第26章

その頃ロリセはサンテクス大聖堂にある座椅子に腰掛け、人々を見つめていた。

リルとクレイドを迎えに行ったあと、そのまま倒れてしまったのはもう数ヶ月前のことである。

すっかり身体もよくなり、時間があるときは流れ着いた負傷者を治癒して回っていることもある

『ロリセ、こんなところにいたんだ』

慣れ親しんだ気配に、ゆっくりとロリセは振り返る

『リル、クレイドも。どうした?』

ロリセの問いにリルが答える

『うん。どうしてるかなって。キャンプにいなかったからここかなって』

『あー。悪い。勝手に抜け出して』

━━━あれから3ヶ月

リルとクレイドもプランスールに残り、復興の手伝いをする傍ら魔物退治に勤しんでいる。

『それはいつものことだろ?』

今更気にしてない、と言いたいのだろう。クレイドの言葉にロリセは再び目の前の光景に視線を向けた 

3ヶ月

長いようで短い。この大聖堂にいた怪我人も随分と減った

このプランスールに滞在して、治療に専念している者たちの尽力のおかげである

『だいぶこの聖堂にいた怪我人も減ってきたよね』

『エステルさんたちのおかげでな』

ロリセの言葉に、リルは少し苦笑気味に『なんだかんだでロリセ止めても治療してたでしょ。』と苦言を呈した

親友の言葉に、ロリセは特に何も言わなかった。

━━が、その姿もリルとクレイドにとっては見慣れたものである

『そういえばアスベルさんにも同じようなこと言われたな』

3か月前、このプランスールが襲撃される少し前にロリセはアスベルと話したことがあり、つい余計なことまで口走ってしまった

アスベルが何となく横にいるクレイドと似ているところがあるせいである
割と恋愛感情には疎いところとか、頑固なところとか

リルはリルハと性格どころか、名前も似ている。

ロリセにとって、クレイドとリルは大切な存在である。

いつも二人には助けられているから

あまり口にはしないが、リルもクレイドもロリセのことはよく分かっているから何も言わないのだ

似ているといえば、今は別の世界にいるライもである

ライに出逢ったのはテルカ・リュミレースの定期船の上だった

その時から、彼には妙な感覚を覚えていた

ライとぶつかった拍子に母の形見である結界石を落としてしまったこともある。

まぁ船内で合流したライに拾われていたので事なきを得たが、ないとやはり不安なのである

ただでさえ、リルとクレイドの行方が掴めず、焦りもあったせい且つ、ロリセたちも定期船に併設されていた食堂で傷のない剣の襲撃に遭っていたからだ

それはライたちも同じくだったらしく、合流したときには既に敵は縛られていたが。

─ライが似ているというのは、リルとクレイドに、ではない

亡き父親に何故か雰囲気が似ているなとたまに思う

ふとした仕草や、シングたちに懐かれて、端正な顔立ちが困ったような顔をしているところ、銃を使っているところとか。

本人に言うつもりはないが、困っている顔が易々と想像できるな、とロリセは思った。

つい口元が吊り上がりそうになるのを必死にこらえるが

『あっれ〜?みんなこんなところで偶然だね!』

ふとそんな様を思い浮かべていたら、新たな声が響いた

『あ!ベリル、ガラド!おかえり!』

そこにいたのは最近出逢ったばかりのガラドとベリルだった

二人は【湖上の都シャルロウ】に現れたゼロムと、そのゼロムに取り憑かれた住民への対処に向かっていたのだ

『ただいま〜。やっぱりプランスールは落ちつくね〜』

礼拝堂にある長椅子に腰掛けながらベリルは言った

『だいぶ怪我人も減ったみたいだからな。クールな嬢ちゃんたちも頑張ってくれたしよ。これ、土産な』

ガラドはロリセたちに缶詰にされたアソートクッキーと、ライとイネス、ガラドが懇意にしているシャルロウの酒場の特製のフルーツジュース、この原界の街の店には必ず出ているレーブ村という辺境地にある村が原産地の❴レーブティー】という茶葉の入った袋をガラドは渡した

『いや、多いな。頼んでねぇんだけど』

ロリセの言葉に、クレイドは渡されたそれを見やる

『シャルロウの方はもう大丈夫なの?』

リルとクレイドもユーライオに向かう前に一泊しただけだが、湖に囲まれたあの美しい街の宿を借りたのでリルとクレイドも心配だったようだ

街の中央の湖にあったその鐘の音が得に美しかった。

シャルロウは湖上の街なだけあり、船着き場から水路を使って船で目的地に移動する街だ。

その水と空の美しさにリルとクレイドは一時捜査を忘れるレベルだったという

イネスとライ、ガラドもシャルロウの酒場によく呑みに行くらしい。

気さくな人達が住むとてもいい街だった。

シャルロウの街にはパライバ皇帝陛下の別荘もあり、避暑地としても有名なシャルロウはこの原界のユーライオ、温泉のあるグースと並ぶ観光名所でもある。

湖の底に沈んでしまっている城の上に土台を作り、その上に街を立てたと住民から聞いたときはリルもクレイドもさすがに驚いたが

『うん。ゼロムもデスピル病の発症者数も少なかったからボクとガラドでもソーマ使いは足りたから。』

『まぁそんなところだな。やれやれ……せっかくゼロムやクリードたちから解放されて新しい道を選んだばかりだってのによ。余計なことしてくれるぜ、神聖帝國騎士団の連中はよ』

聖堂の参拝者たちを見ながらガラドもため息だ。

『ガラド、ベリル。帰ったのか。すまなかったな。こちらの不手際とはいえ、面倒をかけて』

カルセドニーが靴を鳴らしてロリセたちに顔を見せた

『──そっちもね。ま、大丈夫だよ、これくらい。カルセドニーは会議の帰り?』

ベリルの質問に、カルセドニーはそうだな。と、返した

ここしばらく、あの戦いの後始末やら復興支援やらでカルセドニーも休む暇もなく働いている

『疲れた顔してるな、カルセドニー。ちゃんと食ってるか?』

クレイドの声に、カルセドニーは軽くため息をつく

『そのあたりはバイロクスがうるさいからな。しっかり区切りをつけて食事と睡眠だけは取るようにと言われている。』

バイロクスは昔からずっとカルセドニーの世話係としてカルセドニーの側で食事管理や、健康管理を任されてきた。

刺繍が得意で、彼らの持ち物には猫の刺繍と、持ち主の名前が入っているお風呂グッズなどもあるレベルである

すべてバイロクスが準備したものだ

『まぁ確かにバイロクスはそういうことにはうるさいもんね。見た目が厳ついせいで忘れかけるけどさ』

ベリルだ

『そうだな。一緒に旅してたときにゃ、持ち物に刺繍をつけて被り物は区別がつけやすいようにしてくれてたしな』

ガラドも思い出して楽しそうだ

『あの重そうな大砲ソーマ肩に抱えてぶち込んでるだけでもすげぇのに、そうは思えねぇ器用さだよな。あの人』

ロリセも落ちていた誰かの私物を拾って、その刺繍が入った私物を近くの騎士の人に渡すと、カルセドニーのだな、あっさりと言われたときは目が点になったことは最近のことである

『何ていうか、ギャップ?だよね?』

と、リル

『昔からバイロクスは手先が器用でな。解れた隊服も直してくれていたんだ。僕もあの二人がいなくなって、自分のことは自分でするようになったんだが、まぁ、まだペリドットとバイロクスのようには行かないな』

バイロクスにそれを言ったら、号泣しそうではある

バイロクスはそれだけカルセドニーに忠誠を誓っているからだ。

兄のようなバイロクスと、姉のようなペリドットを亡くしてしまったときの彼のスピリアの傷は、簡単に癒える事はない。

と、そう思っていたが、現状はこれである

むしろ化けて出てきたという方があまりにもしっくりくるレベルだ。

もしかしたらそうなのかもしれない。こんな天変地異だ。もう何が来ても驚きそうにない。


そういった事だと思えば、幻想郷の者達には感謝をすべきなのかもとも思えてきた。


そういえば、グースでの温泉でシングとライともそんな話をしたなとカルセドニーは思い出した。

『ところでカルセドニー、こんな世間話をするためにここに来たわけじゃねぇだろう?ここじゃ一般人もいる。……移動するか?』

ガラドだ

ベリルもカルセドニーの言いたいことが伝わったのか、カルセドニーの方を見ている

つまりはカルセドニーはロリセたちに話があってここに来たと言うことになる。

『お気遣い痛み入る。──少しだけ見回りがてら散歩に付き合ってくれるか?ガラドとベリルも来てくれて構わない』

カルセドニーの言葉にロリセ、リル、クレイドは彼らを見つめた

◆◇◆◇◆◇

カルセドニーたちは、プランス海峡の見える砦の方へと歩いている。

海の上にあるこのプランスールの景観はいつ見ても美しい。

穏やかな風と波の音は疲れた心を洗い流してくれるようで、ここはカルセドニーのお気に入りの場所である

『…で、話って何すか』

ロリセの言葉にカルセドニーはロリセとリル、クレイドへと改めて視線を向ける

『──単刀直入に聞こう。お前たちはこれからどうするんだ?』

波音が聞こえるだけで、今は見張りも休憩に出ているのか少なかった。

やはりその質問だったか。と、ガラドとベリルは思った

そう。元々ロリセはリルとクレイドを探すために、この世界まで足を伸ばした。

文字通り倒れるまでだ。実際にそうなるまで探し続けたということは、それだけロリセにとってリルとクレイドは大切な存在だということだからだ。

リルとクレイドと合流し、ロリセは憑き物が落ちたように表情が和らいだ気がする

そして、このタイミングでこの世界をライが留守にしたのは、自分たちに考える時間をくれたからだろう

3人にとって、合流した時点でもうこの戦いに力添えをする必要はなく、リスルジアへと戻り、同じような状態である故郷を守る選択肢だってあるのだ

『愚問だ、ってことはこっちも分かってんだけどよ。嬢ちゃんたちも無理してこの戦いに付き合う必要はないんだぜ』

ガラドの言葉にリスルジアにいる仲間たちの顔が浮かぶ

亀裂に巻き込まれる前、ダングレストでフレンがクリスティ、ロト、リッグと出逢い、彼らにはある程度情報は伝えてはいるものの、その直後にダングレストで指揮を取っていたフレンも、リョウとダングレストに行くと下町を出たエルリィも、更にはユーリとラピードも同じく亀裂に巻き込まれ、1つ世界を巡って、ガルデニアへと飛ばされたのである

ロリセがアスベルから聞いた話は、ユーリたちを送ってくれたのは、ユーリたちがいた世界に滞在していた炎神龍のスルトであった。そしてフレンとエルリィは今代の封神龍のノルンだったらしい。
ガルデニアへと飛ばされたのは、エステルたちの下へと直接送ったためだ。

その前にこの二神がいた別の世界に飛ばされてきたのは完全にイレギュラーだったらしいが

そして現在不在のライは、意図的に異世界へと転送するための亀裂を開くことが出来る力を持っているのは知っているだろう。

それは当然、20年後のライも同様だ

戦力拡充、エステルのメンタルケアも必要と感じたので、今代の二神へ20年後のライがそう仕向けた

別の場所で仕事をしていたリョウの部下のアイリスとカリィがクオイの森で20年後のライを見かけたのは、そういう理由である。

アスベルは20年後のライとも面識があるので、それは確かな情報である。

『…そーだよ。ロリセたちはもう目的を果たしてる。これ以上、ボクらに付き合う必要性はないんじゃないかな。』

イネスも言っていた。この世界の事はこの世界の人間たちである自分たちがケリをつけるべきだと、この世界に入った最初の頃にだ。

『……先の見えないこの戦いだ。ライと来葉たちについていくにしろ、しないにしろ、この世界にいる間、お前たちの命を預かるものとして話して置かなければとな。』

この国を背負う者の代表者の片割れとして、そして、友、あるいは戦友として

『……ロリセ……』

黙りこんでいるロリセをリルは見つめる

しばらく長い沈黙の間、ロリセは軽くため息を吐いた。だが、リルとクレイドもきっと自分と同じことを考えている。

カルセドニーたちは返答を何も言わずに待っている。ロリセははっきりと口にした

『……そりゃ、ま、一度首を突っ込んだ以上は最後までケリつけねーと後味悪ぃし』

ロリセの言葉に、リルとクレイドは頷いた

『そうだな。うちの団長たちには俺らからそう報告しとくよ。』

クレイドも一緒に行くようだ

『もちろん、わたしも手伝うよ。』

リルも笑顔でそう答えた

『…ったく、お前らホント付き合いいーな。』

ロリセは呆れ気味だが、こういうことになるだろうと最初から分かっていたわけだが。

『…もう覚悟は決めていたということか。』

カルセドニーは優しい笑みを浮かべた

『…付き合い良すぎだよ!!……あッ!?もしかしてここに来てから、ロリセたちまでシングとコハクのノーテン菌に感染したのかも!?』

ベリルの突っ込みは今日も健在だ。

『一緒にしないでくれ、と言いたいとこだけど、ま、そんなとこかもな』

素直じゃないロリセもいつも通りだ

『はは。お前さんたちならそう言うだろうと思っていたさ。な、カルセドニー』

『…僕はこの世界の責任者として……。いや、よそう。なら、これからもライに、僕たちに力を貸してくれ』

カルセドニーの言葉に、リルとクレイド、そしてロリセは頷いた

こうなってしまえば、一蓮托生。最後まで付き合ってやろうとロリセたちは思った。

先に宿屋に戻ると言ったベリルとガラドと別れたあと、ロリセたちはエッジたちが待機しているカルナスへとカルセドニーと足を運んで出迎えたのはエッジ本人だった。

ロリセたちからも一緒にディオネに行きたいと進言しに来たのだ。

『…君たちもいいのかい?二度と戻って来れなくなるかも知れないんだよ。』

割と心配性でもあるカルナスの艦長、エッジ・マーベリックは、今日はルーシィたちに続いて来客が多いな、と思った

カルセドニーの案内のもと、3人揃って足を運んで第一声がそれだった

悪気があって言っているなどロリセたちは微塵も思っていないが

エッジの言葉は、本当に彼女たちの心配をしているからこその気遣いの現れだった。

先の見えない戦い、敵の戦力、そして目の前で見た八雲とミレイシアの二人のような超常の力を持つもの。

これから先、この強大な戦力を有した神聖帝國騎士団との戦いが待っている故にだ。

ロリセはすぐ横でミレイシアと八雲のエディルレイドプレジャーとしての実力を見ていた。

砲身から放たれる熱は、おおよそ一人の人、それも女性一人が発せれる物ではなかったからだ。

恐ろしき人外の力。

そして同じ術を持つライの方もである。

自分たちがそれに巻き込まれ、無事で済まない可能性も充分有り得るからだ

とはいえ、ロリセが思っていることは1つだけであるが

『…そうなんないように、すりゃいいだけでしょ』

ロリセの言葉に、エッジは横の二人を見た

『うん。戦力が多いに越したことはないし。』

あのゼロムと暴星魔物を相手取ることが出来るリルの力は、ライとアスベルが認める強さの彼女、通称【破壊女神】と言われている彼女の強さは折り紙付きであり、ロリセの理解者の一人である

『そうだな。ロリセは俺たちが見てないとすぐ無茶するから』

ロリセは幼馴染の言葉に、少しだけ複雑そうな顔をしたが、面倒だったので何も言わなかった。

そんなロリセたちのことを見て、エッジは、本当にライの言ったようなことになったなと思った

──どうせ、全員ついてくるとか言い出すと思うからその時はよろしく頼むわ。

と、ライはミッドガンドに向かう前にエッジとレイミに言い残して出掛けて行ったのである。

ジルファの未来視の力なのか、直感なのかは分からないがライはとにかくそうなるだろうな、とぼんやりと頭の隅で思っていた節があった。

リルハの星霊の鍵の件もそうである。

シングとコハク並みに、ノーテン菌の感染源の1つだろうとライは踏んでいた。

エステルたち風に言うと【ほっとけない病患者】である

ライが言っていたことが分かるような気がするとエッジも自然と笑みが溢れた

『…わかった。なら、僕たちがしっかり君たちのこの星の海の旅をサポートしなくちゃだね。』

後でレイミやクルーの者達にも声をかけて、これからの方針を改めて確認しなければ。まぁこれはライたちが戻ってからでいいだろう

『それじゃあ!』

リルが嬉しそうに顔を上げた

『うん。もう少ししたらもう一人の僕たちの仲間が遠征を終えてこの惑星(ほし)に寄ってくれるみたいなんだ。この輸送艦じゃ、乗せる数に限度もあるから何人かは彼の艦に乗ってもらうことになるけど』

『別になんでもいいって。乗せてってもらう以上、贅沢は言わないようにしねぇと』

ロリセの方針に、クレイドとリルは異存無しといったところである。

『なら決まりだね。ディオネは今、危険な状態だ。来葉の仲間が対処はしてくれているけれど、敵の数が想定外レベルなんだ。』

『それなりの準備が必要、ってことだな?何か手伝えることがあれば言ってくれ。力仕事でも荒事でもな』

クレイドがそう答えるとロリセとリルも『異存なーし』と声を揃えていった。

黙って見つめていたカルセドニーはまた忙しくなりそうだな、と思った

手元の懐中時計を見ればそろそろパライバとライへの定時連絡の時間だった

『定時連絡なら、カルナスの設備を使えばいいよ。傍受されにくい作りになっているから』

『助かる、マーベリック艦長』

こうしてロリセ、リル、クレイドと妖精の尻尾の面々もディオネへと渡航することになったのだった

そして、此処から先のお話は、今しばらく少しだけ過去を遡ることとしよう。
3/3ページ
スキ