第5章
少女の名前はリルハ=フルバスター
青い髪に大きな瞳が特徴の少女である
氷と水の魔導士であり、ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』に所属しているらしい
家族は母と父の二人だけであり、ここに来る以前にあったことが突然すぎて、はっきり思い出せないと言うことだった
『妖精の尻尾……聞いたことないギルドね』
『ほ、本当なんです!私も何がなんだかわからなくて………気付いたらここに………』
リルハが嘘をついていないのはライもジュディスも目を見ればわかった
しかしリルハの説明だけではまだ辻褄が合わずに確証が持てないのである
まず、テルカ・リュミレースには確かにギルドというものは存在している
しかし『妖精の尻尾』というギルドは存在していないのだ
数あるギルドのなかでジュディスもライもそれは把握ぐらいしている
ここでライはある可能性を導きだす。しかしあまりにも突拍子もない考えなので口にはしたくなかった
しかし、現に『それ』は存在しており、ライの知り合いに『その世界』の住人を何人か知っているのである。
実際自分もこうやって、違う世界を行き来しているのだから可能性は否定できなかった
『なぁ、リルハちゃん。君がいた世界ってもしかして………』
ライがそこまで言い終わる前に、また大きな音が響き渡った
地震ではなかった。爆発音だ。
『……!?何今の音………』
『!こんな時に……ファルスさんリルハちゃんを頼む!』
『あ、あぁ。』
ライとジュディスは自身の得物を手に宿屋を飛び出した
『ま、まって!!わたしもっ………あっ!!』
リルハがベッドから飛び降りようとするが激しい揺れとともにその小さな体はベッドからくずおれた
『おいおい、目覚めたばっかだろ?無理はしなさんな』
ファルスがリルハをすんでのところで支えてベッドに座らせる
『……だけど、あの人たちが………』
『あぁ、気にするな。この街の用心棒だ。そう簡単に負けたりしねぇさ』
今の音は確かに爆発音である
もしかしたらまた魔物でも来たのかもしれないとファルスは思うが、何かが違うように見えた
爆発が響いたのち、魔力を確かに感じたのだ
何か嫌な予感がするが、今頼れるのはあの二人しかいない
ノールにいる騎士も無制限ではない
連日の魔物の襲撃で、疲弊したたものもいるし、怪我で動けないものもいる
いくら実力者揃いの騎士団でも人間なのだ。限界も当然ある
まさかいくら魔導士といえど、こんな幼い少女を巻き込む訳にいかなかった
ライたちは爆発音のした方へ走る。どうやら騒ぎはかつて『結界魔導器(シルトブラスティア)』があった場所のようである
今更あそこに何があるとは思えないのだが、間違いはないらしい
『うわぁぁああっ!!助けてくれぇぇっ!!』
木霊したのは明らかに悲鳴だった
ライとジュディスは顔を見合わせ、頷き合って更にスピードをあげる
中心部に行かせまいと魔物たちがライとジュディスに襲いかかる
『街の中まで魔物が!!』
ジュディスは槍を全力で振るいながら魔物たちを凪ぎ払っていく
『 やってくれんじゃねぇか!!』
ライも光速で銃を武具解放し、速攻で魔物を焼き払う
妙に統率が取れた魔物たちの攻撃にライは違和感を覚えるが今は先に入り込んだ魔物を殲滅するのが優先である
これは手加減は無理かもしれない。最初から魔物になど遅れを取るつもりは毛頭ないのだから
『悪ぃが全力でいかせてもらうぜ!!駆け抜けろ閃光の銃刃、アストラル・バースト!!』
ライは、銃弾での連続十連撃ののち、敵の急所に遠慮なく銃で更に乱れうち、双銃に切り替える。そして更にヴァルキュリアへと、バッテリーパックを装着
そして最後はその双銃での空中からの十八発余りの高圧縮された深紅の光を叩き込むという大技で大半は消滅した
『私も行っちゃおうかしら。………行くわよ?我に仇なす者を………冥府へ送りし、朧月の棺!!覇王!籠月槍ぉ!!』
華麗な槍と連続蹴りののち、さらに結界に閉じ込めた魔物たちをオーラを纏った槍で結界ごと貫くという豪快な奥義で周りの魔物たちは跡形もなく吹き飛んだ
『…ジュディス、今のやつら。』
『えぇ。私も同じことを考えていたわ』
『……やっぱりか。』
『妙に統率が取れた魔物たちの動き……これは……』
『あぁ。明らかに意図的に操られ、送り込まれている……』
ならば操っている人物が近くにいるということだ
魔力の発生原因はそれということになる。人間かはたまた魔物なのか、ライたちは魔力の反応がある結界魔導器に急ぐ
『……バウル?どういうこと?』
道中、急に立ち止まったジュディスから聞こえた名前にライも同じように足を止めた
バウルというジュディスたちの仲間の始祖の隷長から何か情報が入ったのか、ジュディスが空を見上げている
『…ジュディス?バウルは何て?』
ライの問いかけにジュディスは珍しく冷や汗をかいていた
『…急にマナの乱れを感じたらしいの。ないはずのものがそこにあるって』
【ないはずのもの】
ライとジュディスは嫌な予感を感じて、足を港方面へと向けた
結界魔導器は港の方にある
ここの結界魔導器は、元々はノール港、トリム港、そして今は海に沈んでしまっている2港の丁度真ん中の結界魔導器で1つの結界を作り出していたのだ。
定期船の受付嬢も安全な場所へと避難しているのか、今はCLOSEの看板が置いてあった
中心に行けば行くほどに被害は広がっている
建物は壊れているところもちらほら見かけた
あちこちに魔物の死骸が転がっていたが時間が立つに連れ霧散していっているのか、淡い光を放っているのがほとんどである
死骸が残らないだけまだ、マシなのかもしれないが。
ライたちは辺りの惨状に眉をしかめつつ、結界魔導器を目指した
しばらく歩いたぐらいに巨大な支柱が見えた。結界魔導器だ。
しかしその周りは異様な気配に包まれていた
ないはずの結界、禍々しいエアルのせいで辺りは汚染されつつあり、結界魔導器に近付くにつれ、範囲はまだ小さいものの、侵食はどんどん酷くなりつつある。
周りの植物は異常に巨大に育ち、辺りの海水は血の海のように赤く染まっている。
ジュディスとライにはそれに見覚えがあった
今現在、ユーリたちや一部の帝国騎士はエアルが世界に与える影響を知っている
今はマナを動力源にして起動するリタ製の武醒魔導器の試作品でもある物を試着運用しているので、今の時点での辺りへ及ぼす影響を比較的少なくして術技を使用している。
バウルによれば今のところはこのノール港の結界魔導器だけが起動しているようだ。
トリム港の方は結界は張られていないのだが、今の世界の在り方ではそれはあり得ない光景だった
『…どうして結界が!?それにこれは…エステルが連れ去られた時と全く同じ………』
ライがいぶかしげにジュディスを見やる。ジュディスは少し考えたのち、口を開いた。
ライも少しだけあの一件に関わっていたからである
バクティオン神殿で生き埋めになってしまったリョウとレイヴンをシュヴァーン隊に属するルブランたちと助けたことがあったからだ
『前にエステルがアレクセイに連れ去られた時にも、エステルの力を使ってこんな風にザーフィアスが似たような状態になったのは知ってるわよね。』
『あぁ。でも暴走したエアルのせいだろうこれは……魔核は全部タルカロンで精霊に変えたんだよな?もしかして、結界魔導器になにか異常が?』
『わからないわ。あり得ないはずなんだけど……』
『ま、行ってみりゃわかるんじゃないか?』
どれだけ歩いただろう。ようやく結界魔導器が見えた。
ライたちは辺りを警戒しつつ、慎重に進む。中央部、結界魔導器の近くにそれはいた
『なっ!?』
『あれは………』
結界魔導器のすぐ前に、巨大な植物のような魔物がいた
ハエトリグサのような食虫植物を思わせるようなその風貌は、端から見れば気色悪いの一言に限る
更にジュディスは結界魔導器に嵌め込まれた魔核には見覚えがあった
『やっぱりヘルメス式魔導器……。こんなところにあるなんてやっぱりおかしいわ。』
『どうやら、エアルの発生源はあれのようだな。』
ジュディスとライは目の前の魔物に目をやる。どうやらタダでは通してくれそうになかった
『ジュディス。俺が隙を作る。お前はヘルメス式魔導器の破壊を優先しろ』
『わかったわ。バウル!』
ジュディスがそう名前を呼ぶと高い鳴き声ののち、一体の巨大な生物が現れた。バウルといい、ジュディスの相棒であり、親友である。始祖の隷長(エンテレケイア)の一人でずっと昔からこのテルカ・リュミレースを見守ってきた存在である。
大半がユーリたちの尽力で今は精霊へと転生し、ユーリたちに力を貸してくれているのだ。
今はそれぞれイフリート、ウンディーネ、シルフ、ノームと名乗っている
先に仕掛けてきたのは魔物の方だった。インセクトプラントという巨大な植物型の魔物である。
まぁ、ただライたちが知っているインセクトプラントとは段違いの強さとサイズのようであるが
ライとジュディスは敵の無数に伸びる蔦による攻撃を左右に散ってかわして距離を取る
『危ねっ!!次はこっちから行くぜ!!』
炎で焼いてしまえば楽なのだろうがライは生憎と火の思念属性を持ち合わせていなかった
光の思念属性が一番強いのか、主に使う思念術は光である。
次いで闇、水、風と続く。
火が弱点の敵には、もう適当に銃で焼き払っていくという大雑把な戦いかたばかりしているような気がする
こんな時火属性が得意な弟がいてくれたらと毎回思っている
しかし、弟の方もどことも知れない場所で旅をしているので居場所など到底知るよしもない。
余計なことを考えていたせいか、敵に不意をつかれて頬に傷をつけながらライは小さく舌打ちをしたのだった
『めんどくせぇ。一気に決めるか』
『手伝ってやろうか?』
不意に頭に流れた声に『いらん!』と一言罵倒してやった
『打ち上げる、華麗に!炎華、封爆衝!』
ジュディスの炎をまとった一撃にインセクトプラントはひとたまりもないという雄叫びを上げた
『さすがジュディス!』
『貴方とは相性が悪いようだから先に焼かせてもらったわ。まだみたいだけど』
しかしジュディスの一撃にもこの巨大な体躯はまだ残るのか
『ほんっっと植物ってしぶとい』
『そうね。さすがだわ』
早く魔導器を破壊しないとこの町全体がエアルに覆われてしまう。エアルは吸いすぎると人体に悪影響を及ばすものなのだ。
二人としても、長期戦は避けたいところである
『次で決める』
『そうね。早く破壊しないとね』
ライは銃を持ち直し、カートリッジを取り替えつつ策を巡らせる。集中する時にカートリッジの交換はもってこいなのである。
敵の攻撃を交わしていくと、相手の触手の向こうに、コアらしきものが見え隠れしている
どうやらあまりダメージを与えれていないように見えるのは、あのコアが肉体再生をしているようである。
ライは悪戯を思い付いたような笑みを浮かべてその双貌と銃口をインセクトプラントに向けた。
ジュディスは前に駆け出した
インセクトプラントはそれとほぼ同時に、その蔦をジュディスに向けて放つ
『はぁあぁあっ!!』
彼女はその蔦を槍の矛先で切り裂き、焼き払い、重心すべてをかけて相手に強烈な一撃を見舞う
『ギャアァアァアアッ』
甲高い雄叫びとともに、インセクトプラントのコアが剥き出しになった
『今よライ!!』
『いっけぇええっ!!!』
気合いと共に、ライはそのトリガーを思いっきり引く
収束された電磁砲が真っ直ぐ標的目掛けて飛んでいき、そのコアを貫いた。
爆発とともに、ジュディスはインセクトプラントから飛び退きライのもとに戻る
ついでインセクトプラントの断末魔が響き渡り、地響きを立ててしずみやがて無惨して消えていった
『ふぅっ………なんとかなったか。』
ジュディスはすぐさま、結界魔導器にあるコアを思いっきり砕き破壊した
派手な音を立てた後、エアルの暴走は止まった
『…ヘルメス式魔導器…まだあったなんて…』
『でもよ、このヘルメス式魔導器、意図的に嵌め込まれたように見えたぜ。』
ライは砕けた核のあとを手に取ってみた。確かにヘルメス式魔導器のようであるが、あまりにもあっけなく砕けたように見えた
『いったい誰がこんなものを………まさか過去から取ってきたとかないでしょうし…』
『ははは。そりゃ、まぁそうだな。』
ジュディスの言い分に半ば苦笑しながらライはまた核を見やる
『謎は増えるばかり、ってやつか……』
『そうね。やっぱり、ここに長居はしない方がいいかもしれない』
あらかたノールは調べ尽くしてしまったし、ラゴウの屋敷にも情報はなかった。ならばすぐにでもここを立つしかあるまい
『…ダングレストに向かうか。』
『そうね。リルハの素性は後回しにしましょう。』
『みんなに魔物追っ払ったって報告もしなきゃだしな』
ライとジュディスは念のために、核を再起不能にまで砕いて海に流しておく
ライがサンプルを取り、調べてみると言うので、必要な分だけ持ち帰ることにした
こう見えてライはかなりの知識を持ち合わせており、自ら野外に出向いて研究することも少なくはない
父親の影響なのか、自身で細工やアクセサリーを作って商売道具にしているのである。なかなかの評判であり、お世話になっている叔父からは『本当にクリスにそっくりだな』と以前言われたことがある
クリスとはライの父親の相性で本名は『クリストファー=クォーツ』である。昔戦争でライたちの両親は亡くなっている
ので、親戚に当たる叔父叔母夫婦の家で長いこと世話になっている。
一度は孤児院に妹、弟と暮らしていたということもある。
年下の子供たちの面倒をよく見ていたので、ライは面倒見がいいのである
宿屋に帰って、まず目についたのはフロントの椅子にポツンと座って膝を抱えていたリルハであった
『リルハちゃん?どうしたこんなとこで』
『はぅ!?い、いや、あー。ベッドが飽きてきたのでちょっと空気を吸いに……』
なぜかあたふたしているリルハに、ジュディスはにこりと微笑み、『大丈夫よ。』と、その頭を撫でてあげた
するとリルハは安心したのか少し笑みを浮かべた
『心配かけてごめんなさいね。騒ぎは収まったからもう大丈夫よ。』
『ほんとですか?よかった……』
ホッと胸を撫で下ろして息をついたリルハにライも何故か暖かい気持ちになったのだった
━━━イ、
『えっ?』
ふと、窓の外から誰かが呼ぶような声が聞こえた気がした
しかしそれはすぐに掻き消えてしまった。ライはふと自分の頭に手をやる
今のは…………
『…ん、━━━さん?ライさぁーん!!』
『!!』
自分を呼ぶ声に、はっと我に返り、声がした方を見やると訝しげにジュディスとリルハがこちらを見ていた
『あ、ごめん。どうかした?』
『えと………そのぅ………』
リルハが指と指を合わせて上目遣いでなにか言いたそうに目を明後日の方向
にあちこちさ迷わせていた。
ライはリルハが話しやすいように視線を合わせてやる
『……どした?何かあったか?』
しばらくリルハは考えたのち、真っ直ぐライを見据えた
『あの!!私もなにか手伝えることはありませんか!?』
『!?……………それってつまり………』
リルハは不安そうに言葉を続ける
『この場所………は、はじめてだしいく宛もないし………その、ここに来る前は友人がいて、色々とお世話になったんだけど、わたし………魔法なら覚えがあるから少しぐらいなら役に立てるかもしれない。だからお願いします。私を連れてってください!!』
ジュディスとライは顔を見合わせる
確かにジュディスは元々前衛向きだし、ライも剣は出来るが基本、中後衛の方が得意なのである
リルハのように、魔術に覚えがあるなら魔物たちとの戦いがかなり楽になることは間違いないだろう。実際ライ一人で後衛を受け持つのもなかなか大変であるのだ。
願ったりかなったりの申し出だが
『……どうする?ライ?』
ジュディスはあえてライに聞くそぶりを見せた。ライはしばらく考えたあと
『…………、リルハちゃん。外に出たら魔物だらけだし、野盗もいるぞ。怖いんだぞ』
『た、たしかに………魔物と戦ったことはないけど、私が元々いた場所にもそういった野盗みたいなのはたくさんいました。私、みんなに付いて仕事に出たこと何回もあるし、戦うのは初めてじゃないんです。自信はないけど……』
ライとジュディスは再び顔を見合わせて頷き合う
『ま、戦闘経験がないなら留守を任せたけど』
『あら。知らないひとばかりのこの街に滞在するより、見知ったひとが側にいた方が安心だと思うわ』
『…!じゃあ……』
ぱっと顔を輝かせたリルハに、ライはふと微笑み返し
『あぁ。俺たちに力を貸してくれるか?リルハちゃん?』
『うん!頑張る!あ、いえ、頑張ります…………』
言い直したリルハにライとジュディスはクスリと苦笑した
『敬語はいいよ。俺たちはもう仲間、友達なんだからな』
『そうね。私も呼び捨てで呼ばせてもらうわね。よろしく、リルハ』
『…仲間…友達………うん!ありがとう、ライ兄ちゃん、ジュディスお姉ちゃん!』
少女の花のような笑顔にライとジュディスは張り詰めていた空気がぷつんと切れたような気がしたのだった
『よし!ならそうと決まれば早速旅立つ準備だな。出発は明日にして。』
『そうね。私とリルハはちょっと買い物にいってくるわ』
『え?私も?』
首をかしげたリルハにジュディスはまたにこりと微笑んで
『だって、女の子だもの。着替えとか色々必要なものがあると思うわ。ね、リルハ?』
それを聞いて、リルハは少し赤くなったのち、ジュディスの後ろに隠れて小さく頷く。
しまった。ライは苦笑混じりに頭を掻いて
『なら俺は回復アイテムとか食材の準備をしに行くよ。リルハちゃんはジュディスに任せることにするわ。ジュディスがこの世界の通貨持ってるし、金銭面は大丈夫だよな?』
『ええ勿論よ。貴方もついてきてもいいのよ?』
『いや、丁重にお断りします』
ライはそういうと、足早に宿屋を出ていったのだった
いまだ後ろに隠れたままのリルハの頭をジュディスは軽く撫でて『じゃあ行きましょうか?』とリルハに声をかけた
◆◇◆◇◆◇
ここは港町である。食材や薬のような商品はかなりいいものが揃っている
ライは一件ずつ市場を見てまわり、日持ちする物を色々と梯子しつつ必要なものを買い回っていた
『えーと。ライフボトルと、パナシーアボトルに、グミ系統はまだストックあったな。』
買ったものを確認しながら、次は食材を見ていく。魚は現地調達するとしてここは日持ちする缶詰や、長い道のりの合間に摘まみ食いできるドライフルーツみたいなおやつ類も必要である。
リルハはジュディスに任せるとして、そういえば彼女の苦手な食べものを聞くのを忘れてしまった。
まぁそれはジュディスが聞き出しているのかもしれないが後で聞いてみることにする
『旅に必要なものは揃ったかな』
『こんだけありゃ充分だろ』
頭に流れた声にそうだなと頷き相槌を返す
『ジルファ、あのさ。』
『なんだよ。』
『…………。やっぱりいいや』
『意味わかんねーんだけど……』
少し考える素振りを見せたが、すぐに前に向き直りライは地平線に沈み行く夕日を見た。
沈みかけた夕日は濃い朱で、街全体を呑み込んでしまうのではないかというぐらい、辺りは橙色に染まっていた
『綺麗だな。夕日』
『おぉ。こんなに近くに見えるんだな。』
ぼそりと漏らした声は周りの者には聞かれてはいなかったが、ジルファにはしっかり聞かれていたらしい
『いつか見せてやりたいな。あいつにも』
『あれ?もしかして、お前少しセンチ?まぁしばらくあいつら見掛けないもんな。』
『あいつらは、別の場所で頑張ってくれてるよ。今日届いた手紙に書いてあった』
懐から一枚の可愛らしい封筒を取りだし、開いてみる。深い青色をした便箋は彼女のお気に入りである
『……………神聖帝國騎士団……彼奴等まだそんなことやってんのか。』
『あぁやっぱりお前のご同輩?どうやらそうらしい』
『まぁそんなとこ。』
そんな感じでジルファは長い溜息をついた。
『神聖帝國騎士団ね。あと、傷のない剣(オルガブレイド)奴等に加担してるギルドの名前だ。』
実はライは情報源に関してかなりのパイプを持っている。
商人としてあちこち回り、影ながら友好を結んできた賜物だろう。ライはかなりの情報量有している
その情報を求め、何回もそういった輩に狙われたりはしているが基本、信頼できる人間にしか情報は渡してはいないが
ライには優秀な諜報員が仲間にいるのだ
『"傷のない剣"ね。傷のない剣ってのは切れ味がよくて、何でも切り裂いちまう。鋼鉄だろうが大木だろうがな。そんな危ない奴等を味方につけて、なーにしようとしてんのかねぇ……あの男』
『……さぁな。もしかしたら俺等が探してる奴がいるかも知れねぇな。』
ライは再び懐に封筒を忍ばせ、すっかり陽の暮れた街を見つめた
潮騒に乗ってくる風がライの長く、色素の薄いダークブラウンの髪を揺らす
『………。まずはダングレストだ。そこにいるあいつらと合流するぞ』
後ろから自身の名前を呼ぶ新しく守るべき存在になった少女の声に振り返り、微笑み手を軽く振る。
気付いた少女と長い耳の女性はゆっくりとライに歩み寄った。そして一緒に沈む夕日をみる
『すごーい!あんなに近くに太陽が見える!』
『海がすぐそこにあるからな。』
『ほんと。いつ見てもすごい景色ね。』
夕日を見ていると、かなり強い風が3人の髪を煽る
『気持ち~~やっぱり水の音は落ち着くなぁ』
リルハは思わずそう口にした。
『あんましはしゃいでこけるんじゃねぇぞ。』
『こけませーん!』
ライとリルハのそんなやり取りを穏やかな微笑みで見守るジュディスにライは苦笑した
そしてその風は告げる
新たな戦いの幕開けを
微かに集まりつつある光る闇の鼓動に
ライはその拳を握りしめた
青い髪に大きな瞳が特徴の少女である
氷と水の魔導士であり、ギルド『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』に所属しているらしい
家族は母と父の二人だけであり、ここに来る以前にあったことが突然すぎて、はっきり思い出せないと言うことだった
『妖精の尻尾……聞いたことないギルドね』
『ほ、本当なんです!私も何がなんだかわからなくて………気付いたらここに………』
リルハが嘘をついていないのはライもジュディスも目を見ればわかった
しかしリルハの説明だけではまだ辻褄が合わずに確証が持てないのである
まず、テルカ・リュミレースには確かにギルドというものは存在している
しかし『妖精の尻尾』というギルドは存在していないのだ
数あるギルドのなかでジュディスもライもそれは把握ぐらいしている
ここでライはある可能性を導きだす。しかしあまりにも突拍子もない考えなので口にはしたくなかった
しかし、現に『それ』は存在しており、ライの知り合いに『その世界』の住人を何人か知っているのである。
実際自分もこうやって、違う世界を行き来しているのだから可能性は否定できなかった
『なぁ、リルハちゃん。君がいた世界ってもしかして………』
ライがそこまで言い終わる前に、また大きな音が響き渡った
地震ではなかった。爆発音だ。
『……!?何今の音………』
『!こんな時に……ファルスさんリルハちゃんを頼む!』
『あ、あぁ。』
ライとジュディスは自身の得物を手に宿屋を飛び出した
『ま、まって!!わたしもっ………あっ!!』
リルハがベッドから飛び降りようとするが激しい揺れとともにその小さな体はベッドからくずおれた
『おいおい、目覚めたばっかだろ?無理はしなさんな』
ファルスがリルハをすんでのところで支えてベッドに座らせる
『……だけど、あの人たちが………』
『あぁ、気にするな。この街の用心棒だ。そう簡単に負けたりしねぇさ』
今の音は確かに爆発音である
もしかしたらまた魔物でも来たのかもしれないとファルスは思うが、何かが違うように見えた
爆発が響いたのち、魔力を確かに感じたのだ
何か嫌な予感がするが、今頼れるのはあの二人しかいない
ノールにいる騎士も無制限ではない
連日の魔物の襲撃で、疲弊したたものもいるし、怪我で動けないものもいる
いくら実力者揃いの騎士団でも人間なのだ。限界も当然ある
まさかいくら魔導士といえど、こんな幼い少女を巻き込む訳にいかなかった
ライたちは爆発音のした方へ走る。どうやら騒ぎはかつて『結界魔導器(シルトブラスティア)』があった場所のようである
今更あそこに何があるとは思えないのだが、間違いはないらしい
『うわぁぁああっ!!助けてくれぇぇっ!!』
木霊したのは明らかに悲鳴だった
ライとジュディスは顔を見合わせ、頷き合って更にスピードをあげる
中心部に行かせまいと魔物たちがライとジュディスに襲いかかる
『街の中まで魔物が!!』
ジュディスは槍を全力で振るいながら魔物たちを凪ぎ払っていく
『 やってくれんじゃねぇか!!』
ライも光速で銃を武具解放し、速攻で魔物を焼き払う
妙に統率が取れた魔物たちの攻撃にライは違和感を覚えるが今は先に入り込んだ魔物を殲滅するのが優先である
これは手加減は無理かもしれない。最初から魔物になど遅れを取るつもりは毛頭ないのだから
『悪ぃが全力でいかせてもらうぜ!!駆け抜けろ閃光の銃刃、アストラル・バースト!!』
ライは、銃弾での連続十連撃ののち、敵の急所に遠慮なく銃で更に乱れうち、双銃に切り替える。そして更にヴァルキュリアへと、バッテリーパックを装着
そして最後はその双銃での空中からの十八発余りの高圧縮された深紅の光を叩き込むという大技で大半は消滅した
『私も行っちゃおうかしら。………行くわよ?我に仇なす者を………冥府へ送りし、朧月の棺!!覇王!籠月槍ぉ!!』
華麗な槍と連続蹴りののち、さらに結界に閉じ込めた魔物たちをオーラを纏った槍で結界ごと貫くという豪快な奥義で周りの魔物たちは跡形もなく吹き飛んだ
『…ジュディス、今のやつら。』
『えぇ。私も同じことを考えていたわ』
『……やっぱりか。』
『妙に統率が取れた魔物たちの動き……これは……』
『あぁ。明らかに意図的に操られ、送り込まれている……』
ならば操っている人物が近くにいるということだ
魔力の発生原因はそれということになる。人間かはたまた魔物なのか、ライたちは魔力の反応がある結界魔導器に急ぐ
『……バウル?どういうこと?』
道中、急に立ち止まったジュディスから聞こえた名前にライも同じように足を止めた
バウルというジュディスたちの仲間の始祖の隷長から何か情報が入ったのか、ジュディスが空を見上げている
『…ジュディス?バウルは何て?』
ライの問いかけにジュディスは珍しく冷や汗をかいていた
『…急にマナの乱れを感じたらしいの。ないはずのものがそこにあるって』
【ないはずのもの】
ライとジュディスは嫌な予感を感じて、足を港方面へと向けた
結界魔導器は港の方にある
ここの結界魔導器は、元々はノール港、トリム港、そして今は海に沈んでしまっている2港の丁度真ん中の結界魔導器で1つの結界を作り出していたのだ。
定期船の受付嬢も安全な場所へと避難しているのか、今はCLOSEの看板が置いてあった
中心に行けば行くほどに被害は広がっている
建物は壊れているところもちらほら見かけた
あちこちに魔物の死骸が転がっていたが時間が立つに連れ霧散していっているのか、淡い光を放っているのがほとんどである
死骸が残らないだけまだ、マシなのかもしれないが。
ライたちは辺りの惨状に眉をしかめつつ、結界魔導器を目指した
しばらく歩いたぐらいに巨大な支柱が見えた。結界魔導器だ。
しかしその周りは異様な気配に包まれていた
ないはずの結界、禍々しいエアルのせいで辺りは汚染されつつあり、結界魔導器に近付くにつれ、範囲はまだ小さいものの、侵食はどんどん酷くなりつつある。
周りの植物は異常に巨大に育ち、辺りの海水は血の海のように赤く染まっている。
ジュディスとライにはそれに見覚えがあった
今現在、ユーリたちや一部の帝国騎士はエアルが世界に与える影響を知っている
今はマナを動力源にして起動するリタ製の武醒魔導器の試作品でもある物を試着運用しているので、今の時点での辺りへ及ぼす影響を比較的少なくして術技を使用している。
バウルによれば今のところはこのノール港の結界魔導器だけが起動しているようだ。
トリム港の方は結界は張られていないのだが、今の世界の在り方ではそれはあり得ない光景だった
『…どうして結界が!?それにこれは…エステルが連れ去られた時と全く同じ………』
ライがいぶかしげにジュディスを見やる。ジュディスは少し考えたのち、口を開いた。
ライも少しだけあの一件に関わっていたからである
バクティオン神殿で生き埋めになってしまったリョウとレイヴンをシュヴァーン隊に属するルブランたちと助けたことがあったからだ
『前にエステルがアレクセイに連れ去られた時にも、エステルの力を使ってこんな風にザーフィアスが似たような状態になったのは知ってるわよね。』
『あぁ。でも暴走したエアルのせいだろうこれは……魔核は全部タルカロンで精霊に変えたんだよな?もしかして、結界魔導器になにか異常が?』
『わからないわ。あり得ないはずなんだけど……』
『ま、行ってみりゃわかるんじゃないか?』
どれだけ歩いただろう。ようやく結界魔導器が見えた。
ライたちは辺りを警戒しつつ、慎重に進む。中央部、結界魔導器の近くにそれはいた
『なっ!?』
『あれは………』
結界魔導器のすぐ前に、巨大な植物のような魔物がいた
ハエトリグサのような食虫植物を思わせるようなその風貌は、端から見れば気色悪いの一言に限る
更にジュディスは結界魔導器に嵌め込まれた魔核には見覚えがあった
『やっぱりヘルメス式魔導器……。こんなところにあるなんてやっぱりおかしいわ。』
『どうやら、エアルの発生源はあれのようだな。』
ジュディスとライは目の前の魔物に目をやる。どうやらタダでは通してくれそうになかった
『ジュディス。俺が隙を作る。お前はヘルメス式魔導器の破壊を優先しろ』
『わかったわ。バウル!』
ジュディスがそう名前を呼ぶと高い鳴き声ののち、一体の巨大な生物が現れた。バウルといい、ジュディスの相棒であり、親友である。始祖の隷長(エンテレケイア)の一人でずっと昔からこのテルカ・リュミレースを見守ってきた存在である。
大半がユーリたちの尽力で今は精霊へと転生し、ユーリたちに力を貸してくれているのだ。
今はそれぞれイフリート、ウンディーネ、シルフ、ノームと名乗っている
先に仕掛けてきたのは魔物の方だった。インセクトプラントという巨大な植物型の魔物である。
まぁ、ただライたちが知っているインセクトプラントとは段違いの強さとサイズのようであるが
ライとジュディスは敵の無数に伸びる蔦による攻撃を左右に散ってかわして距離を取る
『危ねっ!!次はこっちから行くぜ!!』
炎で焼いてしまえば楽なのだろうがライは生憎と火の思念属性を持ち合わせていなかった
光の思念属性が一番強いのか、主に使う思念術は光である。
次いで闇、水、風と続く。
火が弱点の敵には、もう適当に銃で焼き払っていくという大雑把な戦いかたばかりしているような気がする
こんな時火属性が得意な弟がいてくれたらと毎回思っている
しかし、弟の方もどことも知れない場所で旅をしているので居場所など到底知るよしもない。
余計なことを考えていたせいか、敵に不意をつかれて頬に傷をつけながらライは小さく舌打ちをしたのだった
『めんどくせぇ。一気に決めるか』
『手伝ってやろうか?』
不意に頭に流れた声に『いらん!』と一言罵倒してやった
『打ち上げる、華麗に!炎華、封爆衝!』
ジュディスの炎をまとった一撃にインセクトプラントはひとたまりもないという雄叫びを上げた
『さすがジュディス!』
『貴方とは相性が悪いようだから先に焼かせてもらったわ。まだみたいだけど』
しかしジュディスの一撃にもこの巨大な体躯はまだ残るのか
『ほんっっと植物ってしぶとい』
『そうね。さすがだわ』
早く魔導器を破壊しないとこの町全体がエアルに覆われてしまう。エアルは吸いすぎると人体に悪影響を及ばすものなのだ。
二人としても、長期戦は避けたいところである
『次で決める』
『そうね。早く破壊しないとね』
ライは銃を持ち直し、カートリッジを取り替えつつ策を巡らせる。集中する時にカートリッジの交換はもってこいなのである。
敵の攻撃を交わしていくと、相手の触手の向こうに、コアらしきものが見え隠れしている
どうやらあまりダメージを与えれていないように見えるのは、あのコアが肉体再生をしているようである。
ライは悪戯を思い付いたような笑みを浮かべてその双貌と銃口をインセクトプラントに向けた。
ジュディスは前に駆け出した
インセクトプラントはそれとほぼ同時に、その蔦をジュディスに向けて放つ
『はぁあぁあっ!!』
彼女はその蔦を槍の矛先で切り裂き、焼き払い、重心すべてをかけて相手に強烈な一撃を見舞う
『ギャアァアァアアッ』
甲高い雄叫びとともに、インセクトプラントのコアが剥き出しになった
『今よライ!!』
『いっけぇええっ!!!』
気合いと共に、ライはそのトリガーを思いっきり引く
収束された電磁砲が真っ直ぐ標的目掛けて飛んでいき、そのコアを貫いた。
爆発とともに、ジュディスはインセクトプラントから飛び退きライのもとに戻る
ついでインセクトプラントの断末魔が響き渡り、地響きを立ててしずみやがて無惨して消えていった
『ふぅっ………なんとかなったか。』
ジュディスはすぐさま、結界魔導器にあるコアを思いっきり砕き破壊した
派手な音を立てた後、エアルの暴走は止まった
『…ヘルメス式魔導器…まだあったなんて…』
『でもよ、このヘルメス式魔導器、意図的に嵌め込まれたように見えたぜ。』
ライは砕けた核のあとを手に取ってみた。確かにヘルメス式魔導器のようであるが、あまりにもあっけなく砕けたように見えた
『いったい誰がこんなものを………まさか過去から取ってきたとかないでしょうし…』
『ははは。そりゃ、まぁそうだな。』
ジュディスの言い分に半ば苦笑しながらライはまた核を見やる
『謎は増えるばかり、ってやつか……』
『そうね。やっぱり、ここに長居はしない方がいいかもしれない』
あらかたノールは調べ尽くしてしまったし、ラゴウの屋敷にも情報はなかった。ならばすぐにでもここを立つしかあるまい
『…ダングレストに向かうか。』
『そうね。リルハの素性は後回しにしましょう。』
『みんなに魔物追っ払ったって報告もしなきゃだしな』
ライとジュディスは念のために、核を再起不能にまで砕いて海に流しておく
ライがサンプルを取り、調べてみると言うので、必要な分だけ持ち帰ることにした
こう見えてライはかなりの知識を持ち合わせており、自ら野外に出向いて研究することも少なくはない
父親の影響なのか、自身で細工やアクセサリーを作って商売道具にしているのである。なかなかの評判であり、お世話になっている叔父からは『本当にクリスにそっくりだな』と以前言われたことがある
クリスとはライの父親の相性で本名は『クリストファー=クォーツ』である。昔戦争でライたちの両親は亡くなっている
ので、親戚に当たる叔父叔母夫婦の家で長いこと世話になっている。
一度は孤児院に妹、弟と暮らしていたということもある。
年下の子供たちの面倒をよく見ていたので、ライは面倒見がいいのである
宿屋に帰って、まず目についたのはフロントの椅子にポツンと座って膝を抱えていたリルハであった
『リルハちゃん?どうしたこんなとこで』
『はぅ!?い、いや、あー。ベッドが飽きてきたのでちょっと空気を吸いに……』
なぜかあたふたしているリルハに、ジュディスはにこりと微笑み、『大丈夫よ。』と、その頭を撫でてあげた
するとリルハは安心したのか少し笑みを浮かべた
『心配かけてごめんなさいね。騒ぎは収まったからもう大丈夫よ。』
『ほんとですか?よかった……』
ホッと胸を撫で下ろして息をついたリルハにライも何故か暖かい気持ちになったのだった
━━━イ、
『えっ?』
ふと、窓の外から誰かが呼ぶような声が聞こえた気がした
しかしそれはすぐに掻き消えてしまった。ライはふと自分の頭に手をやる
今のは…………
『…ん、━━━さん?ライさぁーん!!』
『!!』
自分を呼ぶ声に、はっと我に返り、声がした方を見やると訝しげにジュディスとリルハがこちらを見ていた
『あ、ごめん。どうかした?』
『えと………そのぅ………』
リルハが指と指を合わせて上目遣いでなにか言いたそうに目を明後日の方向
にあちこちさ迷わせていた。
ライはリルハが話しやすいように視線を合わせてやる
『……どした?何かあったか?』
しばらくリルハは考えたのち、真っ直ぐライを見据えた
『あの!!私もなにか手伝えることはありませんか!?』
『!?……………それってつまり………』
リルハは不安そうに言葉を続ける
『この場所………は、はじめてだしいく宛もないし………その、ここに来る前は友人がいて、色々とお世話になったんだけど、わたし………魔法なら覚えがあるから少しぐらいなら役に立てるかもしれない。だからお願いします。私を連れてってください!!』
ジュディスとライは顔を見合わせる
確かにジュディスは元々前衛向きだし、ライも剣は出来るが基本、中後衛の方が得意なのである
リルハのように、魔術に覚えがあるなら魔物たちとの戦いがかなり楽になることは間違いないだろう。実際ライ一人で後衛を受け持つのもなかなか大変であるのだ。
願ったりかなったりの申し出だが
『……どうする?ライ?』
ジュディスはあえてライに聞くそぶりを見せた。ライはしばらく考えたあと
『…………、リルハちゃん。外に出たら魔物だらけだし、野盗もいるぞ。怖いんだぞ』
『た、たしかに………魔物と戦ったことはないけど、私が元々いた場所にもそういった野盗みたいなのはたくさんいました。私、みんなに付いて仕事に出たこと何回もあるし、戦うのは初めてじゃないんです。自信はないけど……』
ライとジュディスは再び顔を見合わせて頷き合う
『ま、戦闘経験がないなら留守を任せたけど』
『あら。知らないひとばかりのこの街に滞在するより、見知ったひとが側にいた方が安心だと思うわ』
『…!じゃあ……』
ぱっと顔を輝かせたリルハに、ライはふと微笑み返し
『あぁ。俺たちに力を貸してくれるか?リルハちゃん?』
『うん!頑張る!あ、いえ、頑張ります…………』
言い直したリルハにライとジュディスはクスリと苦笑した
『敬語はいいよ。俺たちはもう仲間、友達なんだからな』
『そうね。私も呼び捨てで呼ばせてもらうわね。よろしく、リルハ』
『…仲間…友達………うん!ありがとう、ライ兄ちゃん、ジュディスお姉ちゃん!』
少女の花のような笑顔にライとジュディスは張り詰めていた空気がぷつんと切れたような気がしたのだった
『よし!ならそうと決まれば早速旅立つ準備だな。出発は明日にして。』
『そうね。私とリルハはちょっと買い物にいってくるわ』
『え?私も?』
首をかしげたリルハにジュディスはまたにこりと微笑んで
『だって、女の子だもの。着替えとか色々必要なものがあると思うわ。ね、リルハ?』
それを聞いて、リルハは少し赤くなったのち、ジュディスの後ろに隠れて小さく頷く。
しまった。ライは苦笑混じりに頭を掻いて
『なら俺は回復アイテムとか食材の準備をしに行くよ。リルハちゃんはジュディスに任せることにするわ。ジュディスがこの世界の通貨持ってるし、金銭面は大丈夫だよな?』
『ええ勿論よ。貴方もついてきてもいいのよ?』
『いや、丁重にお断りします』
ライはそういうと、足早に宿屋を出ていったのだった
いまだ後ろに隠れたままのリルハの頭をジュディスは軽く撫でて『じゃあ行きましょうか?』とリルハに声をかけた
◆◇◆◇◆◇
ここは港町である。食材や薬のような商品はかなりいいものが揃っている
ライは一件ずつ市場を見てまわり、日持ちする物を色々と梯子しつつ必要なものを買い回っていた
『えーと。ライフボトルと、パナシーアボトルに、グミ系統はまだストックあったな。』
買ったものを確認しながら、次は食材を見ていく。魚は現地調達するとしてここは日持ちする缶詰や、長い道のりの合間に摘まみ食いできるドライフルーツみたいなおやつ類も必要である。
リルハはジュディスに任せるとして、そういえば彼女の苦手な食べものを聞くのを忘れてしまった。
まぁそれはジュディスが聞き出しているのかもしれないが後で聞いてみることにする
『旅に必要なものは揃ったかな』
『こんだけありゃ充分だろ』
頭に流れた声にそうだなと頷き相槌を返す
『ジルファ、あのさ。』
『なんだよ。』
『…………。やっぱりいいや』
『意味わかんねーんだけど……』
少し考える素振りを見せたが、すぐに前に向き直りライは地平線に沈み行く夕日を見た。
沈みかけた夕日は濃い朱で、街全体を呑み込んでしまうのではないかというぐらい、辺りは橙色に染まっていた
『綺麗だな。夕日』
『おぉ。こんなに近くに見えるんだな。』
ぼそりと漏らした声は周りの者には聞かれてはいなかったが、ジルファにはしっかり聞かれていたらしい
『いつか見せてやりたいな。あいつにも』
『あれ?もしかして、お前少しセンチ?まぁしばらくあいつら見掛けないもんな。』
『あいつらは、別の場所で頑張ってくれてるよ。今日届いた手紙に書いてあった』
懐から一枚の可愛らしい封筒を取りだし、開いてみる。深い青色をした便箋は彼女のお気に入りである
『……………神聖帝國騎士団……彼奴等まだそんなことやってんのか。』
『あぁやっぱりお前のご同輩?どうやらそうらしい』
『まぁそんなとこ。』
そんな感じでジルファは長い溜息をついた。
『神聖帝國騎士団ね。あと、傷のない剣(オルガブレイド)奴等に加担してるギルドの名前だ。』
実はライは情報源に関してかなりのパイプを持っている。
商人としてあちこち回り、影ながら友好を結んできた賜物だろう。ライはかなりの情報量有している
その情報を求め、何回もそういった輩に狙われたりはしているが基本、信頼できる人間にしか情報は渡してはいないが
ライには優秀な諜報員が仲間にいるのだ
『"傷のない剣"ね。傷のない剣ってのは切れ味がよくて、何でも切り裂いちまう。鋼鉄だろうが大木だろうがな。そんな危ない奴等を味方につけて、なーにしようとしてんのかねぇ……あの男』
『……さぁな。もしかしたら俺等が探してる奴がいるかも知れねぇな。』
ライは再び懐に封筒を忍ばせ、すっかり陽の暮れた街を見つめた
潮騒に乗ってくる風がライの長く、色素の薄いダークブラウンの髪を揺らす
『………。まずはダングレストだ。そこにいるあいつらと合流するぞ』
後ろから自身の名前を呼ぶ新しく守るべき存在になった少女の声に振り返り、微笑み手を軽く振る。
気付いた少女と長い耳の女性はゆっくりとライに歩み寄った。そして一緒に沈む夕日をみる
『すごーい!あんなに近くに太陽が見える!』
『海がすぐそこにあるからな。』
『ほんと。いつ見てもすごい景色ね。』
夕日を見ていると、かなり強い風が3人の髪を煽る
『気持ち~~やっぱり水の音は落ち着くなぁ』
リルハは思わずそう口にした。
『あんましはしゃいでこけるんじゃねぇぞ。』
『こけませーん!』
ライとリルハのそんなやり取りを穏やかな微笑みで見守るジュディスにライは苦笑した
そしてその風は告げる
新たな戦いの幕開けを
微かに集まりつつある光る闇の鼓動に
ライはその拳を握りしめた