ風の衣装を身にまとった、眼帯をつけた黒髪金目の男が言う。燭台切光忠だ
『ありがとう、頼もしいよ。』
来葉は燭台切に微笑みを向けた
『はっはっは。こんなじじいでも宛にしてもらえるのならば、主のためにこの刃を振るおうではないか。ま、給料分は働くさ。なぁ石切丸』
そんな三日月の言葉を聞き、石切丸は
『勿論だとも。部隊の厄を落とせばいいんだね』
と、笑顔を浮かべた
『じゃあ堀川くん。みんなのサポートはお願いね!』
先ほどまでジャージ姿で畑仕事をしていた堀川もきっちりと戦装束に着替えて来葉の作業部屋にいる。
実は堀川も山姥切と同じ刀派な生まれであり、練度の高い来葉が初鍛冶で顕現した古株でもある
『はいはーい!お手伝いなら任せて!』
人のいい笑顔で堀川は頷いた。
『巴さんもいつもありがとう。頼りにしてるよ?』
巴と呼ばれた巴形薙刀はうなずく
『奴らを殲滅するために顕現したのだ。大いに期待してくれてかまわないさ』
第一部隊は、薙刀、打刀、脇差、太刀2名と大太刀からなる部隊だ。
『これより鎌倉時代に現れる時間遡行軍の殲滅の任務を与えます。見つけ次第、時間朔行軍を一掃。滞りなく歴史が進むように采配を振るってね。よろしくね。隊長、山姥切国広くん』
来葉は山姥切に振り返る
『…わかった。これも仕事だからな。………第一部隊、出陣する!!』
第一部隊が鎌倉時代に飛んで数時間後のことだ
『おっ。遠征部隊が帰って来たみたいだね』
畑仕事をしていた鯰尾が手を止めて門の方へと視線を向けた
執務室で仕事をこなしていた来葉の元に留守番組の加州が顔を出した
『主ー。遠征部隊が帰ってきたみたいだね。』
『おっ。加州くん報告ありがとうー。よし、ならお迎えしますかね』
書いていた書類の手を一度止めて、来葉は立ち上がり、袴の裾を直して、本丸の玄関まで足を運ぼうとするが
『あっ。待って主。』
引き留められた来葉は不思議そうに振り返る
『髪留め曲がってるよ。直すからちょっと貸して』
『ふえっ!?き、気付かなかった』
そんな主に苦笑しながら加州は来葉のその髪留めを直してやる
『よし、直った。じゃ、行こっか』
加州の案内で、来葉は改めて玄関まで向かっていく
そこで1番に目についたのは銀髪だった
『戻った』
来葉と加州に気付いた銀髪の少年、骨喰藤四郎はいった
『おかえり、ばみくーん!みんなどこもケガしてない!?』
ぺたぺたとあちこちさわる主の来葉に特に何か言うでもなく、ただされるがままの骨喰である。
『全く本当に主は心配性だよねぇ。まぁ男士冥利につきるってやつ?』
加州の言葉に首をかしげる来葉。
『ははは、加州、それはここにいる男士たち全員が思ってんだろ。……あと大将触りすぎだって。骨喰にいが戸惑ってるし、それぐらいにしてやんな。』
骨喰の後ろから、低い声が聞こえた
『別に俺は気にしてない』
骨喰が無表情で答えたが少しだけ照れているようにも思えた
『あっ!薬研くん!おかえり!』
薬研と呼ばれた藤色の瞳を携えた少年に視線を向ける
『いつも出迎え悪いな大将。俺たちが留守の間どうだった?これ、遠征先での土産な。』
土産の入った袋を来葉に渡す。中身はどうやら菓子類のようだ
『わっ、いつもありがとう!うん。特に変わったことはなかったよ。……私も今日は、遠征からみんなが帰って来るからお兄ちゃんにお土産貰ったんだ。今、第一部隊が鎌倉時代に出陣してるから帰って来たらみんなでお茶にしよう!』
それを聞いた薬研はふと微笑み
『おっ。いいねぇ。楽しみにしとくよ。…とりあえずその前に先に湯殿借りていいか?結構返り血浴びたからベトベトでな』
『湯殿なら空いてるよ。すぐにでも入れる』
来葉は遠征部隊のために、先にいつも風呂の準備をしている
遠征部隊はそれが何よりの楽しみなのだ
『いつも助かるよ。ほーら全員風呂いくぞー』
薬研は骨喰以外の遠征部隊の他の者たちに声をかけた
その様子をすぐ近くから見守っている存在が二人
『……ねぇねぇ、薬研と主さんいい雰囲気じゃない?』
留守番組の乱藤四郎が横にいたもう1人に声をかけた
『…あー。薬研と主か?』
すぐ横にいたのは鶴丸国永である。つい最近顕現したばかりの刀剣男士だ。今回は留守組で来葉の身辺警護を任されている
『…でもなー……絶対、主さんは燭台切にお熱ような気も…』
『……さて、どうだかな。どちらにしろこいつは……』
乱と鶴丸は顔を見合せる
『修羅場の予感だねぇ』
『お前たち…こんなところで主命を果たさずにサボりとはいい度胸だな』
背後からドスの聞いた声が聞こえた
『長谷部か……見つかっちまったな』
へし切長谷部は、この本丸の社畜でもある。主命を第一とし、主に仇なすものにはかなり厳しい。ここの本丸では親しみをこめて委員長と呼んでもらってかまわない
これは長い説教が始まる前に逃げるに限るなと鶴丸と乱は思った
『あっ。いい忘れてたね』
来葉は遠征部隊の皆に振り返る
『お疲れ様。それと、おかえりなさい!』
まるで花の綻ぶかのような来葉の笑顔に遠征部隊の男士たちは疲れなど吹っ飛ぶ勢いだったという
『…その言葉のために俺たちは頑張ってるんだなといつも思うよ。……ただいま、たいしょ』
薬研は来葉の頭をぽんぽんと撫でた
『薬研くんに撫でられると何だか安心するなー。面倒見がいいからかな?』
『ん?まぁ兄弟も多いからな。面倒見はいいかもしれん。』
藤四郎の名前を持っている男士たちは、同じ刀派の粟田口の生まれである。
藤四郎とつくのは短刀が多いので、藤四郎とつく男士たちは皆家族なのだと
『お兄ちゃんに撫でてもらうのもいいんだけど、薬研くんに撫でてもらうとまたなんか違った感覚なんだよね』
『くく、まぁ主にご無礼は働けないからな。でもお褒めに頂き光栄だよ、大将。聞かせたい話がたくさんあると兄弟たちも言ってたんでな。聞いてやってくれ』
それを聞いて来葉は
『うん。もちろんだよ。その話もこの本丸での楽しみの1つだから』
『そのあと俺の話も聞いてもらうかな。』
薬研の珍しい申し出に、来葉も頷いた
『うん。主として報告も聞かなきゃだからね』
『頼むぜ。たーいしょ』
そう言って、本丸の中に雑談をしながら入っていく
来葉にとって、ここに帰って来た男士たちを労うこと。
それが何より安心する瞬間なのである
これはとある桜の審神者ととある短刀だった男のそこまでに至るお話である
ドアをノックしていた音が響き、来葉はもぞもぞと身体を動かした
『来葉、朝飯出来た。起きろ』
兄の声だ。毎朝早くから起きて、兄はいつも朝食を作ってくれていた
来葉の仕事柄、過度なカロリー接種は絶対に禁止でありあってはならないことだ
『…んー……あと10分……』
布団の中からそんなくぐもった声が聞こえる。兄は軽くため息をついた
『ばか野郎。休みだからっていつまでも寝てんな!お前今日あっち行く日だろ?』
あっち、という言葉を聴いて来葉は微睡みの中からその意識を引き戻した
よく時計を見てみると、約束の時間のちょうど1時間前だった
『しまったぁぁあぁあぁあぁあ』
案の定飛び起きた来葉にため息をつきながら、兄はさっさと起きろ、と念を押した
急いで服を着替えて、髪は整えたが約束の場所までそう遠くないとはいえ女の子の準備には時間がかかる
『そんなんじゃ気になる男に笑われるぞ。ちょっと見せろ』
兄に言われて、ブラシと桜の髪留めを渡す。先にブローは当てているのであとは束ねるだけだ
『べ、別に彼はそんなんじゃ……』
『はいはい。よし、できた』
洗顔などもバッチリすませてメイクもナチュラルに決めた来葉の出来上がりだ。仕事の時はまだ着飾る必要はあるが今日は必要ない。しかし出かけるともなれば話は別である。
『ありがとうお兄ちゃん!じゃあいってくるね!』
『気をつけてな』
そうして来葉はマンションを出た。エレベーターの中で鞄に入れたスマホを確認する。時間はなんとか間に合いそうである
来葉のスマホの待受画面には大切な写真を設定している
その写真を見つめているうちにエレベーターは1階のフロントについた
そのまま門を出て来葉は待ち合わせ場所に走った
近くの神社である。そこの長い階段を登り、境内に到着する。鳥居はあるもののここの神社は既に誰もいない。立派な境内ではあるが現状はそうである
そんな場所に来葉は1人、立っていた
『あるじさま!お待ちしておりました。おはようございます』
境内の方から声がした。そちらに振り返る
『おはようこんのすけ!』
来葉の視線の先の賽銭箱の上、そんな罰当たりな場所に乗っかっている珍妙な顔をした狐に話し掛けた
『皆さんお待ちしておりますよ。すぐにゲートを開いても?』
トンっと降りてきた狐のこんのすけは来葉の足元にすり寄った
『うん。お願いできる?後で油揚げあげるね!お兄ちゃん手作りの』
こんのすけを抱き上げる。油揚げ、と聞いたこんのすけの瞳がパッと輝いた
『ありがとうございます。あるじさまのお兄様のお作りになる油揚げはとても美味ですので………。じゃなくてスマホをお出しいただけますか?』
こんのすけは緩んでいた顔を引き締める。来葉は言われた通りスマホを取り出した。ほかでもないこのスマホが【あちら】側と【こちら】側を繋ぐための鍵であるからだ
こんのすけは来葉のスマホにその愛らしい前足をちょこんと乗せた。すると起動された文字があった
小難しい文字の羅列、確か政府のコード認証と聞いた気がする
しばらくすると来葉とこんのすけの前に金色の輪が出来た。時空の歪みと呼ばれているものだ
『さ、あるじさま、お入りください』
こんのすけの言葉に来葉は躊躇いなくその金色の輪に飛び込んだ
一瞬の明滅の後、その金色の輪はその場に何もなかったかのごとく綺麗になくなった。
残ったのは静かな境内だけだった
◇◆◇◆
そしてここはとある世界の異空間にある庭園だ。
外観はよくある美しい日本庭園。よく大名が使っているような屋敷のような、城のような外観でほぼ間違いないだろう。穏やかな日差しが差し込み、ちゃんとここには四季もある。
ここの主は居間から見えるその光景が好きだった。敷地内には農園も併設されており、さらには道場、食事を作る厨と昔ながらの風情のある光景がそこにはあった
そしてこの場所は、清浄なる空気に満ち満ちていた
【備中国本丸・冬桜華城。】
ここにいる者たちは全員こう呼んでいる
『あっ!主さん!おはよう!』
『よっ、おはようさん、主』
門の奥から、少年と青年の声が聞こえた
『あっ。おはよう堀川くん!兼さんも!内番ご苦労様!』
堀川と呼ばれたジャージ姿の彼の名前は堀川国広。この本丸の住人の1人だ。もう1人兼さんと呼ばれた長身の男、和泉守兼定もここの住人の1人。
『今日のご飯はなに?』
先ほど朝食を食べてきたのはいいが、ここの本丸の食事の持ち回りも当番制なのだ。となりの晩御飯的な質問にも堀川は嫌な顔一つせずに答えた
『今日の朝ごはんはね、白米とわかめと玉ねぎの味噌汁、卵焼きと、ほうれん草のごま和えだよ。当番は燭台切さん』
朝ごはんの定番メニューである。
燭台切さんとは、燭台切光忠という男だ。
『おお。みっちゃんのご飯!私も食べたかったなぁ……』
その言葉に、和泉守はくっくっと喉を鳴らす
『主もう朝飯食ってきたんだろ?昼になったらまた食べれる。』
言われてみればそうである。今日は1日こちら側にいるので、昼食もこちらで取ることになる。
『うん!楽しみだなぁ』
堀川と和泉守はもう少し外の仕事があるらしいので、先に中へ入ってろと言われ、来葉は本丸の門を潜った
『おはようごさいまーす』
中に入ると、そこからは長い渡り廊下が続いている。奥からは楽しそうな声もまた聞こえる。子供たちの声かなと靴を脱いで上がった
すると足元に、鳴き声が聞こえた。
『ん?……あ。君は』
よく見れば白い小虎だった。
『おはよー。小虎ちゃん。今日も可愛いね』
白い子供の虎を一匹抱き上げ、頬をすり寄せる
『あっ。ダメだよ、もう。迷惑かけたら……あっ。主様、おはようございます、うちの虎がごめんなさい』
来葉のすぐ目線の下から声が聞こえた。
『おはよー。ごこちゃん。今日も可愛いねぇー。』
ごこちゃんと呼ばれた男の子、名を五虎退という。銀髪の前髪で片目を隠したまだ幼い少年だ。
『…か、可愛いだなんてそんな……でも、うれしいです。ありがとうございます…』
頬を染めながら来葉を見上げる五虎退を見て、つい顔を緩ませてしまう
『…可愛いなぁ。よしなでなでしてあげる』
来葉は五虎退の頭を撫でる。五虎退は嬉しそうに微笑んだ。
『あっ。今日は遠征部隊が帰ってくる日ですね。』
『そういえばそうだね。今日は遠征部隊の皆が帰ってくるから、うちのお兄ちゃんにお菓子作ってもらったの。帰ってきたら、一緒に食べようね』
そういうと五虎退はパッと顔を輝かせ
『本当ですか?主様の兄上のお菓子はどれも美味しくて、ぼく、大好きです』
確か3時のおやつの時間までには遠征先から遠征部隊が帰ってくるはずだ
『ほんと?ならお兄ちゃんにまた言っておくね。さて、他のみんなは変わりはない?』
五虎退の頭を撫で終わり、視線を向けた
『あ、はい。みんな変わりなく過ごしてます。』
『そっかぁ。よかった。よし。ならちょっと着替えてくるか』
肩に乗っかっていたこんのすけが顔を出した
『山姥切さんがお待ちですよ。主さま』
『うん!わかった。時間に遅れたらまた長谷部に怒られるな……あはは……』
そう言って途中まで五虎退を送り、粟田口の短刀の皆とも挨拶を交わした後に来葉の専用の自室、基本的に解放してはいるそこに足を運んだ
『おはようまんばくん!ごめんね、お待たせ!』
元気よく挨拶をして入る。すると本棚の前にいた布を被って書物を読んでいた男が書物を閉じた
『……きたか。相変わらず時間ギリギリだな。』
軽くため息をついた青年に来葉は苦笑した
美しい金髪と翡翠の瞳を携えているその男はあえて布をかぶることで自身の本質を隠そうとしているように見えた
山姥切国広
ここの主に来葉がなった時、最初に顕現した男である
顕現、というと神仏や人外のような印象を受けるがあながち間違ってはいない
彼らは付喪神(つくもがみ)。所謂神様の類いである
気付いたものもいるだろうが、この本丸にいるのは刀の名前を頂戴した者達である
と、いうより歴史に名を残す名刀たちそのものだ
審神者なる者の霊力を刀に込め、その刀の意思を汲み取り、人の形を与え、自らその力を振るうことが出来るようにした者たち
【刀剣男士】この世界では彼らのことをそう呼ぶ。
何故そのような者たちがここにいるのか、まずは詳しいことを説明する必要がある
西暦2205年。
歴史の改変を目論む【歴史修正主義者】によって過去への攻撃が始まった。
時の政府は、それを阻止するため【審神者(さにわ)】なる者を各時代へと送り出す。
審神者なる者とは、眠っている物の想いや心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる技を持つ者だ。
その技によって生み出された付喪神【刀剣男士】と共に歴史を守るため、審神者なる者は過去に飛ぶ。
時計は先時を遡る
歴史改変
遡るのは刀剣のみ
阻止する者たちは望を託し、遠い昔に送り込む
つまりはあらゆる時代の過去に審神者が刀剣男士を送り込み、歴史を改変しようと目論む【時間遡行軍】を倒し、歴史を正しい方向へと導く存在なのである
山姥切国広もその一振りであり、第一部隊の隊長を務めており、審神者の身の回りの傍仕えの近侍の仕事もしている
『全く…、写しの俺に何を期待しているのやら……。まぁあんたがここに就任した時から俺はいるから今さらだとは思うが』
何度も聞いた言葉である
『もうまんばくんてばまたそんなこと言って!もっと自分に自信持ちなってば。君は自慢の私の刀!そうでしょ相棒!』
来葉は山姥切の頭を撫でようとしたが届かなかった。152㎝という低身長では172㎝ある彼には優に届かない
ちょうど20㎝の差。頭1個分と言っても過言ではなかった
『とりあえず着替えてこい。それから今日の予定を確認したい』
それを聞いた来葉はうなずいて奥の部屋に入った
それを確認した山姥切はまた軽くため息を吐き
『……あいつと一緒にいると写しがどうとか考えるのが馬鹿馬鹿しくなってくるな』
今日は遠征部隊も帰ってくるので、少々忙しくなりそうである
遠征部隊には薬研もついているので、遠征中に誰かけが人が出ていても彼なら手当てもできる。まぁ本格的な治療は手入部屋でないと難しいと思うが、薬研も医術の心得はあるし、応急処置ぐらいなら出来るだろう
『まんばくーん、お待たせー!よし、じゃあ今日の予定を確認しよう!』
先ほどまでは現世の世界の服を着ていたが、こちらで活動する時はいつも和服に着替えて仕事をしている
どうやら彼女の血統の審神者が代々着用する由緒ある衣装らしい
確か彼女の母親もかなりの実力を持った審神者であり、彼女は審神者のあれこれを母親から叩き込まれたと聞いた
来葉の霊力の強さは母親譲りらしい
『全く相変わらず元気だな。…それで今日の予定だが…知っての通り今日は遠征部隊が帰ってくる日だ。鍛刀はしっかり続けているから問題はないだろう。進捗は……まぁなかなか来ないもんだな』
刀帳をめくりながら、山姥切は言う
『…あーうん。ある程度資材貯まったらやってはいるんだけどなかなか』
鍛刀に必要な資材もただではないので出陣先やらで拾ってくることもあるのだが、何分難しいものだと
『…主、焦る必要はないんじゃないか。あんたがあいつらに申し訳ないと思っているのは知ってはいるが、あまり根を詰めすぎるのもよくないぞ。』
刀帳を作業机に置き山姥切はそう言った
『…うん。そうだね…ありがとうまんばくん。』
この本丸にはまだ顕現していない男士も多い。来葉がここの審神者になってしばらく経つがやっと部隊の体を成してきたばかりである
まだまだ新人と言えるレベルだが、実力は確かなものだと山姥切も思っている
ただ、運の方は微妙なところな気もするが
『とにかくあまり焦っては来るものも来ないだろう。……写しの俺に言われても説得力はないだろうが…』
『そんなことはないよ!まんばくんにはいつもお世話になってるもの。……こんな主で申し訳ないぐらい……』
苦笑しながら言う来葉の頭を軽く撫でる。
『…あんたはよくやっているさ。』
その言葉だけで、だいぶ救われたような気がした
『主さまー!主さまー!』
こんのすけの声が響く。来葉と山姥切は声のした方へと視線をやった
『どうしたの。こんのすけ』
『はい、時間遡行軍が現れたようです。時代は1331年。鎌倉時代です』
それを聞いた山姥切と来葉は顔を見合せた
『1331年といえば……』
『あぁ。元弘の乱、だな』
山姥切の言葉に来葉は頷いた
元弘の乱(げんこうのらん)は、元弘元年(1331年)に起きた、後醍醐天皇を中心とした勢力による鎌倉幕府倒幕運動である
元弘3年/正慶2年(1333年)に鎌倉幕府が滅亡に至るまでの一連の戦乱を含めることも多い
『奴らの狙いは後醍醐天皇の鎌倉幕府の討幕を阻止することか……』
山姥切の思案顔を横から見つめる来葉
そもそもどうして時間遡行軍は歴史を改変しようとしているのか
彼らの動きのサイクルは未だに不明な点が多く、それもよくわからないレベルである
来葉の血統については、またの機会に話すことになるが来葉の血統は、その家系の代々の者が、審神者の仕事をしている血統である
とある武家の名家の家系でもある。
まぁ来葉の家は大財閥の家なのだが跡取りは兄であるし、母と来葉も本丸は別に持っている
『…よし。第二部隊は今日帰ってくるし……。なら第一部隊の出番だね。今日もよろしく頼むよ、まんばくん』
それを聞いて山姥切は
『……あんたの命令ならやるさ。招集をかけてくれるか』
来葉はOK!と頷いた
そして30分後
『…なるほど、あいわかった。』
その男の出で立ちは平安時代のような衣装を身に纏い、瞳に打除け、刀の波紋に当たるそれを携えた雅な風貌の男だ
『三日月さん。みんなも早いね』
それを聞いたこの場の男たちは顔を見合わせた
『第二部隊はまだ遠征中だし、ここの警護は第三部隊に任せるとしようか』
三日月の横から、黒のスーツ風の衣装を身にまとった、眼帯をつけた黒髪金目の男が言う。燭台切光忠だ
『ありがとう、頼もしいよ。』
来葉は燭台切に微笑みを向けた
『はっはっは。こんなじじいでも宛にしてもらえるのならば、主のためにこの刃を振るおうではないか。ま、給料分は働くさ。なぁ石切丸』
そんな三日月の言葉を聞き、石切丸は
『勿論だとも。部隊の厄を落とせばいいんだね』
と、笑顔を浮かべた
『じゃあ堀川くん。みんなのサポートはお願いね!』
先ほどまでジャージ姿で畑仕事をしていた堀川もきっちりと戦装束に着替えて来葉の作業部屋にいる。
実は堀川も山姥切と同じ刀派な生まれであり、練度の高い来葉が初鍛冶で顕現した古株でもある
『はいはーい!お手伝いなら任せて!』
人のいい笑顔で堀川は頷いた。
『巴さんもいつもありがとう。頼りにしてるよ?』
巴と呼ばれた巴形薙刀はうなずく
『奴らを殲滅するために顕現したのだ。大いに期待してくれてかまわないさ』
第一部隊は、薙刀、打刀、脇差、太刀2名と大太刀からなる部隊だ。
『これより鎌倉時代に現れる時間遡行軍の殲滅の任務を与えます。見つけ次第、時間朔行軍を一掃。滞りなく歴史が進むように采配を振るってね。よろしくね。隊長、山姥切国広くん』
来葉は山姥切に振り返る
『…わかった。これも仕事だからな。………第一部隊、出陣する!!』
第一部隊が鎌倉時代に飛んで数時間後のことだ
『おっ。遠征部隊が帰って来たみたいだね』
畑仕事をしていた鯰尾が手を止めて門の方へと視線を向けた
執務室で仕事をこなしていた来葉の元に留守番組の加州が顔を出した
『主ー。遠征部隊が帰ってきたみたいだね。』
『おっ。加州くん報告ありがとうー。よし、ならお迎えしますかね』
書いていた書類の手を一度止めて、来葉は立ち上がり、袴の裾を直して、本丸の玄関まで足を運ぼうとするが
『あっ。待って主。』
引き留められた来葉は不思議そうに振り返る
『髪留め曲がってるよ。直すからちょっと貸して』
『ふえっ!?き、気付かなかった』
そんな主に苦笑しながら加州は来葉のその髪留めを直してやる
『よし、直った。じゃ、行こっか』
加州の案内で、来葉は改めて玄関まで向かっていく
そこで1番に目についたのは銀髪だった
『戻った』
来葉と加州に気付いた銀髪の少年、骨喰藤四郎はいった
『おかえり、ばみくーん!みんなどこもケガしてない!?』
ぺたぺたとあちこちさわる主の来葉に特に何か言うでもなく、ただされるがままの骨喰である。
『全く本当に主は心配性だよねぇ。まぁ男士冥利につきるってやつ?』
加州の言葉に首をかしげる来葉。
『ははは、加州、それはここにいる男士たち全員が思ってんだろ。……あと大将触りすぎだって。骨喰にいが戸惑ってるし、それぐらいにしてやんな。』
骨喰の後ろから、低い声が聞こえた
『別に俺は気にしてない』
骨喰が無表情で答えたが少しだけ照れているようにも思えた
『あっ!薬研くん!おかえり!』
薬研と呼ばれた藤色の瞳を携えた少年に視線を向ける
『いつも出迎え悪いな大将。俺たちが留守の間どうだった?これ、遠征先での土産な。』
土産の入った袋を来葉に渡す。中身はどうやら菓子類のようだ
『わっ、いつもありがとう!うん。特に変わったことはなかったよ。……私も今日は、遠征からみんなが帰って来るからお兄ちゃんにお土産貰ったんだ。今、第一部隊が鎌倉時代に出陣してるから帰って来たらみんなでお茶にしよう!』
それを聞いた薬研はふと微笑み
『おっ。いいねぇ。楽しみにしとくよ。…とりあえずその前に先に湯殿借りていいか?結構返り血浴びたからベトベトでな』
『湯殿なら空いてるよ。すぐにでも入れる』
来葉は遠征部隊のために、先にいつも風呂の準備をしている
遠征部隊はそれが何よりの楽しみなのだ
『いつも助かるよ。ほーら全員風呂いくぞー』
薬研は骨喰以外の遠征部隊の他の者たちに声をかけた
その様子をすぐ近くから見守っている存在が二人
『……ねぇねぇ、薬研と主さんいい雰囲気じゃない?』
留守番組の乱藤四郎が横にいたもう1人に声をかけた
『…あー。薬研と主か?』
すぐ横にいたのは鶴丸国永である。つい最近顕現したばかりの刀剣男士だ。今回は留守組で来葉の身辺警護を任されている
『…でもなー……絶対、主さんは燭台切にお熱ような気も…』
『……さて、どうだかな。どちらにしろこいつは……』
乱と鶴丸は顔を見合せる
『修羅場の予感だねぇ』
『お前たち…こんなところで主命を果たさずにサボりとはいい度胸だな』
背後からドスの聞いた声が聞こえた
『長谷部か……見つかっちまったな』
へし切長谷部は、この本丸の社畜でもある。主命を第一とし、主に仇なすものにはかなり厳しい。ここの本丸では親しみをこめて委員長と呼んでもらってかまわない
これは長い説教が始まる前に逃げるに限るなと鶴丸と乱は思った
『あっ。いい忘れてたね』
来葉は遠征部隊の皆に振り返る
『お疲れ様。それと、おかえりなさい!』
まるで花の綻ぶかのような来葉の笑顔に遠征部隊の男士たちは疲れなど吹っ飛ぶ勢いだったという
『…その言葉のために俺たちは頑張ってるんだなといつも思うよ。……ただいま、たいしょ』
薬研は来葉の頭をぽんぽんと撫でた
『薬研くんに撫でられると何だか安心するなー。面倒見がいいからかな?』
『ん?まぁ兄弟も多いからな。面倒見はいいかもしれん。』
藤四郎の名前を持っている男士たちは、同じ刀派の粟田口の生まれである。
藤四郎とつくのは短刀が多いので、藤四郎とつく男士たちは皆家族なのだと
『お兄ちゃんに撫でてもらうのもいいんだけど、薬研くんに撫でてもらうとまたなんか違った感覚なんだよね』
『くく、まぁ主にご無礼は働けないからな。でもお褒めに頂き光栄だよ、大将。聞かせたい話がたくさんあると兄弟たちも言ってたんでな。聞いてやってくれ』
それを聞いて来葉は
『うん。もちろんだよ。その話もこの本丸での楽しみの1つだから』
『そのあと俺の話も聞いてもらうかな。』
薬研の珍しい申し出に、来葉も頷いた
『うん。主として報告も聞かなきゃだからね』
『頼むぜ。たーいしょ』
そう言って、本丸の中に雑談をしながら入っていく
来葉にとって、ここに帰って来た男士たちを労うこと。
それが何より安心する瞬間なのである
これはとある桜の審神者ととある短刀だった男のそこまでに至るお話である