第26章

『……………』

この日、リルハはプランスールの大橋で、プランス海峡を眺めていた

あんな騒ぎがあったというのに、今日も変わらずプランスールは街の人々が行き交っている。

あれからもう3か月くらいになる。あの戦いで見たルーシィとシュテルンの合せ技のウラノ・メトリアは凄まじい威力を見せた

それは人が宿すには大きすぎる力でもある。

そして自分の師であるルーシィはリルハに全ての星霊の鍵を託した

どうしてなのかを昔聞いてみた事があった

◆◇◆

『ねぇルーシィお姉ちゃん。』 

『ん?どうしたのリルハ?』

ちょっとしたギルドの仕事でルーシィと一緒になったことがあり、その帰り道のことだ

『……どうして私に星霊の鍵を継承したの?』

その質問に、ルーシィはきょとんとした顔をした後、微笑んだ

『貴方の熱意を感じたからかしら』

その時のリルハは師であるルーシィの言うことがまだ理解できないでいた。

グレイとジュビアの娘として生を受けたリルハは、水と氷の造形魔法を使うそれだけでも優秀な魔導士だ

ルーシィの両親は父母ともに既に亡くなっている。

それもあってか、ルーシィは妖精の尻尾の皆を家族のように思っているのだ。

元々自分に何かあったときは、跡継ぎも必要だと思っていたし、リルハを初めてグレイとジュビアがギルドに連れて来た時に直感でこの子だと思った

リルハに星霊の鍵を譲り、オーナーの権利を譲渡すると話した時は星霊のみんなも、仲間たちも戸惑っていたが、ある日ロキとリルハが楽しそうに話しているのを見たルーシィは、ロキに対してまた自分の魔力を勝手に使って出てきてと内心突っ込んだが、これはいつものことであると諦めている。

ルーシィとリルハ二人だけでリルハの修行と銘打って、一緒に仕事にも行ったことも何度もある。そうして二人で交流していくうちに、いつの間にか星霊とも仲良くなって打ち解けていた。

その時に思ったのだ。『彼女になら星霊を任せても大丈夫だ』と。

もしルーシィ自身に万が一のことがあった時のことも含めて、リルハにこうして星霊との契約を引き継ぐことを改めて決意した。

リルハは腰につけているキーケースから12本の黄道十二門の鍵を取り出し見つめる。

ライによって別の世界でも星霊をいつでも呼び出せるようになってからというもの、ナツたちの行方を探りつつ、生き残っている異世界の魔物たちを討伐していることも増えた。

元々この世界に居た魔物たちに関しては、民間に害をなさない限りは討伐はしないようにとつい先程、マクス帝国の皇帝のパライバ・マリン・ド・レから勅令でカルセドニー宛に封が飛んできたとペリドットから聞いたばかりである。

そうでないとこの世界の生態系を更に壊してしまうことになり兼ねないからだ。

エッジたちもそれを条件に、この原界を探索している。

未開惑星保護条約にもその条約は羅列されているのでその辺りは大丈夫ですとエッジが言っていた。

ただでさえ、暴星魔物による被害がそれを可能にしてしまうことが証明されてしまっているので、ゼロムの次に優先して討伐するようにしようとアスベルとシェリアに言われたのだ

そのための対策の1つのリタが提唱した思念石による結界の制作のために、リタとエステル、リチアのスピリアを再びクンツァイトに預け、護衛のバイロクスと一緒にカルセドニーが結晶界の観測基地ラプンツェルへと送り届けて来た後だったか

ラプンツェルにいる技術者でもあるコランダーム、エフィネアのパスカル、フーリエ、アスピオが崩壊したあと、アスピオにいた何人かの研究員はハルルにいる。

彼らも交えてその思念石による結界システムの構築について議論を交わしている真っ最中だ。

リチアが再びクンツァイトの中に戻ったのは、彼女が結晶界の技術を一番理解しているからである。

今はコランダームがガルデニアやいばらの森などのシステムの管理コアでもあり、その権限を使用可能にするためにコランダームも頭脳班に加わったことになる。

『リタのスイッチが入ったので、きっと大丈夫です。』と、エステルに笑顔で言われたので、その辺りは心配ないだろう。

『……みんな頑張ってるのに、わたしはこんなところでのんびりしててもいいのかなぁ』

リルハはぼんやりとプランス海峡を見つめながら呟いた。

親友でもあるレビィや幼馴染でもあるアスカたちにもしばらく逢えていない。

なかなかナツたちの居場所に関して情報が入ってこないのでそちらも心配でもある

彼らに限ってそういうことはないと信じてはいるが━━━━

『…お嬢、どうしたの?大丈夫?』

そんなことを思っていると、慣れた気配を感じ、リルハは顔を上げた

そこには見慣れたスーツ姿の彼がいた

『あ、ロキ。うん。ちょっとギルドのみんなのこと思い出しちゃって』

『あぁ。なるほど。確かにしばらくみんなに逢えてないもんね。』

『うん。そうなの。━━みんな元気かなぁって』

再会できた両親とルーシィがいるとはいえ、まだ安否を確認出来ていない仲間もいるし、この前の戦いでたくさん傷ついた人達を見た。

テルカ・リュミレースに落ちて初めて会ったライも結晶界での戦いでかなりの傷を負わされていた。

今ではもう、その影すら見当たらず別の世界へと用事があるらしく不在だが、改めて神聖帝國騎士団という組織が強大な存在だと認識したリルハはこれからのことを考えていたのだ

アスベルに重傷を負わせたあの女魔道士も未だ行方知れずだ。

潮の流れが複雑なプランス海峡だ。遺体すら見つからないのは当たり前なのかもしれないが。

『……お嬢、そんな顔してたらみんなが心配するよ。きっとみんななら大丈夫さ。……実はこの世界に来る前、ルーシィがキルシュに頼み事をしていてね』

『キルシュ兄ちゃんに?』 

【キルシュ・フローレット】

妖精の尻尾のS級魔導師で、エルザに次いでギルドで二番手の魔法剣の使い手だ。

よく単独で任務につくこともある。

『そうだよ。多分ナツたちの居場所の件だと思うけど、何かしら情報が入れば持ってきてくれると言っていたから』

キルシュは妖精の尻尾で唯一時空間を移動出来る手立てがある。

協力者ありきの力だが、それを使えば縁のある者達の近くへと移動できるのだ

『ならそっちを期待した方が良さそうだね?キルシュ兄ちゃんもゼノ姉も元気だといいな!』

ゼノ姉ことゼノヴィア・ウィズリーは剣咬の虎(セイバートゥース)の召喚術(サモーニング)を得意とする魔導師だ。

不思議な石で魔法生物を呼び出し、その力を貸してもらうという魔法の使い手でもある。

たまに可愛らしい獣じみた生物と一緒に妖精の尻尾に遊びに来るのだ。

リルハとルーシィのように、何かを呼び出して力を貸してもらうという戦い方が共通している魔導士。
それに何度も助けられて来た。

『お嬢に涙は似合わないよ。だから笑って。』

優しく微笑むロキに心臓をはやらせながら苦笑した

『えへ。ありがとうロキ。お話聞いてくれたら元気出た』

『それは何より。君のケアもルーシィから頼まれているからね。そろそろ買い出しの時間なんだけど、よかったら一緒にどう?』

『勿論だよ!うん!行こう!』

そうしてロキとリルハは手を取り合う

実はリルハは彼に対して片想いでもある。

リルハは『あれ。これってデートになるのかな?』と、少しだけ頬を染めながら商業地域へと二人は歩き出した

◇◆◇◆◇

『ふむ。だいぶ様になってきたようじゃな。』

ここはプランス海峡に面する三日月浜だ。あの戦いの後、ルーシィは本格的にシュテルンとのコンビネーションを磨くために彼女と共に、ジルファの母である沙羅に修行をつけて貰っている。

流石に腕の立つ魔導師なだけあり、魔力のコントロールは完璧であった。

『本当ですか?ありがとうございます師匠!』

沙羅もルーシィの素養には驚くことばかりである。
勤勉なルーシィは呑み込みも早く、シュテルンの力をリョウより引き出せれている。契約してまだ数ヶ月というレベルではないのだ。

リョウにも並行して修行をつけてはいるものの、ルーシィとシュテルンの相性があまりにも良すぎる。
もしかしたら、リョウよりも星神龍の力を使いこなせるようになるのでは?とも思えてきた。


坂を登りすぐ左側に見えるサンテクス大聖堂は、あの騒ぎでしばらく参拝者が少なくなるということがあったが、今は参拝者も含めて日中はたくさんの人が訪れており、現在は異世界から流されたという者達の拠り所となっている。

温かい食事と安全性もあり、時空の漂流者が安心して保護されている場所でもある。

パライバ皇帝陛下がマクス城のあるエストレーガとサンテクス大聖堂のあるプランスールの二大都市を中心に、この原界各地の街や村に手紙を飛ばして、漂流者たちを保護し受け入れるようにと嘆願書を送ったのだ

次々と同意書が届けられるが、ライの故郷があった村周辺は今は魔物が蔓延る危険地帯と随分昔になってしまっている。

しかしその村があった外れの洞窟だけは無事である。

恐らくその洞窟でライの父親のクリストファーが薬草類を栽培していたので、魔物が嫌いな成分が染みているからじゃないかとライが言っていたが。

クリストファーは生前にその洞窟を複数の薬草が自生するための環境を整えていたと、暇を持て余していたシングたちがキャンプに来たときに聞いたのだ。

ライは子供の頃にフレオとローズが生まれる前、クリストファーと母親のシトリンとよく海を渡って、診療所があるレーブ村や、プランスール、エストレーガにも出店を出していたと聞いた。

エストレーガのマルシェには、その当時にクリストファーとシトリンが店番をやっていたテントがそのまま残されているのである。

今はライがエストレーガにいる時は、そのテントでセレナと一緒に調剤した薬を取り扱っていることもあるらしい。

代々薬草類の調合技術を長男が引き継いできたクォーツ家。
長男のライは父親の言葉を胸に、しっかりとその仕事を継いでいるということになる

そして今のサンテクス大聖堂と帝都には原界中の人間たちが、武器や物資を提供してくれている。
なので、サンテクス大聖堂は現在人で溢れかえっている

ライたちが三日月浜にキャンプポイントを張っているのはそのためだ。

そして夜は冷え込むであろう、三日月浜のライたちのキャンプポイントには先程パスカルと帝都から炎念石で稼働する暖房器具も届いたばかりである。 

『やっぱルーシィ凄いね。シュテルンと契約してまだ間もないのに、ここまであの子の力を使いこなせてるなんて。』

様子を見に来ていた沙羅の娘の明妃はルーシィとシュテルンを見守りながらそう言った

『明妃、お前こんなところで油売っててもよいのか。』

『今日は非番だし、彼らも学校行ってるから問題ないよ。お母さん。』

そんな明妃は私服で優雅にハンモックの上に寝転び、自前のドリンクを嗜みながら読書中であった

『あ!めーーちゃーーん!!!』

シュテルンが勢いよく明妃の上にダイブしてきた。いつものことなのか、明妃はマフィア仕込みの身体能力でそんなシュテルンを受け止めた

『やぁやぁシュテルン久しぶり〜!』

シュテルンのその柔らかい頬に明妃は遠慮なくむにむにとしている

『めーちゃんくすぐったいよ〜!あははは!』

満更でもなさそうなシュテルンを見て、ルーシィも釣られて笑ってしまった

『本当にシュテルンと明妃は仲がいいのねぇ。何だか羨ましいわ。』

沙羅に少し休憩を言い渡されたルーシィが二人の横に歩いてきた。

エッジたちから支給されたスポーツドリンクを口にしながら、ルーシィは目の前の光を反射してキラキラ光る海を見つめる。
水の流れを見ていると、アクエリアスのことを思い出す。

ルーシィが幼い頃から一緒いたアクエリアスは、冥府の門との戦いで星霊王を召喚したときに鍵は壊れてしまったのだが

今は星霊の鍵はリルハに渡しており、ルーシィはシュテルンと契約するまでエトワールフルーグと身一つだけで戦ってきた。
原界に滞在してからはや3ヶ月。
その間にルーシィはエルリィと一緒によく組手をしていることが毎日のように目撃されている

今日も沙羅の訓練の前にウォーミングアップという体で付き合ってくれたのだ。

体術ならば、エルリィも力になれると言ってくれたので、お言葉に甘えることにしている。

マグノリアにまだいたときに星霊の鍵を愛弟子に受け継いだあと、ずっとエトワールフルーグと体術だけでやってきたのだが、それにも限界は当然ある

何か体術に活かせるものがないものかと思い、ギルドにある書庫にある体術関連の本はすべて読み漁ってしまったし、体術を得意としている滅竜魔導士の仲間たちに教えを請うたりしているときにこの異変は突然起きた

グレイに造形魔法、もしくはキルシュに剣術でも教えて貰おうかとついに思考を放棄し、たまたまその件でルーシィの相談に乗ろうとしてくれたグレイと一緒にテルカ・リュミレースに落ちてしまったのだ。

リルハの行方がぱったり消えてしまった次の日の出来事であった。
当然、テルカ・リュミレースとルーシィたちの世界の時間は違うだろうが再会したリルハは、数日前とは違う顔付きのように感じた

その日のうちについたダングレストの惨状を見たルーシィたちは言葉が出なかった。
夥しい魔物たちの死骸と、怪我をした住民たち、破壊されかけていた街

これにはグレイも言葉が出なかったようだ

数年前まで当然のようにあった住民の安全を保証するエアルを使った魔導器技術は、テルカ・リュミレースに甚大な悪影響を及ぼすものとされ今は失われてしまったらしい。 

そう当事者であったエステルとリタからテルカ・リュミレースのことを話された

リタもテルカ・リュミレースでエアルに代わる原素になるマナというエネルギーを使った魔導器の研究を必死にしている。


この地獄とも言える環境で、リルハは頑張ってきたのかと
ライたちがいたとはいえ、見知った人間がいない中、寂しかっただろうと

本当にリルハを助けてくれたライには感謝しかない。

その夜にダングレストの宿で色々これまであったことをグレイとリルハとたくさん話した。
嬉しそうなリルハの笑顔は今でも思い出せる。

ギルドの現状、ナツたちのこと、そして母親のジュビアのこと。
自分たちに何か出来ることはないだろうか。と

そう悩みながらライたちと旅を続けていたときだ。シュテルンと契約したのは。

爆発的に増えた魔力量は最初こそルーシィの手に負えるか分からないものであったが、シュテルンと一緒に常に行動している間に、段々と制御できるようになってきて今に至る。

ルーシィはシュテルンの【星詠み】の能力を使い、ルーシィに生まれてから今までに起きたことを星が見てきた記憶と共に【検索】し、その中から情報を引き出し、それをトレースして行使するという能力で、遂に星霊衣(スタードレス)の能力を取り戻すことに成功した。

シュテルンの能力は、謂わば【星が今まで見てきた記憶の具現化】であり、わかりやすく言えば、【宇宙全体に広がる巨大な図書館】というような感じだ。

宇宙は遥か昔から存在している根源の一つだと龍神たちは考えたらしい。

ルーシィは一日一回、訓練と称してシュテルンと一緒に星空に視線を向けている

黄道十二門の星座たちを見つけるのも実は楽しんでいたりする。

星がよく見えるこの三日月浜は星見をするのにうってつけの場所でもある。

しかし星詠みで見えるのは、あくまで星が見てきた過去から現在までの記憶のみであり、完全な未来視を見ることは出来ないのだ

それに関しては、ジルファの専門分野だ。故に、ジルファはベルベットたちの未来も見えてしまった、というわけだ。

本人も言っていたがろくな力ではない

ルーシィはぼふんと音を立てて、明妃の横にあるハンモックに飛び込んだ。ギシリと音を立てて程良く揺れるハンモックはルーシィのお気に入りだ。

休憩するときは大体ここで体力と魔力の回復をするようにしている。
果物籠の横に置いてあった、これもエッジたちの差し入れのブルーベリィパイは今朝方レイミが出かける前に焼きたてを持ってきてくれたものだ。

ブルーベリィの果肉とジャムが程よくつまったパイ生地は程よい酸味と甘みが絶妙なハーモニーを奏でる

『おいし~!やっぱりレイミの作ったスイーツ最高ね!』

ほっぺたが落ちるとは、正にこのことだ。横で幸せそうなルーシィを見ながら明妃は微笑んだ

『お母さん、いい子見つけたね。シュテルンの能力は割とデメリット高いのに』

娘の言葉に、沙羅は口元をお気に入りの扇子で隠す

『いや、彼女を見つけたのは他でもないシュテルン自身じゃ。シュテルンを封印されている場所を見つけたのはライとジルファだけどの。偶然かどうかは知らぬがブラレジェも同じ世界に封印されておったが、まぁ、知っての通り、彼女はカシェールの手の内じゃからな。』

あぁ、なるほど、と明妃はドリンクを口にした

『絶対見つけられない場所だと思ってたんだけど……。ブラレジェさんに関してはルルーシュくんもスザクくんもノルンちゃんたちと策を講じてくれてる。………それに、シュテルンの唯一無二の能力は絶対に渡しちゃいけないから』

そう。シュテルンの能力は過去から現在に起きたありとあらゆる事象を具現化出来る【実在したであろう記憶と記録】そのものだ

そんな存在が敵の手に渡ってしまったら、間違いなく世界は崩壊してしまうであろうからだ

だからシュテルンは2000年前のあの日、自ら封印されることを今代の封神龍のノルンに願い出た。

当然彼女たちはそれを苦渋の決断で了承する。二度と目覚めることのない【封印結界】を施したはずだったが、それを見つけたのがライとジルファ、そしてルーシィである

これは今協力してくれているライ以外は知らないことだった。

ライはジルファとの記憶を共有しているので、当然だが。

ライはジルファと契約したときに、ありとあらゆる【時の理】からは除外されている

【肉体の老化を防ぎ、超人的な治癒力を得る】という物だが、聞くだけなら羨ましい限りだが、肉体の老いがないということは、ライがいくら歳を重ねても見た目はそのままだということだ

似たような存在ではエディルレイドたちが該当するが、彼女たちは人間より長寿ではあるが老いもすればちゃんとした死も迎える。

ライも死なないわけではないのだが、肉体に老いがないということは普通の人間とは違う理の中で生きていくことになる

無論、ライもそれを承知でジルファと契約したわけだが

シュテルンもきっとルーシィが守ってくれると、明妃と沙羅は思っている

そしてまだ龍神の力を引き出せれそうな存在が何人かいる。

明妃とノルンたちが今世話になっている世界で、刻神龍と封神龍の力の適正者は見つけた。
先程名前を出したとある平行世界の地球にいる、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと枢木スザクだ。

そして幻神の力の持ち主は前触れた上条である。

沙羅の旦那の龍神だ。名をシェルヴィと言う。
沙羅がシェルヴィを探しに行くたび、彼は小動物にまとわりつかれていた。
【猫は寂しい人に懐く】とは昔からよく言うが、まさにそれを絵に描いたような男だった

その気になれば魔力を辿れば探し出せるが、面倒くさいので沙羅はそれを思考の彼方に葬り去った

『……お母さん?どしたの?』

娘の声で我に返る。

『…あぁ。すまぬ。少し旦那のことを思い出しておった』

『ああ、なるほど。今お父さん何処にいるのかなー。』

幻のように現れ、また幻のように消えていく。それが幻神龍である。

上条当麻の有する力の、【幻想殺し】もその能力の一つに過ぎないが、恐らく上条当麻も龍神の力を行使することが出来るはずなのだが

しかしそれはジルファが良しとしないかもしれない。
協力してくれているライにすら、一度は一線を引いたことのある彼だ。
そして沙羅はルーシィに聞きたいことがあると思っていた

今がそのタイミングかもしれない

ルーシィはハンモックに横になりながら目を閉じている

15分経ったら起こしてくれとシュテルンにいっていた気がする。

『るんるん〜。15分だよ〜。』

そっとルーシィの耳元でシュテルンはこっそりと声をかけた

『…ふあっ!?』

なんとも間抜けな声が響いたが、それで完全にルーシィは覚醒したようだ。

次のメニューなんだっけ?と、懐にしまっておいた特訓メモを開こうとしたら沙羅に声をかけられた

『さて、次は実践じゃな』

本当に勤勉な娘である。

『…具体的には何をすれば?』

『基礎はもう殆ど出来ておるようじゃからな。ぶっちゃけるとお主に教えることはもうないんじゃよ。元々勤勉なようだし。………あとは心構えくらいかの』

『……心構え、ですか?』

沙羅の言葉に耳を傾けながら、ルーシィはその言葉を反芻した

『……ルーシィ、シュテルンを守ってくれるか?』

三日月浜に、風が凪いだ


◆◇◆◇◆◇

ここは原界のシャルロウの近くだ

そこにいたのはユーリとフレンだった

『………僕とエルリィが行っていた世界のこと?』

依頼された外来種の魔物の討伐で、ユーリとフレンはカルセドニーから地図をもらい、シャルロウ付近に来ていた

カルセドニーは定例の軍議があったので外せなかったし、シングたちもつい最近まで、デスピル病の治療などであちこち飛び回っており、昨日戻ってきたばかりだったので、この二人が代わりに先行して魔物の討伐に駆り出していた。

ユーライオ付近で暴星魔物の討伐を依頼されたアスベルとシェリアも今こちらに向かっているようだ

ちなみにエルリィはイネスに連れられ、今はヘンゼラへと仕入れに向かっている。明日にはプランスールへと戻ってくるらしい。

武器に関して色々詳しいことを現役の魂の鉄槌の人間に聞いて欲しいということであったはずだ

先程届いたばかりのデリスリングで暴星魔物を一網打尽にしながら、フレンはそう口にした

『俺とラピード、お前とエルリィが飛ばされた世界、昨日の話しを聞く限りライの言うとある世界の顛末、正史とでも言うべきか?その世界から分岐した世界ってのじゃないかって明妃が言ってたんだよな。』

『あぁ。僕とエルリィも飛ばされた先で出逢った封神龍の彼女たちから聞いた。』

暴星魔物の対処をしながらフレンはユーリに視線を向ける

現にカシェールたちとの一件のあと、ユーリとフレン、エルリィは等の龍神族であるシュテルン、明妃を交えて疑問に思ったことを聞いてきたのだ。

その飛ばされた先にいたフレンとエルリィ、ユーリとラピードのいた世界は、【神聖ブリタニア帝国】という国がとある世界線の地球を支配下に置いて圧政を敷いていた世界だった。

さて、4人とも【同じ国が同じ地球を支配下に置いている世界にいた】というまでは、4人は同じ世界にいたということになるのでは、と思うことだろう。

しかし先程もユーリが述べた通り、この4人は全く別の世界に飛ばされていたのである。

ユーリとラピードは、かつて神聖ブリタニア帝国第98代皇帝【シャルル・ジ・ブリタニア】により、支配されていた世界にいた。
その世界は一人の仮面を被った男により、実父のシャルルを殺害し、その【瞳に宿る力】と共に、第99代皇帝の座についた悪逆皇帝ルルーシュが討たれることで解放された世界。

仮面の男の名は【ゼロ】

神聖ブリタニア帝国が世界中を支配下に置く中、得に弾圧も強かった日本で【黒の騎士団】という組織を設立し、その類稀なる頭脳と才覚、カリスマ性で神聖ブリタニア帝国へと反旗を翻した男だ。

その正体はかつて祖国に妹のナナリー・ヴィ・ブリタニアと共に捨てられた第11皇子のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだった。

正史ではゼロとして自身が組織した黒の騎士団に裏切られ、全てを失い自身の父親と共謀していた実母を殺害したのち、第99代皇帝として即位して早々今までのブリタニアによる支配体制を全て破壊し、悪逆皇帝として君臨していた彼にも大切な存在はいた。
正史世界の枢木スザクだ。彼はゼロの天敵であり、思想の違いから衝突ばかりしていた。しかし彼はルルーシュの幼馴染であり、一番の友人だったのである。

正史世界の枢木スザクはブリタニアの中から変えようと故郷を捨て軍属になり、ゼロはブリタニアという国自体を破壊して作り替えることを目指した男。
2人が衝突してしまうのは当たり前というか必然的な運命だった。

そしてここで特筆すべきはエルリィとフレンのいた世界だ。

その彼とは真逆の人生を歩んでいるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと枢木スザクというソレ。

フレンとエルリィが飛ばされた世界は、神聖ブリタニア帝国が圧政を敷く中、皇族でありながらもその父親に反旗を翻している一人の皇子とその皇子を支える騎士と共にその道を歩んでいる途中の皇子のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと、弾圧の続く日本の最後の首相の嫡男の枢木スザクがそのルルーシュの専任騎士を務める世界である。


【──…所謂、平行世界、パラレルワールドとでも言うべきかな。ユーリくんとラピードくんが飛ばされた世界がその《ゼロ》によって悪逆皇帝の方のルルーシュくんが討たれた世界を正史とするなら、フレンくんとエルリィちゃんが飛ばされた世界はその正史から別れた可能性のある世界よ。あそこの世界はちょっと特殊でね。
そのルルーシュくんが皇族の身分のまま、ブリタニアをその枢木スザクくんと一緒に転覆させようとしているのは変わらない。ルルーシュくんが設立した黒の騎士団も当然あるけど、それとは別の反ブリタニア組織もあるの。エルリィちゃんとフレンくんがお世話になった世界のシエラちゃんの《ベテルギウス》がいい例かな。あそこもルルーシュくんの傘下だよ。私と今代の封神ノルンがいる世界にも《黒の騎士団》はあって、ユーリくんとラピードくんがいた世界には《黒の騎士団》はあるけど《ベテルギウス》は存在はしはない、って感じ。】

明妃はそう説明してくれた。
なら、悪逆皇帝を討った男は誰なんだ、と聞いてみようとも思ったが、それには触れては行けないような気がしたので、その時は皆口を噤んだのである。

話は逸れたが、フレンとエルリィがいた世界に関しては分かりやすく例えるなら【分史世界】とでも言うべきか。

ユーリとラピードがいた世界の【正史世界】の仮面の男ゼロは、軍事組織【黒の騎士団】のCEO。つまりは最高指揮官である。
【黒の騎士団】は元は数人の日本人からなる小さなレジスタンス組織だった。

しかし世界の半数を支配するブリタニアという超大国に反旗を翻すに当たり、キョウトの助力を得て、元は旧日本軍からなる【日本解放戦線】なる組織や、【中華連邦】を含めてブリタニアに弾圧されている各国から入団希望者も現れ今ではその世界の唯一の軍事組織に発展した。その仕事は各地のテロの鎮圧が主である。

対してフレンとエルリィが飛ばされた方の世界は、同じくブリタニアが圧政を敷く中、その父親の圧政をよく思っていない第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが、日本国最後の首相の嫡男の枢木スザクと共にブリタニアを転覆させようとしている世界。

そんな正史ではルルーシュの天敵である枢木スザクが、エルリィとフレンが飛ばされた先の世界ではルルーシュの側に幼い頃から仕え、支えているという世界は何とも不思議である。

そしてそんなことを話していたら、ユーリとフレンを襲おうとした気配を捉える。

数は4つ。ユーリとフレンは振り向きざまにまずは2体を一刀両断して、残り2体から距離を取る。

距離を詰めてきた暴星魔物の凶刃は二人を捉える前に極光と轟雷で貫かれた

『ユーリ、フレン!待たせたな!』

そこにいたのはアスベルとシェリアだった

『お疲れさん。助かったぜ。』

ユーリとフレンはアスベルとシェリアに振り向いた

あとは4人の協力で残りの魔物の殲滅は程なく完了したのであった。

『あとフレン。これは思い出しついでなんだが』

アスベルとシェリアを見つめながらユーリは相棒の刃についた血を振り払いながら、口を開く

『……?』

訝しげに友人の一人に等の騎士団長は視線を向ける

『…………俺も人のことは言えねぇが、、、…………あいつのこと、ちゃんと考えてやれよ』

ユーリのため息交じりの一言に、フレン・シーフォは黙り込んだ。

現在フレンが騎士団長としての施策以外で頭を悩ましている、一番の問題であった。

ユーリもガルデニアで、エステルとの間に生まれたという兄妹のブレイブとアンリと出逢っている。
二人のことを思い出したのか【なんで俺がこんなこと言わなきゃなんねぇんだよ……】と頭をボリボリと掻きながらそういった。

明妃の【可能性の世界】という言葉を思い出した二人にもこのいつかは来るであろう事象のひとつは、ユーリとフレンの、いや、人としての人生で頭を悩ます最大の課題であった。

いっそ、シングとコハクや、目の前で笑いながら話している仲睦まじいアスベルとシェリアのように素直になれたら、と不器用な男二人は思ったのだった
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