とある探偵社員が遭遇した案件


ここは閑静な路地裏。人の目を盗むのには絶好の隠れ場所である

聞いたのは月に一度ぐらい、この路地裏の倉庫街にて怪しい奴らを目撃するという同僚の先輩に聞いたことぐらいだ。こういった話の場合、恐らく裏取引の現場がほとんどである

そしてその情報の通り、これもまた同僚の先輩の頭脳で時間、場所まで特定できたので、私はそこまで足を運んだ。一応念のために、完全装備で特攻かけましょうか?と提案してみたが、わたしを拾った先輩にはこう返された

『逆にその制服の方が相手を油断させることができると思うよ。ただの裏路地に迷い混んだ女子高生を装って、相手に近寄って標的捕縛すればお仕事完了だよ』

なるほど私は生け贄か。と不満顕にその先輩、太宰治を睨み付けると『おぉ怖い』と両手を上げて降参のポーズをとった

そんな太宰は、彼の相方の国木田さんに蹴られていた。

『お気遣いなく。5分で終わらせてきますので』

そう言い残して私、鷺沢萠(さぎさわめぐむ)は武装探偵社を後にした

そして私は裏取引があるという倉庫街へ通じる道を制服姿で通学鞄を肩に引っ掛け歩いていた

辺りには何もない。当たり前である。ここはすでに打ち捨てられた倉庫街へと通ずる狭い道

あれ。この場所ってポート・マフィアが縄張りとしている場所では?と首を傾げ、萠は、視線の先を港側へと向けた

萠の視界には、はっきりとポート・マフィアの本拠地のビル。

萠の鞄にはピッタリ入るサイズの双眼鏡があるがそれを使えばあっという間に眉間を撃ち抜かれそうではある

あのポートマフィアがこの取引に気付いてないはずがないからだ。

もしかしたら標的の出方を伺っている可能性もある。

時間は夜の22:00前

もうすぐ取引が始まる時間だ

通学鞄の中には筆記用具、何冊かのノートに

国木田さんから護身用に渡された一枚の紙片を忍ばせている

国木田さんが『異能持ちとはいえ、その格好で敵の懐に飛び込むのだから、念のためだ』と言われて持たされたものだ

こんな時間帯に女子高生ひとりでこんな場所にいたとして、普通に補導されそうではある。

『…本当にみんな心配性だよねぇ』

言ってる間に、その取引現場にたどりついた

辺りに人影はないが、絶妙な位置に陣取り、ポート・マフィアの者達と思わしき人間が何人かいる

それ以外にも明らかに怪しい黒塗りの車が2台見えた。

出きるだけ気配を殺して車の向こう側にある古びた倉庫に歩みをよせた。僅かに空いた隙間から漏れでる光は明らかに人工的な光

中のライトだろうが、それに視線を向け、気取られないようにその扉に背中を預けると中から話し声が聞こえた。そう。萠にはあまりにも聞き覚えのありすぎる声だった

『手前ェ(テメェ)ら、誰に断ってこの場所を取引場所にした?この場所が俺らの縄張りって知ってたとして……そういうことでいいのか?』

なるほど、太宰さんが行くの嫌がった理由これか。

萠は、気配を消したまま頭をガシガシと掻いた。

よく見れば、彼の側にはマフィアでもかなり古参の広津さんもいるではないか

あの人は話の分かる人なので割と困った時に広津さんにはよく相談に乗ってもらっている。

と、なると最早私が出る幕はなさそうだと踵を返し帰ろうとした時だった

あ、でも社長から捕縛命令出されてたんだった。

そう思うと同時に萠は足を止める。目の前に影があったからだ。

それは赤黒い色を帯びた影だ。私の影からそれは私の眉間ど真ん中を囚えていた。

少しでも動けば、脳髄を貫かれるだろうなと思い、鞄のショルダーを握りしめる

『……誰かと思えば、武装探偵社の狗か。』

その声はこの静かな港によく響いた

『……芥川さん』

【芥川龍之介】 

ポート・マフィアの現在の最年少の幹部だ。

私を捕らえているその赤を纏った影は、彼の異能力【羅生門】の能力である

着ている黒外套から発せられる影は縦横無尽に宙を駆け抜け、変幻自在の攻撃を発動することができる殺傷能力の高い異能力と聞いている

太宰さんが言うには、彼の能力は戦場を共にする存在がいてこそ光るという。

確か、何度かうちの敦くんと相対しては、協力して敵の驚異を振り払ってきた。当の敦くんと芥川さんは太宰さんと中也兄と同じような関係でもある

微笑ましい限りだ

『…芥川さんがいるってことは当然……』 

言うが早いか次は萠の後ろから銃の安全装置を外す音が聞こえた

『…やはりバレましたか。流石はアルバイトとはいえ、武装探偵社の異能力者』

響いたのは女性の声だ。振り向かずとも分かる

『樋口さん、それ危ないから下げてもらえますか?』

萠は両手を軽く上げて、口にした

萠に銃を突きつけているのは【樋口一葉】

ポート・マフィアの構成員の女性で、目の前の芥川龍之介の部下だ

抵抗の意志はないと伝わったのか、芥川も樋口も武器を降ろした

『…太宰さんか。』

芥川はこの偵察任務を彼女に申し付けた張本人の名前を上げた

『この場所を特定したのは乱歩さんですよ。……マフィアの幹部が3人自ら出てくるとは、割と案件ですよね。広津さんまでいるなんて、これは何処かに銀ちゃんと立原くんもいるっぽいな』

悔しいが最もである。

『…流石だな。久しぶりじゃねぇか。えーっと。鷺沢、だっけ?』

スッと影から出てきたのは男性だ。彼は【立原道造】

ポート・マフィア傘下の武闘派組織『黒蜥蜴』の十人長。

茶髪と鼻の頭に貼った絆創膏が特徴の青年である

ちゃらついた外見と粗野な口調で好戦的な性格ではあるがたまに無謀な行動をする樋口さんを心配する仲間思いの一面もある。

戦闘時は二丁の拳銃を用いての正確な早撃ちを得意とする。

その横には口元を隠すマスクと鋭い眼光を持ち、長い黒髪を上に束ねた女性の銀である

『最近、色々な場所で名前を聞く神聖帝國騎士団が絡んでいると聞いて、うちのボスと美月が手を回したんです』

基本的に喋らない銀が珍しく説明してくれた。

結構シャイなところがあり、仲間の前でもあまり喋らない娘なのだ

その声は見た目に反して割と可愛らしいのが特徴的で素顔もまた可愛いと知っているのはここにいる兄である芥川さんと同僚の樋口さん、当事者であった敦くん、私、花袋さんに国木田さんかと思う。割といたが。

田山花袋(たやまかたい)

彼は武装探偵社のハッカーでもある。極度の引きこもり症ではあるが。

その花袋さんが一目惚れした女性がこの銀ちゃんだった。まぁ結果は聞かないで頂こう


そして名前の上がった美月は、ポート・マフィアに私と同じく拾われた女の子だ。

私はアルバイト先が元々武装探偵社ではあったのだが。

フルネームは【彩坂美月】という。

勿論偽名だが

ポート・マフィアの中原中也さんと、太宰さんがまだポート・マフィアに身を置いていた時に拾って、尾崎紅葉さんに助けられながらも育てられたらしく

正直、あの二人が育児とか出来るのかどうかというのは置いておいて、年齢は私と同じくらいの利発な女の子だ。

氷色の髪が印象的で、その姿は何処から見ても美しいの一言に尽きる

事務仕事も出来るし、殺しの腕も確かだ

彼女とはうちの社長とポート・マフィアの首領の森さんが共喰いの呪いをかけられ、どちらかを殺せばどちらかが助かるというその時に、一度だけ相対したことがある。    

お互いに異能持ちでもあるし、探偵社とポート・マフィアという立場上、戦闘も已む無しだったのだが

彼女は異能とはまた別に生来から持っていた力には何度も探偵社のみんなも助けられてきた。

彼女が持っていたのは、うちの探偵社の専属医、与謝野晶子女医と同じ治療の能力。

異能の方は、その能力とはまた別に彼女が覚醒させた異能力ではあるが

『…神聖帝國騎士団…ファンタジーゲームかよ。って感じの名前ですよね。そういえば、この前うちに中原さんが訪ねて来たときも、敦くんと一緒に話してたな』

マフィア側も探偵社側も組織の命運が掛かるのならば協力はするし、何よりポート・マフィアの森さんとうちの社長から【探偵社とポート・マフィアで争うな】と強く言われている。

共喰いの呪いのときも、森さんも社長もお互いに病床に伏していたままでは両組織は際限なく血を流すことになるので、結局二人が決着をつけることでこの共喰いを終わらせようとするレベルにはふたりとも頭がいかれている

とはいえ、それくらいでないと組織の頭なんて張れるわけないのだけれども

『それにしても、この取引中の場所に女子高生ひとりで乗り込んでくるとか武装探偵社は最近流行りのブラック企業ですか?』

呆れ気味の樋口さんに芥川さんが口を開いた

『女子高生だろうか女であろうが、探偵社員ならばあの福沢殿の元に身を置くならばこんなのは日常茶飯事だ。莫迦者。』

なかなか手厳しい言葉であった 

『まぁそんなとこですね。それにしてもどうして帝國の連中との取引に応じたんです?』

あの森さんの考えることだ。

この横浜に堂々と混沌を齎そうとしている莫迦な連中がこの横浜を守る組織の【武装探偵社】と【ポート・マフィア】を仲間に取り込もうとしている

両組織とも、異能力を持つ集団だ。

仲間に取り込めれば敵なしといったところであろうが、他にもフランシスさんが束ねる組合(ギルド)の異能力集団もいる。

もしくは与謝野先生か彩坂さんの治癒能力を欲しているのか

まぁ組合の方は今はもう機能はしていないが、フランシスさんも諦めの悪い人間なので、諦めずにフランシスさんを探したルイーザちゃんに喝を入れられ、虎視眈々と組合復活の算段をねっているところまで復活したと思うところでだ

『語らずとも貴様の頭脳なら理解しているだろう?』

芥川さんにまたもや悪態をつかれつつ、やっぱりか、と苦笑した

『貴女の見解通りですよ萠。生意気にもうちと同盟しないかというクソみたいな内容です』

樋口さんだ。この場に首領である森さんがいないということは、ハナから交渉などするつもりはないということであろう。

しかしこちらは奴らの捕縛命令が社長から降っているわけで……

『んで?そっちは標的の捕縛か?』

立原くんに見事に言い当てられた。たまに彼は誰よりも先に突っ込んでくる

『……流石立原くん。そんなとこです』

『だと思ったぜ。いかにも探偵社って感じの命令だ。』

当たり前である。マフィアと違って、うちは絶対に殺しはしないのである

『…とはいっても、【もしも】の場合は首領からは証拠隠滅に抹殺命令が出てたりするので困りましたね』

おっと、これは一戦かますことなるか…?

いや無理。ただでさえ中也兄、広津さん、芥川さんと最強クラスの幹部+黒蜥蜴、樋口さん相手とかこっちが死ぬわ

『話し合いでなんとかなりませんかね?』

そんな私の儚い願いは次の瞬間打ち砕かれた 

『其処いるんだろ探偵社の糞餓鬼!!ちょっと手ェ貸せ!!』

倉庫の方から苛立った中也兄の声がした

『どうやら交渉は決裂したようだな。』

芥川さんがすぐに臨戦態勢に入れば、樋口さんも銃の方に弾丸を仕込み始めた。いや最初から弾丸入ってなかったのかよ。

そしてすぐ横を見れば銀ちゃんはナイフを構えて、立原くんは愛用している銃を腰から抜いていた

中の広津さんは、やれやれ、という風にため息をついていたのが視界の端に見て取れた

『誰が糞餓鬼だ年頃の女子高生にそんなこと言うの中也兄くらいだぞ!!!』

負けじとツッコミをいれるのが私の仕事であった。このノリでいつも太宰さんにも制裁を下していることもあるが

『ケッ!口ばっか達者なのは相変わらずだなァ?久しぶりだなメグ!!元気そうで何より』

そういうとこだよそのカリスマ性だよ中也兄!!

『なっ、武装探偵社だと!!?ポート・マフィアとは深い繋がりがあるとは知ってはいたが!』

動揺を見せた見せ掛けだけの人間がうちらに勝てるわけねぇだろ

『仲良くねぇよ首領の命令だから従ってるだけだっつの!!』

『激しく同意。こっちも社長の命令じゃなかったら態々(わざわざ)力なんて貸しませんよ』

鞄の中の国木田さんに貰った紙切れは形態を変えて、小型の銃になった。うわマジモンだこれ

『そろそろいいかね?』

横から聞こえた広津さんの声に私と中也兄は相手に向き直った

見て見れば、広津さんもすでに臨戦態勢である

『何だかんだでそちらの社員も貴女に関しては過保護なんですね……』

私の手の中にある銃を見つめて樋口さんが言った  


◆◇◆◇


『…未来のライさんから手紙って』

この案件が起きる数日前、探偵社であったことである

『信じられるかい?』

放課後にいつも通りに私は探偵社にアルバイトへと向かった時、太宰さんに聴いた話だ

『可能性としては、信憑性はあるかと……実際探偵社とポート・マフィアの端末には毎日のように異世界の情報が流れて来てるし』

『私も半信半疑だったよ。ただ、前例がない訳ではないんだ。未来予知の異能は確かに存在するし、それで犠牲になった人間はいる』

一瞬だけ太宰さんの瞳に影が伸びた

決して触れてはいけない傷。

影はすぐに消えたが

『……そう、でしたね。すみません』

『えー?何でめぐちゃんが謝るの?』

いつもの調子で太宰さんは笑っていた

◆◇◆◇◆

『…あぁ…苛々する…』

地を這うような声が聞いて取れた

隣りにいる萠である

何となく中也は彼女の考えることが分かってしまった。

何故かはわからないが、彼女とは妙に波長が合う。

美月の方は優秀な自身の手足であるから、使い斃すのは当たり前だし美月も仕事人なので与えられた任務は忠実に熟す。

しかし彼女、鷺沢萠は違った。

ただ人虎である敦を捕まえる工程で出会っただけの探偵社の異能持ちのアルバイト社員。

中也の中ではそれしかなかった。

芥川がポート・マフィアの禍狗ならば、萠は探偵社の狂犬といったところである

『こっちは平穏無事で暮らして、それなりに御給料貰えて細やかな幸せを噛み締めたいだけなのに、何で邪魔するのかね!?』

自分たちが異能持ちである以上は、避けては通れない道だと思う。

だからこそ理解ある仲間や同僚の元へと身を寄せている。

ポート・マフィアの面々は首領・森鴎外の忠実なる部下として

武装探偵社は人々を救うため。

しかし武装探偵社もポート・マフィアも共通の思いがある

【全ての行動はこの横浜(場所)を愛しているから】

この2組織が共通する思いである

だからこそこの横浜を蹂躙しようとする不届者は放ってはおけないし、お互いの組織が困っている時には、避難できる場所を作っている

『ならばこちらも力ずくで………』

敵が言うが早いか、先に行動に起こしたのはやはり彼だった

『舐めた口ききやがって……おいメグ!!半分でいいか!!』

中也の重力操作の能力で相手が死ぬか否かでのコントロールで貼り付けにされた男を見やる

『………小物っぽいので大した話聞けれなさそうですけど、一応、私刑(リンチ)レベルでお願いします』

そう進言すると、幹部たちは顔を見合わせた

『僕(やつがれ)は加減等出来ぬ故。マフィアと太宰さんに仇為す輩の首級を撥ねてしまっても文句は言うな』

『あー。事故レベルでなら仕方無いので諦めます。半殺しにしても与謝野先生に治して貰って治療+太宰さんの尋問技術で吐かせるしな』

とはいえ、芥川さんも敦くんと6ヶ月人は殺すな、と約束をしているらしいので、大丈夫だと信じてはいる

そして、太宰さんの尋問で口を割らなかった者は今まで何人たりともいない。

『聞いただけで怖ろしいですね其れ』

樋口さんである

『あの太宰の糞野郎は気に食わねぇが、彼奴(アイツ)の尋問技術は俺もよく知ってるからなァ。』

太宰さんと組んでいた中也兄もこうは言いつつも、何だかんだで太宰さんのことは宛にはしている。

あの人は、化物だ。仮に本人にそういえば『私は化物でもなんでもないよ。ただの人間さ』と返されるのがオチではあるだろうけども

化物といえば、太宰さんと同じレベルの頭脳の持ち主のフョードル・ドストエフスキーがいるが、今は目の前の包囲網を突破して敵を捕縛する方が先である。

と、言うのもこのタイミングで奴らに干渉されるとあらゆる策謀が覆される可能性だってある

ドストエフスキーはそういう男だ

あの太宰さんと同じレベルの頭がもう1人いるとか考えるだけで吐き気がする

なかなか潜れない情報網をどうにかこうにか、乱歩さんやライさんの頭も借りてやっと漕ぎ着けた神聖帝國騎士団を噛み砕く爪を届かせる足掛かり。

ここで逃す訳にはいかなかった

『そういえば今日、彩坂さんいないんすね。』

ふと気になったことを私は聴いた

『出張』

中也はそう返した

『別件で外してンだよな。』

2丁拳銃で立原くんは敵の腱という腱を確実に射抜いていく

『今回の神聖帝國騎士団の件で一番食い付いていたの彼女でしたもんね』

樋口さんはそのスタイリッシュなスーツ姿からは考えられないほどの身のこなしで敵の鳩尾を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた勢いで周りの雑魚をも巻き込み、木箱やらドラム缶やらを吹き飛ばしながら複数の敵を戦闘不能にした

銀ちゃんも自身の刀で敵の鳩尾を潰していく

『…殺すより難しい』

そういえば鏡花ちゃんも同じことを云っていた記憶があった

鏡花ちゃんは元々はポートマフィアにいた。同じく虎の異能を持つ敦くんを生け捕りにするために今はここにはいないが梶井基次郎さんと一緒に電車ジャックしていたのだ

その梶井さんは与謝野先生に瀕死にされた挙げ句、治療された

彼はマッドサイエンティスト風な風貌だが、異能力は【檸檬爆弾-レモネード-】という爆破系能力持ちのポートマフィアの中也兄の部下だ。

あの男もなかなかに曲者ではあったが、探偵社の場合、与謝野先生の異能力のおかげで瀕死は無傷という絶対の【法則(ルール)】があるので、首を文字通り飛ばすかしないと絶対に死ねないのである

そういえば、彩坂さんも似たような能力だなとふと敵の鳩尾を革靴で蹴り飛ばしながら思った

ふと、視線を下に向けると男が私のスカートから覗く下着に釘付けになっていたので

『…………何処見てんだこの変態』

足に中也兄の重力操作の能力を付加された私の蹴りは、普段の軽いフットワークを更に増加させ、蹴りの一撃は普段より更に重いくらいの威力には強化されていた

例えるなら、石で直接殴った感覚ってこんな感じかな、である

『…中也兄、これやりすぎじゃね?』

壁にめり込んだ男たちを見やりながら私は溜息をついた

『知るか』

面白くなさそうに言った協力者にあざっすと軽く御礼を言ったら短いが返事が返ってきた

(あぶねー。オレも気が逸れそうになったわ)

などと年頃の彼、立原道造は思った

『…立原、鼻の下伸びてる』

銀の容赦ない突っ込みに立原はハッと我に返った

そんな愉快な凡そマフィアとは思えない協力者のおかげで、萠は無事に標的を生け捕りにすることが出来たのであった


◇◆◇◆◇◆

-武装探偵社事務所-

『何!!?ポートマフィアと鉢合わせただと!!?』

今回の件の事務処理をしていた国木田独歩は報告に来た萠の発言に動揺を顕にした

『おやおや。まさか乱歩さんが突き止めた取引場所がマフィアの縄張りの倉庫街だったとは……大変だったね萠』 

話を聞いていた与謝野晶子は苦笑する

『…大変、ってほどの物じゃ無かったです。寧ろ助かりました。1人じゃあの数ぶっ飛ばすことも生け捕りにすることも出来なかったので』

ポートマフィアと武装探偵社はこういった有事のときは協力関係でもあるし、今回の神聖帝國騎士団の件に関しても、彼らの協力なしではここまでの大量の情報は得られなかったと、自身の卓上に置かれた分厚い資料を武装探偵社社長・福沢諭吉は丁寧に一つ一つ確認していた

『ご苦労だったな萠。───其れと、この件に関しては太宰、お前も同行するように言っていた筈だが。』

自分の卓上に埋もれていた太宰は社長の指摘に面倒くさそうに顔を上げた

『だって、中也と遭いたくなかったんだもーーん。』

そんな太宰に敦も苦笑しながら会話を聞いていた

太宰はそういう男である。

彼は有り余る頭脳の持ち主故、ポートマフィアにいた頃の伝手等も使い、作戦立案も担当していたりする。

太宰の能力は戦闘向きではないので、彼の先の先まで読む作戦には何度も助けられている

使えるものは使い、ありとあらゆる手を尽くし、探偵社を勝利へと導く頭脳だ

『あの倉庫街は、基本的にポートマフィアが裏取引に使う船が発着する場所。とっくに打ち捨てられた港だけど、マフィアはそれを買い取って裏取引をしていたから、今回彼等と鉢合わせた神聖帝國騎士団は不運』

鏡花の淡々とした受け答えに、なるほど、と萠は思った 

『乱歩さん、ひょっとしてあそこがポートマフィアの縄張りって知ってたんですか……?』

何時ものように駄菓子とラムネを嗜んでいる乱歩は『まぁね』と普通に答えた

『でも前もって、彼らには萠が来るから力を貸してあげてって言ってたから問題ないかな〜って』

『そうですか』

最早いつもの調子の探偵社の重鎮たちに敦も諦め半分だ

『其れは兎も角、生け捕りにした男の尋問は太宰の仕事だったな。全く貴様と言うやつは!!』

国木田が太宰を叱り付けるのも何時ものことである

『五月蝿いなぁ国木田君は〜。分かってます〜。ちゃんとやりました〜。まず、めぐちゃんの予想通り、下っ端だったから大した情報は得られなかった』

ブラインドから覗く横浜の街並みを見ながら太宰は言った

やっぱりな、と萠も溜息だ

『…じゃあ、外れ?ってことですか?』

全員分の珈琲と紅茶、茶菓子を谷崎ナオミが配る横で、谷崎潤一郎が首を傾げた

『其れがそうでもないんだよねぇ。彼から聴いた今回の件の依頼人は美しい顔をして、風貌が余りにも人間離れした超常的能力を持っている男だったらしい』

ナオミに『有難うナオミちゃん』と御礼を言いながら珈琲を太宰は受け取った

『……異能力者と言う事か?』

眼鏡を上げる国木田に、少し違うかなと珈琲を太宰は一口口にした

『強いて言うなら、何かしらの異能力には間違いないけど、使ってる力は私達とは少し違うみたいだ。詳しく説明すると、マフィアに美月ちゃんが居るだろう?雰囲気は彼女に近いらしい』

自分たちのような異能力者は、自らの能力で戦うタイプだが、今回遭遇した者たちの雇主は【とある男と契約をしてこの力を手に入れた】と聞いたらしい 

『…契約だと?』

これに興味を示したのは資料を見ていた社長だった

『えぇ。どうやら【彼等】は自身の能力に適合する人材を見つけて力を授ける種族の様です。』

『何だか御伽噺みたいな話だねェ。』

与謝野の一言は言い得て妙だと思う

『そんな人達がどうして悪者さん達に力を授けているんでしょうか』

麦わら帽子をつけた敦と同い年くらいの金髪金眼の少年、宮沢賢治は首を傾げる

『詳細は分からないが、此処最近の異常と無関係では無さそうだ』

『異世界からの流浪人ですね』

太宰と敦である

依頼してきた男の名前は【ノネット・マリオン】とのことである

『生け捕りにした男は、軍警に引き渡す途中の車中でそのノネット・マリオンの能力らしき力で首を絞めて絶命したけど。』

『……そんな……』

目を見開いた敦は何とも言えない表情であった

『此の件からして、敵は狡猾さと非情さも持ち合わせている。似たような組織だとポートマフィアだけど、彼等は寧ろ被害者側だ。其のノネットという男のせいであちら側も間接的に嫌がらせを受けているらしい。ポートマフィアの傘下の支援者が主な被害者だ。森さんが揉み消している様だけど、この件は何れにせよ異能特務課にも知れ渡っているだろうねぇ』

【内務省異能特務課】

異能力という公にしづらい現象を特権的に扱い、自身らも特権的に異能を駆使することを許された表向きは存在しないことになっている内務省直属の異能秘密組織。

その性質上、異能者も多く所属し、国内最強の対異能者制圧部隊「闇瓦」などを有する。

主な業務内容は異能犯罪組織への取り締まり・潜入や異能力の統括、さらには特異点や異能力の研究など、日本国内における異能力に関する仕事ほぼ全てを担当している

また、危険異能者や要注意異能者のリストを作り、エージェントらが監視している。しかし、あくまで「監視」ばかりで自ら裁くことがほとんど無いため《ウォッチャー》と揶揄されることもある

また、異能者に対する一律の規範に基づかない判決を主張したり、超法規的な特赦を与える権限を持つことから司法省司法機関局とは犬猿の仲だ

対する神聖帝國騎士団側は直接狙うことはせず、堀から崩して行こうという魂胆であろう

ライの言っていた通りだ。

異能力が絡んでいるとなると、異能特務課も動いているはずなのである

『先ずは、特務課の安吾に接触を図って情報を貰えたらと思案しています。どうでしょうか社長』

一通り話を聞いていた福沢に視線を太宰は向けた

『いいだろう。探偵社の総力を以ってこの件に当たれ。必要ならばポートマフィア、並びにライにも接触を謀るように。此の件に関しての調査時は出来るだけ複数人で固まって動くべきだと私は思っている。』

『了解!』

声を揃えて返事をすれば、社長は一つ頷き、資料に再び目線を落とした。

『太宰は特務課に接触を。敦と鏡花は俺と一緒に行方不明者のリストアップだ。俺1人では手が足りん。谷崎、賢治は周辺の巡回を。乱歩さんと与謝野女医はいつも通り後方支援をお願いします。後、鷺沢、帰ってきたばかりで悪いがお前も太宰と一緒に特務課に頼む。手土産は……精の付く物でも茶菓子でもいいだろう。……この阿呆に勝手にフラフラされても迷惑なのでな』

国木田の的確な指示に萠は椅子から立ち上がる

『いつも通り差し入れで恩を売りに行くのと太宰さんの護衛ッスね。楽でいいわ。暫く宜しくお願いします太宰さん』

『此方こそ。めぐちゃんがいると助かるからね。後、国木田君、私には相変わらず厳しいよね。』

まぁ私がいなくても、太宰さんは勝手に安吾さんに接触はするだろうが

わざとらしく不貞腐れる太宰に国木田は

『お前がもう少し真面目に仕事をすれば何も云わんわ阿呆が』

と、いつも通りであった

『皆、気を付けるんだよ?彼方此方で地震が起きてるからね。』

与謝野さんの一言に其々の仕事に早速走る探偵社の面々

『じゃあ行こうか、賢治くん。』

谷崎が賢治に声をかける

『はい!街の皆の顔もみたいですから。』

そう言って、賢治と谷崎は出て行った。

『…お兄さま、大丈夫かしら』

谷崎の妹、ナオミは社長秘書の春野綺羅子と仲間たちを見送る

『ナオミちゃんと私も出来ることをしていきましょうね』

と、春野は微笑んだ

いつも通りの事務所での何気ないこんなやり取りを私は本当に大切だと思っている。

社長がいて

乱歩さんがお気に入りの駄菓子を頬張っている光景も

与謝野先生がいて

ナオミさんが猛烈なアピールで谷崎さんをタジタジにしてるのも

落ち込んだときは賢治くんと話して元気を分けてもらって

国木田さんが自堕落な太宰さんを叱り付け

そんな国木田さんを煙たそうにしている太宰さんにたまに制裁を下してみたり

鏡花ちゃんと敦くんとは、今晩の夕飯の献立どうする?みたいな会話で盛り上がる。

そんな日常を守る為に私は戦うと決めた

社長や与謝野先生、乱歩さんには軍警に勤めている忙しいお兄ちゃんの代わりに小さい頃に遊び相手になって貰ったこともあり、返しても返しきれない恩だってある。

ポートマフィアの皆だって私達探偵社の大切な協力者だ

軍警に勤めているお兄ちゃん元気かな、って電話してみたり

安吾さんにはいつも迷惑を掛けてしまうけど、何だかんだでいつも助けてもらったり

『……安吾さんはまた徹夜で不機嫌そうですよね〜』

『そんな安吾には取って置きを差し入れするとしようか。』

まぁ太宰さんは何時もエナドリなんだけど。

流石にそんな物ばかり飲んでたら体を壊してしまいそうなので、私は何時も特務課に行くときは作り置きしている食事を持っていくのだが

『あ、なら特務課行く前にいつも通り私の家に寄って貰えますか?今朝仕込んで置いた惣菜類詰めちゃうんで』

『いいよ〜。めぐちゃんの料理、特務課の人達大好きみたいだからきっと喜ぶ。特にあの筑前煮は大好評みたいだよ』

『本当ですか?ならまた作りますね』

新作メニューも考えたので、試食して貰いたいという魂胆だけどな。

勿論、探偵社の皆には特別製を差し入れ済みだが

割と手応えあったので今から安吾さんたちの反応が楽しみである
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