第25章

再びダーナ街道に足を踏み入れる。相変わらず穏やかな気候だ。途中で魔物の襲撃を数回ほど受けてしまったが特に強くは無いので問題は無かった

血翅蝶のタバサの情報によると、やはりアルディナ草原で甲種と魔物の睨み合いは続いているらしい

『貴方達なら大丈夫だと思うけど、油断は禁物よ。最近は魔物たちも気が立っているようだから。今日は此処で休んで行くのね?』

タバサの作ったマーボーカレーはライフィセットの大好物で、ライフィセットは此処に来たら必ず食べるらしい。

王都ローグレスは人通りも多く情報を集めるのにはうってつけなので、ライとセレナ、ジルファは日が暮れる前に情報収集に駆り出す事にした

『…情報っても同じような内容しか出てこないわな』

軽い溜息を吐きながらライはベンチに腰を下ろした

『やっぱり現地調査が一番ということね』

セレナが頭を抱えているライの頰にキンキンに冷えたレモンスカッシュを押し当てる

『つっっめた!!!?びっくりするだろセレナ!!』

押し当てて来た張本人はクスクス笑う。油断も隙もないなと正直に思った

ありがとねとレモンスカッシュを受け取っていたら,セレナの手にはストロベリーソーダが握られていた。

ジルファは多分ライフィセットとまた何処かに散歩でもしているのだろう。

本当にあいつらは仲がいいなと思っている。

割と今日は気温が高めで温かいので、歩き通した身体にキンキンに冷えたレモンスカッシュはすごく染み渡った

『…あー…うまい…やっぱミッドガンド領はいい果物が入るな。』

このレモンスカッシュはレモンピールとレモンピューレをそのまま使っており、底の方にレモン果皮が沈んでいる。ライはそのストローでプラスティック製のタンブラーの底に沈んでいるレモン果皮をガラガラと氷と一緒にステアする

セレナはその手慣れたようなライを見て思ったことを口にした

『ライって、その辺りの酒場のマスターでも違和感なくやっていけそうよね』

確かに潜入先の情報を得るために、成人してから何度かそういった仕事はしたことはあった。

店を持つ人間として接客を学んだのもその時だった

『…あー。まぁ仕事柄そういったことはよくあるな。』 

『そういえば私、貴方と出逢う前、貴方がどんなことをしてたのか全然知らない。騎士を辞めてからのこととか特に』

セレナの言葉に俺はふと彼女を見た。

『…別に、今とそんな変わんないよ。騎士辞めてからは適当にいろんな世界回ってた。………宛もなく意味もなくな。リョウやユーリたち凛々の明星の奴らやカウフマンさんやユニオンのドン、シザード親子にもその時出逢った』

ここに来て初めて聞くことにセレナは興味津々だった

『叔父さんたちから逃げるようにな。折角こんな俺のために騎士学校いかせてくれたのに。』

ゆらゆらと揺れるレモンスカッシュを見つめながら話す

セレナにはつい色々と話してしまうのだ。セレナもセレナでスプリィちゃんと離れてからは一人でスプリィちゃんを探す旅に出ていた。

その時に悪い連中に売られそうになってるところにアークエイルから依頼を受けた俺とジルファはその連中のところに忍び込んだのだ。

セレナにはその時に出逢って、契約した。それからはずっと一緒である。

結局スプリィちゃんは見つからなかった。あれからシスカたちがスプリィちゃんの行方を必死に探してくれたがこれと言って手がかりもないまま、あのときプランスールが襲撃されたときにリョウがスプリィちゃんを連れて来てくれたのには本当に言葉が出なかった。

あれから3か月以上経つ。カルナスはいつでも発進できる状態になり

それまでにエッジたちが原界を探検したいと言ったので、マリンに直談判して原界での活動許可証を発行してもらった。
原界の生態系や、植物など色々気になるらしいのだ。星の海に出ているエッジたちらしい申し出だ

マリンも快諾してくれ、エッジたちがとても喜んでいたのは記憶に新しかった

俺たちが留守にしている間、残してきた他の連中もそれぞれ出来ることをして待ってると言ってくれたのでこうして、ベルベットたちに協力を申し出に来たのである

ルーシィはシュテルンの能力を最大限に引き出せるように、沙羅さんに修行をつけてもらうことになり、フレンはシングたちの力になれるのはこの辺りがそろそろ限界なので、俺たちがディオネに旅立つのを見送った後に、テルカ・リュミレースへ戻ることが決まっている。

その代わりにアスベルとシェリアが原界に残り、シングたちを助けると言ってくれた。

その間、ヒューバートをラント家の領主代理としてラントの全権をしばらくヒューバートに任せることにするとアスベルがこの間ヒューバートに連絡を取っていたことは知っている。

ヒューバートも元はラント家の次男坊なので、その辺りはストラタにいる義父や義兄に相談をしながら進めるということである

マリクとリチャードの体もすっかりよくなり、今はソフィと一緒に魔物討伐にエフィネア中を駆け回っているらしい。

エリシアも変わらずラント民兵隊の筆頭騎士として、ラント家に仕えているという。

一度はそれも諦めかけたが、ソフィの一言で自信を取り戻してくれたと聞き、ソフィも凄く嬉しそうにしていた。

今パスカルとフーリエさんが研究所に缶詰状態で暴星魔物対策のものを作ってくれている。

しかしどのみち魔物はどの世界もいるので、何かしらの対策を練る必要もありそうだとは言ってはいたが。

今の原界は、アスベルたちと地元の組織が連携して対処にあたっているが、いずれは限界が来るであろうとも

そこでリタが提案したのは、テルカ・リュミレースの魔導器技術である。

各世界にはマナやエアルに代わるエネルギーがあるので、魔核の代わりになる物、例えば原界ならば思念石。

それがあれば、テルカ・リュミレースの魔導器レベルの大きさは無理でも、街規模ならば簡単な結界くらいは張れるんじゃないかという話だ

結界を構築するのに必要な魔核の代わりになるもの、結界魔導器に使われていた術式、あとは思念石から発生する純粋な思念力

魔核レベルの思念石なら、ノークイン氷河にあった巨大思念石だが、あれは俺たちがいばらの森にアクセスするために使ってしまい今は使えなくなってしまったことを話せば、何でもいいのよと、リタが俺の手持ちの思念石で試してみたところ、簡易的な結界が張れたのであとはどうやって街を覆うレベルの結界を貼るかを考えたいといえば、来葉ちゃんがディオネにはそういった技術が盛んな都市があると聞いて、リタはディオネについていくことになった

リタがいるなら私も行きますとエステルが当たり前のごとく手を上げるも、もちろんフレンは大反対したが、代わりにリョウ隊がエステルの護衛としてディオネに渡ることになった。
それなら、と、フレンは渋々と了承していたという話だ。

とにかくそういった条件付きではあるが、エステルとリタはついてくることになった。あまり連れ回すと流石にヨーデルが今は皇帝を務めているとはいえ、騎士団の信頼度が下がってしまう可能性がある。

なので、定時連絡と、一時帰宅というのをエステルだけは義務付けられてしまった。

今、一時帰宅したあとの連絡手段のエステル用の端末をリタが開発中である。

『…っとに、エステルのほっとけない病もここまで来るといっそ清々しいな』

『でもエステルらしいわ』

エルリィもついていくというので、フレンも後でちゃんと両親には連絡するようにと言い付けていたのは先日のことだ

『まぁ、前で戦う男連中も増えることになるから、俺は楽させてもらえそうだけどな』

ライは元々は中後衛の方が得意ではあるし、もう長いこと前で剣を振るってはいない。

理由は様々だが、原界にいる間は進んで前衛に出るクンツァイト、イネス、カルセドニー、シングかいるおかげで、前衛に出ることは殆どないからである。

『ライとリョウくんの周りって何でか女の子が集まりやすいのよね。どうしてかしら。』

小さく呟いたセレナの声は風に攫われてほとんど聞こえなかったが、長い付き合いの俺にはわかる。【多分妬いてる。】

基本的に、セレナは人間が大嫌いであるし、こうしてシングたち以外の人間と仲良くしているのはとても珍しいことなのだ。セレナは特殊な種族ゆえ、その身を狙われることも今まで何度もあった

その度に、守るためとはいえ俺とセレナはこのセレナの武器化という能力で何度もそういった局面を撃ち抜いてきた。

絆値というものがあるのなら、クーとレン並とはいかなくても、多分それなりに高いと思う方だと思う

『とりあえず、あんまし無理はするなよ。お前に何かあったら……』

『…うん。分かってる。ありがとう。でも、今一緒にいるみんなは嫌いじゃないわ。』

『……ははは。そっか。』

なら安心だ。と、ライは素直に思った

翌日、俺たちは予定通りアルディナ草原を走っていた。

襲い来る魔物や業魔たちは都度、ベルベットが先陣を切り、エレノアとロクロウが狩りながら、ライフィセットとマギルゥ、アイゼンが聖隷術で余った奴らを吹き飛ばす。
アイネは回復に徹しているので実質俺達は無傷だ。

『噂には聞いてはいたけど、予想以上じゃないこれ』

アイネの至極全うなツッコミを聞きながら、俺はヴァルキュリアでドラゴン型のエネミーを撃ち抜いた

『この時点でこれだけの量だ。ザマル鍾洞はとんでもないことになってそうだな。』

アイゼンもグローブをはめ直しながらそうぼやく。
アイゼンがそう言うなら相当なものなのだと理解出来ない頭ではない。

『とにかく、ストーンベリィ周辺の奴らはこれでしばらくは大丈夫じゃろ。』

マギルゥも式神を弄びながらあたりを見渡し、残りがいないかを確認をしているようだ

『…この魔物の数…十中八九ザマル鍾洞から溢れ出た連中だな。いくら災厄の時代とか言われててもこれは異常だと思うぞ。斬ることしか頭にない俺でも分かる』

ロクロウも短剣を腰に挿しながらだが、まだ切り足りなさそうな顔をしているのはいつものことだ

『慌てなくても、大物が大量にまだまだ控えてるわよ。はしゃぎすぎて本命のときにガス欠だなんて格好悪い真似したくないし』

ベルベットの言葉にこの場にいる全員が頷いた

それにしてもこれは流石に一般人が通るには危険すぎる。 

恐らく、ザマル鍾洞にこの大量発生した魔物を生み出している亀裂があると踏んで間違いなさそうだ

『そうですね。ガス欠にならないように慎重、かつ大胆に行きましょう!』

エレノアの声を聞くと自然と気が引き締まる感覚がするのはイネスのことを知っているせいかもしれない。

『…エレノア、お前リーダー向いてるよ。』

ライの一言にエレノアはそうでしょうか?と、首を傾げた

『うん。僕もそう思う。……とにかく、今はクジャクの甲種を倒したあとにザマル鍾洞だね。』

ライフィセットはザマル鍾洞がある方向に視線を向ける

『その甲種がいるのはこの先の街道だったな。』

『孔雀だけじゃない。ヒヒ共のボスザルも同時に相手にすることになるでしょうから、ジルファとセレナにも手伝ってもらうわよ。』

確かにベルベットの言うとおり、甲種とこのあたりのボスレベルの業魔を同時に相手取ることになるならジルファとセレナの力も必要になるだろう。
そのためにジルファも今は表に出てきている。

セレナの方は回復もできるし、いざとなれば俺と同契して掩護に回ることもできるからだ
まぁアイネがいる限りそちらの心配はなさそうではあるが。

その後、睨み合っている甲種の孔雀の業魔と、ヒヒ型の業魔を軽く伸してやり、俺達はザマル鍾洞にたどり着く

『グォアァアァアァアァアァア!!!』

足を踏み入れるなり、業魔化したゾンビが襲いかかってきた

鋭い爪をこちらに向けたのを軽々とベルベットは刺突刃で受け止めて、そのまま足で蹴り飛ばす。

『いきなりじゃない』

その肉体は割と固く、なかなかに手強そうなゾンビたちが10体余り。

『来るぞい!!!』

マギルゥの声が響くと同時に、ゾンビたちは俺達に奇妙な雄叫びを上げながら襲いかかってきた

『ただでさえ業魔の数が多い場所だってのに、次元の歪みのせいで、数と一体一体の強さが異常すぎんぞ!!………ライフィセット!!』

『うん!!』

『【意志連なり怨敵貫け!出でよ!】』
『【集い収束し、貫け雷の思念】!!!』

『『【ディバインセイバー!!!!】』』

ライフィセットとライのディバインセイバーが溢れ出るグールたちと、周りの業魔を大地ごと抉り貫く。
二人の放った雷光は幾重にも連なり、容赦なくグールたちを焼き払う。相変わらず二人揃えばとんでもない威力を発揮する上級思念術と聖隷術である

『えええ!?いきなりでは!』

エレノアのもいつものことなのだが、この業魔の蔓延る巣では甘さは命取りになることはこの場にいた全員が理解している

『…それはお互い様じゃて。ま、坊とライの術構成はあまりにも似ておるからの〜。合わされば威力も倍以上かの。』

ミッドガンドの属性は地水火風の4種類の属性が主であるのだが、ライの世界の思念属性は今挙げた4属性の他に、光と闇がある。

そして名前も何処となく似ている。

元々ライフィセットという名前は、ベルベットが勢いでつけてしまった実弟の名前だ。

名前の意味は『生きる者』

エレノアがライフィセットの器となり、今ではエレノアがライフィセットを使役聖隷とすることで協力関係を築いているのだ

最初はアルトリウス・コールブランドの密命でベルベットたちと行動を共にしていたエレノアだが、ベルベットとアイゼン、そしてアイネはそれを最初から知りつつ泳がせたりとまぁ色々あって、この関係は【利害が一致してるからただ一緒にいるだけ。お互い利用するだけの存在】から、打倒アルトリウスを掲げ、旅を続けていくうちに【仲間というより、業魔と聖隷と対魔士でつるんでいる悪友】という奇妙な関係に落ち着いている

そんな彼らでもいいから、一緒にいたいと強く思うライフィセットのおかげで、このメンバーは割と纏っている感じである

ロクロウとアイゼンがよくライフィセットの面倒を見てくれていることもあり、ライフィセットはこの二人の背中を見てまだまだ成長中だ。

ちょっと前にカノヌシに見事なストレートを叩き込んだこともある

ベルベットとエレノアもライフィセットに姉のように接しているし、そしてアイネの作る料理も大好きなライフィセット

戦闘面は割とフリーダムにエレノアとライフィセットとベルベット以外は全員楽しんでいるし、かと思えばお互いをたまにフォローしてみたりとその戦い方は自由気ままだ

【自分の舵は自分で取る】を信条に旅を続ける彼女たち【災禍の顕主様御一行】は何処か昔の自分とシリスの関係に似ている。

だからこそ放っておけないという、ライとジルファ、セレナなのだ

そう思いながら、無駄に硬いゾンビたちの相手をしていると、後ろからアイゼンのウィンドランスがライと対峙していたゾンビの脳天を貫いた

『ちょぉおおおアイゼンさん術打つなら一言くらい声かけてくれますか!!?』

ウィンドランスの反動で、自分の横髪が微妙に切れて舞い散ったのを確認したライは叫んだ

『お前の体質なら、少々食らってもすぐ”戻る“だろう。』

それを聞いて、ライもアイゼンの背後を取った幽霊型の魔物を電磁砲で撃ち抜く。

そのままその電磁砲は後ろに湧き出ていたゾンビの群れの頭上の頑丈そうな岩を貫き、落石を起こすことで間もなく押しつぶされた。

大量の肉と骨の潰れる音と、血飛沫の散る音

育ちの良いライフィセットとエレノアはドン引きしていたが。

『そういうライもなかなか過激だな?』

ロクロウが短刀で敵の喉元を突き刺しながら言う。

業魔になってからというもの、彼も返り血を気にする程の男ではない

『…このメンツにまともな奴いる?返り血すら気にしない業魔と聖隷、死神と対魔士、魔女の集団で導師サマを殺害しようとしてる集団よ?ま、あたしもだけど』

ベルベットの言葉に、ロクロウは『確かにそうだな』と返した

巷では【マギルゥ奇術団】という登録名で通行証も血翅蝶のタバサから発行してもらっている妙な集団でもある

まぁそのおかげでこのミッドガンドを旅するのに困らないし、港には商船として入港していたりもする

『確かにそうですが、私とアイネとライフィセットは返り血は気にするし、貴方達程ではないと思います!』

『エレノア怪我してるよ!?』

ライフィセットの言葉に、ボウガンで飛んでいるゴーストタイプの業魔を消し飛ばして、アイネはエレノアに駆け寄った

『エレノア、あたしなんて同期の同僚に切られた元対魔士の海賊よ?』

傷を負ってしまったエレノアの肩に手を添えてファーストエイドをかけるアイネはニコリと微笑んだ。

『…そ、それは…。そうなんですけど、私はアイネのことは尊敬してますし、訓練生時代からの親友だし、同じ穴の狢ですから。治療ありがとうアイネ』 

アイネとオスカーとエレノアは同期の同僚でもあったが、オスカーとはつい最近死別しているし、両親を失ったエレノアと、アイネも同じような境遇なのでエレノアとはとても仲がいい

『あはは。ありがとうねエレノア。やっぱあんたは私の親友だわ』

エレノアはこんなに優しく凛々しい高潔な彼女がどうして聖寮から追われる立場になったのかも知りたかった

アルトリウスが、ベルベットの弟を殺害し、生贄として作り上げたこの世界のことを聞いた時はショックを隠しきれなかったエレノアも、ベルベットたちと旅を続けていくうちにそれが紛うことなき真実だということを叩き付けられた。

当時聖寮から脱しようとした対魔士がいたと聞いたときに、その対魔士をオスカーが重傷を負わせたという話をオスカーから聞いたことはあったし、その対魔士がまさかアイネだとはつゆほども思わなかったのだから。

保護されたルミスを見たエレノアはルミスがアイネの使役していた聖隷だということは知っていたが、その時はまだ聖寮の【理】がすべてだと無理矢理納得させられたという感じだったが。まさに取り付く島もない、といったところである

そしてルミスはまだ利用価値があるとされ、意志を封じられてしばらくはオスカーの聖隷として使役されていた過去を持つ。

ルミスが風の聖隷なので、オスカーととても相性が良かったのだとか

対魔士は、使役する聖隷の格でランク付けされ、対魔士の方は、その実力に見合った聖隷を与えられる。

一等対魔士は永遠に一等のまま、昇進も何もない世界だ。


そして数年後、アイフリードを追ってロウライネに罠と知りメルキオルの懐に飛び込んだときにルミスとエレノアとアイネは再会し、契約し直したアイネの得意とする聖隷術は回復術と風と火の聖隷術である

『元同僚を躊躇いなく贄として、四聖主の復活に手を貸したアイネもまともな人間ではないわな〜。いや、それ以上だったかえ?』

マギルゥの歯に衣着せぬ物言いに、ビエンフーが『躊躇いなく突っ込んだでフ……』と青ざめるのをアイネの聖隷のルミスは見た

『そうだったな。ここにまともなヤツなんていねぇわな。オレもライも大概だし。』

ジルファも肩を竦めた所で、その場にいた業魔は殲滅されたのであった

地面を打つ雫の音が洞窟内に響く。
無駄に広いこのザマル鍾洞は、予想通り業魔、果ては魔物で溢れかえっていた。

『やれやれ洞窟も冷え冷えならば、出てくる生き物も冷たい死体ばかりじゃなぁ〜。死体でかき氷でも作れそうじゃわい。』

マギルゥには激しく同意であるが、死体でかき氷とか冗談じゃない。罰が当たりそうである

『正確には生き物、ではないがな』

そういうのはアイゼンだ

この間、ロリセたちと訪れたシェヘラ砂漠よりかは天と地ほどにマシなのだが、ここもここで負の気配とでも言うのだろうか。それがあまりにも充満しすぎており怪談話でもするのにうってつけの場所と空気だ

丁度本物の幽霊的なのもいる。

そして今更だが業魔病というものなど、本当は存在しない。

それのメカニズムは、もとは人間が穢れに飲まれて変化するそれである。
業魔も聖隷も元は、霊応力が強い人間にしか見えない。

霊応力を持ってない一般人には、人間や動物などが、ただ突然暴れ始めたようにしか見えないというものだ。

しかし十年前の降臨の日を境に一般人にも聖隷や業魔の類、それらが見えるようになったのだ。

ライとセレナ、ジルファはしっかりと聖隷たちのその姿は見えている

『そういえばここにも甲種警戒業魔の情報がありましたね。確か【節制を忘れた太魔女】的なのが』

エレノアのその説明に思わず吹いてしまいそうになるがそれを何とかジルファらは堪えた

『あぁ。そういえば血翅蝶からもらってた情報があったわね。時間は割きたくないから見かけてもスルーした方がいいと思うけど』

アイネの言うことは最もである。

『エレノア、アイネ、そういった会話はフラグ、って言うからやめた方がいいわ。』

ルミスの指摘に、ライは確かに、と頷いた

『しかしもうだいぶ奥の方まで来たぞ?その、ジルファが言っている次元の歪みとやらはまだ見つからないのか?』

ロクロウの質問に、ジルファがしばらく考えてから応える

『そうだな。多分そろそろだ。だんだんと近づいて来てる。』

『……とのことよ。災禍の顕主ご一行様が人助けなんて笑えるわよね。散々人を傷つけて、奪っておいて。』

『……ベルベット』

彼女の皮肉に耳を傾けながらも足を進めているとそれは突然に起こった

『きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』

一瞬の空間が歪むようないかにも思い当たるような感覚がしたのち、響いたのは女の子の声だった

『Σぐぇぇぇでフぅぅぅぅ!!!』

思いっきりビエンフーの叫び声がした方向を向いて見ると、ビエンフーが見事にその女の子のクッションとなって潰れていた

『び、ビエンフー大丈夫!?』

ライフィセットの声が洞窟内に谺する

下敷きになったビエンフーの上に落ちていたのは女の子である

梅雨に咲く紫陽花のようなグラデーションの髪が特徴的な少女は見たこところ17歳くらいのようだ。
肩にはスクールバッグ、そのスクールバッグには、和装の何処かで見たことあるような顔のマスコットがついている。

いつか来葉が画面越しに話していた男にもよく似ている気もする

服装は、セーラー服と呼ばれるレイミから聞いたそれだ。

『えっと、お姉さん……大丈夫?』

ライフィセットが心配そうに駆け寄れば、スクールバッグの少女はライフィセットに振り返った

『あっ、えと、はい……急に吸い込まれちゃった的な……』

スクールバッグの少女はいきなり見知らぬ人間(人間でない者もいるが)の集団の眼の前に現れ、相当驚いているようである。

『もしやお主、虹色の光に吸い込まれた口かえ?』

マギルゥが首を傾げながらスクールバッグの彼女に声をかけた

『あっ、はい、そうです、悪の魔法使い的なおねえさん……』

『くくく、否定はせんが言葉には気をつけぃ。そこにいる黒髪の怖〜〜い怪物女に食われてしまうぞ?』

マギルゥはベルベットの方に視線を向ける。

虹色の光、おそらく次元の亀裂であろう。つまりは

『……食べないわよ。あんたじゃあるまいし。』

『儂とて食べんわ!!相変わらず小憎らしい女めぇぇえ!』

ベルベットとマギルゥのいつもの漫才を後ろに、エレノアとアイネはため息をついた

『つまりは彼女は……異世界人、ってことか。心做しか俺のいた故郷の衣装に雰囲気が似ているな』

ロクロウがスクールバッグの彼女に聞いた。ロクロウの言葉を聞いて、彼女は『え、』と言う顔をする

『異世界……またかぁぁぁあ』

『あん?お嬢ちゃんまた、ってこういうことはよくあるのか?』

成り行きを見守っていたジルファが頭を抱えた少女の『また』という言葉に反応した

『ど、……どーでもいいでフから、そろそろどいてほしいでフ…………』

スクールバックの少女の下からかろうじて声が聞こえた

『あっ、ごめんなさい!!!』

そういって彼女はビエンフーの上から飛び退いた

『……し、死ぬかと思ったでフ……』

ビエンフーにファーストエイドをかけるルミスであった

❀❀❀❀❀


『お騒がせしてすみませんでした。私は浅葱(あさぎ)と言います。』

『そっか。浅葱ちゃんか。俺はライフェン・ジルファーン。気軽にライって呼んでくれ』

『セレナよ。よろしく。』

ライとセレナが自己紹介をしたあと、ジルファが小さく『ジルファ』と名乗った

『僕はライフィセット!よろしくね、浅葱!』

元気よく挨拶するライフィセットに癒やされたところでマギルゥが言う

『お主が潰しておったちっこいのはビエンフー。とってもありがた〜い加護をもたらすノルの一人じゃ。儂はマギルゥと呼ばれておる。そこの下僕ビエンフーの飼い主じゃな。潰された恨みで祟られないように気を付けることじゃ』

『そんなことしないでフよ、姐さんじゃないでフし。』

一通り自己紹介したところで、本題に戻ることにしよう

『じゃあ、浅葱は学校帰りに亀裂に飲まれてこんなオバケだらけの場所に落下してきたってことなんだね』

ライフィセットが事情を聴き、こんな業魔だらけの巣に一人置き去りにするわけにもいかないと言われたので一緒に更に奥へと進むことになった。

自分の身くらい自分で守りますから!と言われたが武装の一つすら見当たらないので心配ではあるが

『は、はい。元々こういった怪異のようなことには巻き込まれやすい体質なので……。まさか自宅に帰る途中でこんなことになるとは……』

怪異に巻き込まれやすいという体質は珍しいことでもあるが、彼女の場合は規模が違いすぎるらしい。

『ご両親は?』

『………いません。私が小さい時に両方とも事故で』

両親がいなくなってからは一人でマンションに引っ越し、一人暮らしをしているとのことだ。

『浅葱もですか?私もなんです』

エレノアがそれを聞いて、既に情が湧き始めている。

『エレノアさんもそうなんですか……』

『エレノアだけじゃないぜ。俺は6人兄弟だったが……俺を除いて全員かなり昔に亡くなっている。長男はつい最近だけどな。母親も業魔になっちまってなぁ。生き残っているのはもう俺だけってことになる。』

ベルベットもエレノアもアイネもマギルゥも、ここにいるのは何らかの事情で両親を亡くしたものばかりである。

アイゼンには妹が一人いるが、遠く離れた霊山で今もアイゼンの帰りを一人、待っているらしい。

その妹とは手紙でやり取りをし、手紙と一緒にたまに贈り物もしているのだ

手紙を出せる相手がいるのは羨ましいと思っているし、大事なことだと思った

浅葱を連れて、更に奥へと進めば、辺りが結晶で覆われた場所へと辿り着いた

『これは……!?』

一番に声を上げたのはアイゼンである

『まるで地脈の中みたいだ!!』

ライフィセットも同じくその光景を見て驚きを隠せないようである

『まさか、ここもカノヌシの領域?』

エレノアの疑問にルミスとライフィセットは首を横に振った

『ううん。似てるけどこの空間からカノヌシの力は感じられない。』  

『フィーちゃんの言うとおりだわ。それとはまた違った感じ。そこにいるジルちゃんと似た雰囲気って言えばわかるかしら?』

そう。この結晶空間は龍神の力が作用した時に出来る反応のようなものである。

龍神はその身に宿る独特な魔力を持ち生まれる。資質のある者には音として聞こえるようになっている

『ここにいた龍神……多分、操神だな。名残がある、んで、そこ、見てみろ』

ジルファが指差す方向にあったのはこの空間にポッカリと穴を開けたまるでカノヌシが力を食らうために開くゲートのようなものだ。

その口の奥には虹色の光が揺らいでいた

『あっ!!これ!私が吸い込まれたのと同じ穴です!!』

それに見覚えがあった浅葱がスクールバックをギュッと握る。

『ほほう〜。こいつは摩訶不思議カーニバルな現象じゃなぁ。お師さんに見つかっていたら大変なことになっておったかも知れん』

マギルゥが興味深そうにその空間を覗いていた

『ベルベットが喰らってどうにか出来ないのか?』

ロクロウがベルベットに視線を向ける

『…多分無理ね。あたしがどうこう出来る現象じゃなさそう』

ベルベットの言うとおり、この現象は刻神龍の力を受け継いでいるライにしか対処出来ないものである

『マギルゥ、あんま近寄ると危ないぞ。』

『別に何もいな…』

マギルゥがそう口にすれば、突如空間が歪むような感覚がしたのち、背後からここに来るまでに何十回と聞いた声がこれまでの非ではない程に響いた

『うわぁぁあ急にゾンビが大量発生したぁぁぁぁ!!?』

ライフィセットのアホ毛がこれでもかというくらい縦に立っている。まるで猫の尻尾のようだ

『今まで出逢ってきた非じゃないぞ!!マギルゥなにかしたか!?』

ロクロウが双刀を抜き放ちながら言う

『儂は何もしとらんぞ!これも死神の呪いじゃろ!!』

そう言いつつ、マギルゥも式神を取り出した

『こんなとこでも死神の呪いが律儀に発動してるの、副長を副長たらしめる要因ね』

アイネが素早く袖の奥に隠し持っていたボウガンを構え、ロックを外しながらアイゼンの隣に並ぶ

『それを分かって一緒に同行しているのに今更だろう?』

アイゼンも自分の拳を軽く振り、霊力を拳に回した

『全くその通りです!当たり前すぎてたまに忘れますが!』

エレノアも槍を構えて、詠唱態勢へと移行する

『とりあえずこいつらぶっ飛ばして、この歪みを封じることからだな!あと、浅葱ちゃん。この歪みは君の世界へ繋がっている可能性はあるが、それは保証できない。繋がっていたとしても奥には魔物が大量に控えていると思うけど……どうする?』

ライが浅葱に振り返る

浅葱は虚を突かれた顔をして、魔物たちを見やる

『出来るだけ早く決めて頂戴。あまりあんた一人守れる余裕はこの数相手だとないかもしれない』

ベルベットの言葉に浅葱はしばらく考える

『この世界のために、この歪みは封じないといけないんですよね?』

端的に言うとそうである
そうでないとここにいるベルベットたち以外にも危害が及ぶのだ。

しばらく考えて、浅葱は答える

『ならそうしてください!元の世界へ戻る方法は自分“たち”で探しますし、自分の身くらいは自分で守ります。』

浅葱の答えに、嘘偽はなかった

『大丈夫よ。浅葱はわたしとジルファで守るから』

セレナがライたちにそう言えば、全員は頷く

『頼んだぜ、セレナ、ジルファ!』

そう言って、本日何度目か分からないゾンビ狩りは始まった

敵はフレイムウィッチと、身体がギロチン風味の業魔のエクスキューショナー、地面を這いずり回るのは先程から幾度となく出くわした御馴染みのグール、そしてムカデ型の業魔のハンドレッドという業魔だった

エクスキューショナーは風属性の聖隷術、グールとハンドレッドは無属性、フレイムウィッチは水に弱いのはすでに看破済みである

『貫け緑碧!霊槍・空旋!』

まずはエレノアがエクスキューショナーに対して竜巻を巻き起こし、直線上の敵ごと貫く

『風属性が弱点みたいだよ!』

ライフィセットの声に、アイゼンとアイネが同時に詠唱を開始する

『幻影よ交わり滅して裂けろ!』

『幻影よ!乱れ舞い噛み砕き蹂躪せよ!!』 

『『【ビジュゲイト】!!』』

二人同時に放った風の霊力は、真っ先に術を使うのが得意な業魔、フレイムウィッチを中心に交差し、進路の道を切り裂く。

地面を走った2つの霊力は示し合わせたようにターゲットに炸裂して追撃をした

『くぉらぁあぁあ!!派手に行き過ぎじゃろうて!!しかし判断は間違っておらんから強く言えんのがまた複雑じゃわ!!』

確かに風の上級聖隷術のビジュゲイトは威力もさることながら、範囲も広いので先に術士を潰すには最適解の選択だ。

2つ交われば、敵はそれはもう一溜まりもないないであろう

『グギャァァォァァ!!!』

そう抗議しているマギルゥ目掛けて、グールが何体か突撃してくる

『甘いわ!【ディヒューズマイン】!!』

いつの間にか設置されていたのかはわからないが、マギルゥの近くには触れると広範囲に炸裂する重力場のトラップが仕掛けられており、そのトラップに見事に引っ掛かったグールたちはそのまま重力場により押し潰され、跡形もなく消え去った

『いやいや、マギルゥさんもなかなかにエグいと思うけどなぁ』

『お前に言われたくはないのぅジルよ。どうせやるなら徹底的なのは変わらんじゃろお互いに』

肩をすくめる様がマギルゥらしくもあるし、確かにそうだなと素直に思うジルファである

『とはいえ、これじゃあ消耗戦に持ち込まれるのは時間の問題だけどな!』

ロクロウが衝皇震を放ち、敵を吹き飛ばしたのち、地面から火柱を2本吹き上がらせる。
純粋に火に弱い虫型のハンドレッドとグールには効果覿面だ

『そうなる前に終わらせるわ!!……喰らい尽くす!!!』

左手の業魔手を解放する

目の前の業魔たちは危険を察知したのか、ベルベット目掛けて攻撃を仕掛けてくる。

『鈍い!!』

そうベルベットが発すると同時に、ベルベットは側転して交わし、ブーツのエッジで敵を切り裂く。

油断したエクスキューショナーはそのまま怯み、ベルベットの方は切り裂いた勢いのまま、その隙を逃さず炎を纏った回し蹴り2連発、そこから更に左の足に纏った炎の爆発力を活かし、足払いで勢いのまま相手を切り返し、さらに追撃の回し蹴りで後方ステップで距離を放し、自身がいた位置に渦巻く熱波を発生させる。
しかしこれで終わらないのがベルベット・クラウという女である

『とどめ!!サーフェイス・ムーン!!』

ベルベットが切り払った刺突刃の軌跡に合わせて光のフィールドを発生させ、全方位にいたターゲットごと攻撃をした。

当然のごとく、敵は跡形も残らなかった

『元素集いて万象果てよ!【インサブステンシャル】!!』

ライフィセットも自身を中心とした範囲に12個の霊力の球体を発生させ、それを炸裂させる。狙いは中心地に固まっている業魔たちを一気に焼き払うことである。その目論見は見事に成功し、業魔たちの断末魔が響き渡った

『ナイスだライフィセット!』

ライはライで、銃の本体にカートリッジを差し込んでその亀裂を封じる準備中である。

しかしこの亀裂は今までに比べるとだいぶ規模が大きい。

ここまで業魔どもを活性化させ、固くするほどの魔力量は早々準備できるようなものではないからである

流石操神、人体に限らず物質を操ることには長けている存在だと思った。

浅葱はセレナによって作られたシャボン玉のバリアの中で戦況を見守っているようだ

不思議とその周辺には業魔の影も形も気配もない。

『ちょっと窮屈だけど、我慢してね浅葱』

セレナに話かけられたので浅葱はそちらに視線を戻す

『いえ!とっても快適です!』

『そう?それなら良かったわ。』

このシャボン玉はセレナのエディルレイドとしての力の一つである。

エディルレイドは生まれたときから、特別な力を持ち生まれる。

基本的には敵から身を守るために発言する力なのだが、それは本人たちに危険が迫った時に急に浮かび上がるという

『あの、このシャボン玉は?』

浅葱がシャボン玉を軽く突くが、そのシャボン玉はびくともしない。

『あぁ。このシャボン玉は虫除けみたいなものよ。浅葱にはまだ話してなかったわね。私は人間ではないの』

『……と、言いますと?』

それを聞くとセレナは浅葱に自身のことを淡々と話し始めた

セレナがこの力を覚えたのは、幼い頃に妹のスプリィと森に散歩に行った時だった

何故あんな所に危険生物の魔物がいたのかは定かではなかったが、もしかしたら神聖帝國騎士団の仕業だったのかもしれない。

セレナたちが住んでいた世界は、そんな魔物は出現しない世界だった

遠く離れたフアジャール地域やルンブーラムという地域などには野犬やら獣がいたが、あんなに巨大な魔物は見たこともなかった

何処から流入してきたのかもわからないが、セレナとスプリィはその魔物に襲われたのである。

その時にセレナのエディルレイドとしての力が目覚めた。
そのあと、当然村の人にはこっ酷く叱られたが。

そんな能力を今は出逢って間もない人間に対して発動しているのはとてもセレナにとっては不思議なことである

『つまりは、セレナさんはその身体を武器として変化させることが出来る種族なんですね。』

『まぁそういうことね。』

セレナは基本的に人間が嫌いだ。
傲慢で欲に忠実で、困ったときにだけ頼ってきて迷惑なところがあるとライと出逢う前は思っていた。

しかしライとジルファと旅をし始めてから出逢った人間たちは優しくて暖かい者達もたくさんいて。
人間も捨てたものじゃないなと思えるようになった

それでもやっぱり人間は好きにはなれないところもある

目の前のベルベットたちなど一番セレナが嫌う人間の最たる例だ

聖寮に属していたマギルゥ、エレノア、アイネ以外は人間ではないのだが、そんな彼女たちは自分たちのエゴのためにこの世界を混乱に陥れている。

だけどそれはこの世界で聖寮がやろうとしている業魔がいない完全なる世界のために、カノヌシの力によって人々が自由意志を失い、聖寮が理想とする平坦な理性のみの人間になるという、すべての意志を封じ込める鎮静化という計画などよりも、感情を捨てずにこの世界を生き抜きたいというその選択の方がとても美しいと思えてしまう

結局は自分でどうしたいかが大事なのだろう

ならばセレナはこの眼の前の手の届く範囲の存在くらいは守りたい。

素直にそう思えるようになったのはきっとライのおかげだ。

どれだけ傷付いて心を壊しても

その身に宿る加護のせいで周りだけでなく、大切なたった一人の家族をも不幸にしてしまうとしても

信じていた指標が本当は非人道的な行いだったと知り、信じていた理と自分の感情がせめぎ合い、自分を見失いかけても

人間だった頃に上意討ちを名目に実兄の処刑を命じられ、実兄を打ち損ね、実兄に勝ちたいというただ直向きな思いのせいで業魔へと堕ちてしまったことも

最愛の人に裏切られ、刃を向けられて一度は死んだ心ごと受け入れて生きようとしたことも

愛していた家族に裏切られ、その身を業魔に変えられてしまった少女は真実を知り、一度はその命を諦めたこともあった。

だが、少女は心を封じられ、ただ道具として生きてきた生活から成り行きとはいえ連れ出してくれた目の前の大切な存在を守りたいという素直な心に救われた

そして初めて亡き姉の心を知り、それでも自分のためにしか生きれないというエゴを認識してその感情から成る穢れごと抱き締めて最期まで生きるということを決めた。

【どれだけ穢れてたっていい。意味なんてなくったっていいよ。みんなが間違っているっていうなら、世界とだって戦う。ベルベットが絶望したって知るもんか。僕はベルベットがいない世界なんて絶対に嫌だ】

愚直で一途な直向きさを持ち、この世界を生きる彼女たちのことを素直に助けたいと思える。

彼女たちだけではない

今まで出逢ってきた仲間と呼べる存在のためにも、この戦いは終わらせなくては。

『これで終わりよ!!!』

そしてしばらくしてから、その場は静けさを取り戻した。

夥しい数の業魔の群れは、その実、穢れに呑まれた人間や動物の成れの果てだ。

人間にも戻ることなくただ朽ち果てていくのが道理だと思っていたが、ライフィセットの穢れを焼く白銀の炎でアイフリードは業魔から人間へと戻れた。
しかしこの能力はカノヌシの力の一部なので、あまり使うのはおすすめはできない。

せめて息を引き取った屍をベルベットがまとめて喰らうことで後処理はしている。

化物の姿から人間や動物の姿にもどった業魔をみて、浅葱はあることを思い付いた。

『セレナさん、このシャボン玉もう大丈夫です。』

『………?』

浅葱の言葉に首を傾げながらも、セレナはもう大丈夫だと思い、浅葱のシャボン玉を解いた。

『……せめて安らかに』

浅葱はそう言うと、倒れている業魔に手を合わせる

『……優しいのね』

ベルベットは短くそう呟いた

『あまりそういうことはしない方がいいぞ。特に動物に手を合わせると、その魂があの世に行けず、手を合わせた相手に憑いて来るからな』

ロクロウのツッコミに浅葱は『ええっ!?』と目を瞬かせた

これはロクロウの故郷でよく言われていた言い伝えのような迷信のようなものである。

皆一度は聞いたことがある迷信だろう

しかもここは見ての通り業魔の巣である。本当に洒落にならない。

ライはその様子を見たあと、目の前の次元の歪みを見つめた

今まで見てきた亀裂の中で特段と大きいそれは、立っているだけでも呑み込まれてしまいそうだ。

ライは準備していた亀裂を封じるための思念力を五芒星の繋ぎ目に合わせて打ち込む

続けて真ん中、五芒星をつなぎ合わせてできている中央をジルファの魔力で撃ち抜いた。

銃弾が爆ぜる音が洞窟内に響き渡る。
普段は自身の思念力を半分ほど用いて封じるのだが、今回はジルファの魔力と自分の思念力両方を使って封じる必要があったようだ。

『ふぅ。とりあえずこの場所の亀裂はこれでいいかなー。』

しばらくしてその亀裂は完全に塞がる。

それを確認して、ライたちはこの場から早々に立ち去ることにした。

『一度ストーンベリィに戻りましょう。アイネも気になるでしょ、村が』

ベルベットの提案に、アイネは『うん。そうしようか!』

と、微笑んだ。

浅葱は彼女たちのすぐ後ろをついて来ている。

浅葱の肩に業魔が触れようとしたが、不思議な光に手が触れた途端、その業魔は音もなく消え去る。

当然、ベルベットたちは気付いてはいない。

『……………駄目だよ。━━━━━━━。』  

聴き取れるかそうでないかくらいの浅葱の声がしたあと、その光はすぐに消えた。
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